250.VS先遣隊 忍神シュリ その2
『――先遣隊が来たら、まずシュラムの結界を使って彼らを足止めするわ』
何回目かの訓練の時、リベルさんはそう言っていた。
俺は地面から身を起こして彼女の言葉に耳を傾ける。
『来る場所はある程度予測できる。シュラムの分身は事前に配置済みだし、先遣隊が来たと同時に結界を張る。多分一、二時間は持つはずよ。その間に、戦いの準備を済ませる』
『……結界を破られる。もしくは結界をすり抜けられる可能性は?』
『勿論、あるわ。足の速い奴ならシュラムの結界が展開する前に外に逃げれるかもしれない。すり抜ける事も出来るかもしれないけど、そういうタイプは戦闘じゃあまり強くないから先遣隊に選ばれる可能性が低い。結界を抜け出せるのはたぶん二人か三人。私の予想ではシュリ、グレン、ガシュマシュ辺りかしらね。ランドルも抜け出せるだろうけど、アイツはリーダーだから間違いなくその場に留まるはず』
シュリ、グレン、ガシュマシュ、ね。
先遣隊が到着すると同時に、最低でも三人とすぐ戦わなくちゃいけないって事か。
『どんな奴らなんです?』
『シュリはアンタと同じ『忍神』の力を持った暗殺者。速度は先遣隊の中でもトップクラス。そして奇襲と不意打ち、索敵のスペシャリスト。いうなれば、アンタの上位互換ってところかしらね』
『……』
『グレンは『炎帝』って二つ名を持つ炎を操る剣士よ。こっちは攻撃力に関してトップクラス。特に広範囲殲滅に長けている。コイツには数で挑むのは絶対に駄目よ。この二人がランドルの側近で、まず間違いなく先遣隊のメンバーに選ばれてる。ガシュマシュは……まあ正直、選ばれる可能性は低いと思うけど、一応能力や特徴は教えておくわ。ある意味、かなり厄介な奴だから。私ならメンバーに選ばないけど、ランドルならその裏をかいてメンバーに入れる可能性も捨てきれない』
リベルさんは三人目の能力や特徴について説明する。
『――じゃんけんみたいな能力ですね……』
『でしょう? でも一応、頭には入れておいて。他のメンバー候補も教えとくわ。……そのうちシュラムの分身使って訓練もするし』
『? ……分身?』
『ああ、こっちの話。気にしないでー。さあ、訓練を再開するわよ』
『え、もう少し休ませて――ぎゃああああああああああああああっ』
……それからしばらくして、海王様の生み出した自分の分身や先遣隊候補の分身たちと戦わせられるようになったんだっけ?
あれは本当に大変だった。
リベルさんとの会話を思い出しながら、俺は目の前の敵を見つめる。
「――分身の術」
「来るぞ!」
「わんっ」
「きゅー!」
「……!(ふるふる)」
百体以上に分身した先遣隊のメンバー――シュリが迫る。
更に彼女の分身たちが忍術を発動する。
先程と同じく風遁、火遁、雷遁と種類は様々だ。
「モモ、暗黒弾を! キキは常時反射の準備をしてくれ!」
「わんっ」
「きゅー!」
モモの影から無数の漆黒のエネルギー弾が放たれる。
威力はアロガンツの斬撃とほぼ同等。
無数の迫りくる分身と彼女達が放った忍術を相殺する。
「――落日領域」
その瞬間、シュリは落日領域を発動させた。
周囲を強制的に夜に変換させ、スキルの効果を飛躍的に高める『忍神』のスキル。
(――やっぱり使えたか)
そうだよな。俺が使えるんだ。彼女が使えない理由が無い。
だけど、落日領域でスキルの威力が上がるのは俺たちも同じだ。
向こうのスキルだから、パーティーメンバーへの暗視スキルの付与は無いけど、モモたちは暗闇でも問題なく動ける。
単純に自分のスキルを高めるのが目的だろう。
「落岩・爆遁の術」
「なっ――」
その瞬間、空に発生したのは巨大な隕石だった。
赤く燃える巨大な隕石が凄まじい速度で迫りくる。
「アカ! 石化だ!」
「~~ッ!(ふるふる)」
刹那、アカの肉体を数十倍にまで膨張させ一気に石化させる。
石化したアカと隕石が衝突し、一瞬だけ動きが鈍った。
だが防ぎきる事は出来ない。だから――、
「反射!」
「きゅー!」
その瞬間、キキの反射が発動。
隕石をそっくりそのままシュリへと跳ね返す。
「――星斬りの術」
だが跳ね返された隕石を、シュリは忍刀で一刀両断した。
嘘だろ……?
