216.狼王との交渉に向けて
前回のあらすじ
海王が仲間になった
お土産にミニ赤クラゲを貰った
海王様との邂逅を終えた翌日、俺たちは『安全地帯』の外縁部へ来ていた。
メンバーは俺と一之瀬さん、西野君グループ、それと藤田さんをはじめとした元市役所メンバーと自衛隊の面々だ。相葉さんのグループも居る。結構な大所帯だな。
少し離れたところにはソラも居て、その頭の上にはミニ赤クラゲが必死にへばりついていた。
あ、それと五十嵐さんは俺の影の中に隠れてる。
なんか最近、普通に影の中に居座るようになったな、彼女……。
(スキル持ち……それもレベルの高い連中ばかり……)
ここに居るメンバーが実質『安全地帯』の主力メンバーと言っていい。
となれば、集められた理由もおのずと予想出来る。
全員が揃うと、リベルさんが前に出る。
「早朝から集まってくれて礼を言うわ。今日集まって貰ったのは他でもない。アンタ達の本格的なレベリングをしたいと思っているの」
レベリング――すなわちレベル上げだ。
「シュラムの協力を取り付けられたのは大きいけど、それでもまだまだアンタ達には力が足りない。今日からどんどんモンスターを狩って貰うわ」
「あれ? あのモンスターと戦うんじゃないの? リベルんが召喚したデッカイ燃える牛みたいな奴」
手を上げた六花ちゃんに対し、リベルさんは首を横に振る。
「あれはしばらく使わないわ。てか、アレにアンタ達が勝てないんじゃ修行の意味が無いでしょーが。先ずは最低限、私のイフリートに勝てるくらいにレベルを上げて貰おうってこと。……てか、リベルんって私の事?」
「あー、成程、つまり私達がまだまだ弱いって事かー。うー、悔しい……。あ、そうそう、呼び方、リベルん! ……駄目?」
「……いや、まあ、駄目じゃないけど。別に呼び方なんてどうでもいいし……」
「ほんとー! わーい、ありがと、リベルんっ」
「ッ……い、いちいち礼なんか言わなくていいわよっ」
ポリポリと頬を掻くリベルさんに、六花ちゃんはにんまりと笑う。
流石、コミュ力お化け。ぐいぐい距離と詰めていく。
「むー……」
はい、そこ、焼きもちを焼かない。
別に六花ちゃんが取られたわけじゃないでしょうが。
複雑そうな表情で裾を引っ張ってくる一之瀬さんを俺は無言で宥める。
「ま、距離が縮まってるのは良い事か……」
藤田さんや自衛隊の人達も、最近はリベルさんと話す時に大分砕けた口調になってきた。
心境はまだまだ複雑だろうが、それでも距離は少しずつ縮まってきているように思える。
藤田さんが手を上げる。
「レベル上げと言っても狩るモンスターはどうするんだ? この周辺のモンスターはほぼ狩り尽したはずだぞ?」
「それなら心配ないわ。夜の間に索敵用の召喚獣を使って調べたから」
流石、リベルさん。仕事が早い。
彼女は懐から地図を取り出し広げた。
地図にはいくつかマルや三角のマークが付けられていた。
その殆どが市や町だが、何故か山中に付けられた二か所には二重丸が付けられている。
「この印が付いてるところがモンスターが固まってる場所ね。少し離れた場所にはアカちゃんの座標もあるし、移動にそれほど時間はかからないはずよ」
「町が殆どだな……。調べた時に、町の様子は分からなかったのか?」
藤田さんにそう問われると、リベルさんは少しだけ渋い表情を浮かべる。
「……大抵どこも一緒よ。トレントの発生で街並みはボロボロ、住民の大半はモンスターに殺されるか、どこか適当な場所に避難。確認できたコミュニティ――十人以上で行動していた集団は全部で四か所。三角のマークがそれよ。その内、二か所がここと同じように『安全地帯』になってたわ。人数はここに比べたら、どこもずっと少なかったけどね」
その報告に、藤田さんをはじめとした全員が悲痛な表情になる。
「……県内全域を見てもこんなに少ないのか……」
「いや、県内だけじゃないだろ。多分、関東や関西、北海道や九州だって似たような状況だろうぜ……」
「一体この一か月で何万人の命が奪われたんだ……」
「何万じゃないだろ……。何千万……いや、世界全体だと何億人って規模じゃないのか」
その通りだ。日本だけじゃない。
世界各地で同じことが起こっていると、リベルさんは言っていた。
