268.VS先遣隊 総力戦 その9
俺は念話でアロガンツに作戦を伝えた。
『……成程。確かにそれが成功すれば、この戦いの趨勢が決まる。だが失敗する可能性も高いぞ? これまでの戦闘で理解していると思うが、ランドルのステータスは我々よりも上だ』
『分かってる。でもだからこそ、そこが重要なんだ。奴が慢心していないとこの作戦は成功しない』
『……賭けだな。君は本当に博打が好きだな』
『好きじゃねーよ。……それしか方法がないだけだ』
ハイオークの時も、シュヴァルツの時も、ティタンの時も、ペオニーの時も、そしてコイツと戦った時も。
俺が戦う相手はいつも格上で、勝つかどうかはいつも賭けだった。
『だからこそ面白い。乗ったよ、クドウカズト』
『それじゃあ頼んだぞ。これが発動するまではちょっと時間がかかるからな』
さあ、最後の賭けだ。
●
一方、第二結界でも戦いが大きく動き出そうとしていた。
「ゴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「がっはっは! なんだよ、お前は! いきなり現れてソイツらの味方するなんざぁモンスターとは思えねぇなぁ! 最高じゃねぇか! おいっ!」
突然現れたハイ・オーク、ルーフェンにもリアルドは一切、動じることなく応戦してみせた。
むしろ六花の方が驚いた程だ。
「……いや、マジなんでコイツがここに居るわけ?」
「ルォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
六花の疑問に、ルーフェンは叫びを持って答える。全然答えになってない。
一瞬、相葉のスキル『再現』がまた暴走したのかと思ったが、そうではないように見える。
ルーフェンは凶悪な笑みを浮かべて、目の前の敵――先遣隊リアルドへと拳を叩きつける。アロガンツの『魔王礼賛』によって復活したとはいえ、生前に装備していた武器までは再現されない。
ルーフェンが愛用していた武器『オークの包丁(上物)』は今もカズトの手元にある。……正確にはカズトのスキルによって鋳造され、今は忍刀(上物)として彼のメイン武器となっている。
だが素手でも問題ない。
ルーフェンは『魔軍進撃』によってディザスター・オークに進化した際に、種族固有スキルを取得している。
そのスキルとは『厄災狂化』と『修羅皇鬼』。どちらも肉体を極限まで強化するスキルである。圧倒的なステータスを更に圧倒的なスキルで強化し蹂躙する。更に『水』という弱点すら克服している。単純明快。それゆえに強力無比。その気迫にリアルドすらも冷や汗を浮かべる程である。
「ルォォオオオオオオオオオオオ!」
「ひゅぅー! おいおいおい! ヤベェんじゃねぇかこれはよぉ! 負ける? ひょっとしたらこの俺が負けるかもしれねなぇ! がっはっはっはっは! ああ、堪らねぇ! 何十年ぶりだぁ! そうだよ、これが戦いだ! 分かり切ってる勝敗なんざクソ喰らえ! 互いに全力出し合って、それでもどっちが勝つか分からねぇ! それが戦いってもんだろうがよぉ!」
その焦燥感、危機感はむしろ極上のスパイスだった。
リアルドもルーフェンに負けず劣らずの凶悪な笑みを浮かべる。
「私を忘れて貰っちゃこまるってーのっ!」
ルーフェンの動きに合せるように、六花も斬撃を繰り出す。
疑問は一旦、棚上げだ。まずは目の前の敵を倒す事に集中するべきだ。
「はっ! ついて来るだけで精一杯じゃねぇか! 動きもボロボロ! 息も上ってやがる! そんなナリで俺に勝てるっつーのか?」
「あったり前じゃん! 負けるとか考えて戦う奴がどこにいんのさ! 勝つに決まってんじゃん! おにーさんもニッシーもナッつんも! みんな勝つために戦ってんだ! ボロボロだろうが関係ないっつーの!」
「その意気やよし! どこまでもかかってこいやぁ!」
三者三様に笑みを浮かべながらの殺し合い。
使命も、作戦も忘れて、ただ目の前の敵だけを倒すために、その激闘は一層激しさを増す。
「……あっついねぇ……」
そのすぐ傍で、ガシュマシュは未だに動かない。
「リアルドの旦那はホントに暑苦しいねぇ。まったく羨ましいよホント。――おっと」
銃弾が眉間に命中する。
しかし傷口はすぐに塞がり、彼はのんびりとした様子を崩さない。
「……こっちはこっちで動けないっと」
一之瀬の攻撃は致命傷にはならず、かといって彼の攻撃は結界に阻まれ届かない。千日手に近い状況だ。
ちなみに援軍にやってきた女王蟻アルパは彼の傍で凍っていた。
ルーフェンと違って、こっちは何の役にも立たなかったらしい。
「……おっ」
ガシュマシュの表情に変化があった。
立ち上がると、彼はすたすたと結界のすぐ傍までやってくる。
一体何をする気なのか? 結界の外――遥か数百メートル先からスコープ越しで見つめる一之瀬にも緊張が走る。
