198.世界の真実 中編
「異世界からの侵略か……」
上杉市長は目元をおさえながら、困惑した様子で呟く。
会議室全体がざわめいていた。誰もが困惑した表情を浮かべている。
「正直、これまでのことがなければ、ただの妄言だと切り捨てていただろうな……」
「同感です。話の規模が大きすぎます」
藤田さんも追従するように頷く。
俺も内心ではかなり動揺していた。
ただモンスターと戦ってきた今までとは状況が違いすぎる。
言ってしまえば、異世界人――向こうの世界そのものが俺たちの敵だって事だ。
敵がモンスターだけならどんなに良かったか。
はは、ありがたくて涙が出るね。くそったれが。
「……意外ね。正直、こんなにすんなり信じてくれるとは思わなかったわ」
「事が事だからな。それに嘘を言っている様には見えん」
「へぇ……」
リベルさんは感心したように市長を見つめる。
すると、藤田さんが手を上げた。
「あの……ちょっとよろしいですか?」
「何かしら?」
「モンスターがこの世界に現れた経緯については理解出来ました。でもそうなると、いくつか分からないことがあります」
「当然ね。どうぞ」
なんでも質問してと、リベルさんは続きを促す。
「まずどうして土台になったのは我々の世界なんですか? 寿命が尽きかけてたなら、そっちの世界に我々の世界を送っても良かったのでは?」
「それは無理よ。底に穴の開いたバケツにいくら水を注いでも無意味でしょう? でも他のバケツに中の水を移し替えることは出来る。例えるならそんな感じかしらね」
「成程……。ではアナタ以外の異世界人は今どこ居るのですか? 先程、アナタはこの世界に自分以外の異世界人は居ないと言っていましたけど……」
「それは勿論、向こう側の世界よ」
「向こう側……?」
「そう、私たちの居た世界。そこでみんなのうのうと暮らしてるわ」
その言葉に再び会議室がざわめく。
「……向こうの世界は寿命を迎えたのではないのですか?」
「すぐに寿命を迎えるわけじゃないわ。まだ多少の時間的余裕があるの。だからこそ、あの馬鹿共はこんな暴挙に打って出たってわけ。それにまだモンスターが召喚されただけで、二つの世界が完全に融合したわけじゃないしね」
中途半端に混ざった状態ってことか。
それもリベルさんの言うシステムを、異世界人に都合のいいように改ざんして引き起こしたのだろう。
なんて奴らだ。
「……その、世界の寿命というのは、具体的にはどの程度なのですか?」
「およそ一年ってところかしらね、この世界の単位で言えば」
一年か……。
短いんだか、長いんだか。
いや、世界全体からすれば瞬きみたいな時間か。
「その間に我々とモンスターを潰し合わせ、漁夫の利を得ようと言う事か」
「その通り」
「最悪だな……」
市長は再びため息をつく。
すると今度は六花ちゃんが手を上げた。
「ねぇねぇ、ちょっといい?」
「何かしら?」
「世界がすっごいヤバい状態なのは良く分かったけどさー、それならそのリベルさんが言ってた、お師匠様って人に何とかして貰えばいいんじゃないの? だって世界の融合とか、システムとか全部その人が創ったんでしょ? ならその人ならどうにかできるんじゃない?」
「あ、確かに……」
六花ちゃんの言う通りだ。
ある意味、全ての元凶と言える人物だが、それだけにこの状況をどうにかすることも出来るはず。
リベルさんの口ぶりからして、今の現状は、その師匠も望んだものじゃなさそうだしな。
「どうなんですか、リベルさん?」
「……」
リベルさんは答えない。
だがやや沈黙したのちに、
「……無理よ」
「え?」
「師匠は……もう死んでるの。システムを作る代償に、師匠はその身と命を捧げた。だから――もう居ないのよ」
「は……?」
その言葉に俺たちは唖然となる。
システムを作った人間がもう居ないだと?
