227.過去に倒したボスなのにちっとも弱体化してない件
「アロガンツ、だと……?」
知性ゾンビが少しずつ距離を詰めてくる。
感じる威圧感、強さは先ほどとは別物。
だが自分で自分をネームドモンスターにするなんて、本当にそんな事が可能なのか?
いや、可能なのだろうな。目の前の存在がそれを肯定している。
「ドイツ語で『傲慢』という意味だよ。どうやら、カオス・フロンティアでその存在を象徴する単語をネームドにする場合、ドイツ語が適用されるらしい。『彼女』はこちらの世界にも造詣が深かったようだからね。まあ、どうせ響きがカッコいいからとかそんな適当な理由だろう。……尤も君だけは『例外』だろうけどねっ」
「――ッ!?」
刹那、知性ゾンビ――アロガンツの姿が消えた。
いや、違う。移動しただけだ。
集中しろ、気配を探れ。
「――後ろかっ!」
「よく気付いたね」
アロガンツの魔剣と俺の忍刀がぶつかり火花が散る。
(……雷遁の術はまだ付与されている。効いてないのか?)
感じる気配がまるで別物だ。
文字通り、コイツは先程までとは別次元の存在に進化したんだ。
名前があるかないか、それだけでこうも違うのか?
いや、実際学校で進化したダーク・ウルフは別次元の強さになっていた。
名前が付いていたって知ったのは、ごく最近だけど。
「分身の術」
「無駄だよ!」
生み出した数十体の分身を、アロガンツはあっさりと瞬殺する。
何だ、今のは?
振った剣の斬撃が周囲に飛び散っただと?
さっきまでとは数も威力も全く違う。
「分身のステータスや思考は君と同じ。だがスキルを使えないのは致命的だね。その程度で止められる訳がないだろう!」
「御解説どうも!」
「言っておくが、足止めにはならないし、破城鎚も使わせるつもりはないよ? その程度の対策を私が怠るわけないだろう?」
「ッ……良く回る舌だ!」
ブラフではないだろう。
今の攻撃で確信した。
コイツは俺が分身で破城鎚を使おうとすれば、間違いなくその隙を突いてくる。
俺のスキルについてよく観察してやがる。
「ハハハハッ! お互い、小競り合いは止めて、本気でやらないか?」
「何……?」
「領域スキルだよ。私も今しがた獲得したんだ」
アロガンツは両腕を大きく広げると同時に、ヤツの周囲に赤い霧が発生する。
「――『鮮血領域』」
領域スキルは自分に有利なフィールドを作り上げる事が出来るスキルだ。
ただでさえヤツは『傲慢』と名付けで力を上げているのに、これ以上パワーアップされれば勝ち目はない。
誘いに乗るのは癪だが、仕方ないか。
「――『落日領域』」
俺の足元から影が異常な広がりを見せると、ヤツは笑みを深くした。
「さあ、ここからが本番だ!」
二つの領域スキルが同時に発動する。
次の瞬間、俺たちを中心に発生した赤と黒が空間を侵食した。
一方その頃、一之瀬は建物の屋上で二人の戦闘を見つめていた。
(……隙がない……)
常にベストな援護射撃ができるように集中していたが、それでも二人の戦闘に割って入る事は出来なかった。
(なんなのあれ? あのゾンビ、喋ってる最中も全然隙を見せない……)
いや、正確には隙はあった。
だがそれは明らかにこちらを誘っている意図的な隙だ。
そんな見え見えの罠に食いつく一之瀬ではない。
(ともかくどうにかしてカズトさんの援護を――ッ)
だがその瞬間、ぞわりと寒気がした。
反射的に一之瀬は横へ飛ぶ。
次の瞬間、彼女の居た場所に何かが振り下ろされた。
「ッ――!?」
破片が砕け、床に大きな穴が開く。
一体何が起こったのか?
見れば、先程まで彼女が居た場所に、一体のモンスターが居た。
「オーク……?」
いや、見た目はオークに似ているが、細部が違う。
肌は青く通常のオークよりも一回り大きい。
――ジェネラル・オーク。
オークの上位種に当たるモンスターだ。
(どういう事……?)
『安全地帯』の中にモンスターがいる。それ自体にはもう驚かない。
おそらくはあのゾンビが何か抜け道を使って『安全地帯』へ引き入れたのだろう。
問題はそこではない。
(このオーク、私を『認識』出来てる……?)
