204.都合よく服だけ燃やすスキル(物理
相葉さんの言葉に俺は動揺を隠せなかった。
単に自分がモンスターだと認めたからじゃない。
その言葉があまりにも『普通』だったからだ。
大野君やあの知性ゾンビでさえ、自分がモンスターだと言った時には何らかの感情の色があった。
大野君は怯える様に、知性ゾンビは誇る様に。
だがこの人にはそれが無い。
息を吸うのと同じように、自分がモンスターだと認めた。
俺はそれが酷く不気味に思えた。
「……そんなに意外ですか? 私が自分をモンスターだと認めたのは」
「いえ、その……」
相葉さんは俺の反応を楽しむかのように口元に笑みを浮かべる。
「まあ、そうですよね。私だって逆の立場だったら不気味に思います。コイツは怪しい、絶対に何かあるぞって――そう、警戒するのも無理ないでしょうね」
「相葉さん……アナタは元『人間』なんですよね?」
「……はい、そうです」
少し間を置いてから、相葉さんは俺の問いに頷いた。
「やっぱりそうでしたか」
「……その口振りからするに、私の他にもモンスターになった人間を知っているのですね?」
「……ええ、仲間に一人居ます」
「ああ、成程。それでそんなに落ち着いていらっしゃるのですね。いやぁ、良かった。正直、問答無用で襲ってこられたらどうしようかと思ったので」
心底安心したという感じで、相葉さんは安堵の息を漏らす。
「モンスターになってからというもの、どうにも強い気配というものに敏感になりましてね。正直、アナタがここへ来てから気が気でなかった」
大野君の時もそうだったが、一体彼らには俺がどう見えているのだろうか?
化け物から化け物扱いされるってのも妙な気分だ。
それだけ俺たちが強くなったって事なんだろうけど。
……まだ世界がこうなって一か月くらいしか経ってないんだけどな。
「……ちなみにお聞きしますが、いったい俺がどんな風に見えてたんですか?」
気になってつい訊ねてしまう。
相葉さんはふむと顎に手を当てて、少し考えた後、
「そうですね……。少し前に巨大な樹のモンスターを見つけたんですが、あの時と同じくらいの恐怖を感じましたね」
ペオニーと同格かよ……。なんか素直に喜べないな。
しかし良い人そうで良かった。
もし敵対することになればどうしようかと思っていた。
「相葉さん、少々お尋ねしたいことがあるのですが……」
「何でしょうか?」
「実は先程俺が助けた女性の知り合いが私の仲間に居るのですが、彼女とその母親について聞きたいことがありまして……」
「助けた女性――というと、五所川原さんですよね? 私も知らせを受けた時は喜びましたよ。今の情勢で、家族が生きているという知らせは何よりも嬉しいですからね。早く再会できると良いですね」
「ええ、俺もそう思います。ですが、その事で少々気になる事がありまして……」
「と言いますと?」
相葉さんが俺を見つめてくる。
正直、この質問をしていいかどうかは迷うところだ。
西野君とかなら、会話の流れとかを作って、自然にそちらへ持って行けるんだろうけど、俺にそういう器用な事は出来ない。
なので、単刀直入に聞くとしよう。
「……彼女とその母親には、あるモンスターに襲われてから数日の記憶が無くなっているんです。何かご存知ありませんか?」
「――」
そう訊ねると、相葉さんの表情が変わった。
先程までの人の良さそうな笑みは鳴りを潜め、真剣な表情になる。
「……その質問をするという事は、クドウさんはトレントというモンスターの特性について知っているのですね?」
「……はい」
「そうですか……」
相葉さんはテーブルの上で手を組み、深く息を吐き出す。
「……クドウさん、一つ私からも確認させてください。あの大樹のモンスターを倒したのは、もしかしてアナタですか?」
「ええ、そうです。と言っても、俺だけじゃなく、全員で力を合わせた結果ですけど」
「やはりそうでしたか……。そうですね。五所川原さんのご家族も居るのであれば、お話した方が良いでしょうね……」
この反応……。やはり、この人が何か関係しているのか……。
相葉さんの言葉を待ちながら、俺は自分の心臓が高鳴るのを感じていた。
不謹慎かもしれないが、俺は内心この人に期待していたのだ。
もしかしたら『あのスキル』を持っているのかもしれないと。
俺たちにとって――いや、全ての人にとっての希望となるスキル。
