222.西野の進化
「――ともかく、こうなった以上、その知性ゾンビと狼王……どちらも早めに潰しておくしかないわね」
やっぱりそうなるよな。
西野君たちも頷く。
「……狼王は仲間にするんじゃなかったのか?」
「状況が変わったのよ。それにシュラムが仲間になってくれた時点で目的はほぼ達成してるわ」
リベルさんは指を二本立てる。
「私が海王と狼王を仲間にしたかったのは、それぞれが強力な戦力になるだけじゃなく明確な役割があったからなの」
「役割……?」
「そ。海王と狼王はいうなれば最強の盾と矛。特に海王シュラムの絶対防御は何としてでも押さえておきたかった。アナタ達の仲間を先遣隊との戦いで巻きこまれないように守るためにもね。
対して狼王は矛。どんな相手にでも勝てる可能性がある絶対の攻撃力を持ったモンスター。こっちは先遣隊との戦いでのダメ押しの一手に欲したかったの。でもそれが敵の手に渡った以上、潰しておくしかないわ」
「そう、だよな……」
ちらりと俺は気を失ってる女王蟻に目を向ける。
(コイツには悪いが、状況が状況だ。仕方ない、か……)
もともと敵対している相手だ。
あのゾンビがどうやって狼王を従わせたか分からない以上、放っておくのは危険すぎる。
「今日はもう遅いし、動くのは明日からにしないか? 皆、訓練での疲労も残ってるだろうし」
「そうね。明日、日が昇ってから行動しましょう」
「ねー、その蟻さんはどーすんの?」
「『影檻』に入れておきます。影の中なら、仲間にしなくても『安全地帯』の中に入れますし」
俺は女王蟻を『影檻』に収納する。
「くぅーん……」
「どうしたモモ?」
「……わふん」
モモは何か言いたげな表情を浮かべていたが、俺が問いかけると何でもないと言う風に影の中に入った。
(ひょっとしてモモは、シュヴァルツの討伐に反対なのか?)
それとも何か別の考えがあるのだろうか?
後でもう一回聞いてみるか。
ともかく話し合いは終わり、その場は解散となった。
その日の夜、シャワーを浴びて部屋で休んでいると、西野君がやってきた。
手にはコーヒーカップが二つ握られていた。
「クドウさん、ちょっと相談があるんですが、いいですか?」
「構いませんよ。移動しますか?」
「いえ、ここでお願いします」
西野君はカップのうち一つを俺に渡すと、腰を下ろす。
コーヒーを一口飲む。うん、美味い。
「それで、話と言うのは?」
「俺、LV30になったんです」
「おおっ、それは……おめでとうございます」
「ありがとうございます」
西野君は今日の訓練で遂にLV30に到達したようだ。
「という事は相談というのは、進化先についてですか?」
「ええ。クドウさんの意見も聞きたくて」
西野君の選択可能な進化先は、全部で八つ。
『上人』、『森人』、『小人』、『岩掘人』、『狐人』、『機械人』、『竜人』、『天人』。
へぇ、『竜人』と『天人』は初めて見る進化先だな。
「最初の六つはクドウさんたちの進化先にもあったので情報があるのですが、残りの二つが分からないんです。調べて貰えますか?」
「ええ、勿論」
俺はさっそく質問権で、二つの進化先を調べてみる。
『竜人』
人間の上位種(希少)。五感、身体能力が強化され、種族固有のスキルが使える。
全ステータスが増加し、成長補正が付く。
竜人形態と呼ばれる姿へ変身することが可能。
普段は普通の人間と変わらない。
『天人』
人間の上位種(希少)。種族固有のスキルを複数使える。
ステータスが僅かに上昇し、既存スキルの内、三つを上位スキルへと変換させることが出来る。
見た目は普通の人間と変わらない。
……凄いな。どちらもかなり強力な進化先だ。
竜人は戦闘においてはかなり強力な力が手に入るだろうし、天人のスキルを上位スキルに置き換える事が出来るなんてとんでもない効果だ。
西野君は俺から二つの種族の特性を聞く。
少し考え込むと、西野君は口を開いた。
「……やはり『天人』でしょうね」
やっぱりそうだよな。
『竜人』は六花ちゃんのような前線で戦うための進化先だ。
後方支援の西野君には不向きだろう。
対して『天人』は西野君のスタイルをそのまま強化できる上、デメリットも無い。
