160.強襲
世界がこうなって初めて目にした大樹。
考えてみれば、あれも異様な存在だ。
そこかしこに生えてその存在を主張しているのに、誰もその存在を気にしない。まるで最初からそこに在ったかのように。
モンスターが現れた非日常の中に溶け込んでいる『日常的な異物』とでも言えばいいのだろうか。
(そう言えば、以前あの木に意識を向けたときはかなりヤバい感じがしたっけ……?)
今この瞬間までそれすらも忘れていた。
いや、もしかしたらあの木にそういう風に思うよう仕向けられていたのかもしれない。
一之瀬さんの『認識阻害』のような、対象から意識を逸らさせるスキル。それをあの大樹も持っているのだとしたら辻褄は合う。
(でもその疑問や違和感が今になって再燃した理由はなんだ……?)
考えられるとしたら、やはり『進化』した影響だろうか……?
今まで気付けなかったことに気付ける。
『新人』の説明にあった『可能性が広がる』というのはこういう事なのか?
(もしそうだとしたら、一之瀬さんも同じ考えに至ってるはず)
俺は一之瀬さんに目を向ける。
ほぼ同時に、彼女も俺の方を見た。
視線が合った。
「ッ……」
逸らされた。
あの……慣れたとはいえ、ちょっと傷つくんですけど。
「あ、いや、その……すいません」
「いえ、良いですよ。慣れましたから」
一之瀬さんはちょっと赤く染まった顔を逸らしながら、
「その……あの木って確か前にも調べようとしたことありましたよね?」
「ええ、ですが結局俺たちは調べようとしませんでした」
意識が木から離れた途端に、俺たちは関心を失った。
思い返しても相当不自然な行動だ。
でもこうしてきちんと『意識』を向けられる今ならあの木々を調べられるかもしれない。
「おい、ちょっと待てよ」
「ん?」
口を挟んできたのは柴田君だ。
「今は町の人達がなんで少ねーのかって話をしてんだろーが。あんな木、別に関係ねーだろ」
「それは……」
「いや、ちょっと待て柴田」
言葉に詰まる俺の代わりに口を開いたのは西野君だ。
「お前、今どうしてそれが『関係ない』って思ったんだ?」
「え……?」
西野君に問われ、考え込む柴田君。
「いや、だって木ですよ? 人が減ったのと何の関係があるんっすか?」
「そう思った根拠は何だ? どうしてその二つが無関係だって言い切れる? 具体的に何か考えがあって否定したのか?」
「それは……その、ないっすけど……」
ただ何となく口を挟んだだけだったのだろう。
柴田君の声は自信なさ気にどんどん小さくなっていった。
「そうだな。根拠なんてないし、関係ない。……俺もそう思った」
その言葉は予想外だったのだろう。
柴田君は意外そうな顔をする。
「え? いや、それなら――」
「だからこそ、無関係じゃないかもしれない」
「え?」
西野君は顎に手を当て少し考え込んだ後、俺たちを見回した。
「みんな、今クドウさんの話を聞いて、関係のない、興味のない話だと思った者は素直に手を上げてくれ」
その言葉に、部屋にいる大半の者――俺と一之瀬さん以外の全員が手を上げる。
六花ちゃんも少し迷っているようだったが手を上げた。
「ほら、やっぱ皆そう思ってるじゃないっすか?」
「ああ、そうだな……」
西野君は俺の方を見る。
「クドウさん、アナタが言いたかったのはこういう事ですか?」
「……!」
鋭い。流石、西野君だ。
「成程……確かにこれ『も』不自然だ。共通点もありますね」
「ええ、そうでしょう」
「……? どういうことっすか?」
柴田君を始め、他の学生たちもよく分かっていないようだ。
「順を追って説明する。そもそも俺が住民の数に疑問を持ったきっかけはこれだ」
そう言って西野君は懐から一冊の手帳を取り出した。
サラリーマンがスケジュールとかメモするのによく使うヤツだ。
社会人ならともかく、学生で持ってる奴って珍しいな。
「……世界がこうなってから、なるべく日記をつけるようにしてたんだ。その日何があったか忘れないようにな。市役所へ来てからは、住民の数やスキル持ちの情報は特に詳しく書くようにしていた。……ここを見てくれ」
手帳には細かい字でびっしりと様々な情報が書かれていた。
字ってその人の性格が現れるっていうけど、西野君字上手いね。俺なんて清水チーフにペン習字の通販習えって言われるくらいに下手なのに。
