24.屋上
どうする?
追いかけるべきか?
でも、あのヘリが向かっている方角は、あのハイ・オークが居るショッピングモールだ。
多分だが、アイツはまだあそこに残っている。
その証拠に、俺の『危機感知』はビンビンに警鐘を鳴らしている。
『まだ』そっちには行くな。
行っちゃいけない、と俺に訴えてくる。
前回、俺は自分の好奇心を優先し、この『警鐘』を無視して行動した。
その結果、ハイ・オークに出会い、命を危険にさらす羽目になった。
その反省を生かして、向こうには近づかないと決めたばかりじゃないか。
それを自衛隊が駆けつけたという理由だけで覆していいモノか?
いや……でも……でもだ。
日本の自衛隊は優秀だ。
こと白兵戦においては世界でもトップレベルだって聞くし、銃火器だって持ってるだろう。
自販機や洗濯機よりも、遥かに殺傷能力の勝る武器を持つ自衛隊が、多少手強いとはいえ、そうそうモンスターに負けるとは思えない。
「うーん……」
ガリガリと頭を掻く。
どうする?追うべきか?
それとも、しばらくはどこかで様子を見るべきか。
今の俺には、『望遠』のスキルもあるから、近づかなくとも様子を窺う事が出来る。
この辺にある高台……アパートの屋上とかなら、『望遠』でショッピングモールの様子を俯瞰して見る事が出来るかもしれない。
その後で、安全かどうか判断して動いても、遅くはないんじゃないか?
うん、多分それがいい。
安全第一で行くべきだ。
「となると……あのマンション辺りが丁度いいかな?」
生協の正面から百メートル程離れた場所に在るあのマンション。
あそこの屋上からなら、遠くの様子も窺えるだろう。
それにあのマンションからは、それほど『嫌な感じ』がしない。
行っても問題ないだろう。
「モモ、そのまま『影』に入っててくれ。このまま移動する」
「わん」
モモを『影』に入れたまま、俺たちは移動する。
勿論、『気配遮断』、『無音移動』、『索敵』や『敵意感知』はきちんと発動させている。
奇襲は常に警戒しないといけないからな。
移動する途中で、ゾンビを三匹ほど倒す。
瞬殺だ。ゾンビ位なら、もう苦も無く倒せるな。
でも、意外とモンスターの気配が少ないな。
この辺りはそれほどモンスターが居ないのだろうか?
「あれ……?」
ふと、俺は地面に気になる物を見つけた。
「……魔石だ」
赤色の魔石。
収納してみると、『ゾンビの魔石(極小)』と表示された。
コンビニの時みたく、倒したやつが気付かずにそのまま放置しちゃったのか?
ま、ありがたく頂いておこう。
再び移動を開始する。
「あれ?またあった」
数十メートル移動すると、再び魔石を拾った。
ツイてるな。
だが、マンションが近づくに従って、俺は違和感を感じ始めた。
「……まただ」
また地面に魔石が落ちていた。
「これで何度目だ……?」
拾った魔石の数は、既に二十は下らない。
おかしい。これはいくらなんでもおかしい。
偶然、別々の人物がモンスターを倒して、気付かずに魔石を放置した?
そんな事、あり得るか?
じゃあ、仮に同一人物だとしたら、どうしてそいつは魔石を放置する?
なぜ拾わない?
気づかなかったから?
それとも、『拾う事が出来なかった』から?……どういう状況だよ、そりゃ。
「…………ん?」
そんな風に俺が悩んでいると、急に『索敵』が、人の気配を感じ取った。
それも一人じゃない。
索敵の範囲に引っかかるだけでも五人以上いる。
「モモ、ちょっと移動するぞ」
「わん」
目的地の直ぐ傍だし、少し気になったので、気配のした方へ向かう。
壁の陰に隠れて様子を窺うと、数人の大人達が、慌てて家やマンションの窓から飛び出している様子が見て取れた。
「おい!見ろ!ヘリだ!自衛隊が助けに来てくれたぞ!」
「あっちだ!ショッピングモールの方だ!」
「助かる!私達、助かるのね!」
「急げ!早く行くんだ!」
「あ、アナタ待ってッ……!」
「馬鹿野郎!財布や印鑑なんて置いて行け!それより早く行くぞ!」
叫ぶ人たちの表情には全く余裕が感じられない。
一刻も早く助かりたい、この状況から脱したいという想いがありありと浮かんでいた。
家に籠って静観を決め込んでいたが、自衛隊のヘリを見て、慌てて行動を開始したのか。
うん、その気持ちはすっげーよく分かる。
余程慌ててたのか、中には裸足のまま走っている奴もいた。
連中は他の人の事などお構いなしに、我先にとショッピングモールへ向けて駆けてゆく。
おいおい、そんな目立って行動しちゃ、モンスターのいい的だぞ?
武器らしい武器も持ってないじゃないか。
そんな重そうなリュック背負うくらいなら、包丁の一つでも手に持った方が良いんじゃないの?
わざわざ口に出して忠告はしないけど。
そんな彼らを少しばかり眺めた後、俺たちは再びマンションへ向かった。
うん、勿論スルーだよ。
だって、俺にメリットなさそうだし。
マンションにたどり着く。
結局、ここに着くまでに三十個近い魔石を拾った。
「閑散としてるな……」
『索敵』の範囲内に感じる人の気配は少ない。
籠城を続けてる人もいるようだが、マンションの規模からすれば微々たる数だ。
人気のない階段を上り、屋上へ向かう。
エレベーターもあったけど、どうせ使えないだろうからね。
モンスターの気配も無かった。
なので、物の数分で最上階へたどり着く。
「……鍵はかかってないな」
普通、屋上って立ち入り禁止だよな。
何で開いてるんだ?
……誰かが居たのか?
「……」
ゆっくりとドアノブを開け、屋上に出る。
『索敵』で、屋上には誰も居ないことは確認済みだ。
心地よい風が頬をくすぐった。
うん、大丈夫だ……誰もいない。
しかし、なんかマンションの屋上ってソワソワするよな。
がらんと空いた開放感あふれるスペース。もしココを自由に使えたら……なんて妄想、誰だってするんじゃないだろうか?
立上り部まで移動すると、街の景色が一望できた。
おおー、俺の住んでたボロアパートよりもよく見える。
『望遠』を使うと、ショッピングモール付近の様子もよく見る事が出来た。
「よし、モモでてきていいぞ」
「わん」
モモも影から出てきて、俺の傍に寄り添う。
そのまま息をひそめ、俺たちはヘリの様子を窺う事にした。




