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モンスターがあふれる世界になったので、好きに生きたいと思います  作者: よっしゃあっ!


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209.宣戦布告


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「ゴァアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 キャンプ場の一角にて、俺とハイ・オークは激闘を繰り広げていた。

 ハイ・オークの弱点は『水』。

 それは分かっているのに、その水が当てられない。

 おそらく奴は俺の動きを予測しているのだろう。

 水を浴びせようとすればすぐに対応できるように。


 ――なんて厄介な。

 

 一体どうして奴が俺との戦いを覚えているのかは分からないが、その『経験』が奴の力を何倍にも強くしている。


「ゴァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」

「ちっ」


 ハイ・オークが地面を蹴り、接近。

 大剣による袈裟切りを繰り出す。

 俺をそれは紙一重で躱す。


 ――動きが見える。


 以前は眼で追う事すら出来なかったハイ・オークの動き。

 それに俺は対応出来る。


「『絶影』!」

「ゴァ……!」


 以前は一瞬も動きを止められなかった影による拘束。

 それが今や狂化した状態のハイ・オークであっても十分に動きを阻害する事が出来る。


「水遁の術」


 動きが鈍った瞬間、水遁の術を発動。

 うねりを上げて濁流がハイ・オークを飲み込まんとする。

 

「ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 だが直前で、ハイ・オークは咆哮を上げる。

 一瞬だけ、濁流と――そして影の拘束が阻害される。

 その隙に影を引きちぎり、脱出する。

 木の幹へと跳躍すると、そこを足場にして軽業師のように反対方向へ着地。

 影の拘束によって僅かに血が滲んでいるが、それだけ。


「ゴァア……」


 ハイ・オークは笑みを浮かべ、こちらを見つめる。

 本当に楽しそうだ。

 心の底から、今という瞬間を楽しんでいるのだろう。

 

 ――戦いこそ、全て。


 ハイ・オークにとっては蘇った理由も、記憶の蓄積も些細な事に過ぎない。

 大事なのは、今この一戦のみ。

 その狂喜が、愉悦が、ビリビリと伝わってくる。


「本当に厄介な奴だよ、お前は……」

「ゴァァ……」

 

 ――水を浴びせなければ、俺に勝ち目はない。


 多彩なスキルでカバーできるとはいえ、基本的なステータスは今でもハイ・オークの方が上だ。

 その上、水を浴びていない状態での『狂化』はその力を更に何倍にも引き上げている。

 強い。改めて、あの時勝てたのはいくつもの奇跡と偶然が重なった結果だと思い知らされる。


「でも今なら――ッ!」


 歯を食いしばり、大地を踏みしめる。

 右手に『破城鎚』を装着。

 正面、真っ向勝負。


「ゴァアアアアアアアアッ!」


 当然、ヤツは受けて立つとばかりに、剣を収め、拳を突きだしてきた。

 ああ、そうだよな。

 お前はそういう奴だ。

 正面から挑めば、必ず迎え撃つ。

 

 だから――俺はその隙を突く。

 

 忘れてないか、ハイ・オーク?

 俺の戦闘スタイルは真っ向勝負ではなく、奇襲とだまし討ちに特化してるんだぞ?

 破城鎚と、ハイ・オークの拳が激突する。

 凄まじい反動だ。

 だが、ヤツもまた肉体を硬直させる。


「今だ! 全員で掛かれ!」

「ゴァ……!?」


 ハイ・オークの左右、背後から襲い掛かるのは、俺の分身だ。

 当然、武器も持っていない分身の突撃なんてハイ・オークにとっては何の脅威でもないだろう。

 

 ――その全身が『ずぶ濡れ』になっていなければ。


 俺が分身の術を発動させたのは、先程の水遁の術の前だ。

 奴に気付かれぬよう、分身の術を発動させ、茂みに潜ませておいた。

 そして水遁の術の水しぶきを隠れていた分身たちはたっぷりと浴びている。

 

「抱き着け!」


 スキルが使えずとも、分身のステータスは俺と同等。

 ならば捨て身でハイ・オークにしがみつくことくらい訳ない。

 分身の服に沁み込んだ水が、たっぷりとハイ・オークへと浴びせられる。


「ゴァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」


 ハイ・オークは堪らず苦悶の表情を浮かべる。

 水により肌が爛れ、痛々しい姿へと変わってゆく、


「止めだ!」


 これで終わらせる!

