228.二度目
『安全地帯』襲撃より数時間前――
『――最も注意すべきは『早熟』の所有者。次いで『狙撃手』、『嫉妬』、『鬼人』だろうね。君には、私が『早熟』と戦っている間、彼らの相手を頼みたい』
葛木はアロガンツからそう聞いていた。
『相手は人間だけじゃねーんだろ? あの兄さん、モンスターも仲間に引き入れてるって話じゃねーか』
『確かに『竜王の番い』や『海王』は厄介だが、君のスキルがあれば彼らへのけん制になる』
『……いや、俺のスキルだってそこまで強くはねーぞ? 流石にこのクラスのモンスターをもう二体は無理だぜ?』
『……グルル……』
葛木のその言葉に、後ろに控えていた黒狼が呻る。
『狼王』シュヴァルツ。葛木の職業『魔物使い』のスキルによって、従属させられたモンスターである。
従属させられ、操られて尚その瞳には強い敵意が宿っていた。
その眼力に葛木は肝を冷やす。
(……全く、いつスキルを破られやしないか冷や冷やするぜ……)
そもそも彼女が『狼王』を従属できたこと自体、偶然と奇跡が重なった結果だ。
本来であれば、六王クラスのモンスターを従属させるなど、リベルが言った通りどうやっても不可能だ。
それを葛木が可能にした理由はひとえに彼女が『元々シュヴァルツを従えてたから』という一点に限る。
シュヴァルツがまだ名前も無く、『狼王』も取得していない時に従属させていたからこそ、その痕跡を辿り、アロガンツがサポートする形で再従属させることが出来たのである。
(ま、本来の力の六割も発揮できてねーだろうが、それで充分だろ)
モンスターの意思にそぐわぬモンスター契約は本来の力を大きく削ぎ落とす。
それでも狼王の力は圧倒的だ。
その力を『借りる』ことで、葛木自身も蘇って日が浅いにもかかわらず、膨大なレベル上げをする事が出来た。
ついでに狼王が従えていた群れのモンスター共も従属させた。
これはこれで使い勝手のいい駒になるだろう。
『竜の方はあまり頭は良くないから保証できないが、海王は必ず警戒するさ。動きは鈍り、住民の安全に力を割いてくれる筈だ。彼は優しい――いや、甘いからね』
『……そう上手くいくかねぇ……』
『いくさ。君以外にも蘇らせた人間は居るし、彼らが上手く場をかき乱してくれるだろう』
『役に立つのかよ、アイツら』
アロガンツが蘇生させた人間は葛木だけではない。
ここへ来る前に一度顔合わせをしたが、とても強そうには見えなかった。
どちらかと言えば、足手まといとすら思えたくらいだ。
『彼らはここの住民たちの顔見知りだ。多少、動きは鈍るだろう。私には理解出来ないが、人とは『絆』や『繋がり』を大事にするのだろう?』
『ま、一般的にはそーだろうな……』
葛木自身も、その隙を突いて学校で襲撃を仕掛けたのだから、それは否定できなかった。
『それに襲撃のチャンスは今しかないんだ。あの海王の『目』が『安全地帯』全域に配置されれば、いかに『狼王』を押さえていたとしても勝ち目は薄くなる』
相手が『死王』だけならば、こちらは『狼王』で対抗できる。
だがそこに『海王』が加われば話は別だ。
『海王』は索敵、防衛、陣営強化に必要な全てを兼ね揃えた規格外の存在。
本音を言えば、アロガンツは『狼王』ではなく、先に『海王』を押さえておきたかったほどである。
『……今なら『海王』は次世代に力を継承する為、本体は海の底で動けない。代わりの眷属も『安全地帯』全域をカバーできるほどの能力はない。あとは長距離移動のスキルを持つ暗黒犬を押さえれば、『海王』は戦いに参加することが出来ない。海王にも眷属にも移動系スキルは無いからね』
『ホント、詳しいな……。一体どうやってそれだけ調べたんだよ?』
『協力者の存在もあるが、基本的には私のスキルで調べられる。『検索』程ではないが、鑑定と傲慢を併用すれば、システムの一部を読み取ることくらいは可能だ』
『うっは、チートだなぁ、ゾンビの旦那は』
葛木はケラケラと笑う。
アロガンツには何がそんなに面白いのか分からなかった。
『……私にしてみれば、六王よりも君の方が理解出来ない。君は私に協力することに何の抵抗も無いのかい? 私と違い、君は元人間だ。同族を殺すことに何か感じるものはないのか?』
『別に何も』
あっけらかんと、葛木は言い放つ。
『別に俺は誰が死のうがどうでもいいんだよ。大勢人が死のうが、別にそれで俺が困るわけじゃねーし。ああ、でもゾンビの旦那には一応感謝してるぜ? せっかく蘇ったんだ。その借りくれーはきちんと返さねーとな』
