173.怪獣映画
モモの『影渡り』を使って市役所の外へ出る。
『影』に沈み、再び外へ出ると瓦礫の山が眼に入った。『境界ライン』の近く――昨日、竜の襲撃を受けた場所だ。
竜の気配を探る。
どんどんこちらに近づいている。相変わらず馬鹿げた速度だ。『スキル』と本能がビンビンに警鐘を鳴らしている。
『安全地帯』の中に居てもこれだ。一体『外』で相対したらどれだけの恐怖を感じるのだろう。
(……本当に従える事なんて出来るのか?)
竜をテイム。
夢のまた夢に聞こえるような馬鹿げた作戦だ。
「ク、クドウさん、竜は……?」
ひょこっと、『影』から一之瀬さんが出てくる。
次いで西野君、六花ちゃんも現れる。
「おそらくすぐに――ッ」
そう言いかけた直後、ぞわりと、寒気がした。
「伏せて下さい!」
叫んだ。
それとほぼ同時に、
「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
竜の咆哮が響き渡り、閃光が瞬いた。
爆発。
目の前で巨大な火柱が上がる。
噴煙が舞い、熱風が肌を焦がす。
(ッ……いきなりかよ……!)
まさか初っ端からブレスをぶっ放してくるとは。
立ち込める砂煙が視界を覆う。
(竜は――)
気配を探る――上。
はるか上空に黒い点のようなものが動いていた。
間違いない。あれが竜だ。
思考に耽っていた僅か数秒の間にここまで飛んできたってのか。
はは、ふざけてやがる。
(ペオニーは……?)
今の攻撃で奴も竜の接近に気付いただろう。
ボンッ! と粉塵を突き破り、無数の蔦が現れた。
それは上空を飛行する竜へ向けて一直線に放たれる。
こちらも凄まじいスピードだ。竜の飛行速度には及ぶまいが、それでも今の俺と同じくらいの速度がある。
「ギュウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
咆哮。
チカチカと眩い光が数度、モールス信号のように瞬き、次いで爆発が起こる。
ブレスの連射。
竜を捕えようとしていた蔦は全て消し炭になった。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!』
黒板をひっかいたかのような不気味な音が響き渡る。
これはおそらくはペオニーの叫び声だ。
視線を向ければ、郊外に見える巨大な樹木――ペオニーの本体が震えていた。
ダンスフラワーのようなコミカルな動きだが、それをあの巨体でやられると不気味でしかない。
巨大な樹冠が揺れ、無数の木の葉が舞った。
木の葉の刃による範囲攻撃だ。
昨日の『花付き』も同じような攻撃をしていたが、その規模が違う。
都市を破壊する程の巨大なハリケーンによって巻き上げられた無数の瓦礫を思い浮かべればいい。それが方向性を持って襲い掛かるとでも言えば、その脅威が理解できるだろうか?
しかも襲い掛かるのは人を易々と切り裂ける鋭利な刃だ。
あの嵐に人が入りこめば、一瞬でミンチにされてしまうだろう。
「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
対して、竜は再びブレスを放つ。
ただ今度のブレスは範囲が広い。
木の葉の刃が届く前に、その全てを燃やし尽くすつもりなのだろう。
(あのブレスは威力だけでなく、範囲も調節可能なのか……)
やはりこの竜も桁違いの存在だ。
昨日、追い払えたのが奇跡に感じられるほどの圧倒的強さ。
二体の化け物による攻防の余波が衝撃波となって周囲に波及する。
「きゃあっ!」
「ぐっ……」
衝撃波と暴風が肌を切り裂く。
地力のステータスが低い西野君と一之瀬さんには、それだけでも十分な脅威だった。
吹き飛ばされそうになるのを必死にこらえている。
「一之瀬さん! 西野君! 早く『影』の中に!」
「ッ……すいません」
西野君と一之瀬さんは頭を下げ、『影』の中に入る。
「相坂さんも、早く」
「えっ? あ、うん……!」
上空の戦いを見つめていた六花ちゃんも『影』の中に入る。
「何か気になる事でもあったのですか?」
「……いや、大したことじゃないんだけどさ……」
六花ちゃんは『影』に完全に体を沈める前にもう一度空を見上げ――
「なんかあの竜、変な感じしない? 昨日と違うっていうか……」
「え……?」
そう言われて、俺ももう一度空を見上げる。
竜は高速で飛行しながら、攻撃を避け、ブレスを放っている。
じっとその様子を観察してみると確かにどこか『違和感』を覚えた。
――動きがぎこちない……?
