238.先遣隊について
目が覚めた。
なんかここ最近、気を失ってばっかだな。
ベッドから身を起こすと、一之瀬さんが居た。
「あ、クドウさん、目が覚めたんですね」
「……そちらこそ」
読んでいた漫画を閉じると、俺の方に向き直る。
隣の部屋からは西野君や六花ちゃん、ついでに五十嵐さんの気配も感じる。
みんなも無事に目を覚ましたらしい。……いや、訓練だし死んでるわけはないんだけど、あの惨状を見ちゃうとね……。
「聞きましたよ。私達が気を失ってる間に、リベルさんと戦ったって」
「ええ、コテンパンにやられました」
進化してかなり強くなったと思ったけど、やっぱりリベルさんは別格だ。
しかもあれでまだ本人が強くなるつもりでいるのだから恐ろしい。
まあ、味方としてはこれ以上ない程心強いけど。
「体は……うん、問題ないです。骨も折れてないですし」
「問題ないって……ベヒモスに圧し掛かられたって聞きましたけど?」
「ええ、多少重かったですが、ステータスが上がってたおかげで何とか無事でした」
「えぇー……」
一之瀬さんは信じられない物を見るような視線を向けてくる。
「あの巨体に潰されて『重かった』で済むっておかしいですよ。クドウさん、進化して増々人間離れしてきましたね」
「……強く否定できないところが辛いですね。でも一之瀬さんもLV30に上がったでしょう? 進化先は確認したんですか?」
「ええ、勿論しましたよ。候補は全部で五つありました。――これです」
一之瀬さんは一枚のメモ用紙を俺に寄越す。どうやら事前にメモしておいたらしい。
『進化先』
・超人
・仙人
・高位機械人
・常世人
・半女神
超人と仙人は俺の候補先にもあったな。前回の進化先でも被ってる種族があったし、最初の方に表示される種族は、特定の条件を満たしてなくても選べる共通種族って感じなのだろうか?
三つ目の高位機械人は、以前の進化先に出てた機械人の上位種だろうな。
四つ目の常世人ってのはどういう種族だ? 字面だけだとよく分からないし、要検索だな。あと読み方も分からない。
最後の半女神はおそらく俺の半神人の女性版だろう。こっちも詳しく調べて見ないとな。
「クドウさんに調べて貰ってから決めようと思いまして」
「そうですね。あ、念の為、最初の二つも調べておきますね。種族名は同じでも、俺とは異なる場合もありますから」
「ですです、お願いします」
「一之瀬さんの人間卒業先ですし、念入りに調べないとですね」
「むぅ、からかわないで下さい。……もしかして、さっきの気にしてます?」
「全然気にしてないですよー」
「明らかに気にしてるじゃないですかー! もうっ」
「あっはっは、お返しです」
一之瀬さんはふくれっ面でぽかぽかしてくる。可愛い。
「おー、昼間っからいちゃついてますなー、ご両人」
「クドウさん、体は大丈夫ですか?」
西野君と六花ちゃんが部屋に入ってくる。
「「いや、別にいちゃついてなんていないですよ」ないってばっ」
俺と一之瀬さんの声が綺麗にハモる。
「息ぴったりだねー」
「……ぁぅ」
一之瀬さんが顔を真っ赤にして俯いてしまった。
それをみて六花ちゃんがニマニマしている。
……うん、なんかすいません。
微妙な空気のまま、リビングに向かうと、リベルさんが待っていた。
五十嵐さんは部屋の隅でキキやシロと戯れている。……意外な組み合わせ。
「おー、目が覚めたみたいね。体も大丈夫そうで安心したわ。心配してたのよー」
そう言いつつも、リベルさんの視線は手に持ったマンガ本に釘付けだ。
タイトルは伏せるが、突然手にした死神の力を使って仲間を守るオレンジ髪の少年が主人公のアレだ。
