264.VS先遣隊 総力戦 その5
突然現れた援軍にベルドは目を見開く。
援軍が現れた事に、ではない。
その援軍が人ではなくスケルトンであった事にでもない。
ソイツの持つ魔剣が己の槍を『止めた』。
その事実に彼は驚きを隠せなかった。
「……アロガンツ? そうか、貴様がランドルの言っていたこの世界の協力者か……!」
「はは、知っていたのかい? でもよしてくれよ。お互いに裏切る気満々だったのに協力者なんてあまりに馴れ馴れしいじゃないか」
「ちっ……」
アロガンツは魔剣でベルドの槍を弾く。
ベルドは一旦後ろへ跳ぶと距離を取った。
「……」
アイヴァーは茫然としていた。
事態が呑み込めていないのだろう。
「君は……どうして……?」
「どうして復活したのか、かい? まあこれは私にとっても予想外だった」
カタカタと嬉しそうに、アロガンツは骨を鳴らす。
「――『英雄賛歌』。パーティーメンバーのステータスを爆発的にあげ、更に固有スキルを与える反則的なスキル。……だが、まさかその効果が『所有物』にも影響するとはね」
「なっ……!?」
そう、アロガンツが復活したのはひとえにカズトの『英雄賛歌』の影響だった。
『英雄賛歌』の効果はパーティーメンバーへの固有スキルの付与とステータスの爆発的な増加。
そして――所有する『アイテム』の強化。
カズトが気付けなかったのも無理はない。
何せ彼が『英雄賛歌』を発動した際に使っていたのは、全て彼がスキルによって創りだした武器ばかりだったからだ。そもそも『英雄賛歌』を使う機会自体が少なかったのもあるが。
「英雄賛歌によって魔剣が強化された結果、私は元の姿、元の力を取り戻した。あくまで一時的に、だけどね。『英雄賛歌』が解ければ、また元の魔剣に戻る」
「そんな事が……」
「可能だから、私は今ここに居るんだよ」
これはカズトにとっても、そしてアロガンツにとっても予想外だった。
「……本当は彼と一緒にランドルと戦ってもよかったんだが、先にこちらに援軍に行ってくれと頼まれてね。こうして足を延ばしたわけさ」
「そうだったのですね……」
なんにせよこの状況で援軍はアイヴァーにとってもありがたかった。
彼の力は、カズトやリベルから聞き及んでいる。
援軍としてこれ以上心強い存在はない。
「さて、本命の前に、まずは軽く準備運動といこうか。元々、君たちは全員、私が倒す予定だったんだしね」
「ほざけっ!」
「――『鮮血領域』」
アロガンツは『鮮血領域』を発動させる。
血の海が瞬く間に周囲を満たした。
「ふむ……元々持っていた固有スキルは問題なく使えるようだね」
血の海に波紋が広がり、無数の斬撃となってベルドに放たれる。
「ちっ」
ベルドは巧みな槍さばきでそれを全て弾き飛ばした。
「舐めるな! この程度で――」
「どの程度だと?」
「ッ!?」
気付けばアロガンツが眼前まで迫っていた。
(血の斬撃は囮か。しかしなんという速度――!)