なんであんな細い刃で直径十メートル以上の隕石が斬れるんだよ。
(そもそも何だ、あの忍術は……?)
隕石の忍術も、それを斬った忍術も俺は知らない。
それだけじゃなく、彼女は複数の忍術も同時に発動している。
スキルとの併用は出来ても、忍術の複数同時発動は俺には出来ない。
「――瞬身の術」
「ッ――消え……」
ざわりと、背後から寒気がした。
反射的に前に飛ぶと、そこにはシュリが居た。
ちょうど、俺の首を刎ねる位置で、忍刀を振り下ろしていた。
「ハァ……ハァ……」
「出来損ないのくせに随分と粘るな……」
彼女は舌打ちする。
否が応でも力の差を思い知らされる。
勢いよく啖呵を切ったのは良いが、神力解放やモモたちの力を合わせてもまだ彼女の方が上だ。
(戦闘が始まってようやく二分ってとこか……)
あまり周囲に気は割けないが、先遣隊が来たって事は、海王様の結界はもう発動しているはず。
結界の外に出た大きな気配は彼女を含めて二人。
多分、リベルさんが言ってたグレンって男だろう。
(となれば、リベルさんは他の仲間に最低限の伝令だけ済ませて、次の行動に移ってるはず……)
グレンって奴の近くには、シュヴァルツの気配もあった。
共闘を信じていいなら、間違いなく向こうも戦闘になるだろう。
五十嵐さんや葛木の気配もしたのは気になるけど、今は確かめてる余裕はない。
他の皆の準備が終わるまで、俺がコイツをここに引き止めないと。
「ふぅー……」
でも、どうする……?
一之瀬さんやソラが合流するまであと三分は掛かる。
全力で相手をしてようやく二分もった相手に、あと三分持つか……?
いや、無理だ。その前に死ぬ。
(『英雄賛歌』を発動させる隙は……与えて貰えないだろうな)
英雄賛歌は発動する瞬間、一瞬だが体が硬直する。
その隙を彼女が見逃すはずもない。
タイミングを見誤れば、間違いなく死ぬ。
かといって今のままで戦っても、援軍が来る前に殺される。
(『下位神眼』も常時発動させてんのに……)
死角をなくし、あらゆる角度を見通すこの眼でも、彼女のスピードは捉えきれない。
忍術を発動させるタイミングも、その効果も『視る』ことが出来るのに、対応しきれない。
そりゃそうだ。そもそも地力が違うのだから、単純な力押しで彼女は勝てるのだ。
俺たちのように小細工を使う必要が無い。
「……となれば、やっぱあの方法しかないか……」
もう一個の切り札を使う。
賭けだが、分が悪い賭けではない筈だ。
俺は深呼吸をすると、アロガンツを構える。
……そういえばずっと雷遁を流したままだったな。
やけに静かだと思ったら、痺れて喋れなくなっていただけらしい。
悪いけど、もう少しだけ痺れたままでいてくれ。
「疾風走破!」
「遅いっ!」
俺は疾風走破を使い、シュリに接近する。
だがそんな俺をあざ笑うかのように、シュリの姿が消える。
「おらあああああああああああああああっ!」
その瞬間、俺はアロガンツを握りしめ、四方八方に斬撃を振るった。
雷遁を付与した特大の斬撃の渦だ。
それは周囲の建物を破壊し、巨大な土煙を発生させる。
煙によって視界が塞がれ、シュリの気配も消えた。
その中で――、
「――瞬身の術」
「がはっ……」
シュリの忍刀が俺の心臓を貫いた。
「終わりだ。低俗な猿の猿真似にしては粘った方だがな」
「ああ、そうだな……」
――お前がな。
その瞬間、俺はアロガンツを手放し、シュリの腕を掴む。
「ッ――!?」
「油断してくれてありがとよ。お前が油断せずに分身を使ってたら俺の負けだった」
だが『下位神眼』を使ってるから分かる。
彼女は本物だ。
その腕を、しっかりと握りしめる。
「アロ、ガンツ……」
俺の声に応じるように、地面に突き刺さったアロガンツから雷が発生する。
付与した雷遁はまだ継続されている。
この距離なら躱せない
「ぐっ、貴ッ様ああああああああああ」
青白い雷によって、彼女の体が痺れ、焼かれる。
とはいえ、やはり先遣隊のメンバーだ。
多少のダメージは負っても、致命傷には至らない。
でも体は動かせないだろ?
