32.なんで俺の方に来るのだろうか?
周囲にモンスターの気配がどんどん増えてゆく。
それも一種類だけじゃない。
ゾンビやゴブリンの気配もする。
あの遠吠えは、同種のモンスターだけでなく、周囲のモンスターを引き寄せる効果があるのか?いや……レッサー・ウルフたちの動きに応じて、他のモンスターが漁夫の利を得ようとしてるって可能性もある。
どちらにしても、油断したな。
引き際を見誤ったかもしれない。
よし、逃げよう。
あっちこっちからモンスターの気配がするけど、一点突破すれば俺のステータスなら可能だろう。
でもその前にだ。
「……こいつらを何とかしないといけないよな」
「グルルル……」
「ウゥゥゥッ……!」
俺とモモの周囲を囲む様に、暗闇から現れるレッサー・ウルフたち。
その数、四匹。
先程の遠吠えで、真っ先に駆け付けてきたのだろう。
『潜伏』や『気配遮断』を使ってる筈なのに、俺に気付いたって事は……。
「やっぱ、匂いで分かるのか……」
予想通りとはいえ、相性最悪だな。
俺のスキルのメリットが全く生かせない。
「ていうか、お前らを呼んだのは向こうだろ?あっち行けよ」
「ガルルルル……」
試しにそう言ってみるが、当然言葉が通じる筈もない。
むしろ、警戒の色を濃くしながら、近づいてくる。
やる気満々の様だ。
「……モモ、狩るぞ」
「わん!」
仕方ない。こいつらは、ここで狩っていく。
コイツらを振り切って逃げることも可能かもしれないが、向こうは嗅覚が優れている。
俺やモモの『匂い』を覚えられて、追跡でもされれば厄介だ。
おまけにコイツらは群れで行動している。
継続的に追われ続けるなんて事態になったら最悪だ。
俺はアイテムボックスから包丁を取り出し構える。
レッサー・ウルフたちは警戒しながらも、少しずつにじり寄ってくる。
前後左右を囲み、一斉に襲い掛かる算段なのだろう。
でも、こっちにも多対一の戦い方はあるんだよ。
レッサー・ウルフたちがさらに一歩、踏み出す。
「―――効果範囲内だな」
その瞬間、俺はレッサー・ウルフたちの頭上目掛け、家電や自販機を解き放つ。
初見殺しの家電殺法。
突如、頭上に現れた落下物にレッサー・ウルフたちが驚く。
「グルッ!?」
「ガウッ!?」
「――ガッ!?」
避けきる事も出来ずに、三体のレッサー・ウルフは下敷きになる。
ゴブリンに比べて、耐久は低いようだな。
グチャッと鈍い音が響く。
≪経験値を獲得しました≫
≪経験値が一定に達しました≫
≪クドウ カズトのLVが7から8に上がりました≫
レベルアップを告げる天の声。
嬉しいが、それを気にしている余裕はない。
辛うじて今の攻撃を避けた一体が、こちらへ向かってきている。
「モモ!」
「わん!」
モモの『影』が伸びる。
それはレッサー・ウルフの足に絡みつき、動きを阻害する。
「ガァッ!?」
身動きが取れなくなるレッサー・ウルフ。
レッサー・ウルフもすぐに『影』を出そうとするが、そんな時間は与えない。
直ぐにその頭上に向けて、再び自販機をたたき落とす。
≪経験値を獲得しました≫
地面に転がる四個の紫色の魔石。
それを素早く回収し、モモへ投げる。
モモは完璧にキャッチして、そのまま食べた。
「どんどん増えてるな……」
レッサー・ウルフの遠吠えは今も続いている。
続々と集まってくるモンスターたち。
ゴブリンやゾンビを含めて、視認できるだけで数十体。
ホブ・ゴブリンの姿も確認できた。
一体、どこにこれだけ隠れていたんだか……。
少しでもモンスターの少なそうな箇所を探す。
「よし、モモ!向こうからなら、逃げられそうだ!行くぞ」
「わん!」
悪いな、学生たち。
俺は逃げる。
頑張って生き延びてくれ。
ちらりと、ホームセンターの方を見る。
学生たちはレッサー・ウルフやゴブリンを相手に奮闘していた。
避難民も数名戦いに参加している様だ。中には角材を持って戦っている奴も居る。
西野君はどこかと思って探すと、皆の背後に居た。
大声で指示を出しながら、仲間に向かって手をかざしている。
何だ、アレ? 手から放たれる淡い光。
その光に当たった学生たちの速度や力が増しているように見える。
もしかして支援魔法とか?そう言うスキルもあるのか?
