267.VS先遣隊 総力戦 その8
ランドルとの戦いが始まった。
「――まずは小手調べといこう」
結界に入ると同時に、アロガンツは魔剣を振るう。
放たれるのは鮮血領域によって大量に発生した血液を圧縮、強化した斬撃だ。
『英雄賛歌』、そして『魔王礼賛』と『魔軍進撃』によってその威力は凄まじい程に高まっている。
「それがどうした?」
対してランドルは動かない。
ただ手を前にかざす。
パチャンッ、と。
血の斬撃が、ただの血に戻った。
ランドルは無傷。
「私の攻撃を無効化した……?」
「いや、そういう感じじゃなかった。無効化したんなら血の斬撃そのものが消えてるはずだ」
何らかの防御か耐性スキルだろう。
血は残って弾けたから、対象となったのはおそらく『斬撃』という攻撃手段。
「斬撃軽減……もしくは斬撃無効、か……?」
「正解だ。私に斬撃を喰らわせたければ、剣聖を超える一撃でなければ不可能だ」
ランドルがあっさりと種明かしをする。
「気前がいいね。教えてくれるのかい?」
「その程度という事だよ。確かに君たちは目を見張るほどに強くなったが、それでもその程度で私と君たちの差は埋まらない」
ランドルはまだ表情を崩さない。
「結界の中に入ってくれたのは僥倖だ」
ランドルが手をかざすと、虚空から一本の剣が出現する。
何の飾りもない地味なロングソード。
だがその見た目に反して、凄まじい程の存在感。
……あの武器、相当ヤバいな。
「次はこちらから行こう」
トンッと、地面を蹴る音が響く。
「こちらも小手調べだ」
「ッ――!?」
ランドルの剣が俺の眼前まで迫っていた。
反応すら出来ず、その攻撃が当たる寸前でキキの『反射』が発動した。
(あぶねぇ……事前にキキにかけて貰ってなきゃ目が潰されて――)
そう思った直後、パリィィンと、ガラスのように音を立ててキキの『反射』は砕け散った。
「なっ――!? うぉぉおおおおおおおおおおおっ!」
俺は殆ど反射で体を捻る。
キキの『反射』で一瞬でもスピードが落ちていなければ避ける事は不可能だっただろう。
コンマ数秒前まで俺の顔があった場所を、ランドルの剣が通り過ぎていった。
追撃を避ける為に更に、地面を蹴って後ろに飛ぶ。
危なかった……。まさかキキの『反射』が破られるなんて。
キキもオル・テウメウスっていうなんかよく分からない種族に進化して『反射』の強度も強くなってる筈なのに。
「まだだ」
「ッ――!?」
その思考を遮るように、ランドルが再び目の前まで迫っていた。
速い。
スキルの発動は無かった。
ただ純粋な膂力だけでこの速度。
俺は忍刀を構えてランドルを迎え撃つ。当然、雷遁の術は付与済みだ。切れ味だけでなく、相手を麻痺させる二段構えの武器。
「おおおおおおおおおおおおおっ!」
「ふんっ」
激突。
拮抗は一瞬。
パキッと、小枝が折れるように――俺の忍刀が折れた。
ランドルの剣は健在。痺れた様子もない。
斬撃耐性だけじゃなく、麻痺や毒といった耐性スキルも持っているって訳か。
「ちぃっ!」
「クドウカズト!」
咄嗟にアロガンツが血の盾を俺の前方に展開。
ランドルの攻撃を一瞬遅らせる。
その刹那で、俺は後ろに飛び、ランドルから距離を取る。
「流石にこの程度では取れないか。確かに随分と強化されているようだ。素晴らしいな、スキルによる恩恵とは。流石、彼女の作ったシステムと言うべきか」
血の盾が砕ける。
「……強いね」
「……ああ、強い。強すぎる」
分かっていたが、やはりランドルは強い。圧倒的な程に。
『――傲慢で強欲。平気で他人を騙し、自分以外は全て駒と思っている様な人でなし。でも強い。人間としての頂点は紛れもなくアイツ。ランドルは歴史上ただ一人、六王と肩を並べる事を許された人間よ』
リベルさんの言葉を思い出す。
これが頂点。異世界最強の男。
だからこそ――、
「……気に入らないね」
アロガンツがぽつりと呟く。
「気に入らない? 何がかな?」
「それだけの力を持っていながら、それだけの知見を有していながら、この世界を汚そうとしている事がさ」
「汚す? ……確かに我々の都合に巻き込んだことは謝罪しよう。だがこの世界と融合しなければ、我々には滅びしかない。他に方法など――」
「そうじゃない」
ランドルの言葉を、アロガンツは遮る。
「カオス・フロンティア。二つの世界が融合した新たな世界。私はこの世界そのものには何の不満もない。この世界にならなければ私は生まれなかった。むしろこの世界には感謝しているほどだ。よくぞ私を生んでくれたとね」
