199.世界の真実 後編
昼食が終わり、再び話し合いが再開される。
「まず結論から言うけど、世界の融合そのものはもう止める事が出来ないわ」
開口一番、リベルさんはそう切り出した。
「融合が始まった時点で、二つの世界は新たな一つの世界として生まれ変わろうとしている。これを無理やり切り離そうとすれば、二つの世界そのものが崩壊してしまう」
「では、どうやって異世界人の侵攻を食い止めるというのかね?」
「それは勿論、戦って勝つのよ」
「……は?」
その言葉に一瞬、ぽかんとなる。
いや、それ矛盾してないか?
「えっと……戦っても勝ち目はないって言ってなかったか?」
「ええ、そうね」
俺の問いに、リベルさんは顔色一つ変えず普通に答える。
「じゃあ――」
「正確には『移民』が行われれば、勝ち目はない――そう言った筈よ」
「……」
「『移民』が行われる前であれば、アナタ達にも十分に勝ち目がある。勿論、色々と下準備が必要だけど」
「……?」
つまりどういう事だってばよ?
首を傾げる俺に、リベルさんはにやりと笑う。
これ、アレだな。話し好きの人の特徴だ。
回り道や遠回しな言い方が好きで中々結論を出そうとしないやつだ。
「……もったいぶらないで教えてくれよ」
「勿論、ちゃんと順を追って説明するわ。まず『移民』が行われる前に一度、異世界人の先遣隊がこの世界に来る手筈になってるの」
「先遣隊……?」
「そう、いうなれば本格的な侵攻前の実地調査ね。いきなり知らない世界に飛ばされるなんて、誰だって不安でしょう? それを解消するために、一度この世界を調べて情報を持ち帰る事になってるのよ」
偵察部隊か。
まあ、向こう側からすれば当然と言えば当然か。
「アナタ達には、彼らと戦って貰う。その戦いに勝利できれば、アナタ達にも希望が見えてくるわ」
そう言って、リベルさんは懐から何かを取り出した。
それは紫色の光を放つ丸い水晶だった。
だがそれがただの水晶でない事は一目で理解出来る。
野球ボール程度の大きさなのだが、まるで巨大なモンスターと相対したかのような威圧感を感じるのだ。
隣に座る一之瀬さんからも息を吞む気配が伝わってくる。
「それは……?」
「システムへの干渉を行うためのマスターキー」
「なっ……!」
その言葉に誰もが息を吞む。
まさかの超重要アイテムだった。
「これを使えば、師匠が創ったシステムに干渉することが出来るわ。……色々と制約はあるけどね」
「ちょっと、待てよ。そんな便利なアイテムがあるなら、どうして――」
「どうして最初に使わなかったのか? そう言いたいのでしょう?」
リベルさんは俺の言葉を遮って続ける。
「言ったでしょう、色々制約があるって。そう易々と使える代物じゃないのよ。システム一つ組み替えるだけでも膨大なエネルギーが必要になるしね。あ、うかつに触っちゃだめよ? 障壁を張ってない状態で触れれば、一瞬で生命力を吸い取られてミイラになっちゃうから」
「ッ……」
冗談を言ってるわけじゃなさそうだ。
今でもあの水晶に対して、スキルが警鐘を鳴らしまくっている。
「……つまりそれを使って、異世界人はそのシステムとやらを書き換えたわけか」
「その通り――と言いたいところだけど、正確にはちょっと違うわ」
「……?」
「師匠の作ったマスターキーは『二つ』存在するの。一つは私が持ってる予備。そして原本は向こうの人間が管理してる。システムの改変を行ったのは、原本の方よ」
「なんだと……」
システムに干渉できるアイテムが二つもあるだと?
