162.花
「ギィ……ギャアオオオオオオオオオオオオ!?」
右目を撃ち抜かれた竜は血を流しながら咆哮した。
痛みには慣れていないのか、バタバタと翼をはためかせながら身をよじっている。
……効いてる。
一之瀬さんの放った銃弾は確実に奴にダメージを与えている。
「よしっ」
思わずガッツポーズをする。
やはり硬い鱗に覆われていない部分ならば銃弾は通るようだ。
ゲームやラノベだと銃弾や弓矢を逸らすスキルや加護があるけど、そういった類のスキルをあの竜が持ってなくてよかった。
攻撃が通じる。これが分かっただけでも大きな収穫だ。
……問題はむしろこっちの方か。
「一之瀬さん、大丈夫ですか?」
「ん……ちょっときついですが、あと1~2発くらいなら大丈夫です」
少し苦しそうな顔で一之瀬さんは答えた。
一之瀬さんが自身の職業『武器職人』によって魔改造した化け物ライフル――通称『一之瀬スペシャルver2.0』は威力こそ桁外れだが、その分反動が大きい武器だ。アカやキキのサポートがあったとしても撃てる回数には限界がある。それは進化しても同じだ。
(一之瀬さんだけに無理を強いるわけにはいかない)
でもどうすればいい?
俺には彼女のように銃は使えないし、あの竜まで届くような攻撃手段は持ち合わせていない。あの高度じゃ忍術もアイテムボックスも効果範囲外だし、仮に攻撃できる距離まで接近できたとしても、攻撃する前にブレスで焼かれて終わりだ。
(あの竜に気付かれないように接近する方法、もしくは向こうからこちらへ接近するよう誘導する方法か……)
必死に考えてみるが、いいアイディアが浮かばない。
せめて『分身体』が『忍術』や他のスキルを使えればと思う。
『職業強化』を使っても『分身』の数や持続時間こそ強化されたが、スキルや忍術を使わせることは出来なかった。『職業強化』はあくまでスキルの土台を強化するスキルであって、新たな能力を付与するスキルではないのだ。
(このままじゃお互いに決め手に欠ける……)
こっちの攻撃は致命傷にならないし、向こうも俺たちが『安全地帯』の中にいる以上、通じるのはブレスの二次災害による瓦礫や熱風のみ。
このままじゃ消耗戦だ。
「グルルル……」
それは向こうも理解したのだろう。
唸り声を上げながらも、じっとこちらを睨んでいる。
……怖い、竜の眼光マジ怖い。耐性スキルがあっても、怖いもんは怖いよな。
(いや、待てよ……怖い?)
それは果たして俺たちだけが抱いている感情だろうか?
片目を潰された竜からしたら、俺たちだって十分な脅威に映っているんじゃないか?
もう一度改めて竜を見る。
竜なので表情は分かりづらいが、その瞳には敵意や怒りの他に僅かに怯えの感情も含んでいるように思えた。
スキルを使用していなければ分からない程の微妙な揺らぎだ。
でもそれを利用出来れば――、
「ふー……」
息を吸い込み、心を落ち着かせて、俺は竜を『睨み返した』。
なるべく余裕をもって不敵な笑みを浮かべて。
「どうした? まさか自分が攻撃を喰らうとは思ってなかったか?」
「……! ガルルルルルッ!」
声が届いたわけではないだろうが、俺の表情で察したのだろう。竜は苛立たしげに咆哮を上げた。……怖っ。
でもそれに怯える事無く――少なくとも表面上は――俺は不敵に笑って見せる。
(く、クドウさん、なにをっ? あ、もしかして何かいい方法が思いついたんですか?)