だがやるべき事は変わらないと、一之瀬は引き金を引いた。
「――もう効かないよ」
聞こえるはずのない声が一之瀬の耳に響いた。
キンッ! と短い反射音と共に、結界をすり抜けてガシュマシュへと命中した一之瀬の銃弾は、鏡に映るかのようにそのまま、一之瀬へと放たれたのだ。
キキと同じ、攻撃の『反射』だ。
「ッ……!」
一之瀬の表情がこわばる。
キキの固有スキル『反射装甲』はパーティーメンバー全員への永続的な『反射』の付与。
そして味方の攻撃には、キキの『反射』は作用しない。だから相手ももしキキと同じように『反射』が使えた場合、その攻撃は自分達にそのまま牙をむく。
「きゅー!」
反応したのはキキだった。
一之瀬に『反射』の重ね掛けを行ったのだ。
間一髪のところで、銃弾は反射され、一之瀬に牙をむく事は無かった。
それを見て、ガシュマシュは笑う。
「やるね。だがこれで分かっただろう? もう君の攻撃は効かないし、こうして結界をすり抜けて反射させてカウンターを狙うこともできる。防がれちゃったけどね。……まあ、他にも攻撃する手段が無いわけじゃないが――」
ガシュマシュは続ける。
「ともかく君には俺は殺せない。俺も君を殺すつもりはないけどね。だからさ、ちょっとこのままにらみ合ってもうちょっとだけ時間を潰そうじゃないか」
「……?」
耳に聞こえてくるその言葉の意味が、一之瀬には分からなかった。
ガシュマシュは己の心臓に手を当てる。
「俺達の体にはね、自爆装置がついてるんだ。炎帝グレンが狼王を巻き込んで自爆するのを見ただろう? おそらく俺らの体にもそれは仕込まれてる。ランドルにとっては、どれだけ俺らが力を持っていても、所詮は使い捨てってことだろうね」
「……」
「……グレンの旦那が爆発するのを見て、俺は内心ランドルに完全に見切りをつけた。元々、この戦いには反対だったし、この世界に来たのもリアルドの旦那への義理立てみたいなもんだ。向こうで戦ってる剣聖ボアちゃんも同じような立場でね。あっちもあっちで交渉が進んでるらしい。剣聖同士、思うところがあるんだろうね」
「……?」
交渉、と言われて一之瀬は首を傾げる。
そもそもそちらを担当している人物――九条あやめに関しては、殆ど知らない人物だ。
「さて、それでだ――」
ガシュマシュは続ける。
「ランドルの元々の部下はグレン、シュリ、ベルド、オリオンの四人。その内、三人は既に戦闘不能。オリオンたちもリベルさんの拘束で手一杯だろう。それもペオニーの介入で怪しくなっている」
「……」
「だからこうして戦う振りをしながら、ダラダラと時間を潰したいんだ。ひょっとしたら、ひょっとするかもしれないからね。だって見ろよ? こんな風に、堂々と話をしてても構っていられない程に、向こうはひっ迫してるみたいだ。ざまあないったらない」
「(……どういう意味です?)」
「ごめん、聞こえないんだけど? なんて言ったの?」
「……」
頑張って呟いたけど、やっぱり小声で聞こえなかったらしい。
というか、敵とは言え初対面の相手とまともに会話するだなんてレベルの高いコミュニケーションなど、一之瀬には無理だ。無理だよ。無理なんです。
「んー、まあ要するにこのまま向こうの戦いを見守りたいんだ。ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない瞬間をさ」
「……?」
ガシュマシュは少しだけ楽しそうに笑みを浮かべて、
「君たちの仲間が、ランドルに勝つかもしれない瞬間を、さ」
万が一、そうなれば自分達に仕掛けられた自爆装置も消えるかもしれない。
そうなれば、自分達が戦う理由も無くなる。
ガシュマシュはその可能性に賭けてみたかった。
そして彼の予感は的中する。
今まさに、その瞬間が訪れようとしていた。
●
≪――完了しました。管理者権限を発動します≫
終わりを告げるアナウンスが頭に響いた。
その瞬間、俺とアロガンツは一斉に前に出た。
「……なにをするかと思えば、ただ突っ込んでくるだけか!」
『――鮮血領域』
アロガンツのスキルが発動。結界内に大量の血が溢れ出す。
「血よ、舞い上がれ」
アロガンツが操作すると、大量の血は渦のように巻きあがり、赤い霧が結界内に充満する。
「目くらましのつもりか? 何の意味も無いぞ? この程度」
ランドルは嘲笑するが、俺もアロガンツも意に介さない。
この血の霧が何の為にあるのか。お前はもうすぐその意味を理解するだろう。
さあ、今こそお前のその余裕をなくしてやろう。
(――管理者権限、発動)
心の中で念じると、それはすぐに現象となって現れた。
「……なんだ? 今、一瞬、システムに何かが……?」
一瞬、ランドルにはソレがなにか理解出来なかっただろう。
だが何度もマスターキーを使い続けた影響か、僅かな違和感を覚えたのは流石というべきか。
だがもう遅い。
