212.六王
六王スキル。
そのスキルを知ったきっかけはあの知性ゾンビだ。
ペオニーとの戦いの後、あのゾンビが介入し、俺はせっかく手に入れたペオニーの魔石と神樹の種を奪われそうになった。
だがその直前にあのダーク・ウルフが現れ、ヤツの邪魔をしたことで事なきを得た。
その時にあの知性ゾンビはダーク・ウルフの事をこう言っていたのだ。
――『狼王』シュヴァルツ、と。
あの時は、疲労と混乱の所為でよく考えなかったが、他にも六王の所有者だの、大罪だの気になる情報をアイツはいくつも口にしていた。
質問権を使って調べてみると、六王とは『狼王』、『竜王』、『死王』、『海王』、『幻王』、『鳥王』の事であり、固有スキルの中でもかなり特殊なスキルだと言う事が分かった。
『死王』に関しては、以前リベルさんのステータスを調べた時に出たモノと一緒だったが、残りの五つに関してはそれぞれの種族の頂点に与えられるスキルとしか分からなかった。
スキルと言うよりは、どっちかと言えば称号のような感じもする。
いわゆる最強の称号ってやつだ。
「確かソラの旦那さんが元『竜王』だったんだっけ?」
『ソウダ。我ガ夫コソ竜族ノ至高ニシテ究極ノ存在デアッタ。無論、夫ハ強サダケデナク、ソノ心モ素晴ラシカッタ。我モ夫ノ事ヲ心カラ愛シテ――』
「あ、いい。そこまででいいから」
長くなりそうなので、俺はストップをかける。
『ナンダ、ココカラガ良イ所ナノニ……』
しょぼんとなるソラの首筋を俺は撫でる。
「ごめん。後でちゃんと聞くから」
『約束ダゾ』
「分かった、分かった」
ホント、出会った時に比べて丸くなったな、コイツ。
まあ、それは置いておいてだ。
話を本題に戻そう。
「――『狼王』と『海王』をこちら側に引き入れたいの。協力してもらえる?」
「「……」」
耳を疑うようなリベルさんの言葉に、俺と一之瀬さんは無言で顔を見合わせる。
こういう時は眼を逸らさずに見てくれる一之瀬さんである。
「「何その無理ゲー」」
俺と一之瀬さんの声が綺麗にハモる。
別に狙ったわけじゃないけど、綺麗にハモった。
そんな俺たちにリベルさんははぁっとため息をつく。
「やる前から無理って決めつけるのは良くないわね」
「いや、無理なものは無理だろ」
「ですです」
海王ってのがどんな奴かは知らないけど、『狼王』の恐ろしさなら、俺たちは嫌というほど知ってる。
闇を操る強力なスキルに、あの威圧感。
正直、強くなった今でも勝てるイメージが湧かない相手だ。
というか、アイツは現在進行形で強くなっている。
学校で戦った時と、ペオニーとの戦いの後に出会った時とではその強さはまるで別物だった。
自分達が強くなってるのと同じように敵も強くなる仕様ってクソゲーだよね。
「だいたいなんで急にモンスターを仲間にしようと思ったんだ? 理由を話してくれよ?」
さっき計画の見直しがどうとか言ってたけど、その辺をきちんと説明してほしい。
「それは私からお話しましょう」
そう言って手を上げたのは、相葉さんだった。
「率直に申し上げますと、彼女の計画の変更は私の所為なのです」
「相葉さんの?」
「はい。私の『再現』の暴走を抑えるために彼女の『神威』を使っているのはご存じでしょう?」
「ええ、そう言ってましたね」
リベルさんの『神威』はスキルを封じるスキルだ。
それを調節することで、相葉さんのスキルの暴走を抑え、且つ皐月さんたちのような再現された人々も消滅させることもなくしている。
「ですが、『神威』は本来戦闘用のスキルです。それも対人においては無類の強さを発揮する程の」
確かにスキル保有者の戦いにおいて、そのスキルを封じる事が出来るのはとてつもないアドバンテージだ。
それも説明によれば、封印できる対象は重複可能だったはず。
対人においてこれ程厄介なスキルも無いだろう。
「その貴重な御力を私のスキルの暴走を抑える為に使って頂いている。……今の彼女は片腕が使えないに等しい状態なのです」
『フンッ、ツマリ弱体化シテイルトイウ事カ。情ケナイ』
「ちょっ、ソラ、お前もうちょっと言い方ってもんが――」
遠慮のないソラの言い方に俺は焦るが、リベルさんは苦笑するだけだった。
「良いのよ別に、事実だしね」
リベルさんは手をひらひらさせながら、
