256.分断
状況は最悪だ。
主力であるシュヴァルツ、海王様が戦闘不能、リベルさんも少なからず疲労している。
ついでに五十嵐さんも離脱。戦闘の余波で彼女もかなりダメージを受けてしまったらしい。現在は安全地帯の中の拠点で治療中だ。シュヴァルツと海王様の復帰は難しいが、五十嵐さんはもしかしたら間に合うかもしれないとの事。
俺もシュリとの戦いでかなり消耗したし、なにより切り札の一つである『癒しの宝珠』を使ってしまったのが痛い。
もう一つの切り札『英雄賛歌』はまだ残っているとはいえ、どんな傷でも治す事が出来る『癒しの宝珠』をこんな序盤で使ってしまった。
先遣隊はまだ八人も残っているのに。
「……まあ、泣き言ばかり言っても仕方ないか」
「ですよ」
「わんっ」
「きゅー」
「……(ふるふる)」
俺は一之瀬さん、モモ、キキ、アカ、シロと共に次の配置についていた。
一之瀬さんは心配そうな眼差しで俺を見つめてくる。
「クドウさん、本当に大丈夫ですか? 少しでも体を休めた方が良いんじゃ?」
「大丈夫ですよ。それにこうしながらでも体は休められますから。なあ、シロ?」
『うん、シロがカズトを元気にするよー』
シロはぱたぱたと俺の周りを飛び回ると、淡い光を放つ。
その光を受けると、じわじわと疲れが癒えていくのを感じた。
シロが最近になって覚えたスキル『治癒』。
その効果は文字通り、傷や疲労を癒すというもの。
覚えたてなのでまだ効果は低いけど、シロの献身もあって俺の体は大分よくなっている。
(傷だけじゃなくて疲労の方も抜けるのは本当に助かるな……)
シロの『治癒』は傷よりも精神的なダメージや疲労を癒す方に優れている。
気の抜けないこの状況では本当に重宝するスキルだ。
「……シロちゃんが居れば、三徹しても余裕でネトゲ出来そうですね……」
「止めて下さい」
そもそも今の世界じゃ、ネトゲなんて出来ないでしょうに。
「ふふ、冗談ですよ。……半分くらいは」
「半分」
「くぅーん?」
「きゅー?」
モモとキキはよく分から無さそうに首を傾げてる。
うん、分からなくていいよ。そのまま綺麗なままの心でいてくれ。
さて、そんなしょうも無い会話をしている俺たちだが、今居るのは海王様が張った結界のすぐ傍にあるビルの屋上だ。
一之瀬さんはスコープ越しに町の様子を観察する。
「うーん……、流石にこの距離じゃ、先遣隊の姿は見えませんね」
「気配である程度位置は分かりますが、建物が死角になってますからね」
海王様の張った結界は町一つを覆う巨大なモノだ。
戦闘不能になってもこれだけの結界を維持できるのは流石というほかない。
「この距離でも分かるんですか? クドウさん、索敵の範囲本当に広がりましたね。護衛軍の円より広いんじゃないですか?」
「あー、あのキメラアントの。まあ、確かにそれくらいはあるかもしれませんね」
一之瀬さんと割と緊張感のない会話をしているが、別に油断している訳じゃない。
変に緊張するよりも、この方がずっと周囲の索敵に集中できるのだ。
シュリにやられた時は、動揺してそれどころじゃなかったからなぁ。
そのせいで二回も不覚を取った。流石に間抜けすぎる。
「リベルさんの話だと、次の作戦まであと十五分くらいでしたよね?」
「はい」
次の作戦は既に決まっている。
ここに来たのはその為だ。
≪メールを受信しました≫
脳内に響くアナウンス。
すぐにメールを確認する。
「あ、西野君や他のメンバーも配置についたみたいです」
「了解です」
となれば、もうすぐ始まるはずだ。
「一之瀬さん」
「はい」
俺と一之瀬さんは衝撃に備える。
モモの影と、アカの防御、それにキキのバフを加えて待機する。
はるか後方から猛烈な速度でこちらに向かって来る気配がする。
次の瞬間――目の前が爆発した。
けたたましい爆発音と共に、大量の土埃が舞う。
それは一度で終わらなかった。
何度も何度も爆発は続き、やがて海王様の張った結界は完全に煙に覆われてしまった。
「……いやぁ、我ながらとんでもない威力ですね」
一之瀬さんが若干引き気味で目の前の光景を見つめる。
そう、今目の前で繰り広げられているのはペオニー戦の時と同じ、自衛隊による遠距離からの絨毯爆撃だ。
一之瀬さんの職業『武器職人』によって改良、量産された大量の火薬兵器が、結界の中に居る先遣隊に向けて放たれているのである。
――中からは出られないけど、外からは自由に出入り出来る。
海王様の結界はそういう仕組みになっているらしい。
本来はこの結界を使って、最初から遠距離で一方的に攻撃するのが当初の作戦だった。
だがシュリとグレンが、結界が包み込む前に抜けてしまったため、彼らを倒すまで使えなかったのである。特にグレンは炎の使い手だ。下手に引火してしまったら、安全地帯が焼け野原になっていた危険もある。
