206.二人目の異世界人
一瞬、俺は相葉さんが何を言っているのか分からなかった。
それ程に唐突な告白だった。
意味が分からない。何を言ってるんだ、この人は?
「異世界人……?」
「ええ、私は元々向こうの世界に居た人間なんですよ。……本当に気付いてなかったんですか?」
むしろ告白した相葉さんの方が驚いたと言った声を上げる。
「アナタからは彼女――『死王』リベルさんの気配が強く残っています。この世界で彼女に会っているのでしょう? 私やランドルの事は何も聞いていないんですか? 先遣隊の事は?」
ッ……! 先遣隊の事も知ってる。
この人が異世界人なのはどうやら本当みたいだ。
「……リベルさんの事を知っているんですか?」
「知っているも何も、向こうの世界では彼女を知らない人はいませんよ。あの方のたった一人の弟子であり、人間で唯一『六王』の一角――『死王』の称号を得たお人ですから」
どこか誇らしげに相葉さんはリベルさんの事を話す。
『死王』はリベルさんの持つ固有スキルの名前だったはず。この世界で最も優れた魔術を行使する者に与えられるっていう強力なスキル……。彼女の前の所有者は人間じゃなかったのか?
いや、今はそんな事はどうでもいいか。
「クドウさん、彼女は今どこに居るのですか? もし知っているのなら話してもらえないでしょうか?」
「……知ってどうするのですか?」
「会って話さなければいけない事があるのです。私がこの世界に来た理由も関係してるのですが、実は――」
相葉さんの言葉は最後まで続かなかった。
その前に、俺の足元の『影』が急に広がったのだ。
この気配、もしかして……?
「――邪魔するわよ」
影から出てきたのはリベルさんだった。
その手には小枝が握られ、何故かいつも羽織っているローブを脱いでいる。
こちらの世界のシャツとホットパンツだけというラフな格好だ。
何故そんな恰好なのかという疑問が出かかったが、それを口にする事は出来なかった。
リベルさんの纏う雰囲気が、余りにも剣呑だったからだ。
「ッ……!」
その殺気を肌で感じ、俺は冷や汗を流した、
彼女がこの場にいるだけで、周辺の空気が重く鉛のように圧し掛かかってくるような錯覚すら覚える。
「カズト、無事? 大丈夫?」
「え、あ……ああ」
俺は曖昧に頷く事しか出来なかった。
だが対面に座る相葉さんはそれを受けても平然としている。
それどころか、笑みすら浮かべてリベルさんを見つめていた。
「これはこれは……こちらから出向こうと思っていたのですが、手間が省けましたよ」
「……久しぶりね、アイヴァー・レイブン」
「息災でなによりです、リベルさん。あ、一応、こっちの世界では相葉を名乗っております。どうやら私の名前の響きは、こちらの世界の名に似ているようでして――」
「そんなことはどーでもいいわよ」
相葉さんの言葉を遮って、リベルさんは手に持った小枝を軽く振る。
それだけで地面に亀裂が走った。
「私が聞きたいのはアンタがどうしてここに居るのかって事。どーやってこの世界に来たのか最初は分からなかったけど、今のアンタを見て理解したわ。まさか、自分をモンスターにして、この世界に来る馬鹿がいるなんてね……。アンタ、自分のした事の意味、分かってんの?」
「ええ、勿論、理解していますよ」
凄みのあるリベルさんの言葉にも、相葉さんは平静を崩さない。
「……アンタはこの世界の住民じゃないのよ? そのアンタが『人間を捨てる』ことの意味をきちんと理解してるっていうの? あのアンタが?」
「ええ、勿論。全て理解したうえでの行動です。私は自ら望みこの姿になったのですから」
リベルさんはじっと相葉さんを見つめる。
信じられないと言った表情だ。
「……アンタ、本当にあのアイヴァーなの? 別人とかじゃないわよね?」
「本人ですよ。というか、その言い方は流石にちょっと傷つきますよ? なんでしたらアナタと私しか知らないエピソードでもお話しましょうか? そうですね……あの方の大事に取っていた甘味をアナタが勝手に食べて私にその尻拭いをさせた時のお話とか――」
「わー!わー!わー! それ以上は言わなくていいわ! 分かった! 分かったわよ!」
溜息と共にリベルさんは殺気を収めた。
……というか、なんですか、そのエピソード、ちょっと気になるんですけど?