 アイテムボックスから取り出したオークの包丁を構え、突貫。

 間に合う。

 この距離ならば、奴が叫ぶよりも、攻撃をするよりも先に、俺の刃がヤツの急所を貫く。

 

「ゴァ……」


 それをハイ・オークも感じ取ったのだろう。

 驚愕。狂喜。己の力を上回った者への賞賛。

 だが、その眼はまだ『諦めて』居なかった。


(コイツ、まだ何か――?)


 すぅっとヤツは息を吸い込む。

 叫びのスキル? いや、無理だ。もう間に合う筈がない。

 そして次の瞬間、俺はまだハイ・オークの執念を甘く見ていたと思い知らされる。

 

 直後、衝撃。


「がはっ……何が……?」


 何だ?

 今、何が起きた?

 ぐらぐらと揺れる視界。

 込み上げる吐き気と激痛。


 気付けば、俺は吹き飛ばされ地面を転がった。

 攻撃された? でもどうやって?

 完璧だったはずだ。あの距離で、あのタイミングで反撃できる方法なんてあるはずない。


「くっ……」


 何とか起き上がり、ハイ・オークを確認する。

 その姿を見て、俺は何が起きたのかを理解した。


「ゴァ……ァァ……ァ……」


 ハイ・オークは……傷だらけのボロボロだった。

 至る所から出血し、皮膚は焼き爛れ、特に胸板は骨や内臓が露出していた。

 

「嘘だろ……」


 信じられなかった。

 でも間違いない。


 ――コイツ、自分で自分の口を塞ぎやがった。


 叫ぶ寸前、ハイ・オークは己の口を塞いだのだ。

 そんな事をすればどうなるか、分からない奴ではあるまい。

 例えるなら爆発寸前の爆弾を飲み込んだようなものだ。

 その結果が、今のボロボロの姿だ。

 

 ――でも、そうしなければ死んでいた。


 体内から発生した爆発に押されて、俺の刃は届かなかった。

 その隙に、ヤツは俺を殴り飛ばしたのだ。

 

「でも……分かってても普通やるか?」


「ゴァァ……」


 全身血塗れのボロボロの姿であっても、ハイ・オークは嗤っていた。

 まだだ、まだ勝負はこれからだとでも言うように。


「完全にイカれてるよ、お前は……」


 そこまでか?

 そこまで戦いが好きか?

 理解出来ない。


「俺は……戦いなんて大嫌いだよ」

 

 痛いのが嫌だ、傷付くのが嫌だ。

 だが、それでも死にたくなければ、戦うしかない。

 生き抜くためには、勝たなくちゃいけない。

 

「絶影……」


 全身に影を纏わせ、肉体を強制的に稼働させる。

 ハイ・オークも傷などお構いなしに突っ込んできた。

 片手で剣を持ち迫りくる様は、あの戦いを思い出させる。

 

