161.竜
竜。
それは誰もが知る、ファンタジーにおける超王道モンスター。
感じる気配、威圧感は今まで出会ったどのモンスターよりも圧倒的だった。
(居るだろうなと思っていたけど、まさかこのタイミングで遭遇するなんてな……)
本当に俺のエンカウント率どうなってんだ?
倒したと思ったらまたすぐ強い敵が現れる。ハイ・オーク、ダーク・ウルフ、巨大ゴーレム、知性持ちゾンビときて次はとうとうドラゴンだ。
まだたった十日だぞ?
ここまでくると運がいい悪い以前に何か意図的なものを感じてしまう。
そう、まるで――、
「クドウさん! 早く安全地帯の中へ!」
「ッ……!」
一之瀬さんの言葉でハッと我に返る。
そうだ、考えるのは後だ。今はこの状況を何とかしないと。
俺は急いで『安全地帯』の中へ戻る。
「全員『安全地帯』の中に入ったか?」
「う、うん」
「全員はいったっす」
西野君の言葉に六花ちゃんと柴田君が頷く。
今この場に居るのは、俺、一之瀬さん、西野君、六花ちゃん、柴田君の五人、それとモモ、アカ、キキの三匹だ。他の学生たちを連れてこなかったのは正解だったかもな。
誰もが緊張した面持ちで空を見上げている。
竜は凄まじい速度でこちらへ接近し――そして『安全地帯』の境界ギリギリでピタリと静止した。
その瞬間、ゴゥッ!と風が吹き荒れる。
「きゃっ」
「一之瀬さん!?」
吹き飛ばされそうになる一之瀬さんの手を握り、そのまま抱き寄せる。
ただの風圧がまるで嵐の様だ。
「ほ、ほぅわっ!? カ、カカカカカズ――クドウさんっ!?」
「大丈夫ですか? じっとしていて下さい」
「は、はひ……」
一之瀬さんはコクコクと頷く。
進化した今でも一之瀬さんのステータスは依然として低いままだ。
擬態したアカを着ているとはいえ、万が一があってはマズイ。
ちょっと嫌かもしれないけど、このまま我慢してくれ。
「ニッシー、大丈夫?」
「あ、ああ、悪い……」
西野君の方は逆に六花ちゃんに荷物を抱えるような姿勢で、左脇に抱えられていた。
……うん、ステータスの関係じゃそうなると思うけど、普通逆じゃね?
あと西野君、その位置だとおっぱい当たってるよね? くそう、羨ましい。あと柴田君は普通に堪えてた。
って、そんなこと考えてる場合じゃないよな。
直ぐに視線を目の前の竜へ戻す。
「グルル……?」
竜はじっとこちらを見つめ、そして不思議そうな表情を浮かべている。
いや、表情は変わらないんだけど、なんとなくそんな風に感じた。
(モンスターはここから先には入れない……それを感じ取ったのか?)
モモたちのように誰かのパーティーメンバーに入っていなければ、『安全地帯』の中に入る事は出来ない。そのルールは、例え竜であっても例外ではないらしい。
「ガゥ……」
竜は空中で静止したまま俺たちを――いや、俺たちが居る『空間』を見つめていた。
じっとりと背中から嫌な汗が流れる。
なんて威圧感だ。見られているだけでHPが削られそうだ。
「……ガゥ……」
見つめ合う事数秒。
ばさりと翼をはためかせ、竜は身を翻した。
(去ってくれるのか……?)
一瞬だけ、そんな甘い考えが脳裏をよぎった。
否、そんなはずなどない。
距離を取った竜は真っ直ぐにこちらを見据え――そして、がぱりと大きな口を開けた。
アレは――マズイッ!
「――『影檻』ッッ!!!」
足元の『影』が広がり、傍にいた六花ちゃんと西野君、柴田君を包み込む。
その直後だった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」
鼓膜を引き裂くほどの、超ド級の咆哮が周囲に響き渡った。
刹那、視界が真っ白に染まり――
「~~~~~~~~~~~~~ッッ!?」
爆音と共に、目の前の地面が破裂した。
立ち昇る火柱と先ほどとは比べ物にならない程の衝撃破。
『安全地帯』はあくまでモンスターやスキルによる攻撃だけを防ぐ結界だ。
そこから生じる二次災害までは防いでくれない。
結界を通過して波及する衝撃波にバランスを保つ事など出来るはずもなく、俺と一之瀬さんは芥子粒のように吹き飛ばされた。
「ッ……がはっ……さ、サンキュー、アカ」
「……(ふるふる)」
ゴロゴロと地面を転がり、崩れた建物の壁に叩きつけられてようやく静止する。
咄嗟にアカが体を膨張させ、衝撃を吸収してくれたおかげで怪我は無かった。
「だ、大丈夫ですか、一之瀬さん?」
「はい……なんとか。他の皆は?」
「『影檻』の収容が間に合いました。みんな無事です」
あとコンマ数秒でもスキルの発動が遅れていれば、間に合わなかっただろう。
そう思うとぞっとする。
「熱っ……」
くそ……目がちかちかする。
強烈な閃光によって視界がぼやける。それに熱い。
朦々と立ちこめる土煙の中、徐々に視力を取り戻してゆく俺の視界に目の前の惨状が映し出された。
いや、それはもはや惨状という言葉すら生ぬるかった。
「嘘だろ……?」
そこには――何もなかった。
『安全地帯』の境界線。そこから先の景色が『消えて』いた。
ビルや瓦礫は全て消滅し、地面は大きく抉れ、直径百メートル以上にもなる巨大なクレーターが出来上がっていた。余程の高熱だったのか、クレーターの表面部分はジュワジュワと赤く爛れている。
「…………」
言葉が出ない。
なんだこれは?
