184.ペオニー攻略戦 その2
MP回復薬を飲み終えた俺たちは早速次の行動に移る。
『分身の術』を発動し、そいつらをモモの『影渡り』で所定の位置へ送る。
「頼んだぞ、『俺たち』」
「「「「「おう」」」」」
分身だから、いちいち指示を出さなくても、自分の思い通りに行動してくれるから楽でいいな。
「さて、時間通りならそろそろ来る頃か……」
すると背後から気配がした。
振り返れば、西野君の姿が見えた。
息を切らしながらこちらに走ってくる。
「ハァ……ハァ……クドウさんっ」
「西野君、お疲れ様です。そちらの首尾はどうですか?」
「準備万端です。いつでも行けます」
「了解です」
それじゃあ作戦の第二段階だ。
「ソラ、頼むぞ」
『ムゥ……、気ガ進マヌガ仕方アルマイ』
ソラは渋々と言った体で頭を下げ、四つん這いに寝そべる。
「アカ」
「……(ふるふる)」
合図を送ると、ソラの頭部に居たアカが背中の部分へ移動する。
そして体を震わせると、人を乗せる『鞍』に変化した。
「よっと……」
鐙に足を掛け、ソラの背中に乗る。
ソラの背中は広く、跨るというより、四つん這いでしがみつくという表現の方がしっくりくる。
しっかりと手綱を握り、更にアカがベルトのように変化し、俺の体を固定する。
(まさか現実で竜に乗ることになるとはなぁ……)
――竜騎士。
そんな単語を想像してしまう。
状況が状況だけに素直に喜べないが、やっぱり竜騎士って男のロマンだよな。
「……いいなぁー……」
一之瀬さんが羨ましそうにこちらを見ている。一之瀬さんも乗ってみたいんだろう。
でもごめんね、一之瀬さん。このソラ二人乗りなんだ。
そして二人目の搭乗者は彼女ではない。
「えっと、それじゃあ失礼します」
そう言って、西野君がソラの背中にしがみつく。
『……全ク何故貴様以外ノ人間ヲ乗セネバナランノダ』
「仕方ないだろ、本人たっての希望なんだから」
『……フンッ』
ソラは少し不機嫌そうに体を震わせたが、振り落とそうとはしなかった。
こちらの意を汲んでくれてありがとな。
「……すいません、俺の我儘を聞いてもらって」
「構いませんよ。でも本当にいいんですか?」
そう尋ねると、西野君は頷く。
「……俺が考えた作戦ですから」
「……分かりました。それじゃあしっかり掴まってください」
ぎゅっと西野君がしがみつくように、後ろから手を回す。
ティタンの時もそうだったけど、どうして俺と一緒に乗る相方って毎回男なんだろう?
色気もへったくれもない絵面だ。
「キキもおいで」
「きゅー」
キキも俺の背中に乗り込む。アカが擬態したフードの中に納まり、しっかりと俺の首筋にしがみつく。
『支援魔法』の光が、俺とソラ、西野君を包み込む。
「それじゃあ一之瀬さん、往ってきます」
「はい、気を付けて」
一之瀬さんに軽く挨拶をし、俺はソラに合図を送る。
「ソラ。頼むぞ」
『言ワレズトモッ!』
そして俺と西野君を乗せ、ソラは翼を広げ大空へと舞い上がった。
――『飛ぶ』という感覚を生まれて初めて味わった。
翼を持たない人類にとって、それは本来絶対に成し得ぬこと。
その未知の感覚を、俺は全身で味わっていた。
(あばばばばばばばばばばばばばば!?)
ヤバい。これはヤバい。
景色が矢のように通り過ぎてゆく。
凄まじい風圧と、重力加速で体が引き千切られそうになる。
アレだ。ジェット機に生身でしがみついていると言えば少しは伝わるだろうか?
