169.名前の意味
無数の蔦の群がこちらへ迫る。
動きはスライムクラゲや『花付き』と同じように直線的だが、そのスピードが尋常ではない。速すぎる。
こんなの一撃でも喰らったら即ミンチだ。
(『影渡り』で――いや、無理だ。間に合わないっ)
先ずは距離を稼ぐ。
即座に前方にアイテムボックスの壁を作り出し、後方へ飛ぶ。
刹那、俺の居た場所が粉々に砕け散った。
(お、おいおい、冗談じゃないぞ?)
無数の蔦による攻撃を受けた重機や消波ブロックは粉々に砕けてしまった。
700越えの敏捷でようやく躱せるスピード……それにこのパワー。
本当になんなんだ、この蔦は?
(視界も塞がれた……!)
今の攻撃で地面は大きく抉れ、土煙が周囲を覆い尽くした。
だが問題ない。
『広範囲索敵』、『地形把握』のおかげで周囲の状況や蔦の位置は分かる。
分かるが――、
(数が多い)
蔦の数はどんどん増えていく。
地面から伝わる『嫌な気配』も更に増している。
集中しろ。少しでも意識を逸らせば即、詰みだ。
粉塵の中迫りくる無数の蔦をなんとか躱しながら俺は走る。
「げほっ、こ、この煙の中で見えてるんですか?」
「黙っててください!」
「は、はひ!」
『威圧』を込めて怒鳴ると、五十嵐さんは腕の中でしゅんと大人しくなった。
現在、俺は五十嵐さんを両手に抱えて――いわゆるお姫様抱っこの状態で走っている。
せめて背中に背負えれば、アカで固定してもっと自由に動けるのにこの蔦はそんな暇すら与えてくれない。
ヒュンッ! ヒュヒュヒュンッ! と絶えず迫りくる無数の蔦。
(振り切れない――ッ)
本当にこの蔦の『主』はトレントや『花付き』と同じ種族なのか?
破壊力も速さも数も比べ物にならない。
上位種……もしくはハイ・オークやティタンと同じようなネームドか?
(くそ、考えてる暇が惜しい!)
思考を遮るように、前方の地面を突き破って無数の蔦が現れる。
更に左右の地面からも『蔦の気配』が伝わってくる。
(――囲まれた!)
どうする?
『影渡り』で逃げようにも、あのスピードでは、『影』に体を沈めきる前に、攻撃を食らってしまう。
あの威力じゃ、アイテムボックスの壁では時間は僅かも稼げない。
かといって分身の術では数が足りない。
アカの膨張や『石化』もギリギリ間に合うかどうかだ。
(何かあと一つ手があれば――)
せめて五秒――いや、三秒でいい。時間を稼ぐことが出来れば『影渡り』で一気に『安全地帯』まで逃げ切れる。
「……時間を稼げばいいんですか?」
「え?」
不意に、抱かれていた五十嵐さんが声を上げた。
俺が反応するよりも先に、彼女は前方へ手をかざす。
「――召喚、ファイヤー・ウォール・エレメンタル」
直後、俺たちの周囲に炎の壁が出現した。
「ッ!?」
これは――まさか魔法スキル?
思い出すのは以前学校であの双子のクソガキが使っていた岩や炎を手から噴射する光景。
あれと同じようなスキルか?
「今です!」
「ッ!」
そうだ。
考えてる暇はない。
突然現れた炎の壁によって、蔦は一瞬動きを止めた。
その僅かな硬直が、俺たちにとっては最高の瞬間。
「モモッ! アカ!」
「わんっ!」
「~~~!(ふるふる)」
足元の『影』が広がる。
同時にアカが体を膨張させ、俺たちの肉体を覆い尽くし、その表面を『石化』させる。
火と石、即席の二重防壁。
(間に合え――!)
影に入る。
直後、蔦が炎の壁を突き破った。
「~~~~(ふるふる)!」
バキンッ!と、『石化』したアカの表面はあっさりと砕かれた。
無数の蔦が眼前に迫る。
だが――間に合った。
ギリギリ。
ほんのわずかな差で俺たちの方が速かった。
俺たちが影に沈み切ると同時に、蔦は何もない地面を叩きつけるのだった。
「ハァ……ハァ……た、助かった……」
その後、俺たちは『影渡り』で『座標』を連続移動し、なんとか『安全地帯』まで逃げ切る事が出来た。
危なかった。
本当に間一髪だった。
少しでも遅れていたら、今頃俺たちはあの蔦にミンチにされていただろう。
(本当になんなんだあの蔦は……?)
感じる気配はトレントのそれだったが、その大きさ、強さがあまりに違いすぎる。
もしあの蔦が、『花付き』の使っていた攻撃と同じなのであれば、一体本体はどれだけの大きさだというのか?
