259.VS先遣隊 神槍ベルド その2
巨大な丸太が結界内を埋め尽くす。
それはまるで巨大な柱が天高くそびえたっているようであった。
いや、正確には丸太なのだが。
――神樹の丸太。
ペオニーの枝を加工して作られた五所川原の専用装備だ。
伸びる、大きくなるというシンプルだが強力な特性を応用した押し潰し。
空から俯瞰してみれば、巨大な判子を地面に押しているように見えるだろう。
「ハァ……ハァ……何とか上手くいったかな……?」
丸太のてっぺんで五所川原は下の様子をうかがう。
丸太の高さはおよそ100m。有名な大仏像並みの高さだ。
「結界、壊れてないよね……?」
心配そうに見つめるが、海王シュラムの張った結界は壊れている気配はない。
先遣隊は通さず、現地の人々やモンスターは通す。
そのルールは武器や攻撃にも適用される。
五所川原の丸太はシュラムの結界をすり抜けて、内部へ一方的に攻撃したのである。
「五所川原さーん、丸太はまだそのままにしてくださーい」
「了解しましたー」
下の方から、アイヴァーの叫ぶ声が聞こえたので返事をする。
大声でないと声が届かないのだ。
「……上手くいけばこのまま相手を拘束できる」
――出来る事なら殺したくない。
たとえ自分達を殺しに来た先遣隊であっても、それが五所川原の本音だった。
「なんとか話し合いに持ち込めれば……」
「――持ち込めれば、なんだ?」
「え……?」
ズンッと――何かが五所川原の心臓を貫いていた。
それは一本の赤い槍。
己の胸を貫くその穂先を、五所川原は茫然と見つめる。
「……凄まじい一撃だった。圧倒的な重量による押し潰し。私以外の者であれば詰みであっただろうな……。認めるよ、兄貴。コイツらは強い。そして、俺が間違っていた」
「あ……え?」
槍が引き抜かれる。
五所川原の胸から大量の血が吹きだし、雨のように降り注いだ。
更に五所川原の足元――丸太の中からベルドが現れる。
「五所川原さんっ!」
アイヴァーが叫ぶ。
他の者も呆然とした表情で、その光景を見つめていた。
「……武器の――丸太の『中』を通せば、結界をすり抜けられるのか
神樹の……ペオニーの特性と海王の特性はどうやら上手くかみ合わなかったようだな。お互いの特性を食い合っている。……時間があれば気付けただろう欠陥。
おかげで結界を抜け出せた」
現れたボロボロの血塗れの姿だった。
左腕がおかしな方向へとまがり、目も片方潰れている。
それでも身に纏う闘気はいささかも衰えていない。
「さあ、全力の殺し合いといこうか……」
結界を抜け出し自由の身になったベルドの槍が、アイヴァー達へと襲い掛かる。
一方、西野達は結界の外からひたすら遠距離攻撃を続けていた。
だがその成果は芳しくない。
一番威力の高い一之瀬の狙撃であっても、ガシュマシュとリアルド――先遣隊の二人にはダメージを与えられずにいた。
「ちっ、ちまちま攻撃してきやがって。おい、とっとと入ってこいよ!直接殴り合おうぜ!」
リアルドが挑発するが、西野達は動かない。
西野はただひたすら冷静に情報を集め、今の状況――すなわち彼我の戦力差について分析していた。
(まいったな……これは無理だ。どう足掻いても今の俺達で勝てる相手じゃない)
何度考えても、導き出される結論は同じだった。
敗北。ただその二文字だけ。
(デカい男の方がリアルド、細身の男がガシュマシュと言ったか。……コイツらの能力はある程度見えてきた。リアルドの方は肉体を強化した接近戦――拳を使った戦法だ。逆にガシュマシュの方は魔法での遠距離――特に『氷』を使った攻撃をしてくる)
リアルドはその拳、ガシュマシュは氷の氷壁を使って、それぞれ一之瀬の狙撃を防いで見せた。
そして、それ以外の攻撃は避ける素振りすら見せなかった。
自衛隊の銃弾も、爆撃も、毒ガスすら無効。
唯一彼らが手の内を晒したのが、一之瀬による狙撃だった。
それすらかすり傷一つ負わせられなかったわけだが。
(当然、俺のスキル『命令』も通用しないだろう。相手は遥か格上。瀕死になってようやく多少効果があるかどうかってところか……)
ちらりと彼は六花の方を見る。
(『鬼化』した六花でも、あのデカい方の相手は無理だろうな。ステータス差がありすぎる。おそらく単純なステータスだけなら、リベルさんや最初に現れたグレンってヤツ以上。スキルで更に強化してくるとすれば、手に負える相手じゃない)
「まいったな……」
考えれば、考える程絶望的な状況だ。
ならばどうする? 諦めるのか?
答えは、否だ。
「やってやろうじゃないか……」
絶望なら何度も越えてきた。
「みんな、作戦がある。聞いてくれ」
連中に見せてやろう。
この世界の人間は――弱くないという事を。