「……二つの世界を融合させるには莫大なエネルギーが必要だったらしいわ。そのエネルギーを、師匠はたった一人で肩代わりした。師匠は頭脳だけでなく魔術師としても規格外の存在だったからね」
「魔術師……?」
「ああ、こっちの世界ではスキル保有者って言った方が分かり易いかしら?」
「スキルって魔術だったのか?」
「呼び方が違うだけで本質は一緒よ」
リベルさんは天井を見上げ、ため息をついた。
「師匠の唯一の失敗は、システムが他人にも利用できるようにしていた事でしょうね。本来は、自分が居なくなった後、万が一バグが発生した場合、修正する為の救済措置だったのだろうけど、それを逆に利用されてしまった」
リベルさんの瞳に浮かぶのは、深い深い失望の色。
もしかしたら、彼女の師匠がシステムを託した人間というのは、彼女にとっても旧知の間柄だったのかもしれない。
信頼していたからこそ、それを悪用されて許せないでいるのだろう。
「なあ……俺たちは一体、これからどうなるんだ?」
「もしこのまま予定通りに計画が進めば、いずれカオス・フロンティアは第二段階に入るわ」
「第二段階……?」
「そう――二世界間の融合は、双方のバランスを保つために段階を分けて行われる。それは全部で三段階に分けられているわ。今はその第一段階。モンスターによる『掃討』。その次が、二世界間の本格的な融合――『大陸融合』。
そして、それが終われば私達異世界人にとっての最終段階――『移民』が行われるわ」
移民――つまり、向こうの世界の人間がこちら側に来ると言う事か。
「もし『移民』が起これば、アナタ達に未来はない。良くて奴隷。最悪、皆殺しでしょうね」
「奴隷……」
「皆殺しって……」
穏やかじゃないその言葉に、再び会議室がざわめく。
「……異世界人ってのは、それ程までに強いのか? 俺たちと同じ人間なんだろ?」
「強いわよ。アナタ達も多少はスキルを取得し、種族を進化させたとしても、私たちの世界の住民には及ばない。私たちの世界の人間は、それを何十年、何百年と積み重ねていったのだから。世代と共にね」
リベルさんは沈痛な表情を浮かべて俺の言葉を否定する。
「スキルの知識も、モンスターの知識も、戦力も、圧倒的に私たちの方がずっと上。そうね、ざっと見た感じ、アナタと……その隣に座ってる人見知りっぽい女の子と、そっちのスタイルが良い金髪の子、あとその影の中に居るワンチャンたちと隠れてる子たちなら、私のいた世界でも十分に戦えるでしょうね。
でも、そのたかだか数人で、何千、何万というスキル保有者を相手にするなんて無理でしょう?」
無理だな。
圧倒的な数の暴力の前には、個の力なんて無意味だ。
それはどの世界でも同じって事か。
「それにシステムによって、世界の法則が塗り替えられた以上、貴方たちの築き上げた文明の力も、スキルを介さなければ機能しなくなっている。心当たりがあるんじゃない?」
リベルさんの言葉に俺は思い当たる節があった。
隣に座る一之瀬さんの『銃』や俺の『破城鎚』、それに『安全地帯』の電気なんかだ。
一之瀬さんの銃や俺の破城鎚は、スキルを持たない一般人ではまともに持つこともできないし、『安全地帯』の中であれば何故か電気やガス、電波や無線も使えるようになる。
これもおそらく彼女の言う世界の法則が塗り替えられた結果なのだろう。
自衛隊の武器もそうだ。
元々あった銃やナイフすら、職業やスキルと併用しなければ、十分な威力を発揮できない。以前、ハイオークと戦った自衛隊員らの装備がバラバラだったのもそれが理由だ。
スキルを持たなければまともに戦えないし、暮らすこともできない世界。
それが今の俺たちの世界なのだ。
「だ、だったらせめて話し合う事は出来ないんですか? こんなのあまりに一方的すぎるじゃないですか」
声を上げたのは西野君だ。
何人かが、彼の言葉に同調するように頷く。
「……そうね、私たち異世界人の中にも貴方たちとの融和を望み、共に手を取り合いたいと願う人たちは居るでしょうね」
「なら――」
「でも、それはあくまでごく一部の人たち。少なくともこの作戦を決めた世界の指導者たちは、貴方たちのことを邪魔な原始人程度にしか見ていないわ。話し合い? ええ、出来るでしょうね。貴方たちを蹂躙し、隷属化させ、新たな土地で安定した生活基盤を築き上げ、文明的にも、精神的にもゆとりが生まれ、多少は話しを聞いて、手を差し伸べてやろうと思う頃にようやくね」
リベルさんはこれから訪れるであろう未来を語る。
それは俺たちにとってあまりにも残酷な未来だ。