彼の指差したページに書かれていたのは、昨日の市役所の住民数だ。
「えっと住民数……152人? 昨日の時点で? へー結構増えたんだねー」
「……あのなぁ六花、流石にこのくらいは覚えておけよ」
「えへへ、そこは、ほらニッシーとか他の人が覚えてればいいかなーって」
「……お前なぁ」
軽くため息をついた後、西野君は話を続ける。
「そう、昨日の時点で住民は152人居た。でも今日の話し合いでは、市長は『149』人だと言ったんだ」
「……? 三人も少なくなってたの?」
「ああ、それで俺は市長に質問したんだ。『誰がここを出て行ったのか?』って。そしたら、市長は何て答えたと思う?」
「……?」
「――『誰も出て行っていない。人数は昨日と変わらない』って言ったんだ」
「……え?」
「市長だけじゃない。藤田さんも清水さんもみんながそう言った。最初は俺が間違ったのかと思ったよ」
西野君は続ける。
「でも、どうにも違和感がぬぐえなかった。だからメールリストや手書きの名簿を何度も見直したよ。そうしたらやっぱり住民の数は、俺の手帳に書いてあった通りの人数だった」
「それって……つまり――」
「ああ、人が居なくなったことに誰も気付いていなかったんだ。そして消えたのが誰なのかも覚えていない。メールのリストからは消えていたが、俺の手書きの名簿には消えた人物の名前が書かれていたよ。スキルを持ってない一般人だった。おそらく消えると言っても、人々の意識や記憶、スキルの中だけから消えるんだろう」
その言葉に、誰もが愕然とした。
「それに気づいた時、俺は背筋が凍ったよ。なにせ人が消えても、それに誰も気付かないんだから。なんで消えたのか? なんで誰も疑問に思わないのか? その原因を考えて、これまでの行動や出来事を一つ一つ思い出していった。その途中で、この町の住民の数、それ自体が以前に比べ少なすぎる事に気付いたんだ」
つまり市役所の住民が少なくなっている原因を探る過程で、この町全体の人口の不自然さにも気付いたって事か。
逆からなら絶対に無理だろうな。
(というか、俺も気付かなかった)
これでは六花ちゃんを笑う事は出来ない。
几帳面で慎重な性格の西野君だからこそ気付けたって事か。
「いや、でもそんな……そんな事って……」
六花ちゃんは自分の腕を抱きながら震える。
誰もが西野君の言葉に青ざめていた。
当然だろう。今居るメンバーもいつの間にか誰かが消えていて、それに誰も気付いていないのなら……そんな恐ろしい事はない。
「ああ、そうだ。誰も気付かない、違和感を覚えない。実際俺もすぐにどうでもいいと思ったよ。……手帳に自分の考えをメモしておかなければな」
西野君がページをめくると、そこには住民の数に対しての疑問や自分なりの考察がいくつも書きつづられていた。まるで必死に忘れまいとでもするように。
「何度も何度も手帳を見直して、それでようやく『おかしい』と感じられるようになったんだ。お前らがそう思っても無理ないよ」
「そう……なのかな? あれ、でもあの人もそれに気づいたんだよね? 生徒会長さんも」
「ああ。多分、俺と同じように日記をつけてたんだろ。それに藤田さんたちと話し合う時に、アイツはいつも書記を務めていた。そのおかげでこの疑問に気づいたんだろう」
「へぇー……」
書き残した情報なら残るって事は、藤田さんや清水チーフも気付ける可能性はあるって事か。
話し合いが終わったら、その辺は市役所の人達にも伝える必要があるな。
「で、話を戻すぞ。住民の数に対する違和感、そしてあの木々に対する違和感――この二つにはどちらも『人の意識から外れる』って部分で共通している。もしかしたら何かしらの関係性があるのかもしれない。調べてみる価値はある」
西野君が俺の方を見る。
こくりと、俺は頷く。
「この後すぐにでも『質問権』を使って調べてみますよ」
「ありがとうございます。では、一旦外に出て大野を解放したら、クドウさんはすぐにそちらを調べて貰えますか?」
「ええ。そちらは任せて大丈夫ですか?」
「いざとなれば六花や他の奴も居ますし、上手くやりますよ。それに色々聞きたいこともあるので……。話してもらえるよう努力します」
拳を握り、西野君は力強くうなずく。
モンスターになった大野君の事を彼はどう考えているのだろか?
