183.ペオニー攻略戦 その1
「ギュアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
ソラのブレスが炸裂する。
轟音と共に火柱が上がる。
『~~~~~~ッッ!!』
だがそれを防ぎきるペオニーもまた恐ろしい。
地面から突き出した何十、何百という根と蔦がソラのブレスを防御する。
その速さ、反応速度はダーク・ウルフの『闇』による自動防御を彷彿させる。
おそらくあの驚異的な防御能力もペオニーのスキルなのだろう。
この三日間の準備でペオニーについて分かったことがいくつかある。
その一つが、あの根と蔦による『自動防御』だ。
ペオニー本体に攻撃が迫れば、あの蔦と根は、本体の『意思』とは関係なく自動で防御する。いや正確には体の一部なのだから『反射』みたいなもんか。正直、反則的なスキルだと思う。
ただあくまでこれは『防御』に関してだけ。
『攻撃』と『捕食』に関しては明確にペオニーの『意思』が存在する。
スキルに『防御』を任せているからこそ、アイツは攻撃に専念できるわけだ。
――そこに付け入る『隙』がある。
「一之瀬さんっ! キキっ!」
「はいっ」
「きゅー!」
俺の合図とともに、肩に張り付いていたキキの額の宝石が光り、一之瀬さんの体を包み込んだ。キキの『支援魔法』だ。
そして一之瀬さんは例の化け物ライフル――『一之瀬スペシャルver2.0』を構える。
「――いきますっ」
引き金を絞り、発射。
銃弾はビルの合間を縫い、ペオニーへ迫る。
だが本体に届く寸前、地中から飛び出た根によって一之瀬さんの銃弾は防がれた。
ソラのブレスに比べれば遥かに小さく、そして速いライフルの銃弾であってもペオニーの自動防御は作用する。
そして貫通力に特化した一之瀬さんの化け物ライフルであっても、ペオニーの樹皮は貫けなかった。
ふざけるなと言いたくなる。
「もう一度っ」
再度、銃弾を装填し、一之瀬さんは引き金を引く。
一発一発があのティタンにも通用した威力を誇るのに、それでもペオニー本体には届かない。
その全てが極太の根と蔦によって防がれる。
「まだまだっ!」
それでも一之瀬さんの狙撃は止まらない。
キキの『支援魔法』と『反射』によって、一之瀬さんの狙撃にかかる負担は限りなく軽減されている。
今ならば、何十発だろうが彼女は撃ち続けることが出来る。
十発近く撃ち続けたところで、俺は一之瀬さんに待ったをかける。
「一之瀬さん、いったん中止です」
「もう、ですか?」
「ええ、あまりに一度に撃てば、ペオニーに気づかれる可能性がありますから」
いや、アイツにそれを考える『思考』があるかどうかも疑問だが、とりあえずは一旦ここまでだ。
「次は俺の番です」
足元の『影』が広がり、俺はその中に身を投じる。
モモの『影渡り』。
一瞬で俺は『安全地帯』の外に出る。
場所はペオニーとは正反対の方向だ。
市役所を中心に、出来るだけ奴と離れた場所に俺は出る。
「――『巨大化の術』」
そしてすぐに忍術を発動し、目の前に巨大な分身体を作り出した。
『~~~~~~~~~~♪』
すぐにペオニーは反応した。
触手を伸ばし、俺――正確には巨大化した俺の分身体を捕食しようとする。
「ソラ、今だっ」
『ウムッ!』
ソラは俺の周囲を旋回し、捕食しようとした触手をブレスで根元から焼き切る。
それはさながらレーザービームの様な攻撃だ。スキルのレベルが上がったことによって、ソラのブレスも応用が利くようになった。通常のブレスで先端部分を消滅させるよりも、この方が効率がいい。
無論、ペオニーの触手はすぐに再生し、『巨大化した俺』に迫る。
その光景を見て俺は確信する。
(……やはりペオニーには『優先順位』が存在する)
ペオニーについて分かった事の二つ目。
『行動の優先順位』があると言う事。
