221.彼女の目覚め
突然現れた女王蟻が訳の分からない事を言ってきた。
なんでコイツ、俺のスキルの事を知っているんだ?
(我らが主……? シュヴァルツ様……? コイツ、もしかしてシュヴァルツの仲間なのか?)
確かにアイツはショッピングセンターで戦った時も、シャドウ・ウルフやレッサーウルフを引き連れていたし、モンスターを従えていてもおかしくはないか。
他の種族のモンスターまで従えてたのは驚きだけど。
『オ願イシマス……ドウカ……シュヴァルツ様……ヲ――』
そこまで言いかけて、女王蟻は気を失った。
どうするか……?
意思疎通の出来るモンスター。
それもシュヴァルツの仲間の可能性があるのなら、流石にこの場で倒すのはマズイよな。
「わんっ、わんわんっ」
「……(ふるふる)」
モモとアカは女王蟻と俺を交互に見つめる。
コイツ、どうするの? と言っているようだ。
「うーん……。とりあえず、一之瀬さんたちにメールかな。一応、動けないよう拘束して連れて行こう」
かなり強い気配を感じるが、アカとモモに二重に拘束して貰えば大丈夫だろう。
(……他にモンスターの気配はないか……)
一先ず俺たちは『安全地帯』のすぐそばまで移動することにした。
安全地帯のすぐそばまで戻ると、既に一之瀬さんたちが待機していた。
「お疲れ様です、……随分早いですね」
「メール見てすぐに来ましたから」
訓練の最中だったのだろう。
西野君や六花ちゃんは大分ボロボロになっていた。
あ、柴田君も居る。今日から訓練に参加してたのか。西野君と六花ちゃん以上に超ボロボロになってる。立っているのがやっとな感じだ。……あの、無理しなくていいんだよ?
リベルさんは杖を肩で担ぎながら、
「んで、狼王の仲間ってのは?」
「ああ、コイツです」
俺は影から女王蟻を取り出す。
まだ目を覚ましていない。
一応、万が一の為にアカとモモの『影』で拘束しているけど。
リベルさんは女王蟻をじっと見つめ、
「ふーん……随分小型の女王蟻ね。『狼王』のスキルで変異した特殊個体ってところかしら? 中々興味深いわね。カズト、拘束を解いてくれない?」
「いいのか?」
「問題ないわ。何かあっても、私が居れば万が一なんて起こらないから」
「……分かった」
とんでもない自信だな。
まあ、リベルさんの実力ならその通りか。
俺はモモとアカに目配せし、拘束を解かせた。
再び女王蟻に目を通すと、今度は柴田君の方を見た。
「柴田、アンタちょっとこっち来なさい」
「……んだよ?」
自分が呼ばれるとは思わなかったのか、柴田君は多少驚きつつも、手招きするリベルさんの隣に向かう。
……柴田君、俺の時と違って随分素直だね。なんでさ?
「コイツこの傷、何か気にならない?」
「あぁ、傷? ……んん?」
柴田君は地面に寝かされた女王蟻を見つめると、ややあって首を捻った。
女王蟻の体を少し触り、表情を顰める。
「どういう事だ、こりゃ?」
「何か分かったんですか?」
「ちっ」
おい、今なんで舌打ちした?