(や、ヤバい。意識が『飛ぶ』……! ソ、ソラの奴、毎回こんなスピードで飛んでたのか……)
遠くから見るのと、実際に体験するのとでは大違いだ。
アカの擬態したヘルメット、スーツ、それにベルトが無ければとっくに体が千切れて真っ赤なトマトになっていた事だろう。
それにソラの動きは明らかに物理法則を無視した飛び方をしている。超高速で全方向にフリーフォールで全身ぐるぐるストリーム。もう訳が分からない。『広範囲索敵』や『地形把握』が無ければ、自分がどこをどう飛んでいるかも分からなかっただろう。
「に、西野君っ、大丈夫ですか?」
「―――……」
「……あれ? に、西野君!? だ、大丈夫ですか!? おいっ」
「―――――――――はっ。だ、大丈夫です! はいっ」
いや、大丈夫じゃなかったよね?
完全に意識飛んでたよね?
というか、死んでないよね? 本当に大丈夫だよね?
「――なんか今『乗り物酔い耐性』ってのを獲得しましたので。それでだいぶ楽になりました」
「マジですか?」
まさかの『乗り物酔い耐性』獲得だ。というか、ソラって乗り物扱いなのか? いや、耐性スキル獲得したからそういう扱いなんだろうけど……。
(――と、いかん、いかん。意識を『集中』しないと)
意識を逸らせば、すぐに『回収』に失敗してしまう。
ちなみにこうして会話出来ているのもアカのおかげだ。
俺たちの装着しているヘルメットの端っこには細い糸が付いている。この糸を通して俺たちはこの暴風の中でも会話が出来るって訳だ。
――アカの有能さが半端ない。
戦闘力ではソラやモモの方が圧倒的に上だが、サポート面では断トツでアカがトップだ。『擬態』と『分身体』の応用能力が半端じゃない。
(残ってたSPを、全部『擬態』に費やしただけのことはあるな……)
アカが保有していたSP30ポイント。
これをほぼ全て費やし、アカは『擬態』をLV7からLV10まで上げた。これによりアカの『擬態』の性能は凄まじいまでに跳ね上がった。あとは『巨大化』をLV1から2に。残りの1ポイントは温存している。
「ソラ! 次の角を左だ!」
『ウムッ!』
超高速でコーナリング。
体がはち切れそうな程の負荷が俺たちを襲う。
「~~~~~~~ッッ」
声にならない悲鳴を上げる西野君。
彼の着ているスーツやヘルメットは俺の着ている物よりも更に性能を強化しているが、それでも相当きついのだろう。事前にキキの支援魔法をかけておいてよかった。
『――来ルゾッ』
ソラが叫ぶ。
刹那、地面を突き破ってペオニーの巨大な根が俺たちの前に姿を現した。
「アイテムボックス・オープンッ!」
それとほぼ同時に、俺は消波ブロックを、ペオニーの触手が出た場所にピンポイントで出現させる。
重さ二トン以上の岩の塊が、ペオニーの根を押しつぶす。
(キキの支援魔法がある今、もうお前の索敵無効は効かないんだよ)
俺たちにとってペオニーの――いや、トレントの攻撃で最も厄介なのは手数でも威力でもなく『認識できない』という点だった。
攻撃が来る瞬間ギリギリまで察知できないという反則的な特性。この所為でどうしても反応が一歩遅れてしまい、後手に回らざるを得なかった。
だがキキがトレントの魔石を食べ、トレントの特性を無効化出来るようになった今ならばその問題も解決した。
スキルも十全に機能し、先手を打つ事も、こうして攻撃を予測することも可能になった。
ペオニーの根や蔦がどれだけ規格外の力を持っていようとも、出鼻をくじかれれば動きは鈍る。
動きが鈍れば、そこに一瞬の隙が生まれる。
その隙をついて、ソラはペオニーの攻撃を振り切る事が出来る。
『ヤルデハナイカ』
「お褒めに与り光栄だよっ」
地面を突き破ってくる巨大な根を相手に、俺は次々と消波ブロックを当ててゆく。
無論これだけで防ぎきれるはずもない。
「キキ、西野君ッ!」
