262.VS先遣隊 総力戦 その3
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
勢いのままに、六花は地面を蹴った。
空気が爆ぜ、六花の姿が消える。
「ッ……消えた?」
「ど、どこに?」
一之瀬も西野もその姿を追う事は出来なかった。
目で追えたのは結界の内側に居た二人だけ。
すなわち先遣隊のメンバーだけだ。
「ッ!」
「ぬぅんおりゃあああああああああああっ!」
六花の斬撃を先遣隊のメンバー『拳王』リアルドは素手で受け止める。
「――ッ!?」
その顔には先程までとは違う、明確な変化があった。
焦り、驚愕、そして――、
「お、おぉ……? こりゃすげえ! はは! なんだよ、お前らこんな力隠してやがったのか!」
歓喜。
受け止めた手の平から血がにじんでいた。
今までとは違う確かなダメージに、リアルドの顔には笑みが浮かぶ。
「いいじゃねぇか! やっぱ戦いはこうじゃねぇとな! ランドルもベルドも難しく考えすぎなんだよ! やっぱお互い語り合うには拳が一番だろうがよぉ!」
「単純だね! でも私も難しく考えるのって苦手だから人の事は言えないかな!」
「はははっ! そうだろう! おらぁ! もっともっと本気で来い! 異世界人の本気ってヤツを見せてみやがれっ!」
ズンッッ! と大地が揺れる。
繰り出される拳と斬撃の応酬。
嵐の中心で六花とリアルドは笑いあい、殺し合う。
――先遣隊『拳王』リアルド。
肉弾戦に特化した異世界最強の拳闘士。
そのステータスは炎帝グレンや忍神シュリを遥かに凌ぎ、ランドルにも迫る程である。
だが当然、ただ拳だけで戦う男が先遣隊に選ばれるわけもない。
「――狂化!」
リアルドの肌が褐色に染まり、禍々しいオーラが溢れ出す。
それは鬼化した六花やハイ・オークと同じ変化。
「ッ……! 私と同じスキル……!?」
「まだまだあるぜ! 『猛攻』! 『修羅』! 『絶戮』! 『狂乱』! 『天乱狂華』!『同族殺し』!『大虐殺』! 『死屍心中』! 『大逆無道』! 『拳忠無道』! 俺は肉体強化に関する全てのスキルを取得している! 同族への特化スキルもなぁ!」
その瞬間、リアルドから爆発的な力の奔流が発生する。
固有スキルを手に入れた六花を遥かに――いや圧倒的に凌ぐほどだ。
その圧を受けただけで普通の人ならば即死。進化した人やモンスターの上位種であっても気を失ってしまうほど。
耐えただけでも六花は十分に凄かった。
「マジかー……! 凄いね、おっさん」
「ったりめぇだろうが! 俺は『拳王』! この肉体、この拳一つであの世界をのし上がった男だ!」
追いついたと思ったステータスがまた引き離されてしまった。
今のリアルドのステータス――力、耐久、速力は数万近くに跳ね上がっているだろう。
――拳王の拳に耐える事が出来るのは海王シュラムのみ。
向こう側の世界ではそう言われる程にリアルドは強い。
ランドルやリベルですら、この状態のリアルドを相手にするのは躊躇う程だ。
今の六花にそれに抗う事は不可能。
一秒後には六花は肉塊になってしまうだろう。
それだけの力の差。世界の頂点。勝てるわけもない。
だが、それはあくまで一対一の場合。
『――――――妬ましい……』
ずるり、と。
リアルドの足元の影から這い出た手が彼の足首を掴む。
「おぅ……!?」
払いのける。
その瞬間、リアルドのステータスは激減した。
拳王として極限まで高めてきた力が、そしてあらゆるスキルが瞬く間に低下してゆく。
『妬ましい……羨ましい……なんでそんなに強いんだよ。僕なんかモンスターになっても全然みんなの足を引っ張ってばかりなのに、なんでそんなに……。ああ、こんな時でもこんな風に考えるなんて僕って最低だ……。ああ、嫌だ、鬱だ……羨ましい、妬ましい』
大野啓太。
かつて仲間を殺し、極限まで精神を病んだことで魔石を摂取し、モンスターに身を堕とした少年。
そして最初にモンスターに変異した事によって、固有スキル『嫉妬』の力をその身に宿している。
カズトの『英雄賛歌』によって与えられたもう一つの固有スキルの名は『劣化大罪』。
大罪スキルは全部で七つ。アロガンツの持つ『傲慢』、大野の持つ『嫉妬』、ペオニーの持つ『暴食』。他にも『怠惰』、『憤怒』、『色欲』、『強欲』がある。
『劣化大罪』は文字通り、全ての大罪スキルを本来の六割の性能で使用する事が出来る。
「ああ、その力が欲しいなぁ……。僕にももっと力があれば六花や西野君の足を引っ張らないのに……欲しい、欲しいよ……」
≪申請を受理しました≫
≪オオノ ケイタはスキル『劣化猛攻』、『劣化修羅』、『劣化絶戮』を取得しました≫
「ふへへ、体から力が湧きあがってくる……!」
「コイツ、俺のスキルをコピーしたのか……!? だがその程度で俺に勝てるわけねぇだろうが!」
スキル『強欲』。
本人が心の底から望んだスキルを一時的に取得する事が出来る。
ただし反動として本人は徐々に欲望に歯止めが効かなくなる。