「うあああああああああああああああああああっ!」

「ゴァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 激突。

 交差する刃。

 俺の方が、一瞬速かった。

 貫いたのは、ハイ・オークの急所。


「ゴ、ァァ……」


 二度目の死。

 膝をつき、死の直前であっても、まだヤツは笑みを浮かべていた。


 ――ああ、残念だなぁ。もっと戦いたかったなぁ。


 そんな風な表情。


「……ありがとな、ルーフェン」


 本当ならこんなセリフ言いたくない。

 でも、せめてコイツにだけは、言うべきだろう。

 せめてもの敬意として。


「ゴア……?」


 だって、最初にハイ・オークに出会っていなければ。

 絶対に敵わない強敵に出会っていなければ。

 きっと俺は慢心し、あっさりと死んでいただろう。


「……お前に会えて、良かった」


 コイツが居たから、俺は頑張れた。

 油断せず、慢心せず、成長し続ける事が出来た。

 この世界を、生き抜く事が出来た。


「…………ァ」


 今際の際、ルーフェンは残った右手で俺の胸を軽くたたいた。

 まるでこれからも頑張れとでも言うように。

 そして、ヤツの体は消滅した。


 決着。


 こうして俺とハイ・オークの二度目の戦いは幕を閉じた。





 一方その頃、

 五所川原皐月は仲間と共に突如現れたモンスターの軍勢に圧倒されていた。


「な、なんなのよ、このモンスターの大軍は……一体どこから現れたの……?」


 数が多すぎる。

 一体どこからこれだけのモンスターが現れたのか?

 気配も何も感じなかった。

 本当に、このモンスターたちは『突然』現れたのだ。

 その上オークにゴブリン、シャドウ・ウルフにスケルトンとその種類も様々。

 中でも特に目を引くのは、やはりあの巨大なゴーレムとメタル・リザードだろう。

 それにモンスターたちが現れた直後に聞こえた叫び声も気になる。

 背筋が凍るほどのゾッとする叫び声だった。

 おそらくコイツらとは比べ物にならないモンスターが近くにいるのだろう。


「と、とにかく早くみんなと一緒に逃げないと……」


 こんなの自分達だけでどうにかなるレベルじゃない。

 一刻も早くこの場を離れなければ。

 すると離れたところから声が聞こえた。


「おーい! 五所川原―! こっちだ!」

「みんな!」


 声のした方を見れば、少し離れたところで仲間が手を振っていた。

 カズトがリア充っぽいと言ったあのチャラ男君だ。他にもスキル持ちのメンバーが非戦闘員を囲むようにして構えている。

 皐月はすぐに彼らに合流する。


「ハァ……ハァ……無事?」

「とりあえず今はな。でもこのままここに居たら全滅だ。早く逃げないと」

「だよね……。でもどこに?」

「おいおい忘れたのか? 相葉さんがいくつか緊急用の拠点を見繕ってたろ? そこに向かう。ここに居る以外の仲間はもう向かってる筈だ」

「あ、そっか……」


 混乱ですっかり忘れていた。

 こういう時の為に、相葉が常日頃から自分達に訓練を付けてくれていたのだ。

 その用意周到さに、彼女は改めて感心する。


「……緊急用の連絡網や訓練しといてよかったね……」

「ああ、相葉さんのおかげだ」

「そうだね。逃げきれたらお礼言わないと」


 相葉の姿は見えないが、きっと彼の事だ。大丈夫だろう。

 ここに居る誰一人、相葉の無事を疑っていなかった。

 それ程までに、彼らは相葉に絶対的な信頼を寄せていたのである。


「よし、行くぞ!」

「ええっ!」


 襲い掛かるモンスターたちを必死に捌きつつ、彼らは退路を確保する。

 だが非戦闘員を抱えながらの逃走は困難だった。


「ッ……! ヤベェな……」


 先頭を走るチャラ男たちの表情が強張る。

 彼らの往く手を塞ぐように、更にモンスターが現れたのだ。


「そんな……どうして……?」


 まただ。

 さっきまで音も気配も無かったのに。

 こいつらはまた『突然』現れた。

 それだけではない。

 これだけの種類のモンスターが居ながら、彼らは互いに争い、足を引っ張り合おうとせず、ただひたすらに自分たちだけを狙ってくるのだ。

 今までモンスター同士が共闘するなど一度も無かったのに。


「ギギャ……」

「ゴァァ……」


オークやゴブリン達はどう猛な笑みを浮かべながら、皐月たちににじり寄る。

 まるで『今度は逃がさない』とでも言っている様だ。

 