これで俺達の勝ちだ。
「――『収納無効』発動」
その瞬間、大量のアイテムが周囲に現れた。
大量のブロック片に土砂、食料、衣服、重機、忍具、その他様々な武器まで。
その全てが結界内に溢れ出したのだ。
「なっ――!?」
初めてランドルの表情が変わった。
驚愕、そして焦り。
溢れ出したアイテムの中には、明らかに俺が持っていなかったモノも含まれていた。
一体どういう用途に使うのか分からないどろどろの液体や、モンスターの爪や皮、様々な素材。
それは俺の持ち物じゃない。ランドルの持ち物だ。
俺が管理者権限で創りだしたスキル『収納無効』は、結界内に居る全ての者の収納を無効にする。
ランドルがどんな耐性スキルを持っていようが関係ない。
システム権限によって創りだされたスキルは絶対だ。全てにおいて優先される。
『――あったぞ、クドウカズト!』
アロガンツから念話が届く。
視線を動かして、アロガンツが指示した方向を見れば、ランドルの後方、斜め上にソレはあった。
かつてリベルさんが俺達に見せてくれたのと同じ紫色の水晶。
この世界におけるシステムの全てに干渉可能な絶対アイテム。
この状況を作りだした全ての元凶。
――マスターキー。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺とアロガンツは茫然とするランドルを尻目に、全力でマスターキーへと駆け出す。
「……これは私の武器や所持品? 何故、外に? いや、これは、まさか……ッ!?」
ランドルは周囲に浮かぶアイテムに首をひねり、手をかざす。
そしてその表情が変わった。
これがどういう状況なのかようやく理解したのだろう。
「――貴様らあああああああああああああああああああああああああああ!」
初めてランドルの顔から余裕が消えた。
途轍もない程の怒りと焦りがその顔には浮かび上がっていた。
俺達の狙いを理解したのだろう。
だがもう遅い。
アロガンツの『鮮血領域』によって発生した霧の役目は目くらましと索敵。
鮮血領域によって発生した霧は付着する全てを正確に把握する。その特性を利用し、俺達はいち早くマスターキーの場所を知ることが出来た。
最初から何が起こるか理解していた俺達と、直前まで何が起こるか理解していなかったランドル。
その認識の違いは明確な差となって動きに現れる。
いくらランドルが圧倒的なステータスであろうと、上位種族であろうと、どんなスキルを持っていようと関係ない。
今、この瞬間、この一瞬だけは俺達の方が確実に上だ。
「獲った!」
ランドルよりも早く、俺はマスターキーを掴む。
その瞬間、ランドルが地面を蹴って一気に加速する気配が伝わってきた。
「貴様ああああああああああああ! 返せ! ソレは私のものだ! 貴様ら如き下等な猿が触れて良い代物じゃない!」
おいおい、随分と余裕がなくなってるな。さっきまでの気品はどこにいった?
いや、余裕が無くなれば、一皮むけば、ランドルの本性はこんなものなのだろう。
「ッ……なるほど、これはとんでもない代物だな」
かつてリベルさんはそれに触れるだけで生命力を吸い取られて死ぬかもしれないと言っていたが、実際に手に取ってみるとよく分かる。
これは人が手にしていい代物じゃない。
「うぐっ……がぁあああああ……」
ランドルの気配が迫ってくる。
ヤバい。走れない。
マスターキーに生命力を吸い取られ、まともに走ることが出来ないのだ。
HPがみるみる減っていくのを感じる。
迫ってくるランドルから、結界の外まで逃げ切るのは不可能だろう。
じゃあ、どうすればいいか。
簡単だ。
「これは渡さねぇよっ!」
俺はマスターキーを思いっきり投げた。
「なっ――!?」
ランドルが愕然とする。
俺を殺して奪い取るつもりだったのだろう。ランドルの手刀が俺の腹を貫いた。
「がはっ……」
「くそっ! だがまだ間に合う。すぐに――」
「ざぜねぇよ……」
俺はランドルの手を掴む。
痛い、痛い、痛い。激痛で意識が飛びそうだ。しかし逃がすまいと、腹に突き刺さった手を必死で握りしめる。
「くそ! 離せ! 離せこの劣等種族がああああ!」
「がはっ……!?」
必死の抵抗もむなしく、ランドルの手が引き抜かれる。
即座にアロガンツが動いた。
大量の血を生み出し、ランドルへと放つ。
「邪魔をするな!」
『がはっ……!』
だがその攻撃もむなしく、あっさりとアロガンツは吹き飛ばされた。
俺とアロガンツ。二人の渾身の力を込めたのに稼げた時間はほんの数秒。
しかし、そのほんの数秒で充分だった。
「ざまぁ……みやがれ……」
『ふっ……』
ランドルの手が届くよりも先に、マスターキーは結界をすり抜け地面を転がった。
そう、ランドルが決して触れられない結界の『外』へと。
完結まであと7話ほどになります
最後までよろしくお願いします




