236.模擬戦
外に出ると、遠くで火柱が上がっているのが見えた。
リベルさんの召喚獣、イフリートの炎だろう。
一之瀬さんや六花ちゃんの気配も感じるしそちらへ向かう。
そして辿り着いた先で見たのは死屍累々の地獄絵図だった。
「うわぁ……」
瓦礫の山の中に犬神家のように真っ逆さまに突き刺さった六花ちゃん。
少し離れたビルの上に干した洗濯物のようにぶら下がってる一之瀬さん。
もはやモザイクを掛けなければ直視できない程にボロボロになった西野君。
とりあえず三人を素早く回収して、安全なところに避難。回復薬やスキルを使って応急処置を行う。
(……生きてるよな?)
特に西野君。
………………うん、心臓はちゃんと動いてるし、命の気配も消えていない。
こんなモザイク状態でも生きているのは、間違いなく進化したおかげだろう。
でなきゃ死んでる。絶対死んでる。
(あと六花ちゃんは……、うん、これは不可抗力です)
仕方なかったってやつだ。
六花ちゃんの服は下着も含めイフリートの炎でボロボロになっていた。
スキル『衣装作成』を発動し、失った下着や制服を作成する。
(まさか新しく覚えたスキルをこんな形で使う事になるとは……)
スキル『衣装作成』は、その名の通り自身のイメージした通りの衣服を作りだす事が出来るスキルである。レベル次第で、鎧や靴、手袋や帽子、マントなど作れるものは多岐に渡り、加えてキキの支援魔法や治療効果を底上げするといった様々な特殊な効果も付与することが出来る非常に汎用性の高いスキルである。
三人の手当てを終えると、再び外へ出る。
『グォォオオオオオオッ!?』
「ぐっ、さ、サモン、サンダーボルトエレメン――うわっ、ちょ、落ちる! も、もう少し動きを押さえて下さい、ソラさんっ」
『無茶ヲ言ウナッ! ソンナ余裕アルワケ無イダロウが!』
「はっはっは! ほらほら、どんどんいくわよー!」
ズガン、ドカン、バゴォォン、と派手な爆発音が鳴り響く。
その中心で空中戦を繰り広げる、ソラとリベルさんの姿があった。
ソラの背中には五十嵐さんの姿も見える。
時折、雷や炎が彼女の周囲に発生している。どうやら精霊召喚でソラをサポートしているらしい。
「あら、カズト、目が覚めたのね」
『ム?』
「え、カズトさ――きゃぁっ」
俺に気付いたのか、彼らは戦闘を止める。
だがソラが急に止まった反動に五十嵐さんが耐え切れず地面に落ちてしまった。
すぐさまダッシュしてキャッチ。お姫さま抱っこである。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい……その、ありがとうございます……」
妙にしおらしい五十嵐さんを降ろすと、ソラの方を見上げる。
「おーい、ソラ、気を付けろよ」
『ふん、その程度デ落チル、ソヤツが悪イ』
「いや、今のはお前が悪いと思うぞ……」
空中で急に止まられれば、誰だってああなるって。
アカのサポートもないんだしさ。
そう目で訴えると、ソラはそっぽを向いた、
最近、コイツ都合が悪くなるとだんまりを決め込むようになったな。
「とりあえず訓練、お疲れ様です」
「別に疲れてないわ」
『我モ別ニ疲レテナドオラヌ』
いやいや、リベルさんはともかく、ソラは割と怪我してるじゃないか。
無駄に張り合うなって。
アイテムボックスから回復薬を取り出して飲ませる。
「か、カズトさん、私にも回復薬を下さい……」
「はい、どうぞ」
五十嵐さんにも回復薬を渡す。
彼女の状態は西野君や六花ちゃんに比べ軽傷で済んでる。
何気に保有する職業とスキルは俺に次いで多いし、『進化』の影響もあってかなり力を伸ばしているのだろう。
俺はキョロキョロと周囲を見回す。
「……あの子は?」
「葛木さんでしたら、今は部屋で休んでいます。一応、士道と士織に見張らせていますが、どうやら彼女、昼間は能力が鈍るようなんです」
「そうなんですか?」
リベルさんや大野君も同じアンデッドだが、昼間も普通に活動している。
個体差だろうか?
『彼女は私が蘇らせたアンデッドだからね。私と同じように何かしらの影響が出ていると考えるべきだろう』
するとアロガンツが脳内で補足を入れてくる。
確かにその可能性が高いか。
「んで、カズト。ここに来たって事は、無事に進化が終わったって事?」
「ええ、この通り『半神人』に進化しました。まあ、見た目は変化ありませんけど」
「へぇ……」
リベルさんは進化した俺をじっと見つめる。
そしてなにやら納得したように頷いた。
「かなり強くなったわね」
『ウム、体から溢れるエネルギーガ以前トハ比べ物ニナラン』
リベルさんの言葉に、ソラも同意する。
自分ではいまいち変化が分かりづらいけど、リベルさん達から見ればかなり変わって見えるのだろうか?
「……正直、期待以上の伸びね。ナツも今の訓練でLV30に到達したでしょうし、これならいけるかもしれないわ……」
え? 一之瀬さんもLV30になったの?