「これなら先遣隊もただでは済まないんじゃないですか? 地球舐めんな、ファンタジーですよ」
「いえ……」
興奮気味の一之瀬さんに、俺は首を横に振る。
「これだけの爆撃を受けても、結界内部に居る先遣隊の気配は微塵も揺らいでません。おそらく防御系のスキルを使っているのでしょう」
リベルさんの情報によると、『結界師』リジーと『聖櫃』オリオンと呼ばれる人物は強力な防御系スキルを使えるらしい。
「無傷は想定内。問題はどれだけ向こうのMPを『削れる』かです」
要するにこの爆撃は、その防御系のスキルを持つ二人の力を削るためのものだ。
『結界師』の方はともかく、『聖櫃』オリオンと呼ばれる人物をリベルさんは相当警戒していた。
「いや、まあ、それは分かってますけど……。その、頑張って量産した身としては、その程度で終わってほしくないなぁーって気持ちが少しはあるんですよぅ……」
「それは分かります。一之瀬さん、凄く頑張って量産してましたからね」
「ですです」
一之瀬さんも時間の許す限り『武器職人』で様々な武器を量産していた。
それでも用意できたのは当初の予定の十分の一以下。
まあ、これは先遣隊が早く来たってだけじゃなく、一之瀬さんがもう一つ進めていた秘策が関係してるんだけど……。
――自衛隊による絨毯爆撃はおよそ二十分ほど続き、ようやく静かになった。
さて、ここからが俺たちの出番だ。
「気配は……先程より弱くなっているのが二つ。おそらくこれが『結界師』と『聖櫃』ですね。それ以外は変わってないですね」
「マジですか。創った弾、全部撃ちこんだのに……」
想定内とは言え、がっくりする一之瀬さん。
だが次の瞬間には気持ちを切り替え、真面目な表情になる。
俺も気持ちを引き締める。
「シロ、もう大丈夫だよ。影に隠れててくれ」
『ん? わかったー』
疲労も癒えた。
シロが影に入ると、海王様の張った結界に変化が起きた。
ドーム状になっていた結界がたわんで、かぼちゃの様な形状になったのだ。
そこから一瞬のうちに光が糸状に走り、結界は八つに分かれた。
八つに分かれた結界にはそれぞれに先遣隊の気配を感じる。
「一、一、二、三、一……ですか。出来れば完全に分断したかったですが」
「そう上手くはいきませんね」
とはいえ、ある程度はばらけてくれた。
これが絨毯爆撃の次の作戦――海王様の結界による戦力の分断だ。
まとまって来られたら俺たちに勝ち目は万に一つもない。
だから分断する。単純だけど、基本中の基本。
理想を言えば、分断した後に爆撃を行いたかったけど、その為には『結界師』と『聖櫃』のスキルが邪魔だった。この二人がスキルを使える限り、先遣隊を分断することが出来ない。
だから最初に外から爆撃を行い、彼らの結界を維持させ続け、MPを減少させ、爆撃が終わり結界を解いた一瞬の隙を狙った。
「ここからは時間との勝負です」
海王様の張った結界が解けるまであと一時間を切った。
その間に、先遣隊のメンバーを各個撃破する。スピード重視の作戦だ。
まずは孤立している三人、それから二人、最後に三人のグループ。
本来ならこれをシュヴァルツ、海王様も含めたメンバーで行う予定だった。
だが彼らはもう戦えない。俺たちだけで作戦を遂行しなくてはいけない。
俺たちは一番近くの分断された結界へと向かった。
近づくにつれて、次第に中に居る先遣隊の人物の気配もより鮮明に伝わってくる。
「来たか……」
その人物は結界の中で孤立しながらも、悠然と俺たちを見ていた。
流れるような長い金髪の青年だった。
腰には金や宝石の装飾が施された儀式剣を差し、白いマントを羽織っている。
一目で高貴な身分と分かる人物だった。
自分達が置かれた状況を理解しながらも、その気配は微塵も揺らいではいない。
「分断か……。まあ、そう来るだろうとは思っていたが、まさかリベル本人ではなく別の者が来るとは。随分と甘く見られたものだ」
「お前は……」
金髪の青年は爽やかな笑みを浮かべると、優雅に一礼する。
「先遣隊リーダー、ランドル・フォン・アルベルトだ。初めまして、『早熟』の所有者クドウカズトよ」
先遣隊との戦いにおける本来の作戦
1海王様の結界発動し、その場に留める
2絨毯爆撃開始、これにより回復役、盾役を不眠不休で活動させ疲労させる
理想は七日以上の爆撃だった
3回復、盾役の疲労を確認したのち、結界を分断し中に居る先遣隊を強制的に分断させる
4分断後、各結界へ向け爆撃を再開。更に化学兵器、毒薬による弱体化を行う
5スイによる優性フィールド展開。呪詛、アイテムによりさらに弱体化を行う
6リベル、シュヴァルツ、シュラム、カズトが組んで、先遣隊を各個撃破
可能であれば他の六王、刃獣、固有スキル保有者も確保し協力を仰ぐ
本来はこんな感じでした