『……』
嘘は言っていない。
少なくともアロガンツにはそう感じられた。
『……人間とは本当に面白い生き物だね』
『ん? 何か言ったか、旦那?』
『別に何も。さて、そろそろ敵陣だ。手筈通りに行くよ』
『了解。ああ、そうだ旦那。一つ確認しておきたいんだが――』
(――とまあ、そんな感じで足止めを引き受けたんだけど……)
迫りくる斬撃を躱しながら葛木は六花と、その後ろに控える一之瀬を見つめる。
(――正直、これ厳しいわ)
鬼化した六花は言わずもがな、後方の一之瀬も常に意識を割かなければ、次の瞬間には認識できなくなってしまう。
それでも葛木が一之瀬を認識できているのは、ひとえに彼女の持つスキルのおかげだ。
――『感覚共有』
魔物使いの職業を得た際に取得したスキルの一つだ。
その効果は、契約したモンスターと視覚を共有できるというもの。
契約したモンスターが増えれば増える程、彼女はより多角的な視点で戦場を見る事が出来る。
尤も、それも膨大な情報処理能力が無ければ不可能だが、彼女はそれを使いこなしていた。
(狙いも正確……)
少しでも意識を逸らせば、その瞬間に銃弾が飛んでくる。
室内で、それもこれだけの数のモンスターに囲まれて尚、的確に急所を狙っての狙撃だ。
学生じゃなく訓練された軍人と言われても納得できてしまうほどの腕前。
おまけに六花とのコンビネーションも抜群だ。
少しでも手を誤れば、逆にこっちが不利になるだろう。
(ったく、ゾンビの旦那も無茶言うぜ……)
正直、舐めてた。
認識を改める必要がある。
目の前の二人は強い。
学校で自分を殺そうとした『あの男』にも劣らない。
(ならちょっと揺さぶってみるか)
葛木は大きく息を吸い、
「おい、そのモンスターたちは殺さない方が良いぜ! 何せそいつらは狼王の眷属だ!」
「「ッ――!?」」
葛木の言葉に、二人の動きが鈍る。
「お前ら、あの犬っころを仲間にしたかったんだろ? ここでソイツらを殺せば、仮に狼王を解放出来たとしてもどの道敵対することになるぜ! それでもいいのかよっ」
葛木の言葉に、二人は明らかに動揺するそぶりを見せた。
なんて分かりやすい。
「ほら隙だ! やれっ」
「グ……グォォオオオオオオオオオオオオオオオンッ」
一体のダーク・ウルフが六花へ攻撃を仕掛ける。
それに続くように他のモンスターも追撃を仕掛ける。
動きが僅かにぎこちないのは、彼らもまた無理やり戦わされているからだろう。
一之瀬も六花もその事に気付いている。
「ぐっ……だったら先にアンタを倒してやるっ」
「おっと」
モンスターの群れを無理やり突破し、六花が捨て身の特攻を仕掛けるが葛木はこれを難なく躱す。
スキル『隷属還元』。
モンスター契約を結んだモンスターのステータスの一割を自分のステータスに換算するスキル。徴収できる数は、狼王を除き最大十体。
これにより彼女は自身のステータスを底上げしていた。
「魔物使いが、操るモンスターよりも弱いと思ったら大間違いだぜ」
「くっ、このぉ――!」
斬撃、斬撃、斬撃、斬撃。
六花の怒涛の攻めを、葛木は躱す。
「グォォオオオオオオンッ!」
「えっ――?」
次の瞬間、六花はバランスを崩した。
ダーク・ウルフの影が彼女の足首を掴んだのだ。
致命的な隙。
「おらぁ!」
「がはっ――!」
葛木は渾身の蹴りを六花に浴びせる。
たまらず六花は吹き飛び、更にその先に控えていたモンスターたちが追撃を浴びせた。
「リッちゃん!」
「だ、大丈夫だよ……ナッつん……」
ボロボロになりながらも立ち上がる六花を、葛木は冷ややかな目で見つめる。
(……硬いな。骨までは折れなかったか。丸太でも蹴ったみてぇだ)
鬼化によるステータス上昇。
純粋な地力で言えば、六花の方が上だろう。
それでもモンスターたちを殺せない上、一之瀬を守りながらのこの状況ではその力を十分に発揮できない。
いずれは詰む。
そして六花が死ねば、一之瀬も終わりだ。
それでも、
「……分かんねぇな、何で諦めねぇ……?」
二人の表情には全く絶望が浮かんでいなかった。
この状況下で、どうしてそんな顔が出来る。
「諦める……? なんで諦めるのさ? 勝負はまだこれからだってーのっ!」
「……(こくこく)」
六花の言葉に、一之瀬が頷く。
虚勢を張っている様には見えない。
この状況で、この二人は勝つつもりでいるのだ。
(いやいや、負け濃厚だろ。なんで諦めねぇ……?)