現代兵器も、通信機器も使えぬまま、突然現れたモンスターの軍勢。
人類が培ってきた技術を全く活用することが出来ない圧倒的不利な状況。
藤田さんの言う通り、下手すれば数億近い人が犠牲になっているかもしれない。
改めて自分達が置かれた状況の厳しさを実感する。
この極限の状況下で、俺たちのように『安全地帯』を手に入れ、積極的にモンスターを狩ろうとする勢力など、本当にごく一部なのだろう。
大半は水や食料の段階で躓いてしまうのだから。
俺たちも生産系の職業やスキルを持つ人が出てきたおかげである程度確保できるようになったからな。……いざとなったらアイテムボックスのストックがまだあるけど、人数が増えた今じゃ焼け石に水だ。根本的な解決にはならない。
「で、おそらくだけどここと、ここ」
次にリベルさんは地図の印がつけられた内の二か所を指差す。
山中に付けられた二重丸の箇所だ。気になってたやつだな。
「多分、この二か所にはネームドが居るわ」
「「「ッ……!」」」
その発言に、全員が再び息を吞む。
「確認した限りでは一体は蛇のモンスターね。体長は40メルド――あー、違うわね。40メートル近い大型のモンスターよ。もう一体は蜘蛛のモンスター。こっちは2メートルくらいの大きさだけど、かなり多くの手下を連れて群れで行動してるわ」
蜘蛛と蛇のモンスターか……。
メルドってのは、リベルさんの居た世界の単位か?
蛇のモンスターってまだ見たことが無いな。
体長40メートルって、完全に映画に出てくるアナコンダじゃんか。
「きゅー……」
蜘蛛のモンスターと聞いて、キキがぷるぷると震える。可愛い。
そういや、初めてキキと出会った時に戦ったのも蜘蛛のモンスターだったな。
キキが蜘蛛に捕まり、それを偶然俺と藤田さんが助けた形になり、キキが仲間に加わった。
あの時も蜘蛛のモンスターは複数いたな。
蜘蛛型は基本的に群れで戦うモンスターなのだろうか?
あの時も糸で大分苦しめられたし、そのネームドとなると相当手強そうだ。
「それでそれぞれに向かうメンバーなんだけど……」
リベルさんは一旦俺たちを見回し、
「――蛇の方は藤田、蜘蛛の方は十和田のチームに行って貰おうと思うの」
「「「なっ……」」」
その発言に市役所メンバーと、自衛隊の面々は声を上げる。
てっきり、他の町のモンスターの殲滅とコミュニティとの接触をするものだと思っていたのだろう。
「何驚いてるのよ、まさか子供たちにネームドを担当させて、自分達が雑魚を担当するとでも思ってたの?」
「ッ……い、いや、別にそんなつもりは……」
「あったんでしょう? だってカズトや六花の方がずっと強いもの。そうね、戦力だけで考えれば間違ってないわよ。その方がずっと勝率が高いもの。でもそれは大人としてはどうなのかしらね? まして国民を守る自衛官としては?」
「ッ……」
痛い所を突いてくる。
その言葉に、自衛隊の数名がハッとなり、悔しそうに拳を握りしめた。
無意識に楽な方を選ぼうとした自分を恥じているのだろう。
すると十和田さんが一歩前に出る。
「……すまない。だがその言い方は少々語弊がある。山中に潜むネームドのモンスターは確かに脅威だが、街を闊歩するモンスターの殲滅もそれに劣らぬ重要な任務だ。より多くの人命を救いたいという彼らの考えも決して間違ってはいないし、責められる云われも無い」
「そうね。でも力が無ければ誰も救えないわ。……目先の命を優先し、結果として全てを取りこぼす事だってあるのよ」
「……それはこの一月で嫌という程痛感したよ。守るべき子供たちに、全てを預けなければならない己の無力を何度呪ったか分からない」
「そう思えるなら立派よ。だからアナタ達にはネームドを担当して貰いたいの。この戦いを乗り切れば、アナタ達は今よりもっと強くなる。レベルを上げて、進化すれば、無力感に苛まれる事も無くなる。責めるような言い方をしたのは謝るわ。町の方は安心していいわ。アナタ達はレベル上げに集中してほしいの」
「……了解した」
こうしてネームド二体は、藤田さんと十和田さんのグループが担当することになった。
てことは、俺たちは西野君のグループと一緒に町の方の担当をするのだろうか?