「きゅー!」
「――『動くなッ』」
二人が叫んだ瞬間、接近しようとした根や蔦ははじかれ、動きを止める。
キキの『反射』、そして西野君の『命令』だ。
『~~~~~ッ!?』
本体の『自動防御』とは違い、こちらを捕食しようとする触手には、明確にペオニーの『意思』が存在する。ならば西野君の『命令』も有効。ほんの一瞬だが、ペオニーの動きを阻害する事が出来る。
そして一瞬の隙があれば、ソラが『爪撃』によってペオニーの根を切り裂く事が出来る。
(――いける)
良い調子だ。
俺たちとソラが手を組んだからこそ出来るコンビネーション。
もうペオニーには、今の俺たちを止める事は出来ない。
町中を飛び回り、超スピードでのペオニーとの空中戦を繰り広げる。
(十四……十六……まだだ、これじゃまだ足りない)
その間にも、俺は回収作業を進める。
加えてアイテムボックスによる妨害、分身の維持も並行して行わなければいけない。
熱い。脳みそが沸騰しそうだ。
≪熟練度が一定に達しました≫
≪集中がLV7から8に上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪予測がLV6から7に上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪精神苦痛耐性がLV7から8に上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪演算加速がLV3から4に上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪演算加速がLV4から5に上がりました≫
スキルのレベルアップを告げるアナウンスが流れる。
これだけ色んなこと同時にやれば、それだけ経験値も溜まるか。
なんにせよ嬉しい誤算だ。
(二十四……三十……四十……)
よし数は大分集まった。
「ソラ、最後に港――じゃ伝わらないな。海のある方へ向かってくれ」
『分カッタ』
ペオニーの追撃を振り切り、俺たちは港に向かう。
そこで目的の物を回収する。
港付近にある『ソレ』を回収する。大きさ的にアイテムボックスに入れられるかどうか微妙だったが、どうにか回収することが出来た。
これで準備は整った。
「よし、ソラッ! 次は上だ!」
今度はソラに上空へと飛んでもらう。
ぐんぐんと高度を増し、ペオニーの追撃も届かない遥か上空へとたどり着く。
「さ、寒っ……」
ここは一体どれくらいの高さなのだろう?
だいたい高度2000mくらいか?
アカのスーツを着てても、この高度は流石に堪える。
『フンッ、貧弱ダナ』
「お前と違って、人間の体はそんな頑丈じゃないんだよ」
「ク、クドウさんは会話できるだけ、まだ余裕あるじゃないですか……」
西野君は既にギリギリだ。
もうちょい我慢してくれ。
流石にこの高さまではペオニーの攻撃は届かない。
さっそく俺は先ほど回収した『ある物』をアイテムボックスから取り出す。
それらは重力に従い、ペオニーの頭上へと落下してゆく。
『――?』
ペオニーには落下したソレが何か分からなかっただろう。
だが、本体に危険が迫れば、ヤツの自動防御が発動する。
自由落下したそれはペオニーの触手によって払われ、その瞬間『中身』をぶちまけた。
『……?』
ビチャビチャと降り注ぐ液体が、ペオニーの樹冠を濡らしてゆく。
「ソラ」
『ウム』
ソラは上空からブレスを放つ。
この距離だ。当然ソラのブレスもペオニーには届かない。
だがソラの放ったブレスの熱は拡散し、空中にばら撒かれた『ソレら』に引火する。
次の瞬間――ペオニーの樹冠が一気に燃え上がった。
『~~~~~!?』
突然発生した炎にペオニーは混乱する。
教えてやるよ。今降り注いだ液体は『ガソリン』だ。