アイツにとって捕食――すなわち『食べる事』が全てなのだ。
『戦闘』はあくまでそのための手段に過ぎない。
より巨大で喰い甲斐がある獲物が近くにいる場合、アイツは『攻撃』ではなく『捕食』を最優先に行う。
「ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
『~~~~~ッッ!!!』
だが『捕食』しようにもソラのブレスがそれを阻む。
苛立たしげに響くペオニーの奇声。喰いたくてたまらないペオニーにとって『捕食』を邪魔されることは何よりも耐えがたい苦痛だろう。
すぐにヤツは触手の一部をソラへ向けて放つ。
だがそれは『巨大化した俺』に向けられる本数に比べれば明らかに少なかった。
『舐メラレタモノダナッ!』
その程度、物の数ではないと言わんばかりにソラはペオニーの攻撃を避ける。
その間にも巨大化した分身体がペオニーの触手に絡め取られるが問題ない。所詮は分身体だ。痛くもかゆくもない。
むしろ俺が食われているこの時間こそが絶好の好機。
「ソラ、撃ちまくれ!」
『言ワレズトモッ!』
超高速でソラは大空を翔る。
その速度は三日前に比べ更に増していた。
溜まっていたSPを消費したことにより、ソラのスキルは強化された。
主に上げたのは攻撃スキルと移動系スキル、そして『MP消費削減』だ。
『MP消費削減』をLV6まで上げたことによりソラのブレスを撃てる回数は更に増した。
「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
轟音と共に放たれる閃光。
連射されたブレスはペオニーの触手をまとめて焼き払う。
『~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!』
だがペオニーの攻撃も凄まじい。
ソラのブレスを喰らいながらも、地中から何百本という触手を伸ばし、ソラを捕えようとするが――
『――無駄ダッ!』
『ッ!?』
ソラはこれを難なく躱す。
何百もの触手が絶え間なく襲ってくるにもかかわらず、その攻撃はソラには届かない。
時にすり抜け、時にブレスで焼き払い、時に爪で切り裂き、縦横無尽にソラはペオニーの攻撃を避け、ブレスを被弾させてゆく。
それは三日前の攻防とは真逆の展開。
防戦一方だったソラが今はペオニー相手に優位に戦況を進めている。
『――ココダッ!』
刹那、ペオニーの攻撃をすり抜け、ソラはペオニー本体へと急接近する。
それはソラのブレスが最も生かせる間合い。
三日前には届かなかった距離。
『喰ラウガイイッ!』
強化されたブレスがソラの口から放たれる。
ペオニーもとっさに前方に触手の壁を作り出そうとするが間に合わない。
ズドォォォォンッッッッ!!! と轟音と共に巨大なキノコ雲が発生する。
ソラの放ったブレスはペオニーが作り出そうとした防壁ごと本体を焼き払った。
黒煙が晴れる。
『…………ッッ!!』
そこには幹の一部を大きく炭化させたペオニーの姿があった。
ソラのブレスを浴びた樹皮は焼け爛れ、その熱は内部にも浸透しているように見える。
『~~~~ッッ!』
奇声を上げるペオニー。
すぐに再生が始まり、更にソラの背後から無数の触手が迫る。
『フンッ!』
だがソラはこれを難なく躱し、いったん距離をとる。
それはまるで背中に眼でも付いているかのような動きだった。
いや、実際ソラの『眼』になっている存在が居るのだ。
『……(ふるふる)』ぺちん、ぺちん
『――次ハ右カ、分カッタ』
よく見ればソラの頭の上にはバスケットボールサイズのアカの分身体が張り付いていた。
そう、このアカの分身体こそが、ソラの動きが格段に良くなった理由だ。
アカの分身体は町の至る所に石化した状態で残されている。
