207.叫び、再来
俺は今日何回驚けばいいのだろう?
このキャンプ場に来てから驚きの連続だ。
ていうか、聞き間違いだよな?
「……? どうかしましたか?」
相葉さんは先程と変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
うん、そうだよな。きっと聞き間違いだ。そうに違いない。
「えっと、すいません。ちょっと聞き取れなかったもので、もう一回言って貰っていいですか?」
「構いませんよ。私がこの世界に来たのは、この世界の人類を皆殺しにするためです」
聞き間違いじゃなかった。
え? 嘘だろ? 何で? 意味分からないんだけど?
だが隣に座るリベルさんは、むしろ納得したという様子で頷いている。
「まあ、そうでしょうね。あの馬鹿共の中でもアンタはとびっきりの馬鹿だったしね」
「馬鹿とはずいぶん酷い言い方ですね」
「馬鹿も馬鹿でしょう? 自分達以外を人間と認めず、異世界の人々を下等種族と見下して、その土地を奪い取って居座ろうとする。馬鹿で愚かな侵略者以外の何ものでもないでしょう? 違うかしら?」
「そう言われると耳が痛いですね。ですが、この世界と融合する以外に我々に生き残る術は無かった。そうでしょう?」
「融合と侵略は全く別でしょうが。師匠の願いを曲解してんじゃないわよ」
相葉さんの言い分に、リベルさんは鼻で笑った。
「ですが、我々の王や議会はそう捉えました。なれば、その臣下である我々はそれに従うのが道理でしょう?」
「上が間違ってんなら、きちんと進言して正しい方向に導いてこそ、真の臣下でしょうが。思考停止してんじゃないわよ、クソ馬鹿ボケ野郎」
「……あまり口が悪いと育ちと品位を疑われますよ?」
「それこそお国柄じゃないかしら? あら? どこの国かしらねー。誰か教えてほしいわぁー」
「本当に口が減らないお方ですね……」
はぁっと相葉さんは溜息をつく。
「まあ、そんなアナタだからこそ、あの方の弟子になれたのでしょうけどね……」
「その通りよ。ふふん、どうだ、羨ましいか?」
「……」
子供かよ。
もう完全にマウントを取りに行ってる。
どんな些細な事でもいいから、相手の上に立とうとしてる。
相葉さんもすごく微妙な顔をしている。
なんだろうか?
リベルさんは味方なのに、どうしようもなく申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「……」
「……」
相葉さんが俺の方を見た。
思わず目を逸らしてしまった。
「あー、その、リベル様、話を戻しても宜しいでしょうか?」
「ええ、構わないわよ。聞いた後で殺すけど」
「いえ、出来れば殺さないでほしいのですが……」
「この世界の人間達を皆殺しにしようなんて考えてる奴をどうして生かしておく必要があるのかしら? 情報搾れるだけ搾り取ったら、ちゃんと殺してあげるから安心しなさい」
暴君だ。
いや、味方としては頼もしい限りだけど。
「いえ、ですから――ッ!?」
相葉さんは何か言おうとしたが、その次の瞬間、彼の表情が変わった。
気付けば、リベルさんは手に持った小枝を相葉さんの首元に当てていたのだ。
「え……?」
「なっ……い、何時の間に?」
恐ろしく早い動きだった。目で追う事すら出来なかった。
それは相葉さんも同じだったのだろう。冷や汗を流し、愕然としている。
「……知ってるわよね? アンデッドでも、退魔の属性を付与した武器で首を刎ねれば死ぬって」
「……」
俺はごくりと喉を鳴らした。
リベルさんの握ったただの小枝が、鋭利な刃に見える。
錯覚ではないのだろう。
嘘偽りなく、リベルさんは、あの小枝で相葉さんの首を落とす事が出来るのだ。
「抵抗してみる? 無理だろうけど」
「……アナタに殺されるなら致し方ありませんよ。ですが、その前に一つお願いがあります」
「何かしら?」
「キャンプ場に五所川原緑さんと皐月さんという女性がいます。彼女達をアナタ達の拠点へ連れて行ってもらえませんか? どうやら父親が生きていたらしいので会わせてあげたいのです」
「……この期に及んで他人の心配? それとも時間稼ぎのつもりかしら?」
「そんなつもりは毛頭ありません。ただ、皐月さんたちには世話になりましたから。最後に恩に報いたいと思いまして」
「……」
じっとリベルさんは相葉さんを見つめる。
「……嘘ではないみたいね」
「嘘はつきませんよ。少なくともアナタやあの方には」
「……ふん」
張りつめた緊張感の中、リベルさんは小枝を持った手を振り上げ――そのままポイッと投げ捨てた。
「――なんてね。ま、冗談はお互いこのくらいにしましょうか」
「……へ?」
そう言うと、リベルさんは表情を崩した。
一転して先程までの張りつめた空気が嘘のように弛緩する。
「え? り、リベルさん……?」
「……何その顔。もしかして私が本気でこれを殺すとでも思った?」
「ち、違うんですか?」
俺の反応が面白かったのか、リベルさんはくすっと笑うと、
「この世界の人類を皆殺しにする――ね。これにそんな気が無い事は見ればわかるわ。そもそもこれが『本気』だったら、この周辺の人達はとっくに絶滅してるはずだもの。それが何よりの証拠」
「ぜ、絶滅って……」
ずいぶん穏やかじゃない表現だな、おい。
「……敵いませんね、本当に」
相葉さんはやれやれと手を上げた。
「仰る通りです。私はこの世界の人々を殺すつもりはありません。……いえ、するつもりが無くなった、と言う方が正しいのでしょうかね」
「どういう事ですか……? その口ぶりだと、まるで最初は俺たちを殺すつもりだったように聞こえるんですが?」
「その通りですよ。私がこの世界に来た当初の目的はその通りでしたから」
あっさりとそう言ってのけた相葉さんに俺はゾワリとする。
リベルさんもそうだけど、どうしてこの人たちは日常会話と変わらない口調でそんな物騒な事が言えるんだ?
