159.違和感の正体
西野君から『メール』があった。
どうやら問題は無事に片付いたらしい。
何があったのかは合流してから詳しく説明するとの事だ。
混乱させてしまい申し訳ないとメールで謝罪してきた。
(……なんか妙だな)
違和感、というか西野君らしくないメールだ。
合理的な彼なら直接話すよりも、まず何があったかをメールで説明しそうなものだけど。
……気にし過ぎだろうか?
(『安全地帯』の中でのトラブル……考えられるとしたら、あの生徒会長か?)
でも彼女が洗脳スキルを持っているのは西野君なら知っているし、『魅了耐性』も既に取得していると聞いた。
それにもし西野君を再び洗脳出来たとしても、すぐに仲間の誰かが異変に気付くだろう。
そうなればここでの立場が危うくなるのは彼女の方だ。
あの蛇のような狡猾さを持つ彼女がそんな短絡的な手段に出るだろうか?
それとも何か別のトラブル?
「なんからしくないメールですね」
「やっぱり一之瀬さんもそう思いますか?」
メールの鬼一之瀬さんも違和感を覚えたらしい。
顎に手を当てて首をかしげている。
「……ともかく彼がこう言っている以上、合流してから事情を聞きましょう」
「うーん、そうですね……」
それに直接会って話したいのはこちらとしても同じだしな。
別個体のゴーレムが居た事、それを操る謎の男の事、そして――大野君の事、話したいことは山ほどある。
(でもどう説明するべきかな……)
ともかく西野君と合流するか。
俺と一之瀬さんは『安全地帯』の中に在る拠点へ向かった。
「……それは本当ですか?」
事情を聞いた西野君の第一声がこれである。
信じられないと言った表情を浮かべ「なんてことだ……」と手で顔を覆っている。
「信じたくないけど、本当の事だよ、ニッシー」
床に体育座りして体を丸めた六花ちゃんが悲しそうに肯定する。
柴田君を始め、他のメンバーも同じような表情だ。
ちなみに『影檻』に強制収容していた西野君の仲間たちは解放済みだ。
事前説明もなしにいきなり影に閉じ込めたから色々言われたが、事情を聞いて納得してくれた。
「……それで大野は今どこに?」
「俺の『影』の中です。暴れられたり喚かれれば、他の人達にバレる可能性があったので」
大野君だけはまだ『影檻』に強制収容したままだ。
気を失ったままだし、運ぶにはそちらの方が都合よかったからな。
「出してもらえますか?」
「……ここでは難しいと思います」
「どうして?」
「もし彼が本当に『モンスター』になってしまったのなら、『影』から出した瞬間、『安全地帯』の外に弾き出される可能性があります」
「あ……」
そう言われて西野君も思い出したのだろう。
――『安全地帯』の中に入ったモンスターは弾き出される。
これは以前、西野君から聞いた話だ。
それを失念していたとは、やはり彼も相当動揺しているようだ。
「それじゃあ、大野んはずっとおにーさんの『影』に入れたままなの?」
「いえ……アカやキキのように人間のパーティーメンバーになっているモンスターなら『安全地帯』の中にも入る事が出来ます。ずっとこのままにしておくわけにはいかないので、目が覚め次第、大野君を誰かのパーティーに入れるしかないでしょうね」
『安全地帯』の中にモンスターが入る方法は一つだけだ。
誰かのパーティーメンバーに入る事。
『影檻』の様なスキルを使えば例外的に中に入る事は出来るが、あくまでスキルを使用している間だけだ。
自由に出入りする為には、やはり誰かのパーティーに加入させる必要がある。
「というか、大野君は元々誰かのパーティーに入っていたんじゃないんですか?」
「……大野が入っていたパーティーは彼以外全滅しています。だから俺たちも足取りがつかめなかったんですよ」
「なるほど……」
それはもしかしていつぞやのコンビニで、大野君と共に行動していた不良たちだろうか?
