253.VS先遣隊 炎帝グレン その2
――上手くいった。
驚きの表情で自分を見つめる男の顔を見て、十香はそう確信する。
(流石に心臓を貫かれた時は焦りましたけど……)
あの時は本当に死んだかと思った。
いや、実際に死ぬほどのダメージを負っていたのだ。
なにせHPが一瞬でゼロになったのだから。
それなのに十香は生きている。それはなぜか?
その理由は、狼王とさやかが『契約』を結んだからである。
職業『魔物使い』のスキル『モンスター契約』は、契約したモンスターを強化したり、意思疎通が出来るようになるだけではない。
一部ではあるが、契約したモンスターのスキルを使う事が出来るのである。
無論、自分の力量を超えるスキルを使う事は出来ないし、相応のリスクはある。
シュヴァルツが持っていたスキルの中で、さやかが使ったのは『肩代わり』。
自身が負ったダメージを仲間の誰かに文字通り肩代わりさせることが出来るスキルだ。
これは自分以外のパーティーメンバーにも適用される。
さやかはこれを使って、十香が負ったダメージを、自身が元々契約し、パーティーに入れていたスケルトン達に肩代わりさせたのである。
(私と葛木さん以外、残りのパーティーメンバーを彼女が契約したモンスターで埋めておいて正解でしたね……)
十香の負ったダメージは文字通り致命傷だ。
故にダメージを肩代わりしたスケルトンは代わりに死亡する。
パーティーメンバーは最大八名。
つまり、彼女は残り五回は致命傷を負っても生きている事が出来るのである。
(それを最大限活用するにはやはりこれでしょうね)
敵の道連れ。
ずるり、とシュヴァルツの影から這い出た十香はグレンの体にしがみつく。
ステータスやレベル差を考えれば、一瞬にも満たない足止めだろう。
その一瞬で十分。
「狼王様! 私に構わず彼を――」
『ガルゥゥゥォオオオオオオオオオオオオンッ!』
十香の言葉を待たず、シュヴァルツはグレンに攻撃を叩きつける。
闇によって巨大化した爪は、抑えていた十香もろともグレンを切り裂いた。
全く躊躇の無い一撃であった。
(ちょっ――いくら『肩代わり』出来るからって、遠慮ってものがあるでしょうがあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?)
肩から袈裟切りに体を切り裂かれ激痛が走る。
闇の攻撃は、体を崩壊させ、彼女の細胞全てを消滅させようとする。
HPが一瞬でゼロになり、次の瞬間には傷が再生し、HPが元に戻る。
本当に奇妙な感覚だ。
(服は――気にしてる余裕はないですねっ)
シュヴァルツの攻撃で、体だけでなく服も一瞬で消し飛んだのだろう。
再生した十香は全裸だった。
とはいえ、そんな事を気にしている余裕はない。
敵の確認が先だ。
「おー、いてて……」
「ッ!?」
見れば、少し離れたところにグレンは居た。
左腕と脇腹の一部が消失していた。
「やるじゃねぇかよ、お嬢ちゃん。ダメージの『肩代わり』とはなぁ。油断したぜ。高位のアンデッドしか使えねぇスキルの筈だが、狼王なら使えてもおかしくはねぇか」
「……」
今の攻防だけで、こちらの手を完全に読み取ったようだ。
力だけでなく、観察力にも優れている。
とはいえ、相手は左腕を失い満身創痍だ。
このままシュヴァルツが押し切れば勝てる。
十香はそう確信した。
「……勝てるって思ってる顔だな。甘いんだよなぁ」
「なっ――」
次の瞬間、ボゥッ! とグレンの左肩から『炎の腕』が生まれた。
更に抉れた脇腹からも炎が生まれ、全身を包み込んでゆく。
それはリベルが使役する召喚獣イフリートを思わせる姿だった。
この姿こそが、彼の本来の戦闘形態なのである。
「狼王が『闇』なら、俺は『炎』そのものだ。舐めてもらっちゃぁ、困る。これが俺の全力だ!」
『炎帝』の二つ名の通り、彼の力は炎だ。
その力は、彼自身が炎と一体化することによって真の力を発揮する。
グレンの威圧感が先程よりもさらに増した。
「オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアア!」
グレンが叫んだ。
それだけで周囲に一気に炎が燃え広がり、灼熱の地獄と化す。
その高温は息をする事すら困難であり、一般人であれば一瞬で灰になるほどであった。
ダンッ! とグレンは跳躍し、手に持った大剣を振りかざす。
「おらぁ!」
シュヴァルツは咄嗟に闇でガードするがあっさりとグレンの炎は闇を切り裂き、シュヴァルツの肉体へとダメージを与えた。
シュヴァルツは信じられないモノを見るような目でグレンを見る。
『ナンダト……?』
「まだまだぁ!」
更にグレンの猛攻は続く。
ソラのブレスよりも高出力、高密度のエネルギーの斬撃が、僅か一秒の間に数百と放たれる。
もはやシュヴァルツの闇は完全にかき消され、その肉体のあちこちが消し炭へと変わってゆく。
六王の中でも最強と謳われる『狼王』を相手に一方的な攻撃を繰り広げるグレンを見て、十香は言葉を失った。
これが先遣隊であり、異世界人のトップ。
本当に同じ人間なのかと疑いたくなった。
『ガハッ……』
燃え盛る大剣によって、シュヴァルツは背中から腹を貫かれ、地面に縫い付けられる。
十香はそれを黙って見ている事しか出来なかった。
不意に、グレンの眼が十香の方を向く。
