272.エピローグ 戦いが終わって
≪――経験値を獲得しました≫
≪クドウ カズトのLVが30に上がりました≫
≪進化が可能になりました≫
大量の経験値獲得を告げるアナウンス。
人を殺しても経験値は手に入る。その法則は、異世界人にも当てはまるらしい。
加えて相手は異世界の頂点。一気に進化が可能なLVまで上がった。
そして経験値獲得のアナウンスが流れたということは、決着がついたことの証明に他ならない。
「……終わった、のか」
「ええ、終わったわ。お疲れ様、カズト」
脱力する俺の肩にリベルさんが手を添える。
『……まったくヒヤヒヤさせられたよ。まあ、上手くいって何よりだ』
「アロガンツ……」
軽口を叩いてはいるが、アロガンツの体はボロボロだった。
まあ、それは俺も言えた義理じゃないけど。
『英雄賛歌』の効果はまだ残っているが、タイムリミットが来れば、凄まじい程の反動が襲ってくるだろう。
だがその前にやれることはやっておかないと。
「――いやはや、まさか本当に勝つとは……。とんでもないな、異世界人ってのは」
知らない男の声が聞こえた。
見れば、そこには青色の髪をした長身の男性が居た。
特徴からして、おそらくコイツが――。
「……ガシュマシュ。アンタ、まだ生きてたのね」
『氷帝』ガシュマシュ。リベルさんの言っていた最も戦いたくない相手。
「そんな殺気を飛ばすなよ。別に戦う気はねぇって。シュラムさんとも取引済みだ。俺、リアルドの旦那、剣聖ボアは先遣隊を降りた。もう敵対する理由もねぇよ」
「……信じられないわね。だったらリアルドはどこよ?」
「あー……その、まだ戦ってる。あっちの結界の中でオークの変異種と」
「は?」
ものすごくバツの悪そうな顔をするガシュマシュに、リベルさんは理解出来ないような、怪訝そうな声を上げる。
無言で杖を構えると、ガシュマシュへと向けた。
「『神聖――」
「待って! 待って待って待ってって! マジで戦うつもりはないの! リアルドの旦那は一旦やる気になっちまうと、もう止まらねーんだって。それにそっちの女の子はまだしも、オークの方は願ったりかなったりみたいに応戦しちまうしどうにもならなかったんだよ……」
オークってたぶんハイ・オークのことだよな。
六花ちゃんが応援に駆け付けたのに、なんでアイツが居ないんだと思ったら、ずっと戦い続けてたってことかよ。なんだそりゃ。
『――リベル、ソイツの言っていることは本当だ』
海王様の念話が届く。
『我と取引をした。この世界の住民に危害を加えんとな。既に自爆装置も解除済みだ』
「……そう」
リベルさんが杖を収めると、ガシュマシュは安心したように溜息をついた。
「ようやく信じてくれたか。んで、さっそくだが今後について話し合いがしたい。席を設けてくれるか? 勿論、そっちの彼らも一緒に」
ガシュマシュは俺の方を見る。
「君がクドウカズトか。ランドルがリベルさん以外で唯一警戒していたこの世界の住民。……成程、確かに俺も君とは戦いたくないな。どうやっても勝てなさそうだ」
「……褒め言葉として受け取っておきますよ」
「褒めてるんだよ。俺はリベルさんやシュラムさんになら勝てるけど、君には勝てない。たぶん、そういう『相性』なんだ」
「……」
リベルさんにはコイツの能力は聞いてる。確かにコイツの能力はリベルさんとは相性がいい。
でも、だからと言って俺が勝てるとは思えないけど……?