「がはっ……。ああ、これでもまだ足りないのか……。畜生、僕は何て無力なんだ。無力な自分に腹が立つ……! すごく怒りが込み上げてくるよ……!」
≪『劣化憤怒』が発動します≫
≪オオノ ケイタのステータス及びスキルLVが一時的に上昇します≫
スキル『憤怒』。
本人の怒りの感情に応じてステータス及びスキルのレベルを際限なく上昇させる。全スキルの中で唯一、LV10を超えてレベルを上げることが出来る。
ただし反動として、本人は感情の制御が出来なくなってゆく。
「嘘だろ、まだステータスが上がんのか……!?」
「おっさん、私も居ることを忘れないでよ!」
大野に続いて、六花も攻める。
だがまだリアルドが優勢。
「ふふ、凄いだろ、六花は。小学校の頃から知ってるんだよ。誰にでも優しくて、僕みたいな根暗なオタクにだって優しくて、可愛くて、本当に……しゅ……しゅきで……ふへっ」
大野は気持ち悪い笑みを浮かべる。
同時に彼のステータスが一気に下がった。
≪『劣化色欲』が発動します≫
≪アイサカ リッカにオオノ ケイタの全ステータス及び一部のスキルを譲渡します≫
≪『肉体再生』、『劣化猛攻』、『劣化修羅』、『劣化絶戮』が譲渡されました≫
スキル『色欲』。
本人の好意に応じて、対象にステータスやスキルを譲渡、もしくは徴収するスキル。ただし反動として、性欲と愛する異性に対する興味、関心が徐々に消え去ってゆく。
「お、なんだかめっちゃ力が上がったね。サンキューおおのん!」
「別にいいよ。そもそも僕は目立たず裏方に徹するのが一番だからさ。そうさ……うん、このまま後方で支援に徹する方が……ていうか、凄く眠いなぁ。あとは皆に頑張って貰おうかな……」
≪『劣化怠惰』が発動します≫
≪パーティーメンバーのステータス及びスキルLVが上昇します≫
スキル『怠惰』。
本人が弱く、無気力であればあるほど、パーティーメンバーのステータスとスキルLVが上昇する。
ただし反動として、あらゆる行動への意欲が薄れやがて衰弱し死に至る。
「凄い! ちょっと私、怖いくらいに強くなっていくんだけど」
「おぉ……!? すげぇな、こりゃ初めての経験だぜ! 俺の力がどんどん下がっていきやがる! はっはっは! こんな事は初めてだ!」
『英雄賛歌』によって強化された『嫉妬』によってステータス及び全てのスキルの効果が激減し、更に『劣化強欲』によって手に入れたスキル、『劣化憤怒』によって上がった全ステータスと相性のいいスキルの全ての譲渡、そして『劣化怠惰』によるパーティーメンバーの底上げ。
結果、六花の力は極限まで高められていた。
大野もあくまで本来の大罪スキルではなく『劣化大罪』であるため、そこまで反動は強くない。
「はっはっは! やるじゃねぇか! こりゃあ窮地だな! 久々にヤベェぜ!」
「その割には全然余裕そうじゃん!」
「ったりめーだろうが! 窮地だぁ? 『その程度』でこの俺が折れるわけねぇだろうがよぉ!」
極限まで高められた六花の攻撃を、リアルドはなんなく捌く。
ここまでやってまだリアルドの方が有利。
それが先遣隊。異世界の頂点。
拳一つでのし上がった男の強さ。
「六花! それに大野だな! 貴様らを敵と認めよう! 全霊をもって挑め! 俺の全力を持って迎えてやらぁ!」
「はっ! 勝つし! ぜってぇ負けないし!」
六花とリアルドの攻防はさらに激しさを増してゆく。
そしてその攻防を、もう一人の先遣隊『氷帝』ガシュマシュは無表情で見つめていた。
手を出す様子はない。
(おー、リアルドさん、張り切ってんなぁ……。なんか敵さんも凄く強くなったし、俺も加勢した方がいいよな、これ。あー、でも加勢したらリアルドさんに怒られるかなー? でもこのまま黙ってみてればランドルのクソ馬鹿に怒られるだろうし……。あー、どうしよう?)
もっとも表情に出ないだけで、その内心は物凄く動揺しているのだが。
(そもそもこの結界が邪魔なんだよなぁ……。まあ、破れないなら仕方ないよな。どうせそのうちリジーかナルス辺りがなんとかするだろ。俺はこのままのんびり動かないでいれば……ん?)
ふと、ガシュマシュは視線を感じた。
そちらの方を見れば、遥か彼方から一人の少女が自分を見ていた。
(ああ、あの子か……。大変だなぁ。あんな遠くから狙って撃つなんて凄いなぁ……)
一之瀬の狙撃。
銃弾が発射され、自分に向かって来る。
視線から発射、その軌道に至るまで、ガシュマシュには全て見えていた。
(でももう分かっちゃったしなー。それじゃあ俺は殺せないし、リアルドさんも殺せない。手傷くらいなら負わせられるかもしれないけど、致命傷にはならない。あ、ひょっとして俺がリアルドさんに加勢しないように牽制してるつもりなのかなー。別に邪魔するつもりはないんだけどなー……)
そんな風にのんびり考えつつ、彼は飛んできた銃弾を手で払おうとした。
(……え?)
手で払った――はずだった。
それなのに――一之瀬の放った銃弾は手を貫通し、『氷帝』ガシュマシュの眉間を撃ち抜いた。