「ちっ……しゃーねーな。皐月! 俺たちがモンスターのターゲットを引き受ける! その間に仲間を連れて逃げてくれ!」

「そんな……! 駄目よそんなの!」

「どの道、このままじゃ全滅しちまう! だったら少しでも多くの人を逃がすしかねーだろ!」

「で、でも――」


 僅かな逡巡。

 その隙を、モンスターたちは見逃さない。

 一斉にモンスターは、彼女達に襲い掛かった。

 だが、


「――イフリート」

「ゴァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 咆哮と共に発生した紅蓮の炎。

 それは一瞬にして、彼女達の周囲のモンスターを焼き尽くした。


「な、なんだ!?」

「なにあれ……? 炎の……巨人?」


 宙に浮かぶ炎を纏った浅黒い肌の巨人。

 誰もが一目で分かった。アレは今まで見たどのモンスターよりも危険な存在だと。


『ボーっとしてんじゃないわよ! さっさと走る!』

「えっ? あ、はいっ」


イフリートの出現に戸惑う彼女達だったが、不意に聞こえた声によって我に返り走り出した。


(い、今の声って誰……?)


 聞いたことが無い声だった。

 多分、女性の声だったと思う。

不思議な――そう、まるで頭に直接響いてくるような声音だった。

 いや、今は考えるのは後だ。

 とにかく一刻も早くこの場を離れなければ。

 あの炎の巨人にモンスターたちが気を取られている隙に、皐月たちはその場を立ち去るのであった。




「全く手間をかけさせるわね……」

「すみません……」


 皐月たちがその場を離れたのを確認して、リベルは茂みから姿を現した。

 その傍らには胸を押さえ苦悶の表情を浮かべた相葉も居る。


「みんな……済まない……」


 皐月たちの逃げる背中を、相葉は悲しげに見つめる。

 本当ならすぐにでも駆けつけたかった。

 だがリベルの推測通り自分の能力が暴走している状態ならば、彼女達に迂闊に近づくわけにはいかない。

 能力の暴走が彼女達にどんな影響を及ぼすか分からないからだ。


「しかし次から次に湧いて出るわね。これじゃあいくら倒してもキリが無いわ」


 リベルが手を上げると、それに合わせてイフリートの炎がモンスターを焼き尽くす。

 すでに何十、いや何百体モンスターを倒したか分からない。

 それでも相葉の『再現』によってモンスターは次から次に現れるのだ。


(まだまだ暴走が収まる気配はないわね……)


 リベルはイフリートと共にモンスターを掃討しながら、この混乱を収める方法を思案する。

 相葉を殺すことでスキルの暴走が収まるのなら、彼女はさっさと彼を殺していただろう。

 だがスキル保有者が死んだとしても、スキルの効果が消える保証はない。

 ましてや今の相葉はアンデッドだ。

 上位のアンデッドには『呪い』や『置き土産』のような、死んだ後に発動するスキルも存在する上、その効果もランダムである場合が多い。

 加えてここは、彼女が元々いた世界とは違う世界。

 システムによってスキルの効果や法則もまた既存のモノとは異っている可能性も十分にある。

 最悪、今まで死んだモンスター全てが再現されるなんて可能性すらあるのだ。

 もしそうなれば、異世界人との戦争に備える事すら難しくなるだろう。

 システムの知識や副鍵スペアキーを与えられているとはいえ、彼女の知識とて『万能』ではないのである。

 

「まあ、それでもやれることはあるわ」

「ゴァァ……」

 

 雑魚をあらかた片付けたところで、リベルとイフリートは少し離れたところに居るソイツに視線を向ける。


「―――ルゥゥウウウウ……」


 それはイフリートよりも更に巨大な岩の集合体。

 ガーディアン・ゴーレム――名をティタン。

 かつて市役所を壊滅寸前にまで追い込んだモンスターである。


「王墓の守護者、か……」


 その力を感じとり、リベルは笑う。

 単純な力量ではおそらくイフリートと同等と言ったところか。

 彼女の実力ならば片手間で倒す事が出来る相手だ。

 でも、


「――ルゥゥウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」


 猛スピードで迫りくる岩の拳をリベルはただ黙って見つめていた。

 その強さ、威圧感を肌で感じ、彼女の背筋にゾクゾクとした感情が湧きあがる。


「なっ、リベルさん! 何をしてるんですか? 早く防御を――」

 

 その様子に流石の相葉も驚愕する。

 一体何を考えているのか?