「まあ、もう戦う必要はないんだし、そういう『もしも』は不要だな。リアルドの旦那は、まあ飽きたらそのうち、こっちに来るだろ。剣聖ボアはしばらく戻らないだろうけど」
「どうしてよ?」
「連絡があってな。こっちの世界の剣聖と一緒にランドルの『保険』を潰しに行くって言ってた。どうやら俺らが全滅した場合、向こうの世界で封印されてた伝説の魔獣をこっちの世界で暴れさせる予定だったんだとよ」
「ッ……。あのクソボケ、まだそんなことを企んでたの?」
「俺達も知らされてなかった。こっちの世界の剣聖はすげぇな。『叡智』ってスキルでそれを調べたらしい。俺達の事を知ってたのもそのスキルのおかげだそうだ」
「……なにそのスキル? 私、知らないんだけど?」
「なんでもこの世界で初めて『進化したスキル』って言ってたな。スキル自体に意思が宿ってるとか。まあ、詳しい事は後で本人から聞けばいいだろ。そっちの兄ちゃんは連絡先を聞かされてるみたいだし」
ガシュマシュの視線が西野君の方を向く。
……そういえば、あや姉は俺じゃなく、西野君や六花ちゃんの方へ連絡を入れてたな。
俺に直接連絡を取れない理由は西野君からメールで教えてもらった。
諸々の決着が着いたらまた会いに来るって言ってたけど……。
なにやら一之瀬さんの視線を感じる。
「聞きましたよ。あやめさんってクドウさんのいとこなんですね。……クドウさん、あんな美人ないとこが居たんですね?」
「え? ええ、ずっと連絡を取り合っていなかったんですが生きていて良かったです」
「ふぅーん、へぇー、ほぉー……いとこ、いとこですか。ふぅーん……」
「……一之瀬さん、何ゆえそんな能面顔になっているんですか?」
エジプトの壁画みたいな目をしてる。
「別になんでもないです」
……ならなんでそんな不機嫌な顔に?
「……わぉん」「……きゅぅ」「……(ふるる)」
そしてなんでお前らもそんな呆れ顔になっているのさ?
「ところでアロガンツ、魔王礼賛の効果はまだ大丈夫なのよね?」
『ああ、彼の『英雄賛歌』の効果が切れるのと同時だろうから、まだ有効だ』
「そう。なら、今のうちにオリオンも回収しておきましょう」
「リベルさんを拘束してた先遣隊ですよね?」
聖櫃オリオン。リベルさんを拘束、封印する為に選ばれた先遣隊のメンバー。
今はペオニーの巨体と結界に挟まれて動けなくなっているらしい。
「まあ、正直、結界能力以外は大して強くないけど、念の為に拘束しといて――っ」
すると一瞬、リベルさんの表情がこわばった。
「……リベルさん? どうかしたんですか?」
「いえ……。今、なにか変な音がしたような?」
「音?」
――パキッ。
「……ん?」
すると、何かがひび割れるような音が聞こえた。
もしかしたら装備品でも壊れたのかと思い、手に持った武器を見て、俺は『ソレ』に気付いた。
「――え?」
これって……? いや、なんだこれ? どういうことだ?
――手にヒビが入っていた。
リベルさんの方を見れば、彼女の手にもヒビは入っていた。
「……成程、そういうこと……」
「り、リベルさん? これはいったい……?」
「システムの反動を受けたのはランドルだけじゃなかったってことよ」
「……え?」
「直接システムに介入してたランドル、スペアキーを保持していた私。そして一度とはいえ、システムの管理者権限を使ったカズト。全部で三人か……くそっ」
「え、いや、でも……」
一度だけなら大丈夫だと、あの白い少女は言っていた。
いや、待て。確かに一度だけならなにも問題なかった。
ランドルに止めを刺す瞬間に、俺は残っていたシステムの力を使った。
もしあれが『二回目』としてカウントされていたとしたら……?
