244.カズトの敗北と海王様との訓練
その日、俺は紐に敗北した。
凄まじい破壊力だった。
ただの紐はただの紐じゃなかったのだ。
だがその後、俺は一之瀬さんと六花ちゃんにボコボコにされた。
記憶が飛ぶくらいにボコボコにされた。
俺はいったい何を見たのだろう?
何も思い出せない。
思い出そうとすると頭がとてつもなく痛むのだ。
「きっと何か良くない事があったんですよ。思い出さない方が良いと思いますよ?」
「そーそー。いつまでも悩んでるなんて、おにーさんらしくないよ?」
良く分からないが、一之瀬さんと六花ちゃんがそう言うなら、きっとそうなのだろう。
視界の端で五十嵐さんがやたらと震えているのもきっと触れちゃいけない事なのだ。
……てか五十嵐さんってハイネックタイプのビキニだったっけ?
なんか別の水着を着てたような……うっ、頭が痛い。
きっと気のせいだな。そうに違いない。
という訳で、俺たちは海にやってきた。
「さて、それじゃあ海に来た理由を説明しましょうか」
リベルさんはモノキニタイプの水着にいつものローブを羽織っていた。エロい。
手に持った杖を振ると、海が割れ、海王様が現れる。
『久しいな、早熟の所有者よ』
「お、お久しぶりです……」
と言っても数週間程度だけど。
相変わらず凄まじい威圧感である。見た目はアカと変わらないのに。
半神人に進化した今では、その強さをよりはっきりと感じる事が出来る。
海王様、マジ化物だ。
「わんっ」
「……(ふるふる)♪」
すると海王様の後ろからモモとアカが飛び出してきた。
砂浜を一気にかけて、俺にダイブしてくる。
もふもふ、ぷにぷにである。ありがとうございます。
「そっか、モモとアカは力の受け渡しに来てたんだよな」
「わんっ」
「……(ふるふる)」
アカは海王様の後継者として力の受け渡しを、モモは移動役として手伝いをしていた。
今日も朝からそっちにかかりっきりだったから、急に俺たちが来たのが嬉しかったのだろう。
これでもかって体をすり寄せてくる。
ラブリー、癒されるわ―。
『力の受け渡しは順調だ。やはりその子は飲み込みが良い』
「ありがとうございます。そう言って貰えると、俺としても嬉しいですね」
『あ奴はどうだ? 向こうでも元気にしているか?』
海王様のいうあ奴とは、赤クラゲの事だろう。
海王様の端末として、俺たちの元に出向中のスライムクラゲの上位種だ。
最初の頃に比べて、今ではすっかり俺たちの生活に馴染んでいる。
「元気ですよ。西野君たちとも仲良くやっています」
『……そうか。それならいい』
てか、海王様、わざわざ聞かなくても、赤クラゲの状況くらい把握できるだろうに。
すると海王様は、俺の考えが伝わったのか、体をぷるぷると震わせた。
『……緊急時以外は、なるべく眷属への干渉は控えるようにしているのだ。私は眷属の生き方や生活にまで手を出すつもりはない。成功も勝利も、後悔も失敗も、自分で選択し、進んだ道だからこそ意味があるのだ。私が導いてしまっては、あ奴からその可能性を奪ってしまうであろう?』
「そうですか……」
相変わらず、スライムなのに凄く人格者である。
『それで、今日はどうしたのだ? 何か急用か?』
「そうそう、シュラム、アンタに頼みたいことがあるのよ」
『今回のこの子への力の受け渡しは既に終わっている。何か頼みがあるのなら聞くぞ?』
「いや、あの海王様……?」
俺の隣でリベルさんが普通に話しかけてるけど……?