 既にティタンの拳は目の前まで迫っている。

 これでは二人とも潰されてしまう。


「――ねえ、アイヴァー? 素晴らしいとは思わない?」


 だが、ティタンの拳は彼女の直前で止まった。

 否、止められていた。

 リベルが突きだした右手によって。


「なっ……!?」

「ルォォ……?」


 相葉が瞠目する。

 ティタンも動揺する。

 あのようなか細い腕一本で自分の拳が止められたというのか?


「ルォ……ルォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 信じられない。

 ティタンは再び拳を振り上げ、目の前の人間を叩き潰そうとする。

 だが何度攻撃しようとも潰れない。壊れない。

 その攻撃を受け止め、リベルは笑みを深くする。

 

「王墓の守護者が再現された。それはつまり、彼らが一度コイツを倒してるって事なのよ?」


 彼女たちの居た世界でも、ティタンは――『王墓の守護者』は名の通ったモンスターだった。

 高いステータスに、分身を生み出すスキル。おまけに周囲の景色に同化する擬態と潜伏のスキルまで持っている。

 ただ彼が守護する王墓に近づかない限りは何もしてこないため、討伐対象にはならなかったが、その実力は彼女たちの居た世界でも強者と呼ばれるに十分過ぎる程だった。


「私や先遣隊のメンバーならこの程度、楽に倒せるでしょうね。でもそれは何十年と積み重ねた強さと、先人たちから受け継がれた知識があるからこそ」


 でも、彼らは違う。

 自分達と違い力も知識も全くないゼロからの状態で、コイツを倒したのだ。

 それも世界がこうなってから、力を手に入れてから、たった七日程度で、だ。

 それがどれ程の『偉業』か、彼らは気付いているだろうか。


「ねえ、アイヴァー。アンタ言ったわよね。この世界の人々に触れて、自分は考えを改めたって」

「……」

「私もそう思うわ」


 不意に、リベルの手が光り輝く。

 そこには一本の光の剣が握られていた。


「彼らはこれから先、もっと強くなる。半年……いや、もっと短い間に私達に迫る強さを彼らは手に入れるでしょうね」


 リベルは小さく「ごめんね」と呟いて光の剣を振り下ろす。

 ティタンの体が真っ二つに裂けた。

 苦しむことも断末魔の叫びを上げる事もなく、ティタンの体は崩れ落ちた。


「はは……相変わらず凄まじいですね」


 圧倒的な力に、相葉は引くついた笑みを浮かべる。

 だが、次の瞬間にその笑みは凍りつく事になる。

 リベルの持った光剣の切先が彼に突き付けられていたからだ。


「ッ……! な、何を……?」

「安心しなさい、アイヴァー。アンタを斬るつもりはないわ。ただ――アンタの中に居るクソ馬鹿に用があるだけ」

「……?」


 相葉は訳も分からず首をかしげる。

 リベルはそんな彼に構うことなく、


「聞こえてるわよね、『ランドル』。用意周到なアンタの事だもの。アイヴァーが見聞きした情報をそっちにフィードバックする仕掛けくらい施してるはずよね?」

「なっ……!?」


 その発言に相葉の表情が強張る。

 すると不意にリベル達の頭に声が響く。


『……驚いたな。まさか見破られるなんてね』


 それは少しノイズが混じった男性の声だった。

 おそらくは相葉とシステムを通じて、向こうの世界から発信しているのだろう。


『いつから気付いていた?』

「最初から」


 正確には相葉の話を聞いてからだが、わざわざ言う必要もない。


『それはそれは素晴らしい。流石、当代の死王様だ』

「ありがとう。でも、残念ね。もしこの場にアンタが居たらすぐにでも八つ裂きにしてあげたのに」


 リベルは怒気を隠そうともしない。

 当然だ。

 この声の主は、彼女が最も嫌悪する人種。

 自らの手を汚すことなく、目的を遂行しようとするクソ野郎だからだ。


