171.希望の光
市役所に辿り着いた俺たちが見たのは予想通り――いや、予想以上の大混乱だった。
「おい!あの蔦はいったい何なんだ!」「また新しいモンスターが出たのか!?」「ここは本当に大丈夫なの?」「また昨日のドラゴンみたいなモンスターが出たのか!」「助けてくれよぉ!」「もう無理だ! 私たちはみんな死んじまうんだああああー!」「なあ、俺の母親が木に食われたんだ!なんで誰も覚えてねぇんだよ?」「死にたくない!死にたくないよおおおおお!!」「おい!市長と藤田さんはどこだよ!」「お願いだから出てきてくれ!」「私の子は!?私の子はどこなの!?」「なんとかしてくれよおおおおおお!」
「お、落ち着いて! 皆さん落ち着いて下さい!」
「せ、先輩、これもう無理ですよぉ!」
「それでも何とかするの! やる前から諦めない!」
「そ、そんなぁー!」
市役所の玄関前に溢れているのは避難民。おそらくはレベル0かレベルを上げたばかりの人々だろう。誰もが絶望し、泣き叫びながら市役所の職員に詰め寄っている。それを食い止めているのは清水チーフと二条、それに市役所の職員が数名だけだ。藤田さんや上杉市長の姿は見当たらない。
(藤田さんたちの気配は……会議室か)
西野君や五十嵐会長の気配も同じところから感じる。
どうやら話し合いの最中のようだ。
「うわぁー、またすごい光景だねー。どうするおにーさん?」
「どうするもこうするも、別に正面から行く必要はないでしょう」
市役所の中にもアカの『座標』は設置してある。
『影渡り』を使えば、あの人ごみをかき分けて入っていく必要はない。
まあ、スキルが発動しているので普通に人ごみをかき分けて行っても、誰も気づかないだろうが一之瀬さんが吐くので却下。
「てか、アレ止めなくていいの?」
玄関の方を指差しながら、六花ちゃんが尋ねてくる。
「ええ、あそこは彼らに任せましょう」
二条や清水チーフ、市役所の職員は全員レベル10以上は確実に超えている
二条のヤツは涙目だが、詰め寄ってる人々とはステータス的にもかなりの開きがあるし何とかなるだろう。
「いや、そういう意味じゃなくて、おにーさんの後輩さんが……いや、まあいいや」
「?」
六花ちゃんは何かぶつぶつと言っているがどうしたんだろう?
まあ、とにかく今はそれどころじゃない。
「モモ、頼む」
「わんっ」
足元の『影』が広がり、一瞬で俺たちは影に沈んだ。
『影』の中を移動し、会議室へとたどり着く。
ノックをして中に入ると、藤田さん、上杉市長、西野君、そして五十嵐会長の姿があった。自衛隊の面々の姿もある。
「おはようございます、クドウさん」
入るなり、五十嵐会長が挨拶をしてくる。
昨日の今日でよくまあそこまで見事に猫をかぶれるなと思ったが、よくよく見ると笑顔が微妙に引きつっていた。
試しに彼女にだけ見える角度で、指を鳴らす仕草をすると露骨にビクッとなった。
(強がってるだけだな……)
すでにアカの分身体は彼女の体内から消滅しているだろうが、その効果は絶大なようだ。
適当に挨拶を済ませると、今度は藤田さんが近づいてくる。
「君がクドウ君か。こうしてちゃんと話をするのは初めてだな。西野君から話は聞いているよ。市役所職員の藤田総一郎だ。よろしく頼む」
「え?」
「ん?」
お互いにアレ?と首をかしげる。
あ、そっか。ゴーレムの時は俺、一之瀬さんに変装してたもんな。
戦いが終わってからも西野君が中継役になってくれたから、市長や藤田さんと話す機会は殆どなかったのだし、『本来の姿』でまともに話をするのはこれが初めてか。
「あ、いや、すいません、クドウカズトです。よろしくお願いします」
「……? ああ、よろしくな……」
手を差し出してくる藤田さんの表情は暗い。
いや、藤田さんだけでなく会議室全体がお通夜のような雰囲気に包まれていた。
特に自衛隊員の何名かは全てを諦めたかのような絶望しきった表情を浮かべている。
(……無理もないか)
朝起きたら、突然あんな規格外の化け物が現れたんだ。
こうなってもおかしくはない。
俺たちは西野君の近くの席に座る。
「柴田君たちは?」
「下で避難民の相手をしてもらっています。特に五所川原さんは住民に顔が利くので」
意外と顔が広いね、五所川原さん。流石、丸太使い。
索敵で気配を探ると、確かに玄関の方から柴田君らの気配がした。
(『影』に入った俺たちと入れ違いになったのか……)
ていうか、五所川原さんはともかく、柴田君は大丈夫なのか?