たしかあの時、彼らはレッサー・ウルフ二匹に襲われて、大野君は彼らを見捨てて逃げ出した。窮地に陥った彼らは一之瀬さんの狙撃によって助かり、そのままどこかへ逃げて行った。
……結局、あの後またどこかでモンスターに襲われ彼らは死んでしまったのだろう。
せっかく拾った命なのに残念な事だ。
「クドウさん、お手数ですが俺達と一緒にもう一度外へ出て貰えますか? 俺たちが大野を説得してみせます」
「……大丈夫ですか?」
「やってみせます、必ず」
決意に満ちた返事だった。
責任を感じる必要はないと思うけど、やっぱり仲間想いだな。
「分かりました。彼の説得は任せます」
西野君なら上手く説得してくれるだろう。
立ち上がろうとしたその時、六花ちゃんが声を上げた。
「あ、そーいえば、ニッシー。緊急メール来てたけど、何があったん?」
その問いに西野君はどこかバツの悪そうな顔をした。
「……生徒会長が来たんだ」
「げっ、マジで?」
六花ちゃんはあからさまに嫌そうな顔をする。
どうやら六花ちゃんも、あの生徒会長さんは苦手の様だ。
「大丈夫だったの? なにか変な事されなかった? ニッシー、ちゃんとニッシーのまま?」
「ちょ、り、六花止めろって。そんなにべたべた触らなくても大丈夫だよ」
「ホント? ホントに大丈夫だよね?」
詰め寄る六花ちゃん。
慌てる西野君。
「あ、ああ問題ない。だからそんなくっ付くな。……その、胸が当たって」
「ん?」
「ああ、もうっ。いいから離れろ! 大丈夫だから!」
「むー、なにさー、人がせっかく心配してるのに! ニッシー酷いっ」
ぷんすかという表現がぴったりな怒り方だ。
対する西野君は顔が赤い。
うーん、なんというか、見ていて甘酸っぱい感じだよな、この二人。
……なんで付き合ってないんだろ?
「クドウさん、リア充です。リア充が居ますよ。撃っていいですか?」
そしてリア充オーラを察した一之瀬さんが黒いオーラを放っている。
「駄目です。ていうか、親友撃っちゃ駄目でしょ」
「それとこれとは話は別です。あの甘酸っぱい感じの空気、私耐えられません。吐き気がします」
一之瀬さんはぺっと唾を吐き捨てた。
駄目だこのコミュ症、早く何とかしないと。
「えーっと、それでどうして生徒会長さんが来たんですか?」
すっかり話が脱線しそうだったので元に戻そう。
西野君もこれ幸いとばかりに、こちらに視線を向けた。
「ああ、えっと、なにやら気になる事があって、俺を訪ねてきたみたいです」
「気になる事?」
「ええ、これです」
そう言って西野君が懐から取り出したのは『広報平外市』と情報誌。
ああ、なんか会社で見たことあるヤツだ。
応接室とかに新聞や雑誌と一緒に置かれてたけど、一度も読んだ事なかったな。
俺、この町の事なんか全然興味なかったし。
「これがどーかしたの?」
六花ちゃんも首を傾げながら、ずいっと西野君の持つ情報誌を覗き込む。
ちらりと見える谷間。ちょっと一歩引いて、顔を逸らして西野君は答える。頬が朱い。ウブだね。
「えっと、これ自体は別に問題じゃないんだ。気になったのは、この人口の部分で――」
西野君は掻い摘んで説明してくれた。
情報誌に記された人口数に比べて、今のこの町の人の数は余りに少ないのではないかと。
そして自分の感じた違和感を、あの生徒会長さんも感じており、その事を訊ねに来たと。
「……本当にそれだけですか?」
「……ええ、そうです」
頷く西野君。
どこか含みのある感じだが、洗脳されてる様子はない。
まあ、いいか。
「人口……確かに言われてみれば、そうかもしれませんね」
言われてみれば確かに今の世界は人が少なすぎるような気がする。
モンスターに襲われた死体は今まで一杯見てきたが、それだってこの町の総数に比べれば微々たるものだ。
籠城したり、どこかに隠れてる人も大勢いるだろうが、それにしたって確かに数が少ない。
(どうしてこんな大きな違和感に今まで気付けなかったんだ?)
その事に誰も疑問を抱かない。
俺だって西野君に言われるまで気にも留めてなかった。
「……ん? 気にも留めてない……?」
「どうしたんですか、クドウさん?」
「いえ、なにか忘れてるような……」
なんだっけ?
違和感……そうだ、以前もこんな風に『何か』に違和感を覚えていた気がする……。
なんだっけ? 思い出せない。
(思い出せないって事は大したことじゃないのか?)
いや、違う……そう思わされてる?
なんだ? 何を忘れて――、
「……あっ」
必死に記憶を辿り、俺はハッとなる。
そう言えば、なんで俺は『あの事』を今まで忘れていたんだろう?
皆の視線が俺に向けられる。
「どうしたんです、クドウさん? 何か気付いた事でも?」
「いや、そんな大したことじゃ無いのですが……」
いや、そんな筈ない。
なんでこの期に及んでもそう考えさせられてるなんて、明らかに『異常』だ。
だからはっきりと自信を持って口にしないと。
「――『木』……」
「き?」
「外に生えてる巨大な樹木です。そう言えば、アレもおかしな点がいくつもあるんですよ」
俺の言葉に皆が首をかしげる。
そうだ。この世界で初めて目にした巨大な樹木。
明らかな異物なのに、違和感を覚えず受け入れてしまった存在。
何で俺は今までその存在を忘れてしまっていたのだろう。




