157.始まりは偶然、されど出会いは必然
土煙が収まる。
先程まで俺たちが居た民家は跡形もなく潰れ、瓦礫の山と化している。
その上に悠然と佇むのは巨大なゴーレム。
かつて市役所を蹂躙し、都心部を壊滅させ、俺たちを絶望の淵に叩き込んだ破壊の象徴。
あれよりもサイズは小さく、気配も弱いが、それでもその別個体が居ただけでもあり得ない程の衝撃であった。
――だというのに俺の視線は『ソイツ』ではなく、その傍にいる一人の男に注がれている。
(……アイツは何者だ?)
見た目はどこにでも居る『普通の青年』だ。
街角ですれ違えば顔の印象すら残らないほどのあまりにも平凡な容姿。
でも『索敵』で感じる気配は紛れもなくモンスターのソレだ。それもハイ・オークやダーク・ウルフと比べても遜色ないほど強大な気配。
本能とスキルが、コイツは『危険』だと訴えている。
今まで出会ったどんなモンスターよりもヤバい存在だと警鐘を鳴らしている。
(それにアイツは今、俺の事を『早熟の保有者』と言った……)
どうやって知った? まさか、コイツ『あのスキル』を持っているのか?
ごくり、と唾を飲み込む。
背中にべっとりと嫌な汗が張り付き、自然と呼吸が早くなってゆく。
≪メールを受信しました≫
不意に、頭の中に響くアナウンス。誰だ、こんな時に。
『影檻』に入ってる一之瀬さんや六花ちゃんではないだろうから、多分西野君辺りか?
悪いが、後で確認するとしよう。
今は一瞬たりとも、コイツから目を離すわけにはいかない。
「……やれやれ、随分警戒されているみたいだな」
ゴーレムの肩に乗ったその青年は大仰に肩をすくめ、ため息をつく。
警戒するなっていう方が無理な話だろうが。
「私は別に戦いに来たわけじゃないんだけどね。話を聞いてもらえないだろうか?」
「……信用できるわけないだろ」
最初に奇襲で家を潰したのはどこの誰だよ。
よくまあそんな言葉が言えたもんだ。
「本当さ。これは挨拶みたいなものだよ。どうせ君なら躱せるだろうと思ったし、それに――おっと」
頭上に出現した消波ブロックを、ソイツは楽々と片手で受け止めた。
ちっ、駄目か。
「……不意打ちのつもりかな?」
「挨拶だよ」
「成程」
じっと見つめてくるソイツに対し、俺は再びスキルを発動させる。
「おっ?」
「ゴァ……?」
更に空中に浮かぶ無数の消波ブロック。
その男とゴーレムがそれらに視線を奪われた瞬間、今度はゴーレムの足元の瓦礫を『収納』する。
「ゴァァアア!?」
ぐらりと体勢を崩し、前のめりに倒れるゴーレム。
足場崩しと質量兵器によるコンボ。
今まで俺たちが数多くのモンスターを葬ってきた鉄板戦法の強化版だ。
「いいね」
だがソイツは嗤っていた。
笑みを崩さず、手に持ったままの消波ブロックを思いっきり頭上へ投げた。とんでもないスピードで放たれた消波ブロックは弾幕の一部を相殺させる。
(マジかよ・・・・・・)
それはかつてハイ・オークが重機を片手で防ぎ軽々と投げた光景を彷彿させた。
見た目は普通の人間だが、その膂力は人を遥かに超えているようだ。
ゴーレムが転倒し、消波ブロックの雨が降り注ぎ、周囲の建物が次々破壊されてゆく中、ソイツはバランスを崩すことなく地面に着地する。
「いいスキルを持っているね。空間収納……いや、今風に言えば『アイテムボックス』だったっけ? 収納スキルを攻撃に使うなんて面白い使い方をする」
実に興味深そうに、ソイツは俺を見つめてくる。
まるで値踏みするかのような不気味な視線。
それを受けて、俺の頭の中に声が響いた。
≪熟練度が一定に達しました≫
≪鑑定妨害がLV4から5に上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪鑑定妨害がLV5から6に上がりました≫
「ッ――!」
今のアナウンスは……まさかっ。
「……おや?」
不意に、ソイツは怪訝そうな声を上げる。
「ああ、そうか。『鑑定妨害』を持っているのか。どうりで中途半端にしかステータスが見えない筈だ。本当にいいスキルを揃えている」
「今のは……お前、まさか『鑑定』スキルを持ってるのか?」
予想が確信へと変わる。
以前、『質問権』を使って『鑑定』スキルについて調べた事があった。
取得方法は分からなかったが、その効果は判明した。『鑑定』はアイテムやスキルの効果、そして他人のステータスを見る事が出来る。
男は当然だとばかりに頷いた。
「初期獲得可能スキル欄にあったんだ。最初にこのスキルを取得出来たおかげで随分助かったよ。まあ、君のような『アイテムボックス』は無かったけどね」
ずっと俺が探していた『鑑定』スキルの保有者。
それがまさかこんな形で会う事になるとは思わなかった。
「ああ、でも一つだけ、訂正をしておくよ」
ソイツは指を一本立てる。
「君が『早熟の保有者』だと知ったのは『鑑定』スキルの力じゃない」
「なっ――!?」
驚く俺の顔を見て、さも面白いとばかりに嗤う。
「素直な反応だね。君、交渉事に向かないってよく言われない?」
「大きなお世話だ」
社畜時代は清水チーフにもよく小言を言われたが、別にいいじゃないか。
人間、向き不向きがあるんだよ。
「世話も焼きたくなるさ。なにせ『早熟の保有者』だ。親近感も湧くし、話もしたくなる」
「だから、さっきから何の話をしてるんだお前はっ」
ソイツの頭上に消波ブロックを展開し、更に足元から『影』を伸ばす。
だがヤツはまたしても楽々と躱してしまう。
「だって私は『この世界で初めて人を殺した』モンスターだからね」
ぴたりと、動きが止まった。
なんだと……?