「この世界の歴史は知らないけれど、少なくとも戦争は経験しているでしょう? なら、分かるわよね? 『話し合い』なんてものはね、相手を殴り、痛みを覚えさせ、互いに手を出すのは危険だと認識させてようやく可能な選択肢なのよ。そして、今のアナタ達にはその『力』が無い。彼らに『コイツらに手を出すのは危険だ。話し合いで何とかしよう』と思わせるだけの力がね」
「そんな……」
いや、それは未来ですらない。
そこに広がるのはただの『絶望』だ。
あまりにも大きく、圧倒的なうねりが、俺たちを飲み込もうとしている。
「だったら――」
でもそんなの受け入れられる訳がない。
俺は立ち上がり、リベルさんを睨みつける。
「だったらどうしろって言うんだ! 俺は……俺たちが命がけで戦ってきたのは、そんな結末を迎えるためじゃない!」
「そうだ! その通りだ!」
「認められるかよ、そんな話!」
「ふざけんじゃねーぞ、異世界人っ!」
「この世界は俺たちの世界だ! 都合のいいように利用されて堪るか!」
「そうだ!そうだ!」
俺の声に同調するように、みんなが立ち上がった。
誰もが同じ思いだったのだろう。
そんな中、
「静かにせんかッッ!」
市長の声が木霊する。
しんと静まり返る室内。
上杉市長は、みなを見回し、
「はやるな。まだ話の途中だ」
「で、ですが、市長――」
「黙れ」
「ッ……」
凄まじい剣幕だった。
おそらくこの中で誰よりも憤りを感じているのは上杉市長だろう。
曲がりなりにも市長という、指導者の立場に立っているからこそ、感じる思いも人一倍強いはずだ。
現に市長の拳は強く握りしめられ、震えていた。
皆それが分かっているからこそ、それ以上何かを言う事は出来なかった。
「皆の気持ちは分かる。儂だってはらわたが煮えくり返る思いだ。だがまだ肝心な事を聞いておらんだろう」
「肝心な事……?」
市長はリベルさんの方を見る。
「リベルさん、お主がここに居る理由だ」
「……」
「今まで、お主が話してくれたのはあくまで現状の確認でしかない。わざわざそれを伝えるためだけにココへ来たわけではあるまい。今までの話を踏まえたうえで、聞かせてほしい。お主は何のためにココへ来たのだ?」
そうだ。肝心な事をまだ聞いていなかった。
俺も彼女の方を見つめる。
すると、リベルさんは、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「そうよ、その通り。私はアナタ達に絶望を与える為にここへ来たわけじゃない。私がここへ来たのは、師匠の願いをかなえるため。あの人が最後に望んだ夢を――貴方達が望む未来を叶えるために私はここへ来た」
リベルさんは立ち上がり、そのままゆっくりと歩いて、俺の目の前までやってくる。
「方法は――あるわ。アナタ達にとっての破滅を――最悪の未来を、回避する為の方法が」
「ッ……!」
「でも、それは私だけじゃ出来ない。貴方たちの協力が必要不可欠なの」
だから、と彼女は続ける。
「もし、貴方たちに抗う気持ちがあるのなら――私と一緒に未来を変えたいと願うのなら、この手を取って下さい。貴方たちは原始人でも、奴隷でも、資源でもない。私たちと同じ人間であり、その誇りを持つのならば――」
言葉を遮って、俺は彼女の手を掴んだ。
「――当たり前だ。諦めるなんて出来ない」
「……ありがとう。そして敬意を。私は貴方たちに会えて、心の底から誇りに思います」
気づけば時計の時刻は既に昼の十二時を回っていた。
話し合いは長丁場となりそうだったので、ここで一旦昼休憩をとることになった。
と言っても、食欲なんて全然わかない。
市長や藤田さんらは食堂へ向かったが、俺や一之瀬さんはその場に残り、軽い昼食をとることにした。
アイテムボックスから適当に菓子パンやクッキー、飲み物を取り出す。
(あー、ジャムパンの甘さが脳に染みる……)
菓子パンってたまに無性に食いたくなるよね。
牛乳が合うんだよなぁ。
隣に座る一之瀬さんはコロッケパンを頬張っている。
半分ほど食べ、一息ついたところで彼女は口を開いた。
「とんでもない話でしたねー」
「ですね……」
「クドウさんはどう思いましたか? あの人の話を聞いて」
「……とりあえず嘘は言っていないと思います」
「わんっ」
モモもドッグフードを食べながら頷く。
リベルさんは今ここには居ない。
ソラと話がしたかったらしく、今は外にある広場の一角でソラと話をしている。
その様子はこの会議室からも見る事が出来る。
最初は彼女を拘束すべきだという意見も出たが、市長の一声でそれはなくなった。
あくまで平等な客人としての対応をしたいというこちらの申し出を、彼女は快く受け入れてくれた。
「それにこうして武器も、俺たちに預けてくれましたし」
俺は手に持った杖を掲げる。
持っていた武器を俺に預けたのは、彼女なりの誠意だろう。