しかも、その一つは異世界人が持ってるだなんて……。
「本来はバグを修正する為のアイテムなんだけどね。ホント、馬鹿な事をしてくれたわ」
リベルさんは吐き捨てるように言う。
「ただ、向こうの奴らにとって都合のいいように改変しまくったせいで、必要なエネルギーはもう殆ど無い。だから、これ以上奴らがマスターキーを使って何かをする事は無いと思ってくれていいわ」
そこだけは安心して良いと、リベルさんは念を押す。
「それで私がここに来れた理由にも繋がるのだけれど、『移民』より前に異世界人がこの世界に転移する為には、このマスターキーが必要になるの。これと一緒でなければ、異世界人はこの世界に転移する事は出来ない。つまり――」
「……先遣隊はそのマスターキーを持ってるって事か?」
先んじて言葉を発した俺に、彼女はにやりと笑う。
「その通り。それを奪えれば、私達でシステムの修正を独占できる」
「成程、そう言う事か……」
ようやく話の筋が見えてきた。
システムの修正を独占できれば、例え異世界人が侵攻して来たとしても有利に立ち回る事が出来るって訳か。
「改変にも限度はあるけど、それでも一方的な蹂躙は阻止できるわ。上手くやれば、師匠が最初に望んだ対話の形へ持っていくことも可能でしょう。尤も、そこから先はアナタ達次第になるけど」
「ふっ、何を言っておる。希望が見えただけでも御の字ではないか」
上杉市長の顔には笑みが浮かんでいた。
他の皆も、暗かった表情が少しだけ明るくなる。
「つまり俺たちがすべきことは、その先遣隊と戦ってマスターキーを奪う事か」
「そういうこと。それに転移にも制限があるから、送られてくる人数は精々十名程度。とはいえ、送られてくるのは精鋭中の精鋭とみて間違いないわね」
でも、彼女は続ける。
「アナタ達にも有利な点はある。まず一つ目に、彼らはアナタ達がシステムの恩恵を――スキルを使えることを知らない」
「そうなのか?」
「ええ、連中がシステムを改変した時点で、私もいくつかシステムを上書きさせてもらったの。バレないようにね。それがこの世界の人達にもスキルが使えるようにする事と、いくつかのオリジナルスキルを組み込む事。気付かれないように組み込むのは大変だったけど、まあ、連中もシステムを全て把握してるわけじゃないし、上手くいってよかったわ」
「あ……」
そこで俺は彼女と出会った時の事を思い出した。
――『四大スキル』は私が創ったスキルだもの。
――こっちの人達が少しでも生き延びれるように色々手は尽くしたつもりだけど……。今のアナタやこの場所を見るに、少しくらいは報われたのかしら。
最初に会った時に言っていたアレはそういう意味だったのか。
一体彼女は俺たちの為にどれだけ手を尽くしたのだろう。
それほどまでに、彼女にとって亡くなった師匠は大切な存在だったのだろう。
その意思を受け継ぎ、自分の世界の人間を裏切ってでも実現させようと思うくらいには。
「そして二つ目。先遣隊が現れる場所と時期。これもある程度予想できる」
リベルさんは指を二本立てる。
「その理由は、アナタ達が『神樹』ペオニーを倒したから。トレントには『異界同化』のスキルが与えられているのはご存じかしら?」
「ああ」
俺はこくりと頷く。
以前、五十嵐会長からトレントのステータスを鑑定した時に聞いたスキルにそんな名前のやつがあった筈だ。
といっても、あの時点では質問権で調べても詳細が分からなかった謎のスキルだったけど。
「私のいた世界では、トレントは数が多く、世界に幅広く分布したモンスターだったの。融合の際、システムはこの世界と向こう側の世界を繋ぎ止めるアダプターとして、師匠はトレントに『異界同化』のスキルを与えたわけ。広くこの世界に分布させ、システムの為のネットワークを構築するために。……まあ、世界が完全に融合すればステータスから消えるスキルだけどね」
文字通り世界に『根を張る』ってわけか。
「んで、そのトレントの中でも『神樹』は特に大きな影響力を持っていたわ。消滅すれば、二世界間に多少の『たわみ』が発生するくらいにはね」
「それって大丈夫なのか?」
「問題ないわよ。神樹の影響力は強くても、他のトレントの数が膨大だもの。いくらでもカバーできるわ」
リベルさんは続ける。
「ただその影響で、二世界間の転移に多少の影響が出てしまうわけ。システムはたわみを修正しようと、二世界間の流れをその中心へと送ろうとする。転移先が限定されるって事ね。つまり、先遣隊が送られてくる場所は――」
「――俺たちの居た町ってことか」
「その通り。一人だけなら、私みたいにちょっとは調節できるでしょうけど、十人規模の転移ならばその行先は間違いなく限定される。その辺を調節するエネルギーも残って無いでしょうしね」
なんてこった。
まさか、ペオニーを倒したことでそんな影響が出るなんて。
……いや、ペオニーを倒したおかげで、連中の先手を取れると考えるべきだな。
「成程、出現場所については分かった。それでその時期ってのはいつなんだ? まさか今すぐって訳じゃないよな?」
「先遣隊がこの世界に来るのはカオス・フロンティアが第二段階『大陸融合』に入る直前よ。システムの稼働状況から推測して――おおよそ、半年後ってとこかしら」
「半年……」
今は六月の半ば。
つまり決戦は十二月か。
「さしあたって戦力として確保したいのは固有スキルの所有者たちね。それとアナタ達の世界の技術をもっと活用するためにも、この領域――『安全地帯』ももっと広げる必要があるわ」
……やるべき事は山積みだな。
でもやるしかない。
このまま異世界人の良いようにされて堪るか。
「ああ、やってやろうじゃないか……」
「うむ、異世界人にこのままやられるわけにはいかん」
「え、えっと、私も頑張ります」
「あはは、ナッつん、緊張し過ぎだって」
「ちょ、リッちゃん、からかわないでよっ」
「はは、六花は相変わらずだな。まあ、こういう時には頼もしいか」
「わんわんっ」
「きゅー♪」
「……(ふるふる)」
全員が気合を入れて立ち上がる。
やるべき事が明確になった以上、全力で取り組むだけだ。
冬の決戦までに俺たちは異世界人の精鋭に対抗できるだけの戦力を揃えなくちゃいけない。
現代技術の復旧を。そして世界各地で目覚めている、もしくはこれから目覚めるであろう固有スキルの所有者たちを。