一之瀬さんが小声で訊ねてくる。
何か手があるのかと、期待に満ちた眼差し。
俺は『勿論』と頷く。
ごめんなさい、嘘です。
……ぶっちゃけ何も手は無い。
ただのハッタリだ。
俺が思いついたのは、ただ『余裕を持って構える事』。それだけだ。
(でも……効果はある筈だ)
あの竜は『安全地帯』の事は知らなかった。ならば同じように一之瀬さんが撃てる回数制限だって知らない筈だ。
今の攻撃を何度でも撃てると、そう思わせるんだ。
攻撃手段がないなら、それを武器にする。
強者として振舞え。
虚勢とはったりで、相手を退かせろ。
「……」
「……」
僅か数秒。だが永遠にも思える様な睨み合い。
そして、先に動いたのは竜だった。
「グルル……ルゥゥウウウウウオオオオオオオオオオオオッッ!!」
憎らしげに咆哮を上げると、翼を羽ばたかせ、空の彼方へと消えて行った。
あっという間にその姿が見えなくなる。
竜の気配が完全に遠ざかったのを確認して、俺はその場に座り込んだ。
「た、助かったぁ……」
「し、死ぬかと思いました……」
緊張が解けたのか、一之瀬さんもその場に倒れこんだ。
ホント怖かった。
本物の竜の恐ろしさを嫌という程味わったよ。
『安全地帯』の外に出来た巨大なクレーターの数々を眺めながら、生き残れたことに安堵する。
ハッタリが効いてよかった。もしあのまま続けていればヤツは一之瀬さんがあと数発しか攻撃出来ない事に気付いただろう。そうなる前に戦いを終わらせることが出来て本当に良かった。
ハイ・オークの様な戦闘狂であれば、あのまま戦いを続けていただろうが、どうやらヤツは慎重な性格だったようだ。『感知』スキルである程度予測は出来たけど、それでも賭けだった。
本当に良かった……。マジ助かった。
(でも『逃げた』って事はそれだけ頭がいいって事だよな……)
あの竜もハイオークやダーク・ウルフ並みの知能を持っていると思っていいだろう。
全く厄介なモンスターが現れたもんだ。
「わんっ」
「きゅー」
モモとキキも敵が去った事を察したのか、影から出てきて俺の膝の上に乗っかった。
ぺろぺろと俺の顔を舐めてくる。
「モモとキキもお疲れ様。怖かっただろ。よく頑張ってくれたな」
「わんっ! わんわん」
ぶんぶん尻尾を振りながら「もっと褒めて」と甘えてくるので、思いっきり甘やかしてやる。
らぶりー。戦いで疲れた心が癒されるわー。
「きゅー……」
「ほら、キキちゃんはこっちおいでー」
「きゅっ!? きゅ……きゅーん……」
俺に撫でられてるモモを羨ましそうに見つめていたキキは一之瀬さんに抱きかかえられてそのままモフモフされる。
最初はちょっと不満げだったキキもその手つきに翻弄されたのか、気持ちよさそうに顔をほころばせた。
「アカもお疲れさま。ホント、今回はお前のおかげだよ」
「……(ふるふる)♪」
そう言うと、アカも嬉しそうに体を震わせた。
実際アカの『座標』の功績は大きい。それにモモの『影渡り』、キキの『支援魔法』。どれか一つでも欠けていれば、こうはならなかっただろう。つくづくいい仲間に恵まれたもんだ。
(竜の方にもマーカーはしておいた。これで向こうの位置は常に把握できる)
今もちゃんと『追跡』スキルは発動しているってことは、あの知性持ちのゾンビみたいに追跡を妨害するスキルも持っていないようだ。
これでもう奇襲を受けることもないし、逆にこっちから奇襲を仕掛ける事も出来る。
(あ、そうだ。西野君たちも解放しないとな)
『影檻』を解除し、西野君たちを外に出す。
「お、終わったんですか?」
「ええ、もう大丈夫ですよ」
安堵の表情を浮かべる西野君。
隣に居た六花ちゃんがこちらへ近づいてきた。
「てことは、まさかおにーさん、あの竜倒したの? マジで? すんごいねー」
目をキラキラさせて尊敬のまなざしを向けてくる六花ちゃんに俺は苦笑する。
「いえ、そうではなく実は――」
倒したんじゃなくて、向こうが退いてくれただけ。
そう説明すると彼らの表情が曇った。
「ということは、まだ脅威は去っていないということですか……」
「おいおい、それじゃあこれからはまともに外に出られないってことかよ」
「いいえ、先ほども言ったように向こうの位置は常に把握できます。向こうの行動パターンをある程度分析すれば、こちらから仕掛けることもできるでしょう」
「竜が休んでるところにひたすら不意打ちを仕掛けるんですね?」
「ええ、その通りです」
流石一之瀬さん。すぐに理解してくれた。
対ティタン戦でも使った、アカの『座標』とモモの『影渡り』を使ったヒットアンドアウェイ戦法だ。