たった一発の『咆哮』でこの威力。
規模が違う。桁が違う。その強さの基準があまりに違いすぎる。
『ォォォ……』
「ッ……!」
バッと空を見上げる。
今しがたの破壊を行った主は、はっきりとこちらを見ていた。
その眼光に射竦められた俺の脳裏に声が響く。
≪熟練度が一定に達しました≫
≪熱耐性がLV1から2へ上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪熱耐性がLV2から3へ上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪精神苦痛耐性がLV5から6へ上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪精神苦痛耐性がLV6から7へ上がりました≫
その声を聴いた途端、少し頭に理性が戻ってきた。
というか、何気に熱耐性も上ってやがる。活躍の場が無いから取得した事すら忘れてた。
離さないように一之瀬さんを強く抱きしめる。こうしていればある程度スキルの効果が伝播するからだ。断じて一之瀬さんの体が柔らかいからとか、いい匂いがするとかそんな邪な気持ちは無い。無いったらない。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
二度目の咆哮。
今度は何が起きたのかをはっきりと視認出来た。
竜の口から放たれたのは直径十メートル以上になる巨大な火球だった。
それが『安全地帯』の結界に放たれ、弾かれる。その余波が衝撃と熱風になって内部へと波及したのだ。
グラグラと地面が揺れる。岩が赤く焼き爛れ、火柱が宙を舞う。
この世の地獄ともいえる光景。瞬く間に周囲が破壊の色で塗りつぶされてゆく。
「ッ……! アカ大丈夫か?」
「~~~~ッ(ふるふる)!」
アカは体を膨張させ、その表面だけを『石化』の膜で覆った。
距離が離れていた事もあり、今度は先程よりもダメージは少ない。
(てか、あれだけの威力の攻撃を連射できるのかよ……)
本当にでたらめな存在だ。
だが、向こうは向こうで、この結果がお気に召さなかったらしい。
「ゴァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
苛立つように咆哮を上げ、こちらを睨み付けてくる。
まるで『そこから出て来い』と言っているかのようだ。
(悪いがその気はねぇよ)
『安全地帯』のありがたさ、その重要性を改めて認識させられた。
この結界が無かったら、今頃俺たちなどあっという間に消し飛んでいただろう。
(……とはいえ、どうする?)
このまま奴が飽きて居なくなるのを待つか?
あのブレスだって流石に無尽蔵に撃てるって事は無いだろう。
このまま攻撃が通らないと理解すれば、アイツは飽きてどこかへ居なくなってくれるんじゃないか?
いや、そんな楽観的な考えは捨てろ。
例え攻撃が通らなくとも、アイツが俺たちを見逃す保証はどこにもない。
今は大丈夫でも、どこか『外』で待ち構えられたらどうするっていうんだ。
覚悟を決めろ。今ここで、あの竜と戦う覚悟を。
とはいえ、この状況下で取れる選択肢は少ない。
「クドウさん……?」
吐息がかかるほどの至近距離から、一之瀬さんがこちらを見上げてくる。
その体は震えていた。
ああ、本当に嫌になる。
「……一之瀬さん、あの『化け物ライフル』で竜を撃ち抜く事は出来ますか?」
「――!」
『安全地帯』の中からあの竜へ届く攻撃手段となると限られている。
あれだけ離れた距離にいる敵に攻撃できるのは一之瀬さんしかいない。
本当に嫌になる。
死なせたくない、守りたいって思う少女に頼らなきゃいけないなんて。
情けない自分が本当に嫌になる。
一之瀬さんは一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、すぐに意識を切り替えたらしい。
しばし黙考し、口を開く。
「……おそらく、厳しいと思います。狙うとすれば、鱗に覆われていない目や腹、あとは口の中でしょうか。でもあれだけ素早い敵に正確に当てるのは今の私じゃ無理、です……」
「なるほど……」
青色に輝く竜の鱗。
竜の鱗が硬いってのはお約束だよな。
『索敵』や『観察』を通して見ても、アレはかなりの堅さだろう。
空中を超高速で移動する上に、耐久もゴーレム以上とか、ホント存在自体がふざけてるとしか思えない。
でもやるしかない。