他の進化先と比較しても、これ以外に選択肢はないだろう。
「これが無ければ『上人』にしようかと思っていたのですが、その心配はなくなりました」
「そうですね」
『上人』は既存スキルの効果を高め、スキルのLVを2上げる事が出来る進化先だ。
確かに西野君のスタイルには合っているだろうが、『天人』と比べればやはり一段劣るのは否めない。
「ところで進化にかかる時間って分かりますか?」
「ちょっと待って下さい。調べてみます。天人……えーっと一時間ほどのようですね。ちなみに竜人は数秒で終わるみたいです」
「随分時間差がありますね……」
「ですね。これって多分、戦闘向きかどうかで違うんじゃないでしょうか?」
モモやアカ、アルパや六花ちゃんは数秒で進化が終わったのに対し、『新人』、『天人』の進化にかかる時間は一時間ほど。戦闘向きか、それ以外の種族になるかによって進化にかかる時間は変わるんだと思う。
「……クドウさん、俺が気を失ってる間、見ていてもらっても良いですか?」
「構いませんよ。まだ寝るには早いですし」
「ありがとうございます」
西野君は自分のステータス画面を操作する。
その直後、その場に倒れ込むように気を失った。
「さて、西野君が眠ってる間に、コーヒーのお代わりでも淹れるか」
俺はコーヒーを飲んでも夜しっかりと眠れる派なので問題なし。
一之瀬さんと六花ちゃんにも伝えようかと思ったが、二人とも同じ部屋で話し中みたいだったので、とりあえずメールだけ送っておくことにした。
『カズト、カズト。それ何? なーにー?』
「ん? 起きたのか、シロ? これか? コーヒーだよ。飲みたいのか?」
『飲みたい!』
最近のシロは俺の食べ物に興味津々だ。小っちゃい頃のモモみたいだな。
シロは両手、両足を使ってカップにしがみついて、ぺろりと舐める。
『~~~~ッ! 苦い! おいしくない!』
「ふふ、まだシロには早かったかな?」
慣れるとこの苦みや香りが癖になるんだけどね。
代わりに牛乳を上げたら、とても喜んでいた。
――それから一時間後、西野君が目を覚ました。
「具合はどうですか?」
「……不思議な感覚です。体の中に新しいエネルギーが渦巻いてるような感じがします」
見た目的な変化はない。
でも、確かに西野君の言う通り、索敵で感じる気配が強くなっている。
進化して、その存在感を増したのだろう。
「ステータスをチェックしてみては?」
「あ、そうですね」
西野君はステータスを開く。
「……HPやMP、それにステータスも確かに数値が上がってますね。それにスキルも増えています」
「なんてスキルなんですか?」
「『天眼』と『道力』というスキルですね」
天眼は戦場を俯瞰したり、壁や建物の向こう側を視る事が出来るスキル。
道力は西野君が使用する物の威力を強化する事が出来るスキルらしい。
どちらも西野君にぴったりのスキルだ。
「ランクアップさせるスキルはどれにするんですか?」
「それはもう少し考えてからですね。候補としては『統率』、『戦闘支援』、『命令』、『幸運』辺りでしょうか。そもそもそれほど多くのスキルを持っているわけじゃないので」
まあ、まだ時間はあるしじっくり考えた方が良いだろう。
「……」
ふと西野君の方を見れば、何やら神妙な面持ちで自分のステータスを見つめていた。
「どうかしたんですか?」
「いえ、その……」
なにやら歯切れの悪い反応である。
どこか具合でも悪いのだろうか?
「……そうだな。もう、いい加減話しておくべきだよな……」
「?」
西野君は意を決したように俺の方を向く。
「クドウさん、話したいことがあります」
「話したいことですか?」
西野君はこくりと頷き、
「俺の持つスキル――『同族殺し』についてです」
「同族殺し……?」
何やら随分不穏なスキル名だ。
それってつまり――、
「俺は……人殺しです」
「ッ……!」
「全部話しておきたいんです。少しだけ俺の話に付き合って貰えませんか……」
そう切り出して、西野君は話しはじめた。
彼が同族を――人を殺した日の事を。
最後かもしれないだろ?
だから、ぜんぶ話しておきたいんだ