「でも妙に動きが控えめだな……」
防衛に徹しているようにも見える。
それに……なんか思ったよりも、戦ってるモンスターの数が少なくないか?
もっと一杯居た筈だけど?
他のモンスターたちはどこに行った?
「ん……?」
そして、気付いた。
入口から離れた駐車場の中心。
モンスターたちは、そこに集まっていた。
彼らが囲む様にして戦っているのは、一人の女子高生だ。
ギャルっぽい見た目で、髪をサイドテールに結んでいる。
彼女は二本の鉈を振り回しながら、モンスターを相手に奮闘していた。
「嘘だろ……なんだ、ありゃ?」
その女子高生の体からは、湯気の様なモノが出ていた。
それにこの暗闇でも、その瞳が赤く爛々と輝いているのが見える。
彼女の鉈は、モンスターたちの体を切り裂き、蹴りあげられたゴブリンは数メートル近く宙を舞った。あ、パンツ見えた。
レッサー・ウルフが『影』で拘束しようにも、女子高生は無理やり影を引き千切って、鉈を振り回し続ける。
彼女の叫びと共に、次々にモンスターが斬り伏せられてゆく。
傍から見てても、異様な光景だった。
「明らかにスキルだよな、あれ……」
『強化』……?
いや、『狂化』だろうか?
多分、戦闘能力を底上げするスキルだ。
もしかして彼女が不良グループの主力なのか?
他の学生たちは、彼女の邪魔をしない様に、防戦に徹しているようにも見える。
「……意外と、なんとかなりそうだな」
学生たちの戦力は、俺の予想以上に充実してるみたいだ。
あれなら、自力で何とかするだろう。
「……っと、呑気に戦闘を眺めてる場合じゃないな。さっさと逃げ―――」
そう思った瞬間―――ぞわりと寒気がした。
『危機感知』が警鐘を鳴らす。
『敵意感知』が反応を示す。
なんだ?
何か居る……!
「ウォォォオオオオオオオオオオン―――………」
遠吠えが聞こえた。
声のした方を見れば、先程まで俺が休んでいた建物の屋上。
そこに一体の魔物が居た。
月をバックに佇むその姿は、どこか幻想的ですらある。
『暗視』のおかげで、その姿がはっきりとわかる。
レッサー・ウルフよりも一回り以上大きいその姿。
間違いない。
俺がこの世界になって、初めて轢き殺した魔物。
「……シャドウ・ウルフ」
しかも俺がひき殺した個体よりも更に大きい。
ライオン並みの大きさがありそうだ。
闇の中で爛々と紅く輝くその双眸は、明らかに俺とモモを見つめていた。
「だから、何でターゲットが俺らなんだよ……。あっちに行けよ」
問いかけてみるが、返答など有る筈がない。
そもそも、この距離で聞こえてるかどうかも分からない。
だが、俺にはシャドウ・ウルフが嗤ったように見えた。
影を纏いながら、建物から降りてくる。
「……どうやら、逃がすつもりはなさそうだな」
「わん」
モモも、『影』を出し、臨戦態勢に入る。
どうやらコイツを何とかしない限り、ここから逃げる事は出来なそうだ。
シャドウ・ウルフから視線を外さずに、素早くステータスを操作する。
≪SPを10消費して、アイテムボックスのLVをあげますか?≫
イエスを選択。
≪SPを消費しました。アイテムボックスがLV10に上がりました≫
遂にアイテムボックスがLV10の大台に到達する。
その瞬間、頭の中に再び天の声が響く。
それを聞いて、俺は笑みを深くした。
「よし、行くか、モモ!」
「わん!」
気合を入れ、俺とモモは前へ駆け出した。