鼻を引くつかせながら、ジェネラル・オークは一之瀬の方を見る。
一之瀬のスキル『認識阻害』は文字通り、他者の認識を阻害する効果を持つ。
室内限定ではあるが、スキルのレベルが上がった今では、視覚だけでなく気配や匂いすらも阻害する事が出来る非常に強力なスキルだ。
一之瀬から攻撃を仕掛けた場合にはその効果が薄まるが、逆を言えば攻撃されるまで誰も彼女を認識する事が出来ないはずなのだ。
なのに先程の攻撃といい、今といい、このオークは明らかに彼女を認識している。
「ゴァァ……」
「くっ……!」
ジェネラル・オークは棍棒を振りかざす。
疑問は湧くが、今はそれどころではない。
やらなければ、やられる。
一之瀬は即座に銃を構えるが――、
「いやいや、室内で銃撃つのは危険だよ、ナッつん」
「ゴァ――?」
その瞬間、ジェネラル・オークの首が落ちた。
魔石が転がり、それを彼女は拾い上げる。
「リッちゃん!」
「ごめんねー、遅くなっちった」
窮地に駆け付けてくれた親友に、一之瀬は駆け寄る。
「ありがとう、リッちゃん……。でもどうしてここに?」
「おにーさんからメールだよ。自分よりもナッつんの方を優先してくれって」
「クドウさんが……」
あの状況で、そんなメールをする余裕があったなんて凄いなと一之瀬は思った。
「ニッシーや柴っちは、藤田さんたちと一緒に居るよ。住民の避難の方が終わり次第駆けつけてくれるって。向こうにも結構な数のモンスターが現れたみたいで」
「そう……」
避難だけにしてはやけに時間がかかると思っていたが、やはりモンスターが現れていたらしい。
あの知性ゾンビは、この状況を作り出すために相当入念に準備を進めていたようだ。
「ともかく一旦、ここを出よう。おにーさんを援護するにしても他の場所の方がいいっしょ?」
「だね。それじゃあ――」
「おいおい、そりゃあちょっと困るぜ。ゾンビの旦那の邪魔はしないでほしいな?」
声が聞こえた。
仲間ではない第三者の声。
すぐさま二人は声のした方を見る。
そこに居たのは――、
「よう、久しぶりだな、お二人さん」
「え……?」
「なんで……?」
その人物を見て、一之瀬も六花も瞠目する。
「葛木っち……?」
死んだはずの人物――葛木さやかがそこに居たのだから。
「おーおー、案の定すげー驚いてるなー。はは、サプライズ大成功だわ」
ケタケタと笑う葛木を、一之瀬と六花はまるで不気味なモノを見るかのような視線を送る。
「……本当に葛木っちなの? 死んだはずじゃ?」
「死んでるよ、ちゃんとな」
「え……?」
「ま、その辺は説明が面倒くせーし省くわ。俺だって正直実感ねーしな。てか、二人だけかよ。大野はいねーの?」
「……」
何故大野の事を気にするのか分からないが、六花は背中に冷や汗がにじみ出るのを感じていた。
彼女の本能が訴えていたのだ。
――この少女は危険だと。
六花は一之瀬を自分の後ろに下がらせ、ジリジリと距離を取る。
「逃げんなら、邪魔しねーよ? ゾンビの旦那には、足止めさえしておけば別に殺さなくても良いって言われてるしな」
「嘘でしょ?」
「あ?」
六花は断言した口調で言う。
「それならなんでナッつんを攻撃したのさ? 殺すつもりがないならそんな事しないでしょ? 葛木っちって昔から嘘下手っぴだよね」
「……」
葛木はポリポリと頬を掻きながら二人を見る。
「――なんだよ」
にちゃりと、葛木は気色の悪い笑みを浮かべる。
「ばれてんなら別にいいか」
ズズズと、葛木の足元の影が広がる。
現れたのは無数のモンスターだ。
見た目はオーク、ゴブリン、シャドウ・ウルフ、キラー・アントと一之瀬や六花も良く知っているモンスターだ。
だが、そのいずれもが上位種。
雑魚とよべるモンスターは一体も居なかった。
現れたモンスターたちは一様に目が濁り、正気を失ったような表情を浮かべている。
そして先程のオークとは違い、体のいずれかに影が這ったような刺青をしていた。
「さあ、やれモンスター共。その二人を経験値に変えちまえ」
「「「ゴァァアァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」
葛木の声を合図に、大量のモンスターが二人に襲い掛かった。




