246.頂点の総評と決意
「んじゃ、今日はこれで解散。お疲れ様ー」
今日も地獄の訓練がようやく終わった。
俺だけじゃなく一之瀬さん達もボロ雑巾のようになって砂浜に倒れている。
(くっそー、全然勝てん……)
あれから一週間近く海王様の分身たちと模擬戦を繰り広げているのに俺たちは全然勝ち星をあげられないでいた。
というのも、海王様の分身たちがチートすぎるのだ。
(途中で相手が変わるとかありかよ……)
戦闘の途中で分身たちがちょくちょく姿を変えるのだ。
俺の分身と戦っていたかと思えば、一瞬で先遣隊のメンバーに姿を変える。
かと思えば、一之瀬さん、六花ちゃん、モモ、ソラ、西野君、紐等々。
変幻自在に姿を変え、その度にスキルや戦闘スタイルが切り替わる。
その変化と手数の多さに俺たちは未だに勝機を見いだせずにいた。
「安全地帯に戻ったら回復薬だけじゃなく、出来るだけ回復スキル持ちに治療させなさいよ。その方が相手のレベルも上がるから」
「ハァ……ハァ……了解」
それじゃあ柴田君に頼もう。
二条はちょっとアレだしな……。なんか治療の時にやたらとべたべた触ってくるんだよなぁ。それに顔がちょっと怖いし……。
「ああ、そう言えば」
「?」
リベルさんはふと俺の方を見た。
「カズト、アンタ今までの訓練で一度も『全力』出してないけど、どうしてかしら?」
「へ……? いや、俺はずっと全力でしたけど?」
あんな訓練、手を抜いて行えるわけがない。
少しでも気を抜けば、その瞬間にマジで死ぬんだから。
「……成程、自覚は無しか」
一方で、リベルさんは何やら納得がいったという感じに頷いている。
「じゃあ言い方を変えるわ。アナタ、ずっと奈津たちを自分の攻撃に巻き込まないように戦ってたわよね? なんで?」
「え? いや、そりゃあそうでしょ? 普通の忍術やスキルならまだしも、超級忍術なんかは威力も攻撃範囲も大きいから周りに被害が及ばないように調節するしかないでしょう」
「そうね。その通りね」
「……?」
「でもそれは言い換えれば、常に力をセーブしているのと同じでしょう?」
「え……あっ」
俺はそこでハッとなる。
「ようやく気づいたようね。そう、カズト――アンタは強くなりすぎた。無意識に味方に被害が出ないように常に力をセーブして戦ってるわ。アンタが本当の意味で全力を出せるのは、一人の時か、『英雄賛歌』を発動して、味方が強化されてる時だけ」
「……」
「これはアンタが悪いわけじゃない。むしろ『早熟』の保有者なら必ずそうなる。アンタの成長速度に周りが追いつけなくなるからね」
「……」
リベルさんの言葉に、俺だけでなく一之瀬さん達も耳を傾けていた。
彼女の言っている事は紛れもない事実だからだ。
「だからアンタはこれからレベルアップ以上に、スキルの熟練度を上げなきゃいけない。周りに誰が居ようとも、被害を気にすることなく戦えるようにしないといけないの」
「……それって矛盾しているのでは?」
スキルの威力が強力過ぎて周りに被害が出ないようにセーブしているのに、それを気にする事無く戦えるようになれなんて。
いや、リベルさんの言わんとしている事は分かる。
ようは俺がまだ自分自身の力を完全に使いこなせていないのだ。
俺が自身の力を十全に扱えれば、周りに誰が居ようとも敵だけに集中してスキルを使えるようになるのだから。
「理解出来たようね。それが出来れば一人前よ。私やシュラム、先遣隊と同じ土俵に立てる。アンタはもうそれくらいの下地は出来上がってるの。あとは使いこなせるかどうか、それだけ」
「……分かった、頑張るよ」
「うん、よろしい」
俺が頷くと、リベルさんは二カッと笑みを浮かべた。
続いてぽよん、ぽよんと海王様も近づいてくる。
海王様は俺の前に立つと、おもむろにリベルを殴り飛ばした。
「へぶっ!?」
『では、私からもこれまでの訓練の総評を伝えよう』
「あの、海王様……?」
『問題ない。必要な工程だ』
……もう突っ込まないでおこう。
砂浜に頭から突き刺さったリベルさんを見て、俺はスルーすることを決めた。
『まあ、君に関してはあ奴が言った事とほぼ同じだ。より己の力を使いこなす。せっかく多彩なスキルを持ち合わせているのだ。熟れればより面白いスキルの組み合わせも出来るだろう。その手本は、分かるだろう?』
「ええ、これまでの模擬戦で嫌という程見せて貰いましたから……」
海王様の分身たち。
途中、途中で姿を変化させ、変幻自在、千差万別の戦術を見せたあの戦い方こそ、俺の目指すべき到達点なのだろう。
五つの職業、大量のスキル、忍術、アイテムボックスに収納された無数の武器や忍具の数々。
それらを全て使いこなす事が出来れば、海王様の分身も打ち破る事が出来るだろう。
「頑張ります」
『よろしい』
海王様はぷるんと震えると、次に一之瀬さん達の方を向く。
『次に君達だが――』
海王様はそこで一旦言葉を区切り、
『君達の弱点は明確だ。君達は集団で戦えば非常に強いが、分断されると想像以上に脆い』