「ならば――」
「だからこそ、だ。君のやろうとしている事はこの世界への冒涜だ」
「……なんだと?」
「私はモンスターだ。人を苦しめ、人をいたぶり、人を殺す事が何よりも楽しい。そう生まれ、そう生きる事が私の存在理由だ。……今はまあ、一時的にとは言え人と手を組んでいるがね。甚だ不本意ではあるが」
アロガンツの周囲に鮮血が集まる。
それは無数の矢となってランドルへと放たれた。
「生きる意味は何よりも重要だ。そう生きたいと願うのであれば、その意思は何よりも尊いだろう。だが君のしている事は何だ? 君はこの世界の人間ではない。この世界の人間でもない輩が、自分達の都合でこの世界を歪め、この世界の在り方を壊し、この世界を汚そうとしている。部外者がこの世界に唾を吐くなど、気に入らないのは当然だろう?」
ランドルは手に持ったロングソードを振るう。
それだけでアロガンツの放った鮮血の矢は全て打ち消された。
「――君はこの世界の明確な『敵』だ。この世界に生きる者として、君の企みは許容できない」
「……知った風な事をほざくなよ、モンスター風情が」
ランドルの表情が不快気に歪む。
「自分達の都合で世界を歪めた? それが何だ? 確かに我々はこの世界における明確な異物だ。だからこそ原住民との衝突は避けられない。我が国の民の犠牲が少しでも減らせるのであれば、いくらでもこの世界を歪めよう。それが民を預かる王の務めだ」
一歩、ランドルが前に出る。
一瞬で距離を詰め、アロガンツ目がけ剣を振るう。
咄嗟にアロガンツも魔剣で対応する。
「くっ……!?」
「我々の敵を排除し、この世界を我々の都合の良い世界へと創り変えた? それの何が悪い? 自国の利益を追求するために、他国と衝突しない国など存在しない。それが戦争だ。それともこの世界には戦争が存在しないのか? そんな事はないだろう?」
剣での応酬。
アロガンツも食らいつくが、それでもランドルの力は圧倒的だ。
「明確な力の差があるのなら、相手に自己の都合を押し付けるなど当たり前の事だ。分かり合うなど、所詮は妥協の産物でしかない。そして我々は君たちよりも、この世界の人間よりも――強い。強い者が自分の都合を優先させることの何がおかしい? 自然の摂理だ」
ビキッ! と、アロガンツの魔剣にひびが入る。
「がはっ!?」
「アロガンツッ!」
アロガンツの本体はあの魔剣だ。
魔剣のダメージはそのまま、アロガンツのダメージになる。
「……我々に協力するのであれば、まだ生かしてやったのにな。残念だよ」
「思ってもないことを言うなよ、気色悪い」
「死ね」
ランドルの剣が、アロガンツを切り裂く――はずだった。
「……なんだと?」
そこにアロガンツの姿は無かった。
ランドルの視線がこちらを向く。
アロガンツは俺の隣に居た。
「……助かったよ、クドウカズト」
「間に合ってよかったよ。というか、今の状態でもこれ出来るんだな」
ぶっつけ本番だったが上手くいってよかった。
アロガンツの本体は魔剣であり、その所有者は俺だ。
そして俺には所有物を収納するスキルがある。
――アイテムボックス。
なんてことはない。
俺はアロガンツをアイテムボックスに『収納』したのだ。
生物は収納できないというアイテムボックスのルールの抜け穴。
「しかし、まいったね。まさかここまで力の差があるなんてね」
「……元々半年後まで修行して、その上で『英雄賛歌』を使ってギリギリ勝てるかどうかって見立てだったからな……」
悔しいがリベルさんの見立ては正しい。
どれだけ『英雄賛歌』によって固有スキルを得ても、上杉市長の『上下一心』によってパーティーメンバーの制限が解除され、この場に居るすべてのメンバーが固有スキルを得て、更に強化されてもそれでもまだ力の差が存在する。
それ程までにランドルは強い。理不尽な程に。
「――でも勝てるよ。いや、必ず勝つ」
「ほぅ……」
ランドルはまだ俺達を舐めている。
弱者だと思い込んでいる。
そこに付け入る隙がある。
今の攻防で良い情報も手に入ったからな。
それに足元の影から気配が伝わってくる。
あえてモモ達にはまだ戦闘に参加しないで貰っていた。
やってもらう事があったからな。
その仕込みも終わった。
「アロガンツ、作戦がある。聞いてくれ」
この作戦が上手くいけば決定打になる。
先遣隊の――ランドルの野望を根幹から覆す事が出来る。
今の俺達なら可能な筈だ。
絶対に成功させてみせる。