(昨日、一之瀬さんにやられた傷が癒えてないからか……?)
いや、そういう感じではない。
もっと別の――まるで勝負を急いでいるかのような動きだ。
(そういえば、さっき『追跡』で気配を探った時も……)
あの時も、追跡のパスを通じてコイツの感情が伝わってきた。
感じたのは、怒り、そして『焦り』の感情。
(――何かを焦っている……? でも何を……?)
思考を遮るように竜の咆哮と、ペオニーの怪音が響き渡る。
二体の攻防はより激しさを増し、建物は破壊され、町が廃墟と化してゆく。
その光景はさながら怪獣映画のようだった。
「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
ここで竜が勝負に出た。
無数の蔦の群れをかいくぐり、ペオニー本体に急接近したのである。
「ギュウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
咆哮と共に一際大きなブレスがペオニーに向かって放たれる。
その威力は今までで最大級。
『~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!』
対してペオニーは自身の前方に無数の蔦による巨大な壁を作り出す。
巨大な炎弾と木壁が激突する。
拮抗は一瞬。
『――!?』
ペオニーが驚愕したかのように体を揺らす。
竜の放ったブレスは、ペオニーの壁を突き破り、そのままの勢いでペオニーの本体へと命中したのだ。
一際大きな爆発と共に、ペオニーの巨体が大きく揺れた。
煙が晴れる。
ペオニーの巨大な樹皮の一部がジュウジュウと焼け爛れていた。
「効いてる……のか……?」
バキンッと、焼けた枝が折れ、地面に落ちる。とはいえその大きさは普通の樹木よりも遥かに大きい。ズズン!と轟音を立て下にあった建物が破壊される。
ペオニーからすれば無数にある枝葉の数本だろうが、それでもダメージを与えられた衝撃は大きかったのだろう。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!』
ペオニーは一際大きな奇声を上げた。
体をくねらせ痛みに悶えているように見える。
「凄い……」
やっぱりあの竜は強い。桁違いだ。
欲を言えば、このまま奴がペオニーを倒してくれることを期待したが、そう上手く事が運ぶはずもない。
そもそもそれで済むならば、隣町から奴が逃げてくる理由が無い。
(……おそらくペオニーにはまだ手が残っているはずだ)
竜すら逃亡させる程の切り札が。
その予感は正しかった。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!』
先程よりもさらに大きな奇声を上げると、ペオニーは大きく体を揺らした。
ドクン、ドクンと幹が脈打つと、樹冠に巨大な赤い花が咲いたのだ。
それも一つではなく何十、何百と赤い花が咲き乱れる。
(アレは……昨日の『花付き』と同じ赤い花……?)
いや『望遠』でよく観察してみればそのサイズや細部が違う。
『花付き』のソレとは違い、ペオニーの花は直径三メートル程の巨大なバラの様な形をしていた。
ペオニーが体を揺らすと、花から金色の粉が周囲に拡散した。
(あれは……花粉か?)
風によって巻き上げられた花粉が光を反射し、何とも幻想的な光景を作り出している。
あれもトレントのスキルなのか? いや、『花付き』は使ってこなかったから、ペオニー固有のスキルか?
「ギュアッ!?」
対して、この時初めて竜は動揺した様な声を上げた。
即座に後退し、ペオニーから距離をとる。
あの花粉は竜が警戒する程にヤバい代物なのか?
ペオニーが再び大きく体を揺らすと、周囲に舞った花粉が一気に広がる。
だが遥か上空に居る竜までは届かない。
一体どういう効果があるんだ?
「あの花粉……麻痺と混乱、それに幻覚効果があるみたいですね」
「へぇー成程……――って、え?」
隣を見れば、いつの間にかそこには五十嵐会長が居た。
手には双眼鏡が握られている。
「い、いつからそこに?」
「西野君たちが『影』に隠れた時に入れ替わりで」
「そ、そうですか……」
戦いを見るのに夢中で気づかなかった。
完全に油断してたわ。びっくりしたよ。
(というか、モモ。なんで彼女を『影』に入れたんだ?)