そう、死んだ人を生き返らせることが出来る禁断の力――『蘇生』スキルを。
「――さっさと立ちなさい」
一方その頃、リベルは木の枝を片手に、西野達を見下ろしていた。
六花も柴田も五所川原も大野も、他の高校生メンバーも全員等しく地面に這いつくばっている。
誰もが傷だらけで呼吸も荒く、意識を保っているのもやっとの状態だ。
異世界人との戦争はおよそ半年後。
それまでに異世界人と戦えるだけの戦力を整えなくてはいけない。
その為に訓練をしているのだが、彼らの実力はリベルの予想を遥かに超えていた。
(……まさか、ここまで弱いだなんて……)
これ程までに弱かったとは、彼女も予想外だった。
この場に居る全員の力を合わせても、カズト一人にすら劣るだろう。
よくもまあ、この程度の力で生き延びてこれたものだと、彼女は逆に感心した程だ。
レベルやステータスだけの問題じゃない。
戦いにおける実戦経験が絶望的なまでに不足しているのだ。
おそらく世界がこうなるまで、まともに戦った事すらなかったのだろう。
(……余程この世界は、平和な世界だったのね……)
リベルはそれを悪い事だとは思わない。むしろ、羨ましいとすら思う。
モンスターという敵対勢力がいないおかげで、この世界は文化や技術が著しく発達している。国同士の交流も盛んで、異国の文化や食にも容易に触れる事が出来る。
無論、水面下では国同士のせめぎ合いは行われているだろうが、それでも彼らを見れば、これまでとても平和に過ごしてきたことが窺える。
――本当に申し訳なく思う。
こんな平和な世界に、自分達の事情を持ちこんでしまったことを。
本来なら、彼らはやがて成長し、結婚し、家族を作り、こんな殺伐とした光景など目にすることなく歳を重ねて死んでいっただろうに。
「……さっさと立ちなさい。立って、早くコイツを倒してみせなさい」
だからこそ、リベルは心を鬼にして彼らを睨み付ける。
勝手な理屈なのは分かってる。
でも巻き込んでしまった以上、出来る限りの責任は果たさなければいけない。
彼らが少しでも生き延びる事が出来るように、彼女の持つ知識と経験、力を限られた時間で少しでも多く与えなければいけないのだ。
「ハァ……ハァ…やってやろうじゃんよ」
そんな中、一番最初に復活したのは、やはり六花だった。
手に持った鉈を握りしめ、闘志を燃やす。
「良い眼ね……。さあ、『イフリート』、遠慮はいらないわ。完膚なきまでにあの娘を叩きのめしなさい」
「ゴォォオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
リベルの声に応じて、彼女の後ろに控えていた炎の巨人が雄叫びを上げる。
――炎の精霊『イフリート』
リベルの召喚魔法で呼び出した精霊系モンスターだ。
体長二メートルを超える浅黒い肌の巨人で、腕や足、そして背中に高熱の炎を纏っている。
スキルとしては五十嵐十香の持つ精霊召喚と同じ系統だが、呼び出すモンスターの強さは歴然たる差がある。
何よりこの巨人には十香の呼び出す精霊とは明確に違う点がある。
「うりゃああああああああああっ!」
六花は『鬼化』し、鉈を握りしめて突貫する。
同時に鬼人だけが持つスキル『血装術』を発動。
肌に幾何学的な紋様が浮かび上がり、身体能力と武器の威力が跳ね上がる。
これらに『狂化』を合わせる事で、六花はゴーレムすら容易に屠る程の力を発揮できる。
だが――
「――スキルに頼り過ぎ。減点よ」
「ッ……! きゃっ」
イフリートは六花の攻撃を軽々と躱し、カウンターで拳をたたき込んだ。
堪らず六花は吹き飛び、壁に叩きつけられる。
「『狂化』は身体能力を上げてくれるけど、その分、思考も単純化して動きが直線的になるわ。判断力も鈍るし、仲間がサポートしてくれないこの状況じゃかえって命取りになるわよ」
「うぅー……痛っ……」
頭から血を流し、六花は起き上がる。
(……とは言え、回復力に関しては眼を見張るものがあるわね……)
リベルの召喚したイフリートの攻撃力はティタンを上回る。
その攻撃をまともに受けても、あの程度で済むとは驚きだ。
(多分、この娘がこのグループの戦闘を一手に引き受けてたのでしょうね……)
元々『鬼人』は回復力が優れている種族とはいえ、この娘はまだ進化して日も浅い。
余程、進化するまでに肉体を酷使し続けてきたのだろう、
イフリートの炎で火傷した肌もすぐに治ってゆく。