「……動きさえ止めてしまえば、狙えるんですね?」
「え?」
ならその役目は俺が引き受けよう。
飛んでる奴を相手にするなんて初めてだけど、そうも言ってられない。
試せるもんは何でも試してみるさ。
「キキ」
「きゅー?」
俺が呼ぶとキキが『影』からにゅっと顔を出す。
「さっきのブレス、お前のスキルで『反射』出来るか?」
「……きゅー」
少し考える素振りをした後、キキは首を横に振る。
そうか、無理か。
流石にキキの『反射』とて万能ではないようだ。
「きゅー……」
キキは申し訳ないと思ったのか、耳をしょぼんとさせて小さく鳴いた。
大丈夫、気にすんなと俺はキキの頭を優しく撫でる。
キキの『反射』が使えなくとも、他にも方法はある。
古典的な方法だが、これでいくか。
「俺が『分身の術』でヤツの注意を引きつけます。その隙をついて一之瀬さんが攻撃して下さい」
「……分かりました。やってみます」
幸い周囲は瓦礫だらけだ。
隠れて狙撃するには事欠かない。
「……モモ」
「……わんっ」
『影』の中に潜むモモに合図を送る。
俺たちは影に沈み、そして少し離れた場所にある、事前に仕込んでおいたアカの『座標』へ移動した。
馬鹿でかいクレーターがいくつもあるから、『外』に出るには大分回り道をしなきゃいけないからな。
それじゃあ作戦開始だ。
「……ゥゥゥ」
土煙で俺たちの姿は見えない筈だが、ヤツの視線は明らかに俺たちを捉えている。
「――『分身の術』」
まずは十体の分身を生み出し、特攻させる。
「――!」
竜は突然、数を増やして現れた『俺』に一瞬驚いたようだが、すぐに嬉しそうに咆哮を上げた。
ようやく『外』に出てきたと思ったのだろう。
口を開け、ブレスを放つ。
その瞬間、分身たちは一斉に手に持っていた『ソレ』を周囲に投げた。
響く爆音。
十体居た分身は、一瞬で消し飛んだ。
分身体の身体能力は、本体の俺とほぼ同等。アカの防御の有無があるとはいえ、直接喰らえばああなると思うとホントぞっとするな。
「ガルウウオオオオオオオオオオオオッ!」
ようやく獲物を仕留められたと思ったのか、竜は歓喜の咆哮を上げている。
でも残念、それは分身体だ。
「――『分身の術』」
再び、俺は『分身の術』を発動させる。
そして今度は、その分身をヤツの『背後』から特攻させた。
「おーい、こっちだ!」
「ッ!?」
はるか上空に居ても、その声は届いたのだろう。
竜は首を動かし、己の背後へ視線を向けた。
「ガァ……?」
何故生きてる? そんな表情。
再び現れた俺に、竜の瞳には困惑の色が浮かぶ。
だが、そこで終わらない。
「――どうした俺はこっちだぞ?」
「!?」
更に別の場所から現れる『俺』。
「どうしたこっちだぞ?」
「ほら、こっちだこっち」
「俺はここだ」
「いや、こっちだ」
「ほら、ここ、ここ」
「よそ見をしていていいのか?」
「まだここにも居るぞ」
「らんらんるー」
更に次々と別の場所から姿を見せる『俺』。
「ガ……ガァ……?」
訳が分からないといった声を上げる竜。
さっき投げたのは、石化したアカの分身体だ。
消滅しない限りそれはモモの『影渡り』の『座標』になる。
そこへ向けて分身を送り出したに過ぎない――が、竜にはそんな事分からないだろう。
混乱した様子で、無数の俺を見回している。
「ほら、こっちだ!」
「へいへーい、竜ビビってる!」
「遠くからちまちま撃ってないで、かかってこいよ!」
「ばーか、ばーか!」
「らんらんるー!」
俺は分身体に出来る限り大声を上げさせながら、ヤツの周囲を走り回らせる。
こちらからの攻撃手段がない以上、こうしてヤツの注意を引きつけるのが俺の役目だ。
自分で言っておいて安っぽい挑発だなぁとは思うが効果はあったらしい。
竜は怒りに身を震わせている。
「ガルル……ガアアアアアアアアアアアアッ!」
大きく口を開け、周囲へ向けてブレスを放った。
ズドドドドドドッ!!と更にいくつも火柱が上がり、大爆発が起こる。
――その瞬間を、待っていた。
攻撃を行っている最中ならば、奴の動きは確実に止まる。
「一之瀬さん! 今です!」
「――はいっ!」
狙いを定め、一之瀬さんは引き金を引く。『影』から取り出したその銃は、スキルによって創られた二メートルを優に超える化け物ライフル。通称、一之瀬スペシャルver2.0。
対ゴーレム戦で猛威を振るったその弾丸が竜へ向けて放たれた。
狙いはヤツの目。
放たれた銃弾は、吸いこまれるように竜の右眼に直撃した。




