30.勘違い
学生たちの会話を聞きながら、俺は自分の頬がひきつるのを感じた。
ヤベぇ、調子にのってやり過ぎた。
アイテムボックスの性能を試すのが楽しかったんだよ。
だって目で見ただけで収納って、そりゃテンションあがるじゃんか。
でも、流石に根こそぎはやりすぎたな。そりゃ悪目立ちもするか。
……まあ、戻す気はないけどさ。
「食料がない……だと?それは、本当なのか?」
「ああ……。俺だって、何度も確認した。でもアイツら嘘を言ってる様には見えねぇんだ。ど、どうするんだ、西野?このままじゃ、俺ら……」
報告に来た学生の声はかなり動揺していた。
壁越しにでも、眼鏡君や不良君も動揺してるのが伝わってくる。
そんな中、一人冷静だったのは、やはりリーダーの西野君だった。
「……大野、食料の備蓄はどの程度残ってる?」
「えっ?えーっと、あの、その、確か僕らだけなら、三日くらいは持つ程度は残ってたけど……その、さっきの人達にあげた分が減って……だから」
「おい!グダグダ言ってないで、結論から言え、ぼけ!」
「ッ!ご、ごめんなさい!」
しどろもどろに答える眼鏡君に、不良君が吠える。
「やめろ、柴田。そうやって、すぐにがなり立てるのは、お前の悪い癖だぞ?」
「……っす、すいません」
「大野、ゆっくりでいい。食料はどの程度、残っている?」
「ッ……!ご、ごめん。えとえと、その……か、かなり少ない……と、思う。多分、もって一日くらいかな……」
眼鏡君の返答に、周囲の皆は沈黙する。
「そうか……分かった。この事は避難してきた人たちには聞かれてないよな?」
「あ、ああ、勿論だ」
俺はばっちり聞いてるけどね。
「ならいい。くれぐれも、この事は悟らせるな。食料の備蓄が少ないって事を知られれば、暴動が起きかねない。他の皆にも、そう伝えてくれ」
「わ、分かった」
そう言って、伝えに来た学生は部屋を出て行く。
「はぁ……厄介な事になったな……」
「そうっすね……」
「話を整理しよう。状況から見て、物資が無くなったのは、三回目の運搬作業が終わって、四回目が始まるまでの間だ。時間的には、およそ二時間位か。普通に考えれば、その程度の時間で、この周辺の店から商品を根こそぎ奪うなんて不可能だ」
「そうっすよね。でも、だとしたら―――」
「ああ、そういう『スキル』を持ってる奴の仕業ってことになる。それも、規模から考えて、かなり高いレベルだろうな」
「あ、アイテムボックスとか転移魔法とか、そう言う感じのスキルじゃないかな?ネット小説だと、その手のスキルってよくあるし」
うん、正解。
流石、眼鏡君。ネット小説愛読者なら、『鑑定』、『アイテムボックス』の二つは押さえておきたいよね。
「まったく厄介な事をしてくれた」
「畜生、どこのどいつだ!人様の物、勝手に奪いやがって!」
いや、不良君。
そのセリフ、完全にブーメランだぞ。
お前らの物でもないからな。
「……」
「ど、どうしたの、西野君?考え込んで……?」
「いや……いくらなんでも、タイミングが良すぎると思ってな。俺たちが避難民を受け入れたこのタイミングで、こんな事が起きるなんて……」
「に、西野君は、その人が狙ってやったと思ってるの?」
「大野、まだ単独犯だと決まったわけじゃないぞ。俺たちみたいにグループで行動してる可能性だってある」
「あ、そっか……」
いえ、ソロです。
「それに、あくまで偶然が重なっただけって可能性もある。まだ近くにいるかもしれない」
「探すんっすか?」
「可能であればな。でも……もし仮に、そいつが『意図して根こそぎ奪っていった』のだとしたら、厄介な事になる」
「それって……どういう事っすか?」
「分からないのか?そんな事をする理由は一つだけだ。俺たちが避難民を受け入れたのと同じ理由だよ。今の世界で、食料や日用品がどれだけ価値を持つと思う?時間が経てば経つほど、その価値はどんどん上がっていくだろう。上手く交渉材料に使えば、言う事を聞く奴はいくらでもいるだろうさ」
「そ、そうだよね……」
いやいや、そんなつもりないから。
やべぇ、めっちゃ勘違いされてるよ。
そんな事、ちっとも考えてなかった。
ただアイテムボックスの性能を試すのが楽しくて、調子に乗っただけだなんてとても言えない……。
「どちらにしても、この調子で食料をどんどん奪われれば、不味い事になる。早いとこ、まとまった食料を確保しなきゃいけない」
「捜索範囲を広めるんっすか?」
「リスキーだが、それしか手はないだろう。出来ればすぐにでも出たいが、あいにくともう夜だ。モンスターがうろついてるこの状況で、夜の探索は危険すぎる。今日は休んで、明日日の出と共に行動を開始しよう。
それと、もし犯人の狙いが物資の独占なら、ここにもやって来る可能性が高い。十分に注意しておけ」
「うっす」
「わかったよ、西野君」
そこで話し合いは終了したようだ。
三人は休憩所を出て、売り場の方へと向かって行く。
それを見計らって、俺は一旦ホームセンターを出た。
「ふぅー……」
思わず深いため息が出る。
どうしようかなー、ほんと、これ。
めっちゃ誤解されちまったよ……。
その後、ホームセンターから、少し離れた建物の中に入り、休憩スペースを確保する。
アイテムボックスから食料を取り出して、遅めの夕食だ。
モモも影から出てきて、ドッグフードを与える。
今日はもう寝るか……。 色々あって疲れた。
ホームセンターの物資については明日考えよう。
そう思い、布団に入り眠ろうとした。
その瞬間、『索敵』に反応があった。
「……ん?」
それはモンスターの気配だった。
数は……全部で四体。
こっちに向かって来る。
いや、正確には、俺が隠れてる建物ではなく、ホームセンターの方角へ向かっている。
「モモ、出るぞ」
「わん」
建物から出て、ホームセンターの方へ向かう。
身をひそめ様子を窺うと、そこに居たのは、狼のようなモンスターだった。
あれって……俺が初めて轢き殺したモンスターに似てるな。
確か、シャドウ・ウルフだったっけ?
でも、あれよりも一回りサイズが小さい。
シャドウ・ウルフの下位版って所か。
ソイツらは、ホームセンターの周囲を徘徊し、中の様子を確かめている感じに見えた。
「ウー……!」
モモが深い呻り声をあげる。
犬の様な外見のモンスターだからか?
かなり警戒心剥き出しの様子だ。
「学生たちの方は……まだ気付いてないのか」
入口には二人の見張りがいるが、彼らは気付いた様子が無い。
もう暗いから、モンスターの姿が視認できてないっぽいな。
というか、『感知系』のスキルを持ってる奴は居ないのか。
あ、居たら、俺の存在にも気付いてたか。
どうすっかなー。
これ、ヘタに手を出すとこじれるパターンな気がする……。