「攻撃したら即撤退かー。ここまで逃げ切れば向こうの攻撃は届かないし……うわぁー、えげつないねー」
「だが現状最も有効な戦法だ。となれば、市役所の人たちにも不用意に外に出ないようにしてもらう必要もありますよね?」
「ええ。そちらは西野君にお願いしても?」
「構いませんよ。もともと市役所との中継役は俺の仕事ですし」
長期戦に持ち込めば『安全地帯』の結界がある分、こちらに分がある。
ここは危険だとヤツに学習させるんだ。『ここを襲う』という考えそのものを起こさなくさせる。
そして可能であればそのまま狩り、倒す。
「よし、それじゃあ話もまとまったことだし、いったん拠点へ――って、あ……」
「どうしたんですか、クドウさん?」
「いえ、ちょっと待って下さい。ここへ来た目的を忘れてませんか?」
「え? ……あ」
西野君も思い出したのだろう。
若干気まずそうな表情を浮かべる。
「……えっと、大野はまだ中に?」
「ええ、『影檻』の中で気絶中です」
意識を取り戻そうとするたびにアカが締め付けて落としてるからね。……たぶん、大丈夫だと思う。
竜の衝撃ですっかり忘れていたが、本来ここへ来た目的は大野君の説得だ。
西野君は少し迷った表情を浮かべた後、
「……先に市役所への報告を済ませてしまいましょう。これだけの騒ぎです。事情を説明するにも時間がかかるでしょうし……」
まあ、そうなるよな。
大野君には悪いが、まだしばらくは『影』の中で大人しくしてもらうとしよう。
俺たちは再び拠点へと戻るのであった。
――竜の襲来。
その情報は瞬く間に市役所中を駆け巡った。
『安全地帯』の境界線付近で突如起きた謎の大爆発。それによって出来た巨大なクレーターの数々。
それらが全て竜の力によって引き起こされたと知ると誰もが打ちひしがれた。
ティタンの一件がトラウマになっていたのだろう。
自分達に安全な居場所なんてない。
そう考え、先の見えない不安に絶望し、中には自殺未遂を起こす輩まで現れたほどだ。
その混乱を鎮めたのは上杉市長と藤田さんだった。
彼らは打ちひしがれる人々を必死に説得し、奮い立たせた。
俺たちが竜を退けたという事実も大きかったのだろう。
例え強大な力を持ったモンスターでも、自分達は戦える、生き残れる術はあるのだと、上杉市長の言葉を彼らは信じた。
戦わなければ生き残れない。
ティタン、そして竜の相次ぐ襲撃によってそれまで目を背けていた住民たちも覚悟を決めたらしい。
自発的にレベルを上げようとする者たちが増えだしたのだ。
――集団を最も強く団結させるのは敵の存在。
いつだったか、そんな言葉を聞いたことがある。
とはいえ、レベルが一つか二つ上がった程度じゃあの竜相手じゃどうしようもないが、市役所の戦力自体は底上げされるだろう。
彼らは彼らで頑張ればいい。俺たちは俺たちでやる事があるのだから。
(とりあえず、当面の問題は三つか……)
竜、知性持ちのゾンビ、そして大野君。
大野君の件はまあ保留でいいとしても、竜と知性持ちのゾンビの方は早急にどうにかしなければいけない問題だ。
竜のブレスもそうだが、あの知性持ちゾンビは『武器』を持ち、他のモンスターを手なずけ手下にしていた。
どちらも相当な脅威である事には変わりないだろう。
(あ、そういえば『木』と『住民の数』の件もあったな……)
また忘れかけてた。
そうだ。外に生えてるあの馬鹿でかい木々も調べようって話になってたんだ。
人の意識から外れる木。そして西野君が言っていた住民の数が合わないという違和感。
これも調べなきゃいけなかった。
やる事が山積みだな。
とりあえず『質問権』を使って調べてみるか。
(……まあ、どーせ碌な答えは返ってこないんだろうけどさ)
『質問権』の意地の悪さは折り紙つきだ。
どうせ今回も適当にはぐらかされるんだろうなと思いながら、俺は質問権に内容を打ち込んだ。カチャカチャカチャ、ッターンってね。
「さてさて、どんな答えが返ってくるかなと……ん? ずいぶん長いな?」
いつもならすぐに答えが返ってくるのに、今回はやけに遅い。
十秒ほどが経ち、ようやく画面が切り替わる。
そこには俺が打ち込んだ質問に対しての『答え』が表示されていた。
「………え?」
その『答え』に俺は目を疑った。
嘘だろ? なんだこれ?
もう一度同じ質問を打ち込む。
同じ答えが表示された。
それを読んで、
何度も読んで、
繰り返し読んで、
「……うっぷ」
なんだこれ……。
『木』の正体、そして消えた住民たちはどこへ行ったのか?