「「「……」」」
海王様の言葉に、一之瀬さん達は渋い顔を浮かべる。
自覚があるのだろう。
これまでの模擬戦で思い知らされた。
海王様の分身たちは集団で戦う時は、終始俺たちが個々で戦うように仕向けていた。常に俺たちを分断し、チームワークを発揮できないようにした。
その結果、俺たちは本来の力を発揮できずボロ負け、連敗した。
『とは言え、それは彼女達の戦闘スタイル故だ。一之瀬奈津の『狙撃』、五十嵐十香の『精霊召喚』、相坂六花の『鬼化』はそれぞれ遠距離、中距離、近距離においては理想的な戦闘スタイルといえよう』
一点特化の戦闘スタイル。
それぞれの分野において彼女達は非常に強い。
だからこそ、それ以外の土俵に立たされると、彼女達は弱くなる。
一之瀬さんや五十嵐さんは接近されれば、六花ちゃんは遠距離から撃たれれば、ほぼ負けが確定してしまう。
『個々の地力を上げる事は勿論だが、それに加えてもう一つ特別な訓練を追加しよう。それを乗り越えれば君たちは早熟の所有者と同じ土俵に立つ事が出来る。安心しろ、君たちはもっと強くなれる。私とあ奴がそれを保証しよう』
「「「……はいっ」」」
その言葉に一之瀬さん達の表情が明るくなる。
そうだ、俺たちはまだまだ強くなれる。
もっと頑張らなければ。
だから海王様、そろそろ砂浜に刺さったリベルさんを抜いてあげて下さい。
「ふー、砂の中って変な匂いするわね。ぺっぺっ」
『……もう少しそうしていればよかったものを』
砂から起き上がったリベルさんを海王様は忌々しげに見つめる。
「私はシュラムに用があるから、アンタ達は先に帰ってていいわよ」
「? 分かりました」
リベルさんと海王様を残し、俺たちはその場を後にする。
(さて、拠点に戻ったらステ振りかな……)
この一週間の訓練で一気にLV15まで上がった。
一旦ステ振りは保留にしてたけど、そろそろ頃合いだろう。
大量に溜めこんだポイントの使い道に俺は内心ワクワクしていた。
――カズト達が居なくなった後、リベルは砂浜に座り込んだ。
お気に入りのジャージとローブが砂まみれになるが、既に頭から砂に突っ込んでいるのだ。今更だろう。
海王シュラムもその横に並ぶ。
「さて、静かになったわね」
『ああ……』
これからする会話は彼らには聞かせられない。
だから二人きりになる必要があった。
「……シュラム、率直な意見を聞かせて。このまま彼らが順調に成長し、その上で私達と先遣隊が戦えばどうなると思う?」
『……そうだな』
シュラムはしばし黙考し、
『勝てる可能性はあるだろう。だが犠牲は避けられない。私や貴様、そして当代の狼王や竜王候補が命を懸けたとしても、彼らの半数以上は犠牲になるだろうな……』
全ての戦力を結集し、全てが上手くいったとしても、カズト達の半数以上は命を落とす。
それがシュラムの予想だった。
それを聞いてリベルは大きく息を吐きだす。
「やっぱりかぁー」
そしてそれはリベルの予想と同じだった。
運や相性、偶然、奇跡、全てを加味しても良くて半分。悪ければ全滅。
たった十数名の犠牲で、この世界の残りの人々を救えると考えれば安い代償かもしれない。
だが必要な犠牲だと割り切る事など出来ない。
リベルもシュラムも、それだけカズト達の事を気に入っていた。
「……せめてあと二年、いや一年あればなぁー。そんだけの時間があれば、彼らは先遣隊や私達だって超える事が出来るのに」
それだけ彼らの未来は可能性に満ちていた。
だが現実は待ってくれない。先遣隊との決戦まであと四か月も無いのだ。
皮肉にもアンデッドの身になって初めてリベルは時間が惜しいと思った。
『お前は何時も時間を無駄にしていたからな』
「反省してるわよ。だから……どうにかなるなら、どうにかしたいわ」
『足掻くしかなかろう。諦めていたら最初から何も始まらん』
「……全くその通りね」
『……』
水面を見つめるリベルの横顔を見て、シュラムは不安に駆られる。
これは良くない事を考えている時の表情だ、と。
『……リベル、妙な事を考えるなよ。お前一人の犠牲でどうにかなるほど、先遣隊は弱くない』
「……別にそんなこと考えてないわよ」
『ならばいい。言っておくが、私は命を懸けるつもりはあっても、命を捨てる気は毛頭ない。そして必要な犠牲だと割り切るつもりもない。彼ら全員が生き延びる以外に、私が選ぶ未来はない。これは決定事項だ』
「おーおー、流石、海王様ですねー。かっちょいいわ」
『茶化すな。言っておくが、リベルよ』
「なによ?」
『全員で生き延びる。その中には当然、貴様も含まれている。その事を忘れるな』
「――」
『もう一度言うぞ。命を懸けても、命を捨てることだけは絶対にするな。約束だ』
「……ええ、約束するわ」
ならばいい、とばかりにシュラムは話を打ち切り、海の中へと沈んでゆく。
その姿を、リベルはずっと見守っていた。
先遣隊との決戦の時は、刻一刻と迫っていた。