「今後の課題は狂化と理性の同調ね。それが出来れば、アナタの力は飛躍的に伸びるわよ」
「んじゃ、もう一回! 次はもっと上手くやってみせる」
「良いけど、その前に先ずこれを着なさい。服がボロボロに焼けちゃってるじゃないの」
「へ……? あ、ほんとだ」
言われて六花はようやく自分がほぼ裸に近い状態になっているのに気付いた。
イフリートの炎で服が焼けてしまったのである。
局部は辛うじて隠れているが、それでもかなり扇情的な姿なのは間違いない。むしろ見えそうで見えない分、裸よりもいやらしいだろう。
幸いなことに西野たちは気を失っていたので見られることは無かったが、本人は全く気にしてる様子は無かった。
「……年頃の女の子なんだから、もう少し恥じらいを持ちなさい」
「あー、それはよく言われるかも。前にナッつんにも注意された」
自分のローブを六花に着せながら、リベルは心の中で嘆息した。
この娘を好きになる子はきっと苦労するだろうな、と。
「てかさ、毎回服燃えるんなら、今度から水着とかで戦った方が良いのかな?」
「大丈夫よ。『血装術』のレベルも上がれば、その内着ている服も強化されるようになるわ。そうなれば、服も燃えなくなるわよ」
「へぇー、やっぱスキルって便利だねー」
六花はローブの具合を確認する。
胸の部分が少しきついが、それ以外は問題ない。
「てかさ、訓練ばっかでモンスターは倒さなくていいの? レベルもあげなきゃいけないんだよね?」
「それは前にも説明したでしょ? 外でモンスターを倒すよりも、私の召喚したモンスターを倒す方が何倍も効率がいいわ。今のアナタ達にとってはね」
そう、それこそが十香の召喚したモンスターとの明確な違いであった。
リベルの召喚したモンスターは倒せば経験値が手に入るのだ。
それも通常のモンスターより遥かに強大であるため、入手できる経験値の量も莫大。
それがリベルがこの訓練を行っている最大の理由である。
と言っても、ただ無抵抗で倒させても経験値は手に入らない。
きちんと召喚したモンスターを屈服させ、負けを認めさせなければ経験値を得る事は出来ないのだ。
加えてこの方法は召喚したモンスターよりも相手が弱くなければ意味が無い。
なのでイフリートよりも強いカズトやソラ、モモが倒したとしても経験値を得る事は出来ないのである。
召喚モンスターを倒して無限にレベルアップとはいかないわけだ。
「んじゃ、少し休んだらもっかいチャレンジ――あ、メールだ」
不意に六花の頭の中に流れる『メールを受信しました』のアナウンス。
ステータス画面を開き確認すれば、それは案の定彼女の親友からのメールだった。
「外に出てる彼らからの連絡?」
「うん。ちょっと待って、今確認するから。えーっと、何々……五所川原さんの妻と娘さんを見つけて――うええええええっ!?」
「ちょっ、どうしたの?」
突然、血相を変えた六花に、リベルは首をかしげる。
「リ、リベルさんっ。ちょっと待って。なんかナッつんからすっごいメールが来て、五所川原さんと五所川原さんが生きてて五所川原さんに急いで伝えなきゃいけないのっ」
「……?」
意味は分からないが、とりあえず外で何かあったのだけは分かった。
六花は一目散に気絶している五所川原の下へ向かう。
「五所川原さーん、起きてっ! 丸太抱いて気絶してる場合じゃないよー! ニッシー!ニッシーも起きて! 早く起きてってばー」
「ッ……! ……ッ!?」
ベシン、ベシンとビンタを喰らわせ六花は西野を無理やり起こす。とても痛そうだ。
傍らでリベルはそれをのんびりと眺めている。いや、止めてあげなよ。
(……生存者でも見つかったのかしら?)
離れ離れになった家族が見つかったのであればそれは喜ばしい事だ。
何の気なしに、リベルはカズト達が向かった方向へ目を向けた。
そして――、
「……あら?」
不意に、違和感を覚えた。
はるか遠くから感じるカズトとソラの気配。
その近くに何やらおかしな気配を感じる。
「気のせい? ……いや、違うわね」
即座に思考を切り替え、より高性能の索敵スキルを発動する。
より正確に、その気配が何なのかを把握するために。
そして
「ッ……! これは……どういう事なのかしらねぇ……?」
その気配の正体を理解し――彼女は盛大に顔を歪ませた。
あり得ない――居る筈のない気配がそこにあった。