石化したアカは傍目にはただの石だ。気配もなく、匂いもない。おまけに『索敵無効』でスキルに引っかかることもない。おかげでペオニーにも捕食される事無く今日まで生き延びてきた。
そしてアカの分身体の意識は全て繋がっている。
互いの視界を共有し、ソラが認識できない死角となる部分をアカがカバーしていたのだ。
「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
無数の『眼』を手に入れたソラはより大胆な攻めを行う事も出来る。
先ほどのように無数の触手を躱すことも、本体に接近しブレスを浴びせることも出来るようになった。
『~~~~~~~~~~~~ッッ!!』
二度目の被弾。
今度はペオニーの樹冠部分だ。
バキバキと音を立てて、その巨大な枝が数本地面に落ちる。
「……そろそろ分身体が食い尽くされるな。よしッ! 一旦戻れ、ソラ!」
離れていてもソラとは『念話』で直接会話することが出来る。
頭上の『巨大化した分身体』はペオニーの触手によってその大部分を失いかけていた。かなりスプラッターな光景だ。
俺の声を聴いたソラは即座に攻撃を止め、こちらへと引き返してきた。
ペオニーも追撃を仕掛けるが、アカによるサポートを受けたソラを捉える事は出来なかった。
危なげなくソラは『安全地帯』へと帰還した。
「お疲れ」
『別ニ疲レテナドオラン……』
そう強がりつつも、ソラの顔には疲労の色が見て取れる。
何度も高出力のブレスを撃ったんだ。相当なMPを消費したはず。
「ソラ、残りのMPは?」
『――1200ダ』
ソラのMPの総量は2300。
今の攻防で半分近くのMPを消費したってことか。
「んじゃ、これ飲んでおいてくれ」
俺はアイテムボックスからペットボトルを取り出す。
中には黄金色の液体が入っていた。
『……マタ、ソレカ』
それを見てソラはげんなりした声を出す。
「文句言うなよ。これ飲まないとMPは回復しないんだから」
『……分カッテイル。サッサト寄コセ』
俺からふんだくるようにソラはペットボトルを奪い、器用に口を使って中身を飲み干す。
これは柴田君のスキル『薬品生成』で作った『MP回復薬』だ。
一之瀬さんがガチャで当てた『回復薬』と違い、柴田君の作ったそれは文字通りMPを回復する効果を持つ。
数日前にこのスキルを取得して以来、彼は時間の許す限りコツコツ作り溜めしていたのである。ちなみに味は完全に栄養ドリンクのソレだ。あと精製する際には試験管の様な瓶も一緒に生成されるのだが、ソラが飲むには量が足りなさすぎるため、ソラ用の分はペットボトルに移してある。
「もうペオニーの再生が始まってるな」
ペオニーの幹や樹冠部分は、今のやり取りの間に八割がた再生していた。
せっかくソラが傷つけたのに数分もしない内に元の状態に戻る。まったく嫌になるほどの反則的な回復能力だ。
「……今の傷で約二分か」
ペオニーについて分かった事の三つ目。
それはヤツの『再生速度』についてだ。
ペオニーは肉体を損傷すれば、その部分を再生する。
だがその再生速度には『ムラ』がある。
例えば、見えない壁に張り付いてる末端部分を損傷すればほんの数秒で回復するが、本体に近い触手や枝を損傷すれば、十秒以上の時間がかかる。今しがたの攻防のように、幹や樹冠部分であれば、再生に一分以上時間がかかる。
つまり本体に近い部分ほど、より重要な部分ほど再生に時間がかかるわけだ。
圧倒的な巨体、脅威的な防御能力と再生能力。
改めて俺たちが今戦ってる相手は規格外の化け物であると思い知らされる。
――でも、ここまでは予定通り。
俺は飲み干した『回復薬』の空瓶を地面に捨て、次の忍術を発動させる。
ここまでは前哨戦。
ペオニー討伐作戦は、ここからが本番。
「さあ、次の手だ」
出し惜しみはしない。
持てる全てを懸けなければ、ペオニーには勝てないのだから。