「――嘘だろ……」
俺は頭の中が真っ白になった。
嘘だ。こんなの性質の悪い冗談に決まってる。
そんな俺の考えを否定するかのように、手のヒビは広がり、既に左腕全体を覆っていた。
リベルさんの方はもっと酷い。全身にヒビが入っている。
おそらくは、俺よりも反動が強いのだろう。
「俺は……俺達はどうなるんでしょうか?」
「……分からないわ。ただランドルのようにバグの集合体にはならないと思う」
「そうですか。それは……良かった」
あのランドルが変異した黒い赤ん坊のような化物になって、一之瀬さんたちを襲うことがないのは不幸中の幸いか。
「……ごめんなさい。まさか最後にこんなことになるなんて」
「謝らないで下さい」
「だって、こんな……こんなのあんまりじゃないの。アナタたちは勝ったのよ。この理不尽な戦いに勝って、ようやくこれからって時に。その一番報われなきゃいけないはずのアンタがなんで、こんな……」
リベルさんはボロボロと涙を流していた。
その体はもう少しずつ崩れている。
『『リベル!』』
海王様とフランメさんが同時に声を上げる。
『シュラム! お前のスキルでどうにかならんのか?』
『とっくにやっている! しかし……駄目だ。私のスキルではどうにもならん……』
『そんな……』
慌てる二人に、リベルさんは少しだけ表情を明るくした。
「……なによ、その顔。散々私の我儘に付き合ってきたんだから清々してるでしょ? 悪かったわね、迷惑かけて」
『迷惑などではない! そんな……そんなことを言うな! この期に及んでそんなことを言うなど許さんぞ!』
『そうだ! 貴様が居たから我らは人という存在に興味を持てた! 友好を結ぶことが出来た! 貴様が居たからだ! その貴様が……こんな最後を迎えるなどあっていいものか!』
「そうね。らしくないわよね。ホント……後は任せたわよ、二人とも」
少しでも体を動かせば崩壊する。そんな状態で、彼女は目をつぶり両手を合わせた。
「……お師匠様、お願いします。私はどうなっても構わない。だから彼は、カズトだけはどうか救って下さい。悪いのは全て私達なんです。アナタの残した力を間違った方向に使った私達が全て悪い。だからどうか、彼だけは……どう、か……」
もはや祈る事しか出来ない。それは、事態がもうどうしようもないことを告げていた。
パキンッと、ひときわ大きな亀裂が走り、リベルさんの全身が崩れ落ちる。
「――……ぁ」
まるで最初からそこに居なかったかのように、彼女の体は塵となって消えた。
『リベル! リベルーーーーーーー!』
海王とフランメさんの慟哭が響き渡る。
憎まれ口を叩きながらも、彼らの絆は本物だったのだろう。
その事実が少し嬉しかった。
「く、クドウ、さん……」
一之瀬さんの顔が真っ青になっていた。
「一之瀬さん……」
「じょ、冗談ですよね? こんな、はは……冗談に決まってます、よね……?」
彼女も信じたくないのだろう。
必死で戦って、必死で生き延びて、そしてようやく掴んだ勝利なのだ。
「そう、ですね……。冗談だったらどれほどに良かったか」
ひび割れていく自分の体を眺めていると、これまでの出来事が走馬灯のように蘇ってきた。
ああ、本当にここまで色々な事があった。
全ては仕事の帰り道、車でシャドウ・ウルフを轢いたあの時から始まった。
スキルを習得し、ハイ・オークやシュヴァルツ、ティタン、アルパ、ペオニー、アロガンツとおびただしい程の戦いを潜り抜けてきた。
それでも生き延びることが出来たのは、一之瀬さんや、モモ、アカやキキ、ソラやシロたちのような心から信頼できる仲間が居たからだろう。
「……そういえば前にも言いましたね」
「な、なにをですか……?」
「一之瀬……奈津さん、俺はアナタと出会えて、アナタの仲間になれて、共に戦えたことを心から誇りに思います」
「ま、待って下さいクドウさん。そんな、そ、そういうのは駄目ですよ……。良くないです。ま、待って――」
「わんわんっ! ……くぅーん?」
モモや一之瀬さんが泣きそうな顔で俺を見つめてくる。
「モモ、本当に今までありがとうな」
「……くぅーん」
モモの頭を優しく撫でる。
「はは、お前の毛並みは本当に癒されるな……」
――手の感覚が、もう無くなっていた。でもモモを撫でた時の心地よさはずっと覚えている。感覚が無くなったって忘れるもんか。
「クドウさん……」
「おにーさん……」
西野君、六花ちゃん、それに五十嵐さんや藤田さんも、皆が俺を見ていた。
全身がひび割れていた。あれだけ疲れていたのに、今はその疲労も、痛みすら感じない。本当にもう駄目みたいだ。
「……」
ああ、駄目だ。泣くな。精一杯の笑みを浮かべろ。
俺は笑って皆に手をかざす。
「……皆さん、今までありがとうございます。あとは……任せます」
「待って! クドウさん、駄目――」
「――さよなら」
その言葉と共に、俺の体は砕け散った。