「ちっとも心配してそうな感じに見えませんよ」
「いやいや、心配してたわよ。でもこの本の続きが気になって仕方なかったのよ。だってこのメガネかけた隊長さんめちゃくちゃ強いじゃないの。再登場からの衝撃の展開の連続で、こんなのめっちゃ続き気になるじゃない。あと台詞回しもカッコいいわ」
「あ、うん、そうですね……」
その辺は、あの世編のクライマックスだものね。正直、めちゃくちゃ面白い所だものね、分かる。
すると一之瀬さんはおもむろに眼鏡を取り出して、髪をかき上げる。
「――私が天に立ちます」
止めろ、怒られる。
「……ナツ、貸して。私もそれやりたい」
「どうぞ」
「リベルさん、真似しないで下さい。一之瀬さんも止めて」
それ以上はもうホント止めろ。
あと眼鏡って言った瞬間、五十嵐さんがビクッと震えてた。違う、アナタじゃないから。
リベルさんは伊達眼鏡をかけた後、俺の方を見る。
「――で、どうだった?」
「どうとは?」
「進化して、実際に戦ってみた感想」
「……」
「私から見た感じ、急激に上がったステータスに体が慣れてないって印象だったわね。スキルの使い方も同様。戦術や状況判断は中々だったけど、詰めは甘かった。強化した力を十分に使いこなしてたらもっと戦えてた筈よ」
……悔しいけど、その通りだ。
マンガ本片手に言われるのは癪だけど、リベルさんの評価はおおむね正しい。
「それと自分の弱点も気付けたんじゃない? 今後はきちんと直した方が良いわよ」
「え……?」
俺は首を傾げる。
するとリベルさんは初めて本から目を離し、俺の方を見た。
「なに、アンタ気付いてなかったの?」
やれやれと、リベルさんは首をふる。
なんか妙にイラッとした。
「なんですか、俺の弱点って?」
正直、心当たりがありすぎてどれか分からないんだけど。
「自分で気付けないなら、私が教えても意味ないわよ。ま、これからの訓練でたっぷりと気づかせてあげるから心配しないで」
「まどろっこしいですね」
「すぐ答えを欲しがっちゃ成長しないわよ。先ず考えて、自分なりの答えを出してみなさい」
「そりゃまあ、そうですけど……」
ちょっと納得していない感じの俺を見て、リベルさんは溜息をつく。
「まあ代わりと言っちゃなんだけど、そろそろ話しておこうかしらね」
「何についてですか?」
「――先遣隊について」
その言葉に、俺たちはぴたりと動きを止める。
それまでの緩やかな空気が一瞬にして張りつめた。
「予想されるメンバーと、その強さ、能力、私が知る限り全部教えておくわ」
「……そっちは素直に教えてくれるんですね」
「勿論。傾向と対策はいくらしておいてもいいの」
「じゃあ、もっと早くに教えてくれてもよかったじゃないですか」
「無理よ」
「どうして?」
「だってアナタ達が強くなってからじゃないと、心が折れるかもしれないと思ったからよ。先遣隊は強いわ。今のカズトが三人居て、ようやく先遣隊のメンバー一人と互角ってとこかしら。次元が違いすぎる相手の情報なんて、弱いままだとノイズにしかならないのよね」
……すいません、その言葉を聞いてもう心が折れかけてるんですけど。
というか、実際一之瀬さんをはじめ、全員固まってる。
「……俺たちと先遣隊の間には、まだそれだけ力の差があるんですか?」
「ええ、でも誤解しないでほしいけど、今言ったのはあくまでカズト一人だけで戦った場合よ。ナツやモモ達の協力や、相手の相性次第では十分勝機がある。だからそこまで悲観的になる必要はないわ」
「……ならそう言って下さいよ。正直、心臓に悪い」
「ごめんなさいね。でも緊張感は必要でしょう? 慢心の予防にもなる。まあ、アナタ達には要らぬ心配だとは思うけど」