さっきステ振りをしたときはLV29だったと思うけど……。
もう一度、ステータスを開いて確認してみる。
イチノセ ナツ 新人LV30
ホントだ……一之瀬さんもLV30になってる。
これで一之瀬さんも進化が可能になったって事だ。
目覚めた時の反応が楽しみだな。
「でもここまで成長しちゃったら、今後は私との訓練でレベルを上げるのは難しいかもしれないわね」
「どういう事ですか?」
「経験値の実入りが少なくなるのよ。今までは私とアナタ達との力の差が大きかったから戦うだけで経験値が得られたけど、その差が縮まれば当然、得られる経験値も少なくなるわ」
「それは確かにその通りですね」
だが逆を言えば、それだけ俺たちが強くなっている証拠でもある。
「まあ、新しい訓練方法も考えてはいるけど、とりあえずどうする?」
「どうとは?」
「実戦よ。進化して新しいスキルも手に入ったんでしょ? その効果を試すんなら、実戦が一番でしょうが」
リベルさんは手をくいくいと曲げて、挑発的な笑みを浮かべる。
ソラ程じゃないけど、リベルさんも割と戦うの好きだよね。
とはいえ、それは俺としても願ったり叶ったりだ。
するとアロガンツが声を上げる。
『お、おい、ちょっと待て! 君、まさか『死王』と戦うのか?』
「そうだけど、なんだよ?」
『冗談じゃない! 冗談じゃないぞ! 誰がそんな狂人と戦えるか! 嫌だ! 私は絶対に嫌だぞ! 断固拒否する!』
呪いの装備のくせにまさかのボイコット宣言である。
……マジでリベルさん、アロガンツに何したんだよ。
「はぁ……分かったよ。まあ、今回は新しいスキルを試す意味合いも大きいし、お前は使わないでおくよ」
『……感謝する』
アロガンツをソラに預け、俺はリベルさんに向き合う。
『カズトー、頑張れー』
「キュー、キュキュー♪」
シロとキキもソラの傍で声援を飛ばす。
二匹も今回は見学だ。
ちなみにモモとアカは海王様の所に居るので、ここには居ない。
純粋に、俺一人だけでリベルさんと戦う形だ。
「そんじゃ、始めましょうか」
「ええ、全力でいかせてもらいます」
俺はアイテムボックスから忍刀を取り出す。
対してリベルさんは杖を構え、どこからでもかかってこいとばかりに手を広げる。
すぅーと俺は息を吸い、意識を集中する。
「――疾風走破ッ!」
「――イフリート!」
大地を蹴る。
刹那、リベルさんの前方に炎の巨人が出現した。
今まで散々見てきたリベルさんの召喚獣――炎の精霊イフリートだ。
体長二メートルを超える炎の巨人は、ここは通さないとばかりに俺の往く手を阻む。
「ガォォオオオオオオオオオオオオオッッ!」
イフリートの咆哮。
今までなら動きを阻害される程の圧を感じていた。
でも進化した今なら、その程度では俺は止まらない。
瞬時にイフリートに肉薄し、雷遁を付与した忍刀を振るう。
「――ゴァ……?」
イフリートは何が何だか分からないといった表情のまま細切れになった。
(凄いな……イフリートの堅い体が豆腐みたいに斬れるなんて)
『神力解放』も使っていないのにこれだけ力が上がってるとは。
これにはリベルさんも少し驚いた表情を浮かべた。
「やるじゃない」
満面の笑み。
同時に俺の背筋がゾクゾクと震えるのを感じた。
今のはほんの小手調べなのだろう。
これからが本番だと、本能が告げていた。
それは正しかった。
「それじゃあ、ちょっと本気を出すわよ!」
リベルさんが杖を構えると、その周囲に無数の魔法陣が浮かび上がったのだ。
凄まじいエネルギーのうねりが周囲を覆い尽くす。
「さあ、出てきなさい。主を守る防壁の巨獣――ベヒモス」
次の瞬間、リベルさんの前方に新たな召喚獣が出現する。
現れたのは額に角を持つ、巨大な黒い獣だった。
だが、それだけでは終わらない。
「主の敵を殲滅する海の化身――リヴァイアサン」
更に巨大な海蛇のような化物が、
「主を運ぶ大いなる翼――ガルーダ」
三対六枚の翼を持つ怪鳥が、
「全てを見通し、敵を穿つ槍の化身――オーディン」
最後に巨大な槍を構えた隻眼の巨人がリベルさんを守るように出現する。
計四体の召喚獣……、その威圧感はイフリートの比ではない。
間違いなくどの個体も、イフリートよりも強いと分かる。
「ふふ、この四体で戦うのは久しぶりね。さあ、カズト。掛かってきなさい」
どうやらここからが本番のようだ。
……ていうか、これ、本当に俺のスキルの練習だよな? 殺されないよね?
ちょっと不安に思いながらも、俺は四体の召喚獣へと攻撃を仕掛けた。
捕捉
リベルさんのスキルで召喚されたモンスターは、通常のモンスターとは別物です
カズトさんの分身の術のように、スキルで作られた模造品のようなものです