その瞳には、十香に対する興味など微塵も浮かんでいなかった。
「さて、次はお前さんの番だけど……」
「くっ……」
「一回殺しといてなんだが、今逃げるんなら見逃すぜ? 今後俺たちに干渉しない、邪魔しないって誓うならランドルの旦那も無理にテメェを殺そうとはしねぇだろうよ」
それはある意味では、彼にとっては破格の申し出であり、十香にとっての最後通牒であった。
答えを間違えれば、その瞬間、十香は消し炭になるだろう。
十香はふぅと息を吐きだし、間違いのない答えを口にした。
「……お断りします。あの人が戦っているのに、私だけが逃げるわけにはいきませんから」
そうだ、逃げるわけにはいかない。
今も離れたところでは、カズトが戦っている。
モモやアカのサポートがあるとはいえ、実質ほぼ一人で先遣隊の一人と戦っているのだ。
対して自分は狼王シュヴァルツと言う、強力な味方が居るのだ。
この状況で逃げては、あの人に笑われてしまう。……それはそれで興奮はするが、きちんと勝利し、ご褒美の名目で色々頼む方が遥かに美味しいに決まってる。
「そうかい。なら殺すしかねぇか」
「ッ……」
グレンの炎が十香を焼き殺そうとする。
するとシュヴァルツに動きがあった。
『――ゥォォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!』
己を地面に縫い付ける剣が突き刺さったまま、無理やり立ちあがったのだ。
剣を抜き取ると、十香の隣に立つ。
その顔には笑みが浮かんでいた。
『フン、アノ人間ノ仲間ダケアル。腑抜ケデハ無イラシイナ……』
しゅるり、と薄い闇は十香の体を覆い、黒いライダースーツのように変化した。
「っ……か、感謝します」
肌を気にする必要がなくなり十香は感謝した。
しかもこの黒いライダースーツを着ていると力が湧いてくる。
どうやらステータスを底上げする効果もあるらしい。
とはいえ、ぴったりと肌に張り付いているので、逆に体のラインが強調され、大変凄い事になっているのだが、それは今は関係ないだろう。
(くっ……まだですか葛木さん。私の『本命』が殆ど効いていない以上、アナタだけが頼りなんですよ……)
こうしている今も、十香はあるスキルを発動させているが、それがグレンに効いている様子はない。
こうなっては、彼女が考えていた作戦通り、さやかの働きに全てが掛かっている。
すると、足元の影が震えた。
シュヴァルツの闇を纏いながら、葛木さやかが姿を現した。
「とお姉様! 準備の方、整いました」
「ありがとう、葛木さん! ナイスタイミングです」
バッと十香は手を上げる。
「眷属の皆さん! お願いします!」
「「「「ウォォオオオオオオオオオオオオ!!」」」」
遠方に控えていた狼王の眷属たちが一斉に吠えだした。
すると、彼らの体から膨大なエネルギーが溢れ出し、シュヴァルツに向かって放たれたのだ。
「……?」
『ウゥ……コ、コレハ……ッ!』
その瞬間、シュヴァルツは己の力が何十倍にも高められたのを感じ取った。
十香が行ったのは、眷属たちからのエネルギーの逆供給。
本来、狼王の力によって高められている眷属たちの力を、『魔物使い』のスキルを使って、狼王に還元したのだ。
さやかは十香に向かってびしっと敬礼する。
「時間はかかりましたが、狼王の眷属全員と『再契約』完了です!」
それは以前、葛木さやかが学校でカズト相手に使った『モンスター強化』の更に上位版。
契約したモンスターの超絶強化――眷属たちの全ての力とスキルが、主であるシュヴァルツ一匹へと集約する。
カズトの『英雄賛歌』と対を成す、モンスター達の英雄賛歌だ。
『ウォォ……ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
シュヴァルツの傷が瞬く間に癒え、力が溢れ出す。
これは元々葛木さやかが持っていたスキルだけの力ではない。
シュヴァルツに心酔し、彼の為に命を懸ける覚悟を持った眷属たちだからこそ成し得た奇跡なのだ。
「おいおいおい、あり得ねーだろ、そんなの!」
その危険性を即座に理解したグレンはすぐに動いた。
力の供給が終わる前に、シュヴァルツの息の根を止めようと炎の大剣を生み出し、首を落とそうとする。
だが――、
「なっ――!?」
ぴたりと、その刃はシュヴァルツの闇に阻まれ、止まった。
先程まで易々と切り裂けていた闇とは比べ物にならない。
信じられない程の密度だ。
『フム……』
自分の状態を確かめるように、シュヴァルツは軽く尾を振るう。
その瞬間、音が、空間が、世界が切り裂かれた。
「がはっ――」
回避も防御も間に合わず、グレンは百メートル以上も一気に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
『成程、随分ト強化サレタヨウダ』
力の具合を確認し、シュヴァルツは笑う。
そして群れの――眷属たちの方を見た。
『礼ヲ言ウ。我ハ良イ眷属共ニ恵マレタ』
「「「「ッ……!」」」」
その言葉に、眷属たちは歓喜に震える。
シュヴァルツに比べ、眷属たちの力は余りに小さい。
そんな自分達が、自らの王の力に成れるなど、正しく望外の喜びであった。
『サテ決着ヲ付ケルトシヨウカ、先遣隊』
彼らの王として、シュヴァルツは高らかにそう言い放った。