「与えられたスキルは『傲慢』。この世界で初めて人を殺したモンスターに与えられるスキルだ。そして『早熟』はこの世界で初めてモンスターを殺した人間に与えられるスキル。ほら、君と同じだろ?」
「…………」
「まあ、ほぼ偶然に近い形だったけどね。たまたま世界がこうなった直後に、近くに人が居て、自我の無い私は本能でソイツを殺してスキルと知性を得た。偶々……うん、そうだね、ただ運が良かったんだ。多分、君もそうだったんじゃないか?」
ソイツの言葉に、驚きつつも心の中で頷いた。
ああ、その通りだ。たまたま仕事の帰り道、俺はシャドウ・ウルフを轢き殺しスキルを得た。
正直言って自分だけが『特別』だとは思っていなかった。
運が良かっただけで、自分と似たようなスキルを持つ者は他にも居るんじゃないかと、そう考えた事も何度もあった。
そして今、それが目の前に現れた。
「だから君には親近感が湧いてるんだ。元々才能があったわけでも、特別な血統だったわけでも、血のにじむような努力を積み上げてきたわけでもない。ただ『運が良かった』だけで力を手にした者同士、仲良くしたいと思うのはおかしい事かな?」
とはいえ、と彼は続ける。
「『力』を手にしたその後の成長については、私や君の努力の結果だ。今までのスキルの使い方や熟練度で確信したよ。この十日間、一体どれだけの修羅場を潜り抜けてきたんだい? 正直、私よりもずっとずっと辛い戦闘を繰り広げてきたんじゃないかな? 称賛に値するよ」
ぱちぱちと、彼は本心からそう思ってるように拍手を送る。
それが無性に神経を逆なでした。
不意に、彼は拍手を止め、遠くを見つめる。
「――だから、遠くから私を狙い撃とうとしてる彼女を止めてくれないか?」
直後、彼の右腕が吹き飛んだ。
少し遅れてパァンッ!と発砲音が響き渡る。
彼はそのまま地面を転がり、倒れたゴーレムの体に当たって止まった。
「はは……凄い威力だな。どうにか直撃を防いだのに右腕が吹き飛ぶとは……これは手痛い挨拶だ。…………知ってた筈なのに油断したな」
肘から先を失った右腕を見て、それでも彼は笑みを消さない。
「私の会話に長々と付き合っていたのはこれが理由かな?」
「……答える義理はねぇよ」
まあ、その通りだ。
俺が長々と会話に付き合ってる間に、『影檻』を出た一之瀬さんに狙撃出来る場所へ移動して貰った。モモの『影渡り』とアカの『座標』を使ってな。万が一に備えて、狙撃出来そうなビルの上にも座標を設置しておいて良かった。
(威力から考えて一之瀬さんが使ったのは『一之瀬スペシャル』か……)
対ティタン戦で猛威を振るった化け物ライフルだ。
キキの『支援魔法』にアカによるサポート、それに一之瀬さん自身の地力も上ったおかげか、アレを使う事にも何とか慣れてきたが、まさかいきなり使うとは……。
それだけコイツがヤバい存在だと、一之瀬さんも見抜いたのだろう。
そしてこの隙を逃がす俺ではない。
(絶対にココで仕留める――)
スキルと本能が言ってる。コイツはここで『逃がしちゃ』いけない相手だと。
今まで出会ったどのネームドモンスターよりも危険な気配がする上、その強さの『底』が見えない。
すぐさま『忍術』を発動させる。
「――『分身の術』」
作り出した十体の分身体をヤツに向けて突貫させる。
それを見て彼はふぅと溜息を吐いた。
「やれやれ……これじゃあこれ以上の会話は無理か。仕方ない――タイランッ!」
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
直後、ヤツの後ろで倒れたままだったゴーレムが動きだした。
(速いっ――)
ティタンの本体と同等――いや、スピードだけならそれ以上?