「シュラム、ねえ、ちょっと?」
『しかし、ふむ……早熟の所有者よ。君はまた強くなったようだな』
「え、分かるんですか?」
『当然だ。進化したのだろう? 感じるエネルギーが以前とは桁違いだ。これ程の強さの者は、我らが元居た世界でも数えるほどしかいなかった。誇っていいと思う』
「そう言って貰えると嬉しいですね。……でも先遣隊はもっと強いんですよね?」
『まあ、そうだな。彼らは文字通り我らが居た世界の頂点の集団だ。一国ではなく、世界中の国々の中から更に選りすぐられている。その高みは、そう簡単にたどり着けるものではない』
「……」
世界の頂点にいる集団。
向こうの世界でも最強格の海王様がそこまで評する者達。
本当にとんでもない連中と戦おうとしてるんだな俺たちは……。
「そうね。でも安心しなさい! その為の私たちが居るわ! で、シュラム、アンタに頼みが――」
『だがそう悲観するな、早熟の所有者よ。君はその力を手に入れてから僅か二ヶ月程度で、そこに迫る強さを手に入れているのだ。先遣隊にしてみたら、君の成長の方がよほど脅威だろう』
「そう、ですかね……」
『そうだとも。それに君には信頼に足る仲間がいるだろう? 先遣隊の者達は、確かに力は強いが、我が強く、個々の繋がりは薄い者達が多い。仲間の力を信じるのだ。決して、一人で戦っているのではないということを忘れるな』
「はい、そうですね……」
そうだ、海王様の言う通りだ。
俺たちには仲間がいる。その力を信じるしかないんだ。
「……」
だから海王様、そろそろリベルさんの話を聞いてあげて下さい。
ほら、砂浜の隅でいじけ始めてますから。
一之瀬さん達もどうしていいか分からず困惑してますから。
『……ちっ。おい、リベル。話があるのだろう? さっさと話せ』
舌打ちした。
海王様、今舌打ちしました?
てか、無視してたのは海王様の方ですよね。
『早熟の所有者よ、あれを甘やかしてはいかん。甘やかせばすぐに調子に乗るのだ』
「そ、そうですか……」
海王様、ほんとリベルさんには厳しいよね。
まあ、それも仲間と思ってるからこそだと思いたい。……そうだよね?
という訳で、ようやく本題に入ろう。
『――つまり、私に彼らとの実戦をしてほしいと?』
「そうなの。私と戦っても、もう慣れちゃって経験値の実入りも少なくなってるの。かといって半端なモンスターじゃ、今のカズト達だと余程の数を倒さないとレベルは上がらない。そうなると、残るは他の六王クラスとの実戦しかないのよね。短期間でレベルを上げるには」
『成程な……そう言う事なら、喜んで力になろう』
そう言うと、海王様はプルプルと体を震わせ、思いっきりリベルさんをブッ飛ばした。
錐揉み回転したリベルさんが頭から砂浜に突き刺さる。
「へぶぁ!?」
『さて、では早熟の所有者、それに他の者達よ。訓練を始めようか』
え、ちょっと待って?
今、なんでリベルさんをブッ飛ばしたの?
「あの、今のは……」
『問題ない。必要な工程だ』
「え?」
海王様は体の一部をぷにっと突き出して、砂浜に刺さったリベルさんを指差す。
よく見ればその体には海王様の体の一部が付着していた。
それはアメーバのようにうねうねと蠢き、膨張すると更に四つに分裂した。
「……(ふるふる)」
「……(ふるふる)」
「……(ふるふる)」
「……(ふるふる)」
四つの肉片は更に膨れ上がり、やがて人の姿へと変形する。
俺、一之瀬さん、六花ちゃん、五十嵐さんと全く同じ姿へと。
『まず、最初の訓練だ。各々、自分に擬態した分身を倒してみせよ』
海王様の声に応じるように、俺たちに擬態した分身たちは武器を具現化させる。
忍刀や、銃、鉈、それに五十嵐さんの分身は周囲に精霊の炎を具現化させてる。
「これって……まさかあの分身、俺たちのスキルまで?」
『その通り。スキルの精度は七割程度まで落としているが、ステータスは君達よりも上だ。敵、味方問わず、その姿に擬態し、能力を使える分身体を作りだす――これが我が固有スキル『群生領域』の能力だ』
チートにも程がある能力だった。
『己自身と向き合ういい機会になるだろう。さあ、掛かれ!』
「「「「……(ふるふる)ッ!」」」」
海王様の合図と共に、俺たちの分身体が一斉に動き出した。
……ていうか、ちょっと待って。俺たちが水着になった意味は?
海王様の固有スキル『群生領域』
自分の分身を他者に変化させる。ステータス及びスキル精度は相手との力量差に応じて変化、調節可能。その場にいない者や物でも変化可能。掛け合わせも自由自在。胸も盛れる。アカの『完全模倣』の完成版とでも言えるスキル。チートの権化。
尚、分身を倒しても経験値はもらえる。