(でも『追跡』のマーカーはしておいた……)
これを辿れば、あの蔦の『本体』の位置も把握することが出来る。
さっそく俺は『追跡』を使う。
スキルを通じて、あの蔦の位置が分かる。
そこから今度は本体の位置を辿る。
(……? これは……どういう事だ?)
俺は首をかしげる。
辿っても辿っても、本体に辿り着かない。
都心部を越え、郊外の田園地帯を越え、県境の山林まで辿ったのにまだ本体に辿り着かない。
一体どんだけ蔦を伸ばしていたんだ?
更に辿って、辿って、辿って――、隣町に入り、ようやく本体らしき気配がした。
(これか――)
その『気配』を更に辿ろうとした瞬間――
バチッと電気のようなものが体に走った。
何かが繋がった様な感覚。
そして、
―――喰イタィ……
「ッ!?」
なんだ?
今、頭の中に何かが流れ込んできた。
――腹ガ減ッタ。
これは……『声』? いや、思考?
誰の?
――喰イタイ。
流れ込んでくる。
――喰イタイ、喰イタイ、喰イタイ。
『追跡』のパスを通じて、『向こうの』の思考が流れ込んでくる。
――喰イタイ、喰イタイ、喰イタイ、喰イタイ、喰イタイ、喰イタイ。
頭の中に、濁流のように、どんどんと流れてくる。
止めろ、止めろ!止めろ、頭の中に入って来るな!
喰イタイ、喰イタイ、喰イタイ、喰イタイ、喰イタイ、喰イタイ喰イタイ喰イタイ喰イタイ喰イタイ喰イタイ喰イタイ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ腹ガッタ腹ガ減ッタ腹ガッタ腹ガ減ッタ腹ガッタ腹ガ減ッタ腹ガッタ腹ガ減ッタ喰イタイ喰イタイ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰イタイ喰イタイ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ腹ガッタ腹ガ減ッタ喰イタイ喰イタイ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ腹ガッタ腹ガ減ッタ腹ガッタ腹ガ減ッタ腹ガッタ腹ガ減ッタ腹ガッタ腹ガ減ッタ喰イタイ喰イタイ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰イタイ喰イタイ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ腹ガッタ腹ガ減ッタ喰イタイ喰イタイ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ腹ガッタ腹ガ減ッタ腹ガッタ腹ガ減ッタ腹ガッタ腹ガ減ッタ腹ガッタ腹ガ減ッタ喰イタイ喰イタイ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰イタイ喰イタイ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ腹ガッタ腹ガ減ッタ喰イタイ喰イタイ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセ――
「――うわああああああああああああああああああああああああっ!?」
反射的に、俺は『追跡』をオフにした。
「ハァ…ハァ…ハァ…ハッハッハッハッ」
「わんっ!?」
「きゅー!?」
「……!?(ふるふる)」
突如叫んだ俺に驚いたのか、モモたちがビクッと震える。
「す、すまん、皆。驚かせちゃったな……」
「くぅーん?」
「だいじょうぶ?」とモモはペロペロと俺の頬を舐めてくる。
心配してくれているのだろう。
アカやキキも俺にすり寄って、心配そうに見つめてくる。
「大丈夫だ、ごめんな……」
……今のは何だったんだ?
いや、予想はつく。
おそらくアレは、あの蔦の『本体』の思考だ。
『追跡』を通して、向こうの思考がこちらに伝わるなんて……。そんな事があり得るのか?いや、あり得るんだろうな。実際に体験したんだし……。
(でも……なんだ、アレは? あんなのあり得るのか?)
ぶるりと体を震わせる。
ハイ・オークやティタンから感じた恐怖とはまったく別種の恐怖だった。
こちらの心を蝕むかのようなおぞましさ。
吐き気を催すかのような生理的な嫌悪感。
べっとりと背中には脂汗が張り付き、思い出すだけでも吐きそうになる。
アレはヤバい。間違いなく、今まで出会ったどんなモンスターよりもヤバい存在だ。
あんなのが隣町には居たのか……。
「あ、あの……?」
「へ?」
声が聞こえた。
女性の声だ。
誰だ?