俺が上空から落としたのはそれがたっぷり入ったガソリンの貯蔵タンク。
さっき町中を飛び回った際に回収させてもらった。
町中にあるガソリンスタンドの場所は分かるし、その地中に埋まった貯蔵タンクの位置も『地形把握』のおかげで正確に把握出来る。
地下から『貯蔵タンクだけ』を回収するなんて荒業、アイテムボックスだからこそ出来る芸当だ。
尤も、超高速で飛び回りながら地中に埋まったそれらを回収するのは相当キツかったけどな。
でも、やり遂げた。
「たっぷり受け取ってくれ」
ばら撒かれた油の雨は瞬く間に引火し、ペオニーだけでなく、その周辺も火の海へと変えてゆく。
ペオニーの居る場所は町から少し離れた郊外だ。木や草、それに古い建物も多い。
ばら撒かれたガソリンは瞬く間に周囲に引火し、ペオニーだけでなく、その周囲も巻き込んで火の海へ変えてゆく。
(ホント良く考え付いたよな、こんな作戦……)
これが西野君が考えた作戦の一つ目。
――それはこの町ごと、ペオニーを燃やし尽くすというもの。
そしてもう一つが――
「頼みましたよ、藤田さん」
その声が届いたのかは分からない。
だが次の瞬間、地上で轟音が響いた。
「――撃てえええええええええええええええ!」
地上にて、藤田さんの叫び声と共に砲撃音が木霊する。
それは『安全地帯』の中から一斉にペオニーへ向けて発射された。
自分に向けられたソレらをペオニーは自動で防御するが、その瞬間、ソレらを弾いた根や蔦が爆発した。
『ッ!?』
まさか防御した根が破壊されるとは思わなかったのだろう。
今までソラのブレス以外、明確にダメージを受けることが無かった。
だからこそペオニーの動揺する気配が手に取るようにわかる。
「言ったろ、出し惜しみはしないって」
『安全地帯』の境界線。
そこには、俺たちがこの三日かけて準備した兵器が並んでいた。
戦車、軍用ヘリ、そしてミサイル。
それは自衛隊が本来持つ現代兵器の力。
それを俺たちは復活させたのだ。
(時間はかかったけどな)
俺が『巨大化の術』でペオニーの気を引けるのは精々数分から十数分。その間に十和田さんらがモモの『影渡り』で移動し、アカの『座標』を少しずつ伸ばし、移動範囲を広げてゆく。
そうやって隣町まで移動し、俺以外のアイテムボックス持ちが自衛隊基地から戦車やヘリ、ミサイルの残骸を回収した。
「――自衛隊がペオニーに敗れた一番大きな要因は『安全地帯』の有無だ」
単純に火力不足もあるだろうが、それ以上に彼らには戦闘準備をするための『時間』が無かった。
一瞬、一秒を争うモンスターとの戦闘において、戦車やミサイルは攻撃までにとにかく時間がかかる。
乗り込む時間、エンジンをかける動作、銃弾を装填する作業、あと何故か必ず後方確認。
その全てがペオニーを相手にするには致命的だ。
「おそらくまともな戦闘すら行えなかったんだろうな……」
その証拠に、壊滅した自衛隊基地には無傷のままの戦車や軍用ヘリも何台かあった。
動かない戦車はただの鉄塊だ。食欲が全てのペオニーにとって、それは無意味な物だったのだろう。壊す事も食べる事もなくただ放置されていた。それが俺たちにとっては幸運だった。
「でも今なら戦える」
ペオニーが入って来れない絶対の『壁』を手に入れた今なら、自衛隊の現代兵器は、存分にその力を発揮できる。
一之瀬さんの武器職人によって修理、魔改造され、足りない部品はアカの『擬態』で補い、今の自衛隊は以前とは別物の力を手に入れた。
一発、一発はソラのブレスには及ばずとも、その威力は侮れない。
ソラのブレス、自衛隊の現代兵器、そして上空からの火責め。
ペオニーには、この三つの火力をたっぷりと味わってもらおうじゃないか。
教えてやるよ、ペオニー。
俺たちはただお前に食われるだけの存在じゃない。
お前を倒す事が出来る明確な『敵』だってことをな。