……正直、ちょっと強くなって浮かれてたとは言えない。
「それでおさらいしておくけど、先遣隊のメンバーは最大で十人。これだけは確定事項よ。減る事はあっても、それ以上増える事だけは絶対にない」
「その根拠は?」
「前にも言ったけど、エネルギーが足りないのよ。連中はただでさえ、一度システムを改竄している。これ以上の改竄は今後のシステムにも影響が出るし、最悪、二つの世界そのものが崩壊する可能性だってあるわ」
「……確かに、そうなっては異世界人にとっても本末転倒ですね」
異世界人の目的はあくまでも世界の崩壊を逃れ、新天地――俺たちの世界へ移り住む事だ。その土台となるシステムへの負荷は、彼らとしても望むモノではないだろう。
「それでメンバーについてだけど、リーダーのランドルとその側近シュリとグレン。この三人はほぼ間違いなく居るわ。ランドルはこの計画の指導者だし、なにより強い。私でも三人同時に相手するのは御免こうむりたいくらいにはね」
それって滅茶苦茶強いって事じゃんか。
ランドルって、あの白い少女が見せてくれた映像に居た男だよな……。多分、リベルさんとも親しい関係にあった人物。そんな奴に俺達が勝てるのか?
俺の不安をよそに、リベルさんは話を続ける。
「で、今言った三人と他のメンバーの特徴だけど――」
予想されるメンバー、その特徴とスキル、強さ。
全てを聞き終えた後、俺達の間にはお通夜のようなムードが漂っていた。
「……異世界って『炎帝』とか『聖柩』とか中二的な二つ名が本当に付けられるんですね……」
「私達の世界では、二つ名は英雄にとっての最高の名誉だからね。それに己の力に対する絶対的な信頼でもあるわ。二つ名からどういう力か想像されて、対策を取られても、絶対に負けないという自負の現れよ」
己の力に対する絶対の自信、か。
凄いな、俺なんてどんだけ力をつけても、自分の力に絶対の自信なんて持てないだろうな。
「まあ、全員を相手にする必要はないわ。今言ったメンバーの中でアナタ達が相手にするのは多くて七人。残りの三人は無視して良いわ」
「どうして?」
「三人は役割が決まってるの。だから本当に気にしなくていいわ」
一体どんな役割なんだろうか?
「んで、この戦力差を覆す方法についてなんだけど、まずアンタ達のレベルアップは必須。今後も訓練は継続。加えて戦力として『海王』と『狼王』の協力は取り付ける事が出来た。あとはこっちに有利な環境を整える。その為に必要なアイテムなんだけど――カズト、それはアナタがすでに持ってるわ」
「……俺が?」
「ええ、そっちの魔剣君は気付いてたみたいだけどね。……私が来る前からソレに目をつけてたなんて、中々大したものだわ」
『ッ……』
リベルさんに話を振られ、アロガンツはビクっと震える。
俺はそれまでのアロガンツの行動を振り返る。
アロガンツが狙っていたモノ――それってまさか……。
俺はアイテムボックスからソレを取り出す。
用途が分からず、ずっとアイテムボックスの中で眠っていたソレを。
「もしかして……コレですか?」
「正解」
取り出したソレを見て、リベルさんは頷く。
一之瀬さんも後ろからひょこっと顔を覗かせてソレを見る。
「……それってペオニーを倒した時に手に入れた……」
「ええ、『神樹の種』です」
クルミほどの大きさの種。
だがこれが一体何の役に立つのか?
「ふふふ……」
神樹の種を見て、リベルさんはにやりと笑う。
あ、これあれだ。なんか碌でもない事、言う時の顔だ。
「――ペオニーを復活させましょ♪」
「「「「「…………」」」」」
その発言に、リベルさん以外の全員が固まる。
ほら見ろ、やっぱり碌でもない事だった。