その『答え』の悪辣さは、俺が吐き気を催すには十分な程だった。
市役所『安全地帯』境界線にて――。
「さて、今回も無事に帰って来れたわね」
「ええ、疲れましたぁー……」
そう話すのはOL風の二人の女性。
カズトの元会社の同僚、清水優奈と二条かもめだ。
彼女達の後ろには数名の若い男女が付き従っている。
竜の襲撃を受け、一日でも早くレベルを上げたいと名乗り出た者たちだ。
竜は今は動く気配はない。
そう連絡があったから、彼らは外への遠征に踏み切った。
レベル1で使えるスキルも僅かだが、それでもゼロと一では雲泥の差がある。
なにより今回のレベル上げで、『アイテムボックス』を取得出来た者が二人も現れたのが大きな収穫だった。
(これで物資の調達が楽になるわ……)
清水はアイテムボックスを取得した二人の方を見る。
一人は職業『運び屋』を、もう一人は職業『火事場泥棒』を選択した。その際に、職業スキルとして『アイテムボックス』を取得することが出来たのである。
(戦闘系の職業が無いって聞いた時は残念だったけど、かえって良かったかも)
二人とも『戦士』や『冒険者』と言った戦闘系の職業が無かったので、サポート系の職業を選ばせたのだが、それがかえっていい結果に繋がった。
……ぶっちゃけ『運び屋』はまだしも、『火事場泥棒』を選ぶと言った時は馬鹿か、コイツと思ったのは内緒だ。
彼らは今後、食料や物資調達の要になるだろう。
周囲を警戒しつつ、他愛ない雑談を繰り返す中、
「――ところで清水チーフ、今日ってこの後の予定って何かありますか?」
妙にソワソワした感じで二条が訊ねてきた。
「……山の様にあるわよ。レベルアップした彼らのスキルの検証に、市長への報告。レベルを上げたいって人はまだまだいるし、その人たちの面倒も見なきゃいけないわ」
「そ、そうですか……」
あからさまに意気消沈する二条を見て、清水は苦笑する。
「……あれから彼と何も進展が無いからって、別に焦る必要はないと思うわよ?」
「へッ!? いや、私は別にカズト先輩の事なんて一言も――あ」
語るに落ちたと言った感じで二条は顔を真っ赤にして俯いた。
誰がどう見てもその好意は明らかだろう。
(あの事件以来、ますます気持ちが強くなったわねぇ……)
あの事件――それはアルパ・ティタン戦の最中、彼女達の同僚である井上たちが飲み水に毒を仕込み彼女達を麻痺状態にし、秘匿していたスキルを使って彼女達を奴隷にしようとしたあの忌まわしい事件の事だ。
二名の同僚が殺され、彼女達も襲われるギリギリ寸前の状況だったのだが、それを助け出したのがカズトであった。
元々カズトに好意を寄せていた二条だ。
彼女にはさながらカズトが白馬の王子さまに見えた事だろう。
(この子これだけ分かり易いのに、なんで彼、気付かないのかしら……?)
あと一歩の所で引いてしまう二条にも原因はあるだろうが、それにしたってこれだけ好き好きアピールをしている女性の気持ちに気付かないのは男としてどうなのだろうか? 枯れてるのか? 馬鹿なのか?
(それにパーティーメンバーの子とも友達以上恋人未満って感じだし……)
狙撃銃を持った少女――一之瀬奈津とも付き合っているという感じは無い。
お互い気になってはいるが、今一歩を踏み出せていないという感じだ。
ぶっちゃけ見ていて実にもどかしい。
お前ら小学生かよ、と言いたくなる清水であったが、そんな彼女も独身アラサー街道を爆進中である。
「……まあ、とりあえず彼らの報告書だけ作れば後は今日は自由にしていいわよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
ぱぁっと顔をほころばせる二条。
まったくやれやれである。
「でも人数が少ないからって手を抜いちゃ駄目よ?」
「大丈夫です。四人分の報告くらいすぐに終わらせます!」
その言葉を聞き、清水は首をかしげる。
「……ちょっと待って、報告は『五人分』でしょ?」
「え? 何言ってるんですか、チーフ。四人ですよ、ほら?」
二条は自分の後ろに付き従う『四人』の男女を指差す。
数など間違えようもない人数だ。
彼らも『?』と首をかしげている。
(おかしいわね……今朝出た時は五人だったような気がしたけど……?)
気のせいか?
そう言えば誰か用を足すといって、パーティーを外れた者は居なかったか?
いや、戻って来なければ流石に気づくはずだ。
多分気のせいだろう。
「……そう、ね。ごめんなさい。私の勘違いだったわ」
「珍しいですね。清水チーフが間違えるだなんて」
「……」
何か釈然としない思いを抱きながら、彼女達は移動する。
すると二条が何かに気付いたように声を上げた。
「……あ」
「どうしたの、二条さん?」
「チーフ、見て下さい。ほら、あそこ枝の先」
コンクリートを突き破り、家屋を飲み込んでその存在を主張する巨大な木。
二条が指差したのは、その巨大な木の枝の先だ。
そこには今までなかった小さな『変化』があった。
「――花が咲いてますよ」
木には真っ赤な花が咲いていた。
人の血を思わせる様な真っ赤な花が。