振り向くと、五十嵐さんが居た。
ああ、そうだった。すっかり忘れてた。
「……ああ、五十嵐さん。まだ居たんですか?」
「まだ居たって……」
今しがたの衝撃ですっかり彼女の存在を失念してしまった。
ああ、でもこの子が居なきゃ、あの状況を抜け出せなかったな。
その点は感謝しないと。
「先ほどは助かりました。ありがとうございます」
「あ、いえ……こちらこそ」
頭を下げると、釣られて五十嵐さんも頭を下げた。
「先ほどのあれは魔法のスキルか何かですか?」
「ええ、精霊召喚ってスキルです。MPを消費し、火、土、風、水の精霊を呼び出し使役するんです。現時点では火の壁、泥の沼、風の刃、水の弾丸を作り出すことが出来ます」
ほー凄い便利なスキルだな。レベルも高そうだ。
というか、精霊も居るのか、今の世界。
今まであまり魔法系統のスキルを見てこなかったからなんか新鮮だ。
まあ、俺の『忍術』も似たようなものだけど。
(先ずは一之瀬さんたちに連絡するか……)
メールを開けば、未読が――うん、溜まってた。すっごい溜まってた。
とりあえず無事な事や、あのモンスターの事を伝えて、詳しい内容は戻ってからだな。
間違いなくあのモンスターは俺たちにとって脅威になる。
この『安全地帯』も狙ってくる可能性も高い。
(『本体』が居たのは隣町……もしかして自衛隊を壊滅させたのもアイツか?)
その可能性は高いな。
確かにあんなモンスターが居たんじゃ、自衛隊だって敵わないだろう。
……あれ? そんな奴、どう戦えばいいんだ?
そもそも『本体』は隣町に居る上、無数の蔦が行く手を阻む。
そんな奴をどうやって倒せばいい?
「あの……」
「何ですか?」
悩む俺に、再び声をかける五十嵐さん。
「いえ、その……わ、私はこれからどうなるんですか?」
「え? 何がです?」
「で、ですからっ! 私をこれからどうするのかと聞いているんです! 呪いをかけたんですよね? アナタの言いなりになるように!」
五十嵐さんはぎゅっと自分の腕を抱きしめ、唇を噛んで俺を見つめてくる。それに涙目で、なぜか顔も赤い。そして震えている。
……なんですか、その凌辱される前の女騎士のような表情は?
あー、アレか? もしかしてエロいことされるとでも思ってるのか?
(……うん、いや、まああれだけの事をされればそう考えても仕方ないか)
先程の光景を思い出し納得する俺。
「いえ、別に俺たちに危害を加えようとしなければどうもしませんよ?」
「ッ! わ、分かりました。好きに――……へ?」
「ああ、でも『宝箱探し』に関しては、協力してもらいます。俺たちも可能な限り戦力は上げていきたいので」
「あ、はい……」
五十嵐さんはぽかんとした表情でこちらを見つめている。
というか、今なんか変な事言いかけなかったか? いや、どうでもいいか。
「どうしましたか?」
「あ、いえ、その……それだけですか?」
「他に何があるって言うんですか? 邪魔をしないなら別にどうともしませんよ」
「…………なんですか、それ」
気の抜けた、ともすれば拍子抜けした様な表情を浮かべる五十嵐さん。
はぁーとため息をつき、その場にへたり込む。
「あの……一つだけ、確認させてください」
「なんです?」
「先ほど、私を拷問していた時のアナタと今のアナタ。どちらが本当のクドウさんなんですか?」
「……?」
質問の意味が分からず首をかしげる。
「全然別人ですよ……。あの時、私を見るときのあの冷たい眼。……正直、この場で殺されることも覚悟してました」
「いや、別にそんなつもりは――」
無かったと言えば嘘になる。
彼女が本当に俺たちにとっての『癌』になりえるなら、俺は彼女を処分していたかもしれない。
でも結果的には俺は彼女を『捨てられなかった』。
「そのつもりなら、わざわざここへ連れてきませんよ」
「……そう、ですね……」
彼女を見捨ててれば、俺はもっと楽にここまで逃げてこれただろう。
そうしなかったのは、やっぱり俺が甘いせいだろうか?
他人は他人。どうでもいいってそういう風に割り切ってた筈なのに。
まあ、彼女がもう俺たちの脅威にならないのであれば、別に後はどうでもいい。
(彼女が大人しくなれば、西野君も動きやすいだろうしね)
モンスターという脅威を前に、内輪もめで壊滅なんてシャレにもならないからな。
「では今のアナタが本当のクドウさんなんですね?」
「さあ、どうなんでしょう?」
別に態度や言動なんて、その時その時で変わる。
社会人ならなおさらだ。下げたくない上司にへらへら頭を下げなきゃいけないし、気に入っている後輩を叱らなきゃいけないときだってある。
人によって、状況によって態度や言動を変えるなんて、当たり前の事だと思うけどな。
だからこそ、素の自分で居られる相手ってのは貴重なんだ。
「……分かりました。それではこれからよろしくお願いします」
「え?」
すると、頭の中に声が響いた。
≪イガラシ トオカが仲間になりたそうにアナタを見ています≫
≪仲間にしますか?≫
「……」
そんなアナウンスが鳴り響く。
彼女の方を見る。
どこか期待に満ちた眼差し。
そして何かを決意したような表情。
「……なるほど」
その顔を見て、俺は即決する。
迷う必要は無かった。
≪申請を却下しました≫
当然、却下した。
「何故っ!?」
「いや、当たり前でしょう?」
君のような腹黒いガキは嫌いだよ。
納得できませんと文句を垂れる五十嵐さんは意外と年相応の少女に見えた。
だが何となく、俺にはもう彼女が『脅威』にはならない気がした。
「あ、そうだ、ちょっと待って下さい」
申請意見を却下して、さてそれじゃあ戻ろうかと思ったのだが、その前に再び彼女に呼び止められた。
「……何ですか?」
そろそろ戻らないと一之瀬さんからのメールがヤバいんだけど?
