155.化け物はどっち?
「しっかり摑まって下さい!」
俺はバイクを加速させながら『忍術』を発動させる。そしてそのまま『壁』に突っ込んだ。
「ッ!?」
後ろから一之瀬さんの息を吞む気配が伝わってくる。
ぎゅっと胴に腕を回され体が密着し、柔らかい感触が伝わってくる。
コンマ数秒、バイクは壁に接近し――そのまま重力を無視して『壁』を爆走した。
「なっ!?」
驚きの声を上げる一之瀬さん。事前にその効果を話してはいても、聞くのと実際に見るのとでは大違いなのだろう。
忍術――『壁面歩行の術』。その効果は壁や天井の移動。
職業が『忍頭』になったおかげか、はたまた『上級忍術』をLV10まで上げた影響か、既存の忍術もその効果を増している。今の俺は運転しながら壁や天井を走ることが出来るのだ。
(なにこれ、めっちゃ気持ちいい)
バイクで壁を走るって男のロマンだよね。
まあ、気配を殺し、無音で壁を爆走する様はさぞかし不気味に映るだろうけど、『そう認識』するだけでも感知スキルを鍛えた奴でなければ不可能だ。
(……逆に言えば、もし今の俺たちを『認識できる奴』が居れば、ソイツは相当に高い感知スキルを持っているという事だ)
そんな奴がいるとすれば、ソイツは俺たちと同じくらいモンスターを狩り、レベルを上げたということ。『早熟』の様な固有スキルや珍しいスキルを持ってる可能性も高い。
用心はしているが、今のところ『索敵』にそんな反応はない。
このまま最短距離を移動すれば、数秒の内に六花ちゃんらの下へたどり着けるだろう。
≪熟練度が一定に達しました≫
≪スキル騎乗がLV3から4に上がりました≫
うっし、『騎乗』スキルのレベルも上がった。
(――見えた)
視界の端に六花ちゃんの姿が映った。
柴田君や丸太――じゃなかった、丸太を構えた五所川原さんの姿も見える。
彼らが戦っている相手は一体のゾンビだった。
顔はこの角度じゃちょっとよく見えないが、白髪の髪や土気色の肌はどう見てもゾンビのそれだ。モンスターなのは間違いない。
(アイツが『妙な気配』の正体か……?)
ゾンビの上位種だろうか? 確かに今まで出会ったゾンビに比べれば動きも機敏だし強そうだけど、それだけなら今までのモンスターと感じる気配は変わらない筈……。あのゾンビから感じるのは上位種としての強さではなくもっと別の異質な気配だ。
(でもあのゾンビ……どこかで見たことがある様な……?)
気のせいだろうか?
いや、とにかく今は六花ちゃん達を助けるのが先決だ。
『妙な気配』はするが、強さそのものはそれ程でもない。
アイテムボックスの攻撃で十分倒せる。
潰す。そう思った――次の瞬間、ゾンビの顔が見えた。
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
ハッキリと見えたその顔は眼鏡をかけた気弱そうな少年のそれだった。
困惑、焦り、見られたくないものを見られてしまったような、ゾンビにはあり得ない人間味あふれる表情。
「……眼鏡君?」
いや、でもそんな馬鹿な……。
とっさに俺はアイテムボックスの解放をキャンセルする。
そのまま急ブレーキをかけ、バイクを急停止させ、戦場のど真ん中に躍り出た。
『潜伏系』のスキルをオフにしたことで、音が周囲に響き、バイクと俺たちの姿が認識できるようになる。
「な、なんだッ!? このバイク急に、どこから?」
「だ、誰だ?」
「あ? まさかテメーら……?」
「もしかしてナッつん? それにおにーさん?」
突然の登場に驚く中、流石というべきか六花ちゃんは俺たちの正体に気付いたらしい。
一方でゾンビの少年は俺たちの登場に驚きの表情を浮かべている。
驚き、後ずさるその反応は、以前見た眼鏡君の反応そのものだ。
「……どういう状況ですかね、これは?」
アカが擬態したヘルメットを外す。
誰か状況を説明してほしいんだけど……。
六花ちゃんらの方を見れば、彼女達も困惑した表情のまま口を開こうとしない。
どう説明していいか分からない、そんな表情だ。
「ヒッ……ば、化け物……!」
一方で、眼鏡君は突然登場した俺を見て酷く怯えている。
ていうか、失敬な。確かに進化したけど、化物じゃねーよ。ちゃんと人間だ。
「俺にはむしろ君の方がよほど化け物に見えますけどね。君は……西野君の仲間だった子、でいいんですよね?」
「く、来るナ! 近づくナ化け物!」
メチャクチャ警戒されてる。
言葉は通じるみたいだけど、どうするか……?
変貌した見た目、それに眼鏡君から感じる『妙な気配』……気になる事は山ほどある。
(とりあえず拘束するか)
影で拘束して、動けなくしてから事情を聞き出せばいい。
「そう警戒しないで下さい。ほら、上を見て下さい」
「……?」
俺が空を指差し、それに釣られて眼鏡君が上を見る。
うん、素直だね。はい、隙あり。
「ッ!?」
一瞬で影を伸ばし、眼鏡君を拘束する。
やった俺が言うのもなんだが、こんな古典的な手に引っ掛かるなんて……。
モンスター相手なら絶対通用しない戦法だ。
「な、ナんだこれ……解けナぃ……ッ!?」
「悪いですが、少々眠っていて下さい」
とりあえず気絶させよう。影の拘束力を強める。
ギシギシと影が蠢き、眼鏡君が苦悶の表情を浮かべる。
それを見た一之瀬さんがヘルメットを外し、こちらを見つめてくる。
「あの……クドウさん? ……うっぷ」
「大丈夫です、気絶させるだけですよ」
その辺の力加減はばっちりだ。
本気でやれば眼鏡君がミンチになっちゃうからね。
あと必死に吐き気を堪えてる一之瀬さん偉いと思います。
「――ァ……」
やがてぐったりと眼鏡君は動かなかくなる。
気を失ったようだ。でも念には念を入れて置こう。
「アカ、頼む」
「……(ふるふるー)」
アカが体の一部を千切って、こちらに寄越す。ソフトボールくらいの大きさだ。
俺はそれを影で拘束した眼鏡君へ向けて放り投げる。
べちゃりと、体に張り付いたアカの分身体はそのままロープの様に体を伸ばし、眼鏡君の体をぐるぐる巻きにし、その形状のまま『石化』した。
これもアカの『石化』の応用技だ。相手の体に纏わりついて、そのまま拘束具としても活用できる。
気絶してる『フリ』をしてる可能性もあるからな。こうしておけば万が一にも逃げられる心配はない。
「す、凄っ……」
六花ちゃんは驚きと呆れが混ざった様な声を上げる。
「ふふふ、凄いでしょう、うちのアカは」
「……(ふるふるーん)♪」
褒めて撫でてやると、アカもドヤァと体を震わせる。
後でちゃんとご褒美を上げないとな。何が良いだろう?
ともかくここじゃアレだし、どこかに移動しよう。
皆から事情も聴きたいし、俺は柴田君と共に気絶した眼鏡君を担ぎ、近くの民家に入るのだった。
「――見つけた」
カズト達から遠く離れたビルの屋上。
そこに『彼』は居た。
「まさかこんな近くに同系統のスキル保有者が居るとはね。それもまだ全然使いこなせていないじゃないか……。まあ、いい。厄介な狼王は居なくなったし、隣町の『暴食』よりも先にこっちを押さえておくとしようか」
腰に携えた大剣の鞘を指でなぞりながら『彼』は笑みを深めた。