それにしても住民の消失、人口、そして木々か。
また調べることが増えてきたな。
(そしてたぶん……西野君の予測は当たってる)
人が減った事、そして木――この二つは無関係じゃないと俺のスキルも告げていた。
話し合いは一旦そこで打ち切り、俺たちは外へと向かうのだった。
一方、市役所応接室にて――。
「化け物ねぇ……」
藤田は十和田の言葉をオウム返しに呟いた。
「ああ、そうだ……」
青ざめた表情で自衛隊の隊長――十和田は頷く。
「ソイツは突然現れた。……そして俺たちの駐屯地を壊滅させた」
「……穏やかじゃねぇな。その化物ってのは、あのゴーレムや女王蟻以上のモンスターって事か?」
藤田の問いに、十和田は無言で頷く。
「おいおい、ちょっと待てよ。確かこの時期は大規模な軍事演習があっただろう。戦車もミサイルも、戦闘機だってしこたまあった筈だ。それでもダメだったって言うのか?」
「……ああ」
「じょ、冗談だろ……?」
「……」
十和田は答えない。
だが冗談を言っている様には到底見えなかった。
ありえない、と藤田は心の中で呟く。
軍用ヘリやミサイルが通じない相手など、それはすなわち現代技術の敗北に他ならない。
とてもではないが、信じたくない話だった。
「……そいつは一体どんなモンスターなんだ?」
「ああ、それは――」
『安全地帯』ギリギリの境界線へやってきた。
この辺りでいいだろう。
「それじゃあ大野君を出しますね」
「ええ、お願いします」
なんか出しますねって言うと、道具みたいな扱いで失言だろうかと思ったが、西野君は気にしていないようだ。
というわけで、足元の『影』を広げる。
すると大野君よりも先にモモとキキが『影』の中から姿を現した。
「わんっ!」
「きゅ、きゅー! きゅー!」
「ん? どうしたんだ?」
二匹とも随分と慌てた様子だ。
一体どうしたのか?
「……(ふるふる)!」
すると服に擬態したアカも激しく震えだした。
「わんっ、わんわんっ!」
「ど、どうしたんだよ、モモ? そんなに慌てて?」
モモは必死に俺の裾を引っ張りながら、ある方向を向いている。
あっちは……隣町の方角か?
「わんっ! わんわんっ! がるるるるる!」
モモは隣町の方角を見ながら、威嚇を繰り返す。
キキも「しゃー!」と威嚇を繰り返しながら、俺の肩に乗っかってきた。
「一体何だって――ッ!?」
モモたちの向いている方へ視線を向ける。
その瞬間、感知スキルが警鐘を鳴らした。
(な、なんだ……このとんでもない威圧感は?)
視線の先にモンスターは居ない。
壊れた街並み、その向こうには自然や田園風景が広がっている。
ただそれだけだ。
なのに――
「な、なんですか……これ……」
一之瀬さんは震えていた。
彼女だけじゃない。西野君も、六花ちゃんも、柴田君も、誰もが冷や汗を流し震えていた。
感知スキルを持っていない者でも感じ取れる程の圧倒的な存在感。
(なんだ……? 何が居る?)
背中にべっとりと汗が張り付き、心臓が早鐘を打つ。
「く、クドウさん……」
一之瀬さんが俺の袖を掴んでくる。
反射的に俺は彼女の手を握り返した。
「みんな! 『安全地帯』の中へ戻るんだ! 早く!」
西野君の叫びに皆がハッとなる。
一歩引き返せばすぐ『安全地帯』に入れるのに、その距離がやたらと遠く感じた。
誰もが我先へと駆け出し、『安全地帯』の中へ引き返す。
俺も一之瀬さんを連れて動き出そうとした――その瞬間だった。
(――来るっ!)
ぐるんと、首だけが動き、その方角を見据えた。
遥か上空。
そこに黒い点が見えた。
(アレは――)
空に浮かぶ黒い点。
それは次第に形を変え、こちらへ迫っていた。
目が釘付けになると言うのは、こういう事を言うのだろう。
次第に、その正体が明らかになる。
それはトカゲのような爬虫類を思わせる巨大な体躯をしていた。
その体表には光を反射させ藍色に輝く美しい鱗が生えていた。
そして――背中には雲を切り裂き、空を駆けるための一対の翼があった。
(嘘だろ……)
一目見れば誰もがその単語を思い浮かべるだろう。
それはファンタジーにおける超王道モンスター。
空の支配者にして、モンスターの頂点。
「……竜」
咆哮が大気を震わせ、伝説の存在が俺たちの前にその姿を見せた。