「先程の蔦についてですが、一つお伝えすることがあります」
「? 『鑑定』は失敗したのでしょう?」
「はい、スキルやステータスを見る事は失敗しました」
でも、と彼女は続ける。
「――『名前』だけは見る事が出来ました」
「え?」
驚く俺に、五十嵐さんは続ける。
「『鑑定』は対象を絞ればより精密にスキルやステータスがわかるんですけど、逆に複数の対象を見る場合には、おおざっぱな情報しか分からなくなるんです。たいていは『壁』とか『地面』とか、あと人の名前やモンスターの種族名とかですね」
へぇ、『鑑定』ってそういう仕様になっているのか。
「『鑑定』が妨害された後も、スキル自体は発動させていたのですが、『影』に入る直前、あの蔦を見た瞬間に『名前』だけが表示されたんです」
「……なんという名前だったんですか?」
「――『ペオニー』。それがあのモンスターの名前です」
「……随分と可愛らしい名前ですね? 花みたいなふわふわした感じの名前だ」
「文字通り花ですよ。『ペオニー』はドイツ語で牡丹という意味です」
「……物知りですね。まるで牡丹博士だ」
「ッ……べ、別に大したことじゃありませんっ。ただ花は好きなので多少勉強していただけです」
さいですか。
……しかしネームドだったのか、あの蔦。
にしても、『影』に入る直前に、『名前だけが見えた』、ねぇ……。
そう都合よく行くだろうか?
(……もしかして、わざとか?)
なんとなくだがそんな気がした。
名前を教えたのも、簡単に『追跡』で本体の位置を割り出せたのも、その経路を通じて思考が流れ込んできたのも、もしかしたらあの蔦なりのメッセージなのかもしれない。
――逃がさない、と。
あの蔦のモンスターは――『ペオニー』は、そう言っているのではないだろうか?
もしそうだとしたら本当に厄介なモンスターが現れたもんだ。
というか、どいつもこいつも俺たちの事狙いすぎじゃないか?
「それにしても……」
「まだ何か気になることが?」
「いえ……大したことじゃないんですが……」
五十嵐さんはふと考え込む仕草をしながら、
「あの蔦のモンスターの名前がペオニー。そして以前、市役所を襲った岩の巨人の名前がティタン、でしたよね?」
「ええ、それが何か?」
「……クドウさんは『牡丹』の呼び名を知っていますか?」
「呼び名?」
「牡丹には様々な別名が存在するんですよ。代表的なのは『花王』、他にも『忘れ草』、『名取草』なんて呼び名もあるんです。これって偶然でしょうか?」
「――」
「トレントは記憶や存在を奪うモンスター。その上位種に『花王』や『忘れ草』、『名取草』を意味する牡丹という名前がついている。
そして『ティタン』はフランス語で『巨人』を意味する言葉です。ドイツ語ならば『ティタン』はチタン――文字通り鉱物を表す言葉です。どちらもそのモンスターを表現するにふさわしい単語ですよね?」
「確かに、そうですね」
そう言えば、あのハイオークにも『ルーフェン』という名前が付いていた。
後で調べたが、『ルーフェン』はドイツ語で『叫ぶ』という意味らしい。
『叫びの獣』。正しくアイツにぴったりの名前だろう。
「でも、だとすればおかしくないですか?」
「? なにがです?」
「ですから、名前ですよ。どうしてモンスターに『この世界の言語』で名前が付けられているんでしょう?」
「―――」
五十嵐さんの言葉に俺はポカンとなる。
言われてみれば、確かにその通りだ。
今の世界が二つの世界が融合した新たな世界なのであれば、今のこの世界には、俺たちの世界の言語と、モンスターたちが居た向こうの世界の言語。
二つの言語が存在するはずだ。
スキルや職業もすべて『日本語』で表記されていたから、『そういうものだ』と思っていた。
システムの仕様なのだと。
言語はこの世界のモノで統一されているのだと。
でも、もしそうじゃなかったとしたら?
「……」
ふと、頭に浮かんだ突拍子もない妄想。
いや、さすがにそれはあり得ないだろ。
いくらなんでも『それ』は考えが飛躍しすぎている。
頭の中に浮かんだその考えを俺は否定する。
――モンスターたちの居た世界でも、俺たちの世界と同じ言語が使われていただなんて。