(く、くぅ~ん……)
ちらりと『影』に目を向ければ、モモが顔をちょっとだけ出して申し訳なさそうな顔をしていた。
ぐっ、そんなキラキラした目を向けるなよ……可愛いじゃないかっ。
まあ、多分モモの『勘』がそうした方が良いって思ったんだろうな。
実際この場には俺しか居ないし、そう警戒しなくてもいいか。
「どうかしましたか?」
「いえ、別に……。それよりも、どうしてあの花粉の効果が分かったんですか? それも『鑑定』のスキルですか?」
「はい。ペオニー本体と違って、あの花粉には妨害が働かないみたいですね。その効果がきちんと『鑑定』出来ました」
ふふん、と五十嵐会長ちょっとドヤ顔である。
レンズ越しでも『鑑定』は可能なのか。
便利なスキルだな。俺も欲しい。
『質問権』さんは意地が悪いし、素直な『鑑定』さんが欲しいです。
「ということは、あの花粉が周囲に散布されている限り、竜はペオニー本体に接近できないってことか……」
「ええ……あの竜も花粉の効果については知っているのでしょう。先ほどよりも距離をとっているように見えます」
竜は周囲を高速で旋回しブレスを放つが、ペオニー本体には届かない。
その前に無数の蔦の壁に阻まれてしまう。
もっと接近した状態で、高出力のブレスを撃たなければペオニーにはダメージを与えられない。
だがあの花粉が周囲に飛散している限り竜はペオニーには接近できない。
成程、ペオニーもいやらしい手段を使う。
(だが、これではペオニーも決め手に欠けるはず……まだ何かあるのか?)
「ッ……! クドウさん、あれを見てください!」
「なっ……!」
見れば、ペオニーの幹――ブレスを食らった箇所が再生を始めていたのである。
傷ついた箇所は瞬く間に修繕され、元の状態へと戻ってしまった。
まさかの再生能力持ちだ。反則だろ、こんなの。
「ペオニーは持久戦に持ち込むつもりでしょうね。あの花粉と再生能力がある以上、あとは竜の息切れを待てばいいのですから」
「……」
五十嵐会長の見立ては正しいだろう。
相性が悪いなんてもんじゃない。最悪だ。
これでは竜に勝ち目はない。
そしてこのまま竜が敗北するということは、すなわち俺たちの終わりを意味する。
「……良いんですか、このまま放っておいて?」
五十嵐会長は双眼鏡を片手にこちらをじっと見つめる。
「先ほどの会議室での会話……全部を聞いたわけじゃないんですが、あの竜がアナタの計画には必要だったのでは? このままだとあの竜……死んじゃいますよ?」
「……聞いていたんですか?」
「ああ、やっぱりそうだったんですね。予想が当たってました」
ふふっと再びドヤる五十嵐会長。
殴りたい、その笑顔。
てか、あっさり引っかかったのがちょっと悔しい。
(……でも確かに彼女の言うとおりだ)
どうにもあの竜は引くつもりはないらしい。
ここでペオニーと決着をつけるつもりなのだろう。
だが状況は劣勢。そして俺たちもこのまま手をこまねいているわけにもいかない。
どうにかしなければいけない。
――でもどうやって?
ペオニーの注意を引く『だけ』ならできなくもない。
役に立たないと思っていたあの上級忍術を使えば、かなり危険だがこちらに注目を集めることは出来る。
でもそれだけだ。
そこから先の作戦が思いつかない。
(せめてあの竜と会話が出来れば話は変わるのに……)
とても言葉が通じるとは思えない。
今すぐ魔物使いを取得してみるか?
もしかしたらモンスターと意思疎通できるスキルが手に入るかもしれない。
だが接近できなければそもそも意味が――
「――あ……」
いや、待てよ……?
ふと、頭にあるアイディアが浮かんだ。
余りに突拍子もなく、それでいてかなり危険で成功するかどうかも微妙な作戦。
(でもそうも言ってられないか……)
どのみちこのままじゃ詰むんだ。
だったらやってやろうじゃないか。
俺はすぐに『影』の中に居る一之瀬さんに声をかけた。