話しかけただけじゃん。
「……コイツの傷、抵抗した感じがねぇんだよ。戦って出来た傷なら、何かしらの抵抗の跡があるもんなんだが、コイツにはそれがまるで見られねぇ。まるで『黙って攻撃を受け入れた』って感じの傷だ」
「……」
傷を見ただけでそこまで分かるのか。
凄いな、柴田君。思わず感心してしまった。
「私も同意見よ。流石医者ね、良い眼をしてるわ」
「ッ……べ、別にこれくらいなんでもねぇよっ」
目を逸らしながらちょっと照れる柴田君マジツンデレ。
柴犬よりもツンデレでいらっしゃる。
「わふん……?」
モモは関係ないよ。
モモはそのままのモモでいて下さい。可愛いです。
「ま、詳しい話はこの子が起きてから聞けばいい。柴田、その子治療しちゃっていいわよ」
「おう、任しとけ」
柴田君はすぐに女王蟻の治療を始める。
「罠の可能性も捨てきれないけど、まああの傷ならその可能性も低いでしょ」
「え? どゆこと?」
?を浮かべる六花ちゃんに対し、答えたのは西野君だ。
「俺たちを油断させる為にわざとつけた可能性もあったって事だ。油断させて敵陣に入り込んで自爆――なんてありえない話じゃないだろ?」
「なにそれ、こわっ。……って、あれ?」
そこで六花ちゃんは首をひねる。
「わざとなら、今言った傷の方がそれっぽいんじゃないの? 『黙って受け入れた』感じの傷なんでしょ?」
「そうね。でもそれならここまで瀕死にする必要もないでしょ? 広範囲、高レベルの索敵スキルを持つカズトじゃなきゃ気付かないくらいの重傷だったのよ? あれじゃあ誰にも見つからずに死ぬ可能性の方がずっと高かったわ」
「ああ、成程……。でもだとしたら尚更よく分かんないんだけど?」
「まあ、そうね。でもそれはこの子が起きてから、事情を聞けばいい」
その通りだ。
この女王蟻は念話を使えるし、交戦の意思も感じられなかった。
目が覚めてから、事情を聞けばいい。
ああ、その前に五十嵐さんに頼んで、コイツを鑑定してもらうか。
メールを送ると、すぐに五十嵐さんはやってきた。
「またこんな役目……。私最近、鑑定関連でしか呼ばれてない気がするんですが……」
まあ、その辺は気にしないで、ちゃっちゃとお願いします。
五十嵐さんに女王蟻のステータスやスキルを教えてもらい、その後は交代で見張りと訓練を続ける。
それから数時間後、女王蟻が意識を取り戻した。
『――ココハ?』
「気が付いたみたいね?」
『ッ……! 誰?』
「死王リベル、そこに居る『早熟』の所有者クドウカズトの仲間」
女王蟻は俺の方を見ると、自分の状況を把握したらしい。
一切の抵抗を見せず、事情を話しはじめた。
「――つまり、その知性ゾンビがアンタ達の前に突然現れて、狼王を従属させたと?」
『……ハイ』
女王蟻は念話のレベルが低いため、色々と情報を整理するのが大変だったが、要約するとそういう事らしい。
その後、群れの仲間が知性ゾンビへ抵抗し、なんとか眼を盗んで彼女一匹を『影移動』で逃がしたのだそうだ。
ただその際、スキルが不完全だったため、影の中が嵐のように乱れてしまい、彼女はボロボロになってしまったようだ。
「……狼王を従属させた、ね。にわかには信じられない話ね」
「そうですね……」
あのシュヴァルツが従属させられたってだけでも驚きなのに、その相手があの知性ゾンビだなんて驚きを通り越して、性質の悪い冗談としか思えない。
「しかも『先遣隊』ですって……。本当にそいつはそう言ったの?」
『ハイ……』
おまけに『先遣隊』――異世界人とも通じていただなんて。
一体何がどうなっているのか。
「リベルさん、そんな事が可能なんですか?」
「……狼王を従属させたこと? それとも知性ゾンビが異世界人と通じていた事?」
「両方です」
「……どっちも不可能、と言いたいのだけどね……。私もちょっと驚いてるわ」
リベルさんは口元に手を当て、
「カズト、アンタの話ではその知性ゾンビは『傲慢』の所有者で間違いないのよね?」
「ああ、本人がそう言っていた」
――『傲慢』、大野君の『嫉妬』やペオニーの『暴食』と同じ大罪系のスキル。
アイツは自分はこの世界で最初に人を殺してそのスキルを得たと言っていた。