それが葛木には理解できない。
だって負ければ死ぬのだ。
誰だって死にたくない。
死にたくないなら、どんな方法を使っても生き延びるべきだ。
生きてさえいれば、またチャンスはあるのだから。
命を捨ててまで欲しいものなんて、ある筈がない。ある筈がないのだ。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「ッ……くそがっ!」
再び突貫する六花の気迫に、葛木は息を吞む。
次の瞬間、足に痛みが走った。
「ぐっ――」
一之瀬の狙撃。
六花の気迫に押された葛木は、一之瀬の認識を僅かに逸らしてしまった。
その隙を、一之瀬は見逃さなかった。
「これで――」
「終わるかよっ!」
迫る斬撃を、あろうことか葛木は『素手』で掴んだ。
肉が裂け、血があふれ出し、激痛が走る。
だがそれでも強化された肉体、その血と脂、硬い骨が六花の斬撃を受け止めた。
「嘘でしょっ」
「残念だったな!」
葛木は六花の鉈を掴んで放さない。
「何をしてるモンスター共! 俺が動きを止めてる隙に、さっさとコイツらを殺せぇ!」
「ッ……やば――」
武器を掴まれ、今度は六花が硬直する番だ。
さあ、絶望してみせろ。
あの時の自分の様に、みっともなく命乞いをしろ。
だが六花の表情は変わらない。
それどころか余裕すら浮かべて――
「――遅いよ、ニッシー」
「――――」
その言葉に、今度は葛木が表情を変える。
そして次の瞬間、
「――『動くな』」
命令が、葛木とモンスターたちの動きを止めた。
硬直する身体。
葛木は何とか眼だけを動かして、声のした方を見る。
そこには、今しがた自分の動きを止めた人物がいた。
『――ああ、そうだ旦那。一つ確認しておきたいんだが』
『なんだい?』
『西野や五十嵐は警戒しなくてもいいのか? さっき言った奴らほどじゃないが、あの二人も結構厄介だと思うぜ?』
『……確かに『命令』や『魅了』、『精霊召喚』は強力なスキルだ。でも問題ないよ』
『理由は?』
『彼らが『ただの人間』だからだ。進化していない者の力なんてたかが知れてる。脅威にはなりえないさ』
逆に言えば進化していれば、あの二人もそれなりの脅威になると言う事。
『念の為、ここへ来る直前にも確認したが、彼らが進化した様子はない。放っておいても問題ないだろう』
『了解』
流石に、自分達が襲撃を仕掛ける直前に進化しているなんて『幸運』があるわけがない。
だからアロガンツも葛木も、彼を警戒すべき対象とはみなしていなかった。
「――久しぶりだな、葛木」
「……」
西野の姿を見て、葛木は絶句する。
(おいおい、ゾンビの旦那よ。話が違うんじゃねーか?)
西野から感じる力。
それは間違いなく進化した者だけが持つ力だった。
(このタイミングで進化してるなんてどんな『幸運』だよ……)
いや、進化しただけじゃない。
一体、この男はどんなスキルを手に入れたのだ?
直前に進化したと言う事は、言い換えれば手に入れたスキルもほぼLV1だったはず。
既存スキルの『命令』だけでは、こうまで自分やモンスターたちの動きを止める事など出来るわけがない。
まるで一気にスキルのレベルが上がったかのような錯覚さえ感じてしまう。
「すまない、二人とも遅くなった」
「待たせすぎだよ、まったく」
軽口をたたいて、六花は鉈を葛木の手から引っこ抜く。
その様子を、葛木は黙って見ていた。
『動くな』と命令されている彼女には、逃げる事も、怯えて震える事すらも出来なかった。
(あーあ、こりゃどうにもなんねーなぁ……)
どうやら一気に形勢は逆転したらしい。
取るに足らない相手だと思っていた男に足をすくわれるとは何とも情けない話だ。
(わりーな、ゾンビの旦那。借りは返せねーわ)
そもそもらしくないと思っていたのだ。
いくら生き返らせてもらったとは言え、借りを返すために協力するなど自分らしくない。
もっと自分勝手に、『狼王』とその眷属を手に入れた時点で逃げればよかったのだ。
生き返ったことで、人ではなくなったことで自分はどこかおかしくなっていたのかもしれない。
(ま、もうどうでもいいか……)
一度目は受け入れられなかったが、二度目は案外すんなり受け止められるものだ。
葛木は迫りくる鉈を、ただじっと見つめるのであった。