アロガンツの魔剣を、ベルドはギリギリで躱す。
しかしその身のこなしは絶妙。
肉薄するアロガンツへと、カウンターを叩きこむ。
伸縮自在の槍は一瞬で手の平サイズまで縮むと、すぐにまた伸びてアロガンツの体を貫いた。
「ッ……流石だね。ならば――」
槍はろっ骨の隙間を貫通。
あと数センチずれていれば、心臓――魔石を貫かれていただろう。
刹那、アロガンツは空洞の体内に鮮血領域で発生させた血で満たす。
「――固まれ」
血液を凝固、圧縮。
ベルドの槍を自らの体に固定させた。
追撃を防ぐと同時に、槍の自由を奪う。
「はっ……大した力だな……ッ!」
ベルドは槍を引き抜こうとするが、槍は動かない。
ランドルやリアルド程ではないが、彼もかなりの膂力を誇る。
その力で持って引き抜けないとは相当な能力だ。
「そんなに欲しければくれてやるよ」
ベルドは槍を手放すと、一気に後ろに飛んだ。
当然、アロガンツも鮮血と魔剣による追撃を仕掛ける。
しっかりと体に刺さった槍を握りしめて。
「――すぐに返してもらうがな」
「ッ!?」
次の瞬間、アロガンツの体に固定されていたはずの槍は消え、ベルドの手の中に出現していた。
ベルドの持つ槍は当然ながら普通の槍ではない。
伸縮自在に加えて、様々な物体、エネルギーを貫く貫通力、そして持ち主と槍を起点に位置を自在に操る転移能力を持つ。
投げた槍を手元に戻す事も、投げた槍の先へ自身を転移させることも自由自在。
リベルのモンスターによる位置替えに近い能力だ。
その力の前には、アロガンツの鮮血による固定など意味を成さない。
「……厄介な槍だね」
アロガンツも今の一瞬の攻防でそれを理解する。
自身のスキルによる拘束から抜け出したことから考察するに、あの槍の転移を防げるのはおそらく絶対的な防御能力を誇る海王シュラムのみ。
でなければ、わざわざ五所川原の丸太を経由するなどという回りくどい方法で結界を抜け出さなかった理由がない。
(伸縮自在の槍に間合いは皆無。おまけに突きの速度、貫通力も圧倒的か……)
攻守ともに高水準かつ隙がない。
(……力は全盛期近くまで戻っているとはいえ、これでもまだ届かないか。流石、先遣隊。異世界の頂点だけのことはある……)
アロガンツは彼我の戦力差を把握。
導き出される結論は――敗北。
このままでは間違いなく負けるのは自分だ。
(負ける。そう、このままなら、ね……)
カタカタカタ、と。
笑みを浮かべるようにアロガンツは骨を鳴らす。
「……なら負けないために、力を得ればいいだけの事だ」
「はぁ……? お前、何を言ってやがる?」
「このままでは私は負ける。それはその通りだ。なら私が今以上に強くなればいい」
「……出来るわけねぇだろ。そんな都合のいい奇跡があるわけあるか」
「奇跡……? はは、確かにそうだ。既に力を得ている。既に名前を得ている。そして彼と共に同じ戦場に立つというあり得ない奇跡を得ている」
アロガンツは骨だけの己の手を見つめる。
「これ以上を望むのは余りに『傲慢』だ」
そうだ。
すでにこの状況が奇跡なのだ。
「――だからこそ『傲慢』だ!」
アロガンツは天に手をかざす。
「オーダー! アロガンツよりカオス・フロンティアシステムサーバーへアクセス!」
「なに!?」
その瞬間、ベルドは表情を変えた。
システムサーバーへアクセスする。
それは彼らのリーダーランドルだけが持つ力だからだ。
「安心しなよ。私のは君たちのリーダーの持つマスターキーなどではない。ただ君に勝つための力を手に入れるだけさ」
≪――ザザ、ザザザザザ≫
≪ザザ――ザザザザザザザ――ザザザザザザザ続――接接接ザザザザ≫
「さあ答えてくれ! カオス・フロンティアよッ!」
それはかつて彼がカズトとの戦いにて己の名を欲した状況の再現。
あの時は名が与えられた。
では今回は?
その答えはすぐに明らかになる。
≪ザザザザ――接続――接続――失敗≫
≪対象個体が条件を――ザザ――満たして――ザザ異ザザ――≫
≪否――否否否―――ザザザザ――接続――接続――成功≫
≪申請を受理しました≫
≪対象個体『アロガンツ』へ固有スキルを授与≫
≪固有スキル『魔王礼賛』を取得しました≫
そのアナウンスにアロガンツは思わず吹き出してしまった。
骨を鳴らし、眼窩の炎を揺らめかせ、面白くて仕方ないというように大笑いする。
「……いいね。実に良い。つくづく私と彼の間には運命を感じずにはいられない。……まるで彼の『英雄賛歌』と対になるようなスキルじゃないか!」
アロガンツはゆっくりと手を前にかざす。
その異様に、ベルドも、アイヴァーも、その場にいる誰もが吞まれていた。
体が動かないのだ。
今、この瞬間、この戦場はアロガンツを中心に回っていると云わんばかりに。
「さあ、括目せよ! 私の新たな力――『魔王礼賛』ッ!」
大きく手を広げ、アロガンツは宣言する。
その瞬間、英雄の光をかき消す程の深い漆黒の闇が全てを覆い尽くした。