「撃て、モモ」
「わぉぉおおおおおおおおおおんっ!」
「ぐっ――ぐああああああああああああああ」
モモの暗黒弾が炸裂する。
腕を掴まれ、雷撃によって痺れて体を動かせない彼女はその攻撃をもろに喰らう。
「がはっ……き、貴様らあああああああああ! 爆遁の――」
「雷遁の術!」
彼女が忍術を発動させるよりも先に、俺は更に電撃の威力を上げる。
「あが……がっ……」
威力を増した雷撃によって、彼女の忍術は強制的にキャンセルされる。
ああ、視界がちかちかする。
血が流れて、力が抜けそうになる。
まだだ。まだ耐えろ。
あともう少しだけ。
もう少しだけ、彼女をこの場に押しとどめろ。
「離せ……! 離せ、この猿がああああああああああああ!」
「あああああああああああああああああああああああああっ!」
絶対に離さない。
渾身の力を込めると、貫かれた胸から血が溢れ出す。
痛い、痛い、痛い。
「わぉぉおおおおおおおおおおんっ! わぉぉおおおおおおおおおんっ!」
再びモモが暗黒弾を撃つ。
命中、命中、命中。
一発、一発がソラのブレスを凝縮したような威力の攻撃を、更に十発以上浴びるとようやく彼女は倒れた。
「ハァ……ハァ……ハァ……やったか……?」
止めを……いや、傷の手当てが先だ。このままじゃマジで死ぬ。
てか、心臓に刃が刺さって、この出血でまだ意識があること自体奇跡だ。
俺は彼女が気を失っているのを確認すると、心臓に刺さった刃を抜く。
そして即座にアイテムボックスからそれを取り出した。
――『癒しの宝珠』。
たった一度だけ、どんな傷でも呪いでも病でも治してくれる回復アイテム。
それを手に握りしめると、淡い光と共に傷が完全に消え去った。
『求道』と『癒しの宝珠』。俺が持っていた二つの切り札。
最初の一人でそれを両方とも消費させられてしまった。
「だけど、これで――」
「これで――なんだ?」
「ッ!?」
ぎょろりと、黒こげになったシュリの眼が、俺を見ていた。
嘘だろ? もう目を覚ましただと?
あの傷ですぐ目を覚ますはずがないと油断していた俺は動くのが一瞬遅れた。
彼女は凄まじい速度で蛇のように這い、俺の足首を掴んだのだ。
見ればその腕は所々がひび割れ、その隙間からは激しい光が漏れている。
「まさかここまでやるとはな……。危険だ……貴様は危険だ! 貴様は我らの障害となる! 貴様だけは、絶対に生かしておくわけにはいかん!」
「まさかお前――! モモっ!」
「わんっ」
彼女が何をしようとしたか俺にはすぐに分かった。
即座に影を広げ、モモ達を影に退避させる。
だが彼女に足を掴まれた俺だけはその場から動く事が出来なかった。
「死ね、猿が」
モモ達を影に避難させるのとほぼ同時に――凄まじい爆発が全てを破壊した。
告知
12月14日に本作の紙媒体の四巻及び電子の五巻が発売となります
書籍四巻には書き下ろし特典が、電子の五巻はほぼ書き下ろしの内容となっております
何卒よろしくお願いします