「とはいえ、まんまとあの馬鹿共の狙い通りスキルを使ったのは流石に癪だけどね。まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ」
「狙い通りって……? ちょっと待って下さい。それじゃあまるで――」
「ええ、今回の騒動。アイツらの狙いは最初から私だったって事よ、多分だけどね」
「なっ……!?」
「だって暴走のタイミングがあまりにも良すぎたもの。多分、私とアイヴァーが接触した瞬間にスキルが暴走するよう仕組んでいたんでしょうよ」
驚く俺に対し、リベルさんは平然としていた。
「アイヴァーが当初の目的通り行動するならよし。もし裏切ってこっちの世界の人達に力を貸したとしても問題ない。前者なら私はアイヴァーを倒すのにそこそこ消耗したでしょうし、後者ならスキルの暴走を封じる為に神威を使わざるを得なくなる。どっちに転んでも損はしない。……ランドルの考えそうな手だわ」
どうやら向こうの世界にも相当頭の切れる奴がいるようだ。
なによりこの作戦を考えた奴は相葉さんやリベルさんの性格を知り尽くしている。
リベルさんが相葉さんや再現された人々を切り捨てられないと分かっていないと、この作戦は成り立たない。
「あの、リベルさん……」
「ん? なにかしら?」
「えっと……いや、なんでもないです」
「……?」
首をかしげるリベルさんに対し、俺は喉まで出かかった言葉を吐きだす事が出来なかった。
――もしかして、そのランドルって人は、リベルさんや相葉さんと相当近しい関係だったんじゃないか、と。
「ま、そんな訳で私の力が削がれちゃった以上、それを補う戦力が必要なわけ。それも向こうの連中が予想出来ないような戦力をね」
「それが『狼王』と『海王』って訳か……」
「そういう事。『六王』スキルは、私たちの居た世界に元々在ったスキルなの。だからこそ、そのスキルの保有者がどんな奴か、彼らも知っている」
「え? ちょっと待って下さい。向こうの連中がわざわざ知ってるのに仲間にするんですか?」
そんなの向こうも予測できるだろ?
とっくに対策立てられてるんじゃないのか?
「逆よ。連中は歴代の『六王』がどんな奴らか知っている。知ってるからこそ、彼らが人間に協力する可能性がないと確信してるの。だからこそ、連中の裏をかけるわけ」
「な、成程……。でも、それって大丈夫なんですか?」
そんなモンスターを仲間に引き入れるなんて、それこそ無謀じゃないか?
「可能性はゼロじゃないわ。それにちゃんと勝算もある。先ずは……そうね、『海王』の方から行きましょうか」
「『海王』……一体どんなモンスターなんですか?」
「……へ?」
「え?」
俺の問いにリベルさんはきょとんとした表情を浮かべる。
「何言ってるのよ? アンタ達はもうとっくに『海王』に会ってるでしょうが?」
「へ……?」
その言葉に、逆の俺の方がきょとんとなる。
会ってる?
いつ? どこで?
疑問符を浮かべる俺と一之瀬さんを見て、リベルさんはどこか納得したような表情を浮かべた。
「ああ、成程……そういう事ね。そうとは知らずに戦ってたってわけか。なら、その反応も納得だわ」
「戦ってた? ちょ、ちょっと待って下さいっ。どういう事ですか?」
ますます混乱する俺たちに対し、リベルさんは、
「『海王』シュラム。コイツはあるモンスターの原種であり、そのモンスターは全て『海王』から生まれたと言われているわ」
「生まれた……?」
「そう、そのモンスターには全て『海王』シュラムの力が流れている。とはいえ、末端になればなるほど力は弱くなるし、色も薄くなる。でもたまにね、先祖返りを起こして、シュラムと『同じ色』になる個体がいるの。透き通るような綺麗な赤色にね」
「赤……?」
赤い色のモンスター。
俺たちはもう会っている……?
海王……海……海で俺たちが戦ったモンスター……。
「――まさかっ」
俺の頭に一体のモンスターが浮かび上がる。
モモがその力を見抜き、仲間となってからはその絶対的な防御力で俺たちを助けてくれた心強い味方。
リベルさんはこくりと、頷いて
「その通り。『海王』シュラムの正体は――スライムよ」
ふるふる、とジャケットに擬態したアカが震えた。