正直、俺や一之瀬さんは今更ゴブリンやオークを数体倒したところで、それ程レベルが上がるとは思えないけど……。
すると、リベルさんが俺たちの方を見た。
「カズト、ナツ、六花、それと西野。それと影に引き籠ってる眼鏡。アンタ達は特別メニューよ」
ちょいちょい、とリベルさんは俺たちを手招きする。
そして普通に影に居る事がバレてる五十嵐さんである。せめて名前で呼んであげてよ。
「特別メニュー?」
「そ、町の方はアンタ達の仲間で十分対処できるわ。初見のモンスターは居ないし、ゾンビのあの子に、アイヴァー、それにシュラムの子――赤クラゲだっけ? あの子もつけるから十分対処できるはずよ」
まあ、確かに今更町に居るゴブリンやオーク、ゾンビくらいで彼らが負けるとは思えない。
固有スキル持ちの大野君や、異世界人の相葉さん、赤クラゲが加わるなら万が一も起こらないだろう。
……一瞬、あの知性ゾンビの存在が脳裏をよぎる。
万が一があるとすれば、アイツの干渉か……。
「安心して良いわ。少なくともこれから向かわせる町には、アンタから聞いたあのゾンビは居ない。それにアイヴァーや赤クラゲは緊急離脱用のスキルがある。心配しなくても大丈夫よ」
俺の考えを読んだかのように、リベルさんがフォローを入れる。
まあ、そこまで言うなら大丈夫か。
「で、俺たちは何をするんだ? 他に強そうなモンスターが居るところに向かうとか?」
「いいえ。まあ、それでもいいけど、昨日のシュラムとのやり取りでもっと効率よくレベルを上げる方法を思いついたの。実戦形式になるけど、それをするわ」
実戦……?
てことは、リベルさんの召喚したモンスターと戦うのか?
確かにそれならそこらのネームドよりも手強いだろうけど、それなら前からやってたよな。
「ええ、その通り。戦うのは召喚獣じゃないわ」
またしてもリベルさんは俺の考えを読んだかのように首を横に振る。
そしておもむろに自身を指差し、
「――戦う相手は、『私』よ」
「……え?」
ぽかんとする俺たちに対し、リベルさんは笑みを深くし、
「多分、次の『狼王』との交渉はシュラムの時のようにはいかない。間違いなく戦闘になるわ」
だろうな。アイツは俺たちとの決着を望んでいる。
間違いなく死力を尽くした戦闘になるだろう。
正直に言えば、戦いたくはないが、異世界人との戦争が迫っているこの状況で、アイツは不確定要素として残しておくには余りに大きすぎる存在だ。
どういう形であれ、決着を付けなければいけない。
「だからこそ、私が相手になるわ。異世界最高位の魔術師、『死王』リベル・レーベンヘルツ。同じ六王の一角なら、修行相手として申し分ないでしょ――ふんっ」
「うぉ……!?」
次の瞬間、リベルさんから凄まじい威圧感が放たれた。
確かにこれはとんでもないな……。体が震え、冷や汗が止まらない。
シュヴァルツ戦への修行相手としてこれ以上相応しい存在はないだろう。
「こりゃ凄い。シュヴァルツとの戦いの前に死なないよう頑張らないといけませんね、一之瀬さん」
「…………」
「……? あれ、一之瀬さん?」
返事が無い。
どうしたのかと思って振り返れば、一之瀬さんは四つん這いになって吐き散らかし、六花ちゃんは尻もちをついて震えあがり、西野君は白目をむいて気絶していた。
…………これ、大丈夫なのか?
ともかくこうして対シュヴァルツ戦に向けての特訓が始まったのであった。
読んで頂きありがとうございます。
修行はさくっと終わらせて、狼王戦に入ります
書籍1~4巻&コミック1~4巻発売中です。
何卒よろしくお願いします。