あの喧嘩っ早い性格だと、避難民ぶっとばして更に混乱させかねないんじゃ……。
そんな風に考えてるのが顔に出たのか、西野君はくすっと笑って、
「大丈夫ですよ。アイツは短気ですが、弱い奴に手を出す馬鹿ではないので」
こちらの心を読んだかのようにフォローを入れてきた。
まあ、西野君がそう言うなら大丈夫か。
……ん? その理屈ならいつも絡まれてる俺は何なんだ?
「それより、今の問題は下の混乱よりあっちの方でしょう」
「そうですよね……」
西野君が指差した先には、安全地帯の見えない壁に張り付く無数の巨大な蔦と、山を越えて屹立する巨大な木が見える。
どちらも余りに巨大すぎて縮尺が狂っているんじゃないかと想えるスケールだ。
(怪獣映画かよ……)
いや、それ以上だな。
ゴジ◯やビオラン◯だってあそこまでデカくはないぞ。
あんなの人の手でどうにかできるとは思えない。
「正直、あんな化け物どうすればいいのか分かりませんよ……」
お手上げだと言うように、西野君は肩をすくめる。
すると、藤田さんも会話に加わってきた。
「確かにな。西野君の話じゃ、あれはトレントというモンスターらしいな。町のあっちこっちに生えてたあの木がモンスターだって聞いた時は驚いたが、その上位種があんなデカブツだったとはな。驚きを通り越して呆れちまったよ」
渇いた笑みを浮かべる藤田さん。
トレントについての情報は、俺たちがここへ来る前に西野君が事前に話してくれたようだ。
隠す理由もないし、モンスターについての情報は、市役所と共有すると事前に決めている。
「存在を喰っちまう木のモンスター、その上位種か……。十和田の言ってた意味がようやく分かったよ」
藤田さんは自衛隊の方を見る。
隊長の十和田さんをはじめ、皆顔を青ざめて震えていた。
(無理もないか……)
彼らにしてみれば、ペオニーはトラウマの象徴だろう。
隣町の自衛隊基地を潰したのは間違いなくアイツだ。
例え覚えていなくとも、その恐怖は体に刻み込まれているのだろう。
……というか、あんな状態で戦えるのか?
「藤田さん、率直に聞きますが、彼らは戦えるのですか?」
「……正直、厳しいかもな」
おいおい、そりゃ困るよ。
自衛隊の皆さんはこの市役所では一応トップレベルの戦力だ。
それが震えて使い物にならないなんて笑い話にもならないぞ?
「まあ、どうにか説得して見せるさ。でもその為にはまず全体の動きを決めておかなきゃいけない」
全体の動き――それはつまり、
「アイツをどうやって倒すか、だ」
そうだ。
結局のところ、それが決まらなければ動きようがない。
「倒すっていっても、どーやって倒すのさ?」
「それはこれからみんなで考えるのさ」
藤田さんは懐から煙草を取り出し、火をつける。
「アイツはモンスターだ。この『安全地帯』には入ってこれない。そこを利用して、境界線ギリギリから色々試すしかねぇ」
確かに現状、俺たちのアドバンテージはこの『安全地帯』の結界だけだ。
この中からなら一方的に相手に攻撃が出来るし、昨日の竜もそれで撃退する事が出来た。
とはいえ、敵のスキルによる二次災害や、ティタンの様な『安全地帯』を丸ごと埋める様な事態は避けなきゃいけないから、そこは注意が必要だが。
(でも……実際どうすればいいんだ……?)