所有権自体も、俺に渡しても構わないと思っているのか、アイテムボックスに収納する事も出来る。
アイテムボックス欄には『賢者の杖』と表示された。
『質問権』で調べてみたが、これがとんでもない武器だった。
『スキル威力超向上』、『MP消費極限削減』、『常時ステータス強化バフ付与』、『反射』、『HP自動高速回復』、『MP自動高速回復』等々とんでもない性能が大量に付与されていた。
俺の破城鎚や一之瀬さんの銃とは比べ物にならない性能である。
「チート武器ですよ、チート武器。性能凄いのに、何故か売却価格が1ゴールドとかになるタイプのヤツです」
「その表現はどうかと思いますが、まあ言いたいことは分かります」
ちなみに流石に性能が破格すぎるのか、アカがコピーすることは出来なかった。
「……(ふるふる)」しょぼーん
「残念がるなよ、アカ。流石にこれは無理だって」
「! ……(ふるふる)っ」ムフー
でも逆にアカは気合が入ったようだ。
いつか絶対コピーしてやると意気込んでいる。
再びアイテムボックスに杖を収納し、パンを頬張る。
窓の外に目を向ければ、ソラがべしべしと尻尾を地面に叩きつけているが、アレは機嫌がいい時の叩き方だ。
リベルさんとの会話はそこそこ弾んでいるようだな。
(それにしても、彼女の事もあっさり見破られてたか……)
「……もう出てきていいですよ」
足元の影が広がる。
すると五十嵐会長が姿を現した。
あの会議中、彼女にはずっと俺の影に潜んでもらっていた。勿論、気配を消してな。
理由はいくつかあるが、一番の理由はリベルさんのスキルを『鑑定』してもらうためだ。
『影』に入った状態であれば、スキルの使用者を俺だと誤認させることが出来る。
話し合いが始まった時点では、まだ彼女の事を信用したわけじゃなかったからな。色々と手を打っておく必要があった。
まあ、あっさり見抜いていたっぽいけど。
――影の中に居るワンチャンたちと隠れてる子たちなら、私のいた世界でも十分に戦えるでしょうね
そうでなければ、わざわざあんな言い方はしないだろう。
……多分、あの感じじゃ、頼めば普通に教えてくれたんだろうな。
「お疲れ様です。……スキルの『鑑定』、出来ましたか?」
「出来ました。というよりも、隠すつもりがなかったように思えますね」
それも彼女なりの誠意なのだろうな。
俺たちがまだ彼女を信用しきれていないところも織り込み済みなのだろう。
「それもあるでしょうが、おそらく見せたところで問題ない、という風にも思えましたけどね」
そう言って彼女は紙に記したソレを俺に渡す。
そこに記されたリベルさんのステータスを見て、俺はぎょっとした。
(とんでもないな、こりゃ……)
今まで出会った中ではソラが断トツで強かったが、彼女の強さはそれよりも上だ。
固有スキルが三つもあるうえ、なにやら意味の分からないスキルまである。
まともに戦えば、彼女一人で十分、俺たちを殲滅できるほどだ。
隣で一之瀬さんが「こんなのチートや。チーターやろ」なんて言ってる。
……君、意外と余裕あるね?
「ありがとうございました」
「ホント、良いように使ってくれますね、アナタは……」
「信頼してるんですよ」
「どの口が言いますか、全く」
やれやれとため息をつきながら、五十嵐会長は再び『影』の中に沈んでいった。
……菓子パンと牛乳パックを持って。どうせなら、一緒に食べていけばいいのに。
それを西野君はなにやら微妙な表情で見つめていた。
「……私達、これからどーなるのかなぁ……」
ぽつりと呟く六花ちゃん。
食事をする手が止まり、重い空気が流れる。
ややあって、答えたのは西野君だ。
「……戦うしか、ないだろ」
「でも相手はモンスターじゃないよ」
「だが俺たちを殺そうとしている」
「そうだよねぇ……」
「さっきも言った通り、話し合いで解決できるなら、それに越したことはない。でも、殺そうとしてくる相手に、無抵抗で蹂躙されるなんて出来るわけない。それは、分かるだろ」
「…………うん」
やけに実感のこもった声で六花ちゃんは頷いた。
俺は西野君に淹れて貰ったコーヒーを飲んで一息つく。
「お代わりいりますか?」
「あ、貰います」
やれやれ、本当にとんでもない状況になったなぁ。
(……そう言えば)
ふと、俺はあの知性ゾンビの事を思い出していた。
『――君はペオニーを……あの神樹を倒した。間違いなく奴らに目を付けられたはずだ……せいぜい気を付けることだね』
去り際に、アイツはそんな事を口にしていた。
もしかしたら、アイツもこの事に気付いていたのだろうか?
でもだとしたら、どうやって知ったのだろう?
まあ、今は置いておこう。
昼食が終わり、再び話し合いが再開される。
俺たちが生き延びるための方法を、リベルさんは話し始めた。