「……ど、どうやら本物みたいね……」
「信じて貰えたようで何よりです」
リベルさんは俺の方を見る。
「……アンタの近くからアイヴァーの気配を感じてすぐに駆けつけたんだけど、その様子じゃ杞憂だったみたいね」
「知り合い……なんですか?」
リベルさんはこくりと頷く。
「……端的に言えば、宮廷魔術師時代の同僚よ。コイツは当時、王国騎士団の副団長をしていたわ」
「ッ――!?」
マジか……。どうやら相葉さんは、俺が思ってる以上に大物だったようだ。
だが相葉さんは「とうに引退した身ですけどね」と苦笑している。
「引退って、お怪我でもされたんですか?」
「ええ、ちょっと強いアンデッドの王と戦った時に怪我をしてしまいましてね。呪いの矢を膝に受けてしまいまして……まあ、その辺の話はどうでもいいでしょう」
膝に矢って……。なにそれ、めっちゃ気になるんですけど?
もう少し詳しく聞きたいんだけど、そんな雰囲気じゃないよなぁ……。
「しかしよく私の気配が分かりましたね。モンスターに変異した際に、気配や魔力も全く別物になったと思ったのですが……」
「例え人からモンスターになったとしてもどこかしらに名残はあるものよ。とはいえ、普段は気付かないくらいの小さな違和感だけどね。近くにカズトやソラが居たから気付けたわ。この子達の周囲は常に警戒してたから」
「成程……そうでしたか」
相葉さんはうんうんと頷き、俺の方を見た。
「つまり私がこうしてリベルさんと再会できたのは、クドウさんのおかげという事ですね。感謝しますよ、クドウさん」
いや、俺何もしてないけど……。
というか、リベルさん、あれだけ離れた場所から俺たちの周囲の状況に気付けるってどんだけだよ……。改めて、この人は規格外だな、ホント。
「それで、話してもらえるのよね、アイヴァー? アナタがそんな姿になってまでアイツらより先にこの世界に来た理由を」
「ええ、勿論です」
相葉さんはすぅっと息を吸い、
「――私がこの世界に来たのは先遣隊よりも先に、この世界の人々を皆殺しにするためですよ」
ごく自然に、そう言った。
一方その頃、西野達は六花に送られたメールの内容について話し合っていた。
六花の説明は正直、脳が理解を拒むレベルの下手さだったので、一之瀬から受け取ったメールの内容をそのまま読み上げて貰い、それを西野がまとめてから皆に説明した。
「……つまりその相葉さんって人のスキルで、死んだ人たちが以前の姿で蘇っているってことッスよね?」
「柴っち、その言い方はなんかおかしくない? あくまで『再現』なんだから、生き返ったわけじゃないんだよね?」
「んなこまけーことはどうでもいいだろうが。てか、問題なのはその相葉って奴が俺らの敵かどうかって話だろ?」
「どーなんだろ? リベルさんは私達を残してさっさと行っちゃったし……」
訓練で気絶している西野たちの世話を六花に押し付け、彼女は『影』を使って、カズト達の方へ行ってしまった。
あの時の彼女の様子は尋常ではなかった。
本来ならすぐにでも駆けつけたいが、現在進行形で送られてくる一之瀬のメールの内容が気がかりで行動を起こせずにいた。
――『再現』された人々は自分が死んだことに気付いていない。
うっかり彼らに『死』を自覚させれば何が起こるか分からない。
きちんと情報を共有し、口裏を合わせてからでなければ動く事が出来ない。
何せ『彼』の家族も、『再現』された人々の中に居るのだから。
自然と、彼らの視線は一人に集中する。
その男性――五所川原に。
「……どうしますか、五所川原さん?」
「……私は出来る事なら、すぐにでも駆けつけたい……」
西野の問いかけに、五所川原はぽつりと答える。
「例え……どんな形であっても、私はもう一度家族に会いたい。会って、話がしたい」
「……だよねー……」
そりゃそうだ。
彼にしてみたら、再び家族に会えるなんて奇跡でしかない。
「それじゃあ、向かうのは俺と六花と柴田と五所川原さんの四人だ。他のメンバーはここで待機していてくれ。何かあればメールで知らせる」
「「「了解」」」
西野の指示の下、彼らも動き出した。