あんな巨大な化け物相手じゃ破城鎚も忍術も通じない。
というか、実際昨日戦った感覚じゃ、精々蔦数本を相手にするので精いっぱいだ。
一之瀬さんの狙撃やモモの『影』サポートが加わっても、相手に出来る蔦の本数が増えるだけ。
その本体であるあの巨大な木を何とかしなければ勝ち目はないのだ。
(相手は植物だ……。そこを何とか利用できないか?)
昨日の戦いで有効だったのは『火』、そして『農薬』だ。
通常のトレントであれば、『火遁の術』や、スーパーで売ってる除草剤で対応出来る。
でも、あれだけ巨大だとそれこそ町中を火の海にするくらいでなければ焼き尽くすのは不可能だろう。
農薬だって、一体何百リットル必要になるか分からない。
どちらも物理的に不可能だ。
(何より、アイツは『動く』ことが出来る……)
これが一番厄介だ。
その場から動かないならまだしも、アイツは植物のくせに自走する事が出来る。
例え町を火の海にしてヤツを焼き殺そうとしても、すぐにその場を離れるだろう。もしくは根や蔦を使って、自分の周りの火を消してしまうかもしれない。
つまり必要なのは、
『ペオニーの動きを封じ、アイツを確実に殺せるだけの火力』
これが絶対条件だ。
加えて、本体に攻撃を加える前にあの無数の蔦もなんとかしなきゃいけない。
うん、無理。
詰んでるわ、これ。
(……いっそ逃げるか?)
ここを見捨てて、一之瀬さんやモモたちだけを連れて逃げれば、俺たちだけは助かるだろう。
でも、根本的な解決にはならない。
アイツ(ペオニー)が追ってこない保証がどこにある?
ずっと逃げ続ける生活を続けるのか?
無理だ。きっとどこかで心が折れる。
なによりここには大切な人たちが出来過ぎた……。
今更捨てられないって思っちまう。
(いっそ瞬間移動や羽でも生えて飛べれば話は違うんだろうけどな)
そもそもこの状況が異常すぎるだろ。昨日の今日でまたこんな地獄みたいな状況になるなんて。ていうか、竜の襲撃からまだ一日も経ってないのに―――、
「…………ん?」
――いや、待て。ちょっと待て。
今、何かが引っ掛かった。
町を火の海にするほどの火力……?
あの無数の蔦を躱して、本体に飛び込めるだけの機動力……?
「……あ」
そうだ、居るじゃないか。
高速飛行が出来て、高火力を連続で放てる『存在』が。
ドクン、ドクン、と心臓が早鐘を打つ。
その存在を認識した瞬間、俺の頭の中に突拍子もない考えが浮かんだ。
「…………ッ」
場所は分かる。
条件も揃っている。
でも本当にそんなことが可能なのか?
俺は自分のステータスプレートを見つめる。
いまだに空欄になっている第五職業。
そして取得可能職業欄の項目。
(モモたちは反対するだろうな……)
今までずっと『この職業』だけは避けてきた。
モモたちが嫌がったし、なにより『彼女』のあの凄惨な最期を覚えていれば、絶対に選んではいけない職業だと思ったからだ。
――『魔物使い』
そうだ。
あの魔物使いの少女は『魔物使い』と『職業強化』を組み合わせて多数のモンスターやダーク・ウルフのような強力なモンスターを従えていた。そして不完全とは言え、あのダーク・ウルフを更に『強化』する事にも成功していた。
ならば同じ『職業強化』を持つ俺にも、同じことができるはずだ。
(ペオニーを従わせることはいくらなんでも無理だ。でも『アイツ』なら――)
市役所の窓から外の景色を眺める。
空中に張り付く無数の蔦。
その下には、昨日『アイツ』が作り出した無数のクレーターがある。
(アイツの、あの火力なら……もしそれを俺のスキルで『強化』出来るなら――)
この絶望的な状況を打破できるかもしれない。
そう、俺の思い浮かんだ方法、
それは―――竜をテイムする事。
あまりにも無謀で、そしてあまりにも危険な賭けだった。