その巨体に似合わぬスピードでゴーレムはヤツに覆いかぶさり、丸くなった。
「また日を改めて会いに行くよ。その時まで『あの少年』をよろしく頼む」
「逃がすわけないだろ!」
ズガァンッ!と破壊音が鳴り響く。
ゴーレムの体の一部に大穴が空いた。
一之瀬さんによる狙撃だ。
「はは……本当にいい仲間を持っているね」
ソイツは呆れたように呟く。笑みが少しだけ引きつっていた。
空いた穴は瞬く間に修繕してゆくが、それとほぼ同時に俺の分身たちが接近する。
「――アイテムボックスオープン」
分身体の一体の腕に『破城鎚』を装着させる。
修理が間に合ってよかった。
他の分身たちはそれを支えるように密着し――そして『杭』は放たれる。
ズトンッ!! と再び凄まじい衝撃音が響き渡った。
衝撃が周囲に波及し、分身体たちがバラバラに吹き飛ぶ。
以前は出来なかった分身体による『破城鎚』を使った自爆特攻。
ステータスが上がり、忍術の効果も上昇した今だからこそ可能になった反則技だ。
だが――。
「くそっ……」
どうやら一歩遅かった様だ。
ドーム型に丸まったゴーレムの中は空洞になっていた。
おそらくは俺の『土遁の術』の様に地面を伝って逃げたのだろう。
(まあ、いい……『追跡』のマーキングはしておいた)
地中を移動するヤツの気配は伝わってくる。
いつでも動きは把握できるようになったし、動きが分かれば対処もしやすい。
追撃を仕掛ける。そう思った直後だった――、
「ッ……!?」
ぶちんっと何かが切れる感覚があった。
同時に、今しがたまで捕捉出来ていたヤツの気配が消える。
「まさか……マーキングが消された?」
『追跡』によるマーキングは、俺が解除する以外に消す方法はない。
だとすれば、アイツは追跡を防ぐ事が出来るスキルを持っているという事になる。
「なんなんだよ、アイツは……」
ガリガリと頭を掻く。
言葉通りなら、初めて人を殺したモンスター。
『傲慢』というスキルの保有者で、あのゴーレムを手下の様に従える程の実力者。
今まで出会ったどのモンスターよりも異質で危険な存在。
「ようやくティタンを倒したと思った途端にまたこれか……」
もうやだ。なんなんだよ、ホント。
心折設計にも程があるだろ、この世界……。
『精神苦痛耐性』あってもこれだぞ……、ストレスでハゲるかもしれない。
「わんっ」
足元の『影』からモモが現れる。
次いで一之瀬さんとキキも影から出てきた。
「逃げられたみたいですね……」
「ええ」
「一体何だったんですか、あの男性は? 見た目は人でしたけど、中身は全然人に思えませんでしたよ……」
一之瀬さんも同じ感想を抱いていたらしい。
俺は先ほどあの男が話していた事を一之瀬さんにも話した。
「……マジですか?」
「マジです」
どんよりと一之瀬さんの顔が曇る。
「とことんクソゲーですね、この世界」
「その意見にはまったく同意ですね」
はぁーと一之瀬さんは深い溜息をつく。
「スキル『傲慢』ですか……。ゲームや漫画のお約束通りなら七つの大罪の一つですかね?」
「多分、そうだと思います」
『傲慢』、『嫉妬』、『暴食』、『憤怒』、『怠惰』、『色欲』、『強欲』。
ラノベでもお約束のみんな大好き七つの大罪。
ゲームみたいな世界だとは思ったが、そういった『お約束』もきちんとあったらしい。
そしてそのお約束通りなら、『傲慢』は間違いなく強力な効果を持つスキルだろう。
初めて人を殺したモンスターに与えられるスキル、か……。
モンスターに変異した眼鏡君、強力なスキルとゴーレムすら従える程の人の様な見た目のモンスター。それにあの男が最後に言っていた事も気になる。
くそっ、色んな情報が一度に集まって頭がパンクしそうだ……。
(ああ、そう言えば『メール』もきてたっけ?)
さっきは確認する暇が無かったけど、今なら問題ないだろう。
ステータス画面を開き、メールを確認する。
送り主は……やっぱり西野君か。
一体何だろうか?
画面をタップし、中身を確認する。
「………………え?」
「……? どうしたんですか、クドウさん?」
「急いで戻りましょう。どうやら西野君の方でも異常事態があったみたいです」
トラブルって重なる時はホント重なるよね。……もうヤダホント。
俺たちは急いで市役所へと戻るのだった。