心臓に悪いよ。
「ですが……この世界に来て、皐月さんらと出会い、私は考えを改めました。彼女達は王や上層部の言うような下等種族ではなかった。我々と同じ人間だったのですから……」
何かを思い出すように、相葉さんは顔を伏せる。
「……私は何も知らなかったんです。騎士団を引退した身でしたが、王家には恩があった。先遣隊の負担を少しでも減らせればと、私はランドルの提案した『抜け駆け』に応じました。……今思えば、彼は私がこうなる事を見越して声を掛けたのでしょうね」
「ランドル……そう、アイツの仕業だったのね……」
ランドル?
そう言えば、相葉さんはさっきもそんな名前を口にしていたな。
「リベルさん、ランドルって誰なんですか?」
「騎士団の幹部の一人よ。相当な手練れで、多分先遣隊のメンバーにも選ばれてるわ」
先遣隊のメンバーだと?
「でもなんでアイツが……? 確かに変わった奴ではあったけど……いや、それよりもどうやってシステムの抜け道に気付いたのかしら?」
「それは私にも分かりません。でも彼は私以外にも何人かに声を掛けていたみたいです。とはいえ、私のように『人』を捨ててまで、この世界へ抜け駆けしたいと思う者が居たとは思えませんが……」
「メリットがないものね。リスクも大きいし……。とはいえ、アンタみたいな例外もいるし、訓練と並行してそっちの探索も視野に入れるべきね……」
なんか置いてけぼりのような空気の中、俺はおずおずと手を上げる。
「えっと、つまり相葉さんは俺たちと敵対するつもりはないと、そう捉えて良いんですよね?」
「ええ、勿論です」
相葉さんは俺に向けて手を差し出す。
俺もその手を握ろうとして――、
「ま、今は信じてあげるわ。感謝しなさい、アイヴァー」
横から割り込んできたリベルさんに取られた。
「「…………」」
「な、何よ? 何で二人ともそんな微妙そうな顔してるの?」
空気読めよ。
多分、俺と相葉さんは同じことを考えていたと思う。
「はぁー、しかし安心しました。正直、会った瞬間殺されることも覚悟していたので」
「……殺される可能性もあったのに、リベルさんに会いたかったんですか?」
「ええ。私の行った行為は彼女やあの方への侮辱でもありましたから。その責任は果たさなければいけませんので」
「……」
この世界の人々を皆殺しにすると言っておきながら、あっさりとその目的を翻し、かと思えば殺される可能性があるのに、リベルさんに会いたがる。
――この人の行動は基本的に矛盾だらけだ。
なんとなく俺はこの人の得体のしれなさの正体が分かった気がした。
「それじゃあ、クドウさん、彼女達をアナタ達の拠点へ――ッ!」
すると、相葉さんは突然胸を押さえて苦しみだした。
「ちょ、大丈夫ですか?」
「も、問題ないです。すぐに治まります。この身体になってからというもの、どうにも体の調子が悪くて……」
アンデッドって体の調子が悪くなるものなのか?
リベルさんの方を見れば、彼女も首をかしげている。
すると、今度はキャンプ場の方から爆発音が響いた。
「ッ……!? な、なんだ?」
キャンプ場の方へ目を向けると、木々をなぎ倒しながら、一体のモンスターがキャンプ場へと乗り込んできていた。
「シャアアアアアアアアアアアアッッ!」
アレは――メタル・リザードか?
一体だけじゃなかったのか?
いや、それよりもどうしてこんな急に現れたんだ?
『索敵』には一切反応がなかったぞ?
「リベルさん!」
「ええ、問題ないわ。あんな雑魚、私が一瞬で――ッ! カズト、避けなさい!」
「へ――?」
リベルさんが血相を変えて叫ぶ。
ぞわり、と寒気がした。
「ッ!?」
反射的に顔を右腕でガードする。
次の瞬間――俺は吹き飛ばされていた。
木に叩きつけられ、背中に激痛が走る。
「ぐっ……」
なんて衝撃だ。
右腕――正確には服に擬態したアカでガードしてなければヤバかったかもしれない。
一体何が起きたんだ?
まるで何かに『殴られた』ような……。
先程まで俺が居た場所を見る。
そこには俺を殴り飛ばした存在が居た。
「…………は?」
一瞬、訳も分からず俺は茫然とした。
あり得ない。
なんで『お前』がそこに居る?
お前はとっくに死んだはずだ。
「嘘だろ……?」
忘れるはずもない。
俺の最初のトラウマにして、恐怖の象徴。
「……ハイ・オーク」
俺を見て、奴は嗤った。
心底楽しそうに。
また出会えた、とでも言うように。
「――――ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」
―――『叫び』が、木霊した。