俺の早熟は『世界で最初にモンスターを殺す』事が条件だ。似た条件のスキルがあってもおかしくはない。
「だとしたら尚更分からないわね……」
「どういう事? 私達、傲慢のスキルの効果って知らないからよく分かんないんだけど」
声を上げたのは六花ちゃんだ。
ああ、そう言えばまだ話してなかったか。
「カズトの持つ『早熟』と同じ、獲得する経験値の増加。加えて『傲慢』の所有者は自分に有利な状況であればあるほど所有するスキルの効果が高まるって効果があるわ」
「なにそれチートじゃん」
六花ちゃんのツッコミにリベルさんは苦笑する。
「でも代わりに自分が不利であればある程、スキルの効果も一気に弱まるってデメリットもあるわ。『早熟』や『検索』といった四大スキルと違って、大罪系のスキルは明確な弱点――デメリットが存在するのよ」
「へぇー、成程。んで、それが今の話とどう関係があるの?」
「分からない? この女王蟻の話では、その知性ゾンビは一人で狼王の群れの前に現れたのよ? 数もステータスも圧倒的不利な状況。『傲慢』のメリットを自分から封じているようなものだわ」
「あ、確かに」
ぽんと手を叩く六花ちゃん。
「知性ゾンビのステータスやスキルがシュヴァルツ達を上回っていたという可能性は?」
「大罪系のスキルは、六王に比べれば数段格落ちするスキルよ。その差を埋める、しかもこの短期間の間に取得出来るスキルなんて存在しない。ましてやあの『狼王』を従属させるスキルだなんてあり得ないわ……」
「……先遣隊がシステムに何かした可能性は?」
「無い、とは言い切れないわね。でも『狼王』を従属させるなんて、それこそ狼王自身が受け入れるか、元々契約でもしていない限り、どんなスキルを使おうと不可能よ」
「……確かにそれじゃあ無理ですね」
つまり、何もわからないが、状況はより悪化したと言う事だけは分かった。
先遣隊、知性ゾンビ、狼王。
この三つが手を組むなんて、最悪以外のなにものでもない。
せめてあの知性ゾンビが狼王を従属させた方法が分かればなぁ……。
でもリベルさんが言うにはそんな事、ほぼ不可能だって言うし。
(ん? まてよ……? 狼王自身が受け入れる……元々の契約……?)
なんだろう、何かが引っ掛かる。
あの狼王を従わせる手段……。
そしてあの知性ゾンビの持つスキル……。
もしかして俺たちは何か重要な事を見落としているのではないだろうか?
――この世界はクソッ垂れだ。
それが彼女の嘘偽りのない本音だった。
自由に生きたい彼女にとって、この世界は酷く息苦しいモノだった。
誰もが平気で嘘をつき、他人をだまし、自分さえも騙して生きている。
言いたくもない言葉や表情で他人を誤魔化し、上っ面だけの関係を築き上げる。
酷く息苦しかった。
毎日がストレスの連続だった。
そんな世界も、他人も、なによりそれに合わせて嘘をつかなければいけない自分自身さえも、彼女は大嫌いだった。
だからこそ、この世界が変わって、彼女は歓喜した。
今までの常識が覆り、全てが嘘偽りのない真実の世界になったと、そう思った。
これこそが自分の望んでいた世界だ。
もう誰にも縛られない、自由に、自分をさらけ出して生きていける。
そう思えた。
でも、この世界にもルールはあった。
弱肉強食という至極単純なルールが。
でもそれがどうした?
彼女は弱かったが、その世界に適応するのは誰よりも早かった。
他人など、力を得るための踏み台でしかなく、生きていくための知恵を、力を――彼女は貪欲に求めた。
それでも、彼女は負けた。
自分よりも力のある者によって。
この上なく無様で、滑稽で、みっともない命乞いをした。
そして最後は、手に入れたと思った力に飲み込まれ、あっけなく死んだ。
――その筈だった。
「――なのに、どうして俺はまだ生きてんだ……?」
何故、自分は生きているのだろう?
思い出せない。一体、あれから何があったのか?
「やあ、お目覚めかな?」
「……誰だよ、アンタ」
「君を生き返らせた者だよ。もっとも『生き返った』とはちょっと違うがね」
「……?」
言っている意味がよく分からなかった。
「まあ、詳しい話は後にしよう。じきに新しい体にも馴染む。それまでゆっくりと休むといい。『魔物使い』葛木さやかさん」