『何が気に入らないんだい? そこに居る彼は自分から志願してそうしているのだよ? それの何が不満だと言うのかな?』

「そう言葉巧みに仕向けたのはアンタでしょ」

『いえいえ、そんな事はないさ。だが、まあ……そこの彼がまさか、こうも簡単に現地の猿どもにほだされるのは予想外だったけどね』

「ッ……!」


 その言葉に相葉は表情を変える。


「訂正してくださいランドル! 彼女達は下等な猿などではありません! 私達と同じ人間です! 今からでも侵攻計画を止めて、彼女達と共に歩む道を探すべきだ!」


 本心からの言葉だった。

 相葉にはもう皐月たちを敵とは思えなかった。

 少しだけ考え込むような気配が伝わってくる。


『……ふむ、そうだね、アイヴァー。確かに君の言う通りだ。そちらの世界の人々は下等な猿などではなかった。考えを改めるよ』

「ランドル……」


 一瞬の安堵。

 だが、それは間違いだった。


『――明確な我々の『敵』と認識しよう。ただの一人も生かすことなく根絶やしにするとしよう』


「なっ……!? ランドル……?」


『猿程度であれば、首輪をつけて管理下に置くのも悪くないと思ったが、我々と同じように力を行使できるのであれば話は別だ。やはり不穏分子など我らの新天地に残すべきではない』

「……」


 相葉は言葉が出なかった。

 自分達の都合でこの世界の人々を巻き込んでおいて、この言い草だ。

 そしてその事に全く罪悪感を抱いていない。当然のことのように話す。

 話せば分かると思っていた。

 自分のようにこの世界の人々の事をきちんと知れば、考えを改めてくれるとそう信じていた。

 だがそれは間違いだった。

 仲間だと思っていた男は、自分の理解が及ばぬ化け物だったのだ。

 相葉はその事実にうなだれ絶望的な表情を浮かべる。


『さて、そこのクズはもうどうでもよいが、リベル殿、アナタは別だ。まだその世界の者達に力を貸すつもりかね?』

「……どういう意味かしら?」

『今ならまだ間に合う。こちらに戻るつもりはないかな? 確かに貴女の力は強大だが、たった一人で我々に勝てるとは思っていまい?』

「……ふふ」

『……何がおかしい?』

「いや、だってアンタの言ってる事があまりに的外れだったからね……。ねえ、ランドル?アンタ、勘違いしてる様だから、教えてあげるわ」


 すぅっとリベルは息を吸い、


「――この世界の人々はアンタらが考えてるほど弱くは無い」


 言い放つ。はっきりと。

 すると呆れ混じりの溜息が聞こえた。


『……やれやれ死王ともあろう方がそのような世迷言を仰るとはね』


「そう思いたいなら、思うといいわ。でも事実よ」


 リベルは確信している。

 彼らは強い。そしてもっと強くなる。

 システムは、自分達は彼らに決して与えてはいけない力を与えたのだ。


「来るなら来なさい、先遣隊。私と、この世界の人々が相手になるわ」


 それは決別の言葉。

 そして異世界への明確な宣戦布告だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 物語の内容云々ということではないのですが、 9年間一緒に過ごしたワンコ(海斗)が永眠しまして・・・ 寂しくて柴犬を飼うことに 申しわけありませんが、名前を「もも」にしました。 なんかここの話…
[良い点] 単純な力だけなら異世界人の方が上なのかもしれないけど、頭ん中が中世社会レベルの人間と比べれば現代人の方が学習能力・思考の柔軟性・問題解決能力・協調性では遥かに上回るだろうから充分な準備期間…
[良い点] 再生怪人は出たらすぐ負ける法則はあるが… ただ単に「強い奴と戦いたいだけの豚男」だった奴が クドウカズトとの闘いの中で一度負けたからこそ成長して 頭を使う事を学んだ、そして死に物狂いに闘…
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