153.予期せぬ再会
――どうしてこの女がここに居るのだろう?
西野が最初に抱いた感想はまさにそれだった。次いで溢れ出す警戒心。
数日前、この女によって洗脳されていた自分を思い出す。
思考を上書きされ、当然のようにこの女に尽くす自分。
(……思い出すだけでも吐き気が込み上げてくる)
既に洗脳は解け、『魅了耐性』も取得しているとはいえ油断は禁物だ。
「……なぜここに居るんですか?」
絞り出すように質問する西野に対し、十香は口に手を当てて、くすりと笑う。
その仕草が余計に西野の神経を逆なでする。
「どうしてそう警戒しているんですか? 共にここで暮らす仲間じゃないですか?」
「仲間……?」
どの口がそれをほざくんだ。
ギリッと歯を鳴らす西野を見て、十香は更に笑みを深める。
まるで西野の反応を見て楽しんでいる様だ。
「……勝手に家に上がった事は謝罪します。でもアナタが私を避けているのは知っていましたからね。こうでもしないとお話を聞いてくれないと思いましたので」
「……」
避けていたのは事実だ。
アルパとの戦い以降、西野は必要以上に十香と距離を置いていた。
そして他のメンバーにもそれを徹底させていた。
仲間がこの女に洗脳され、手駒にされることを防ぐためだ。
学校での出来事を考えれば当然の対処と言えるだろう。
「ああ、安心して下さい。家具や冷蔵庫の中身などは一切触れていませんし見ていませんから」
そんな事を言われても安心できるはずなどない。
そもそもその言葉を信用する根拠がどこにもない。
洗脳され、手駒にされていた事実がある以上、どうあっても西野にとって彼女は信用できない相手だ。
それでも実の父である藤田や上杉市長の存在があったからこそ、西野は『距離を置く』だけに留めていたのだ。
流石に親しい人間が居る場所では事を荒立てる事はないと、そう信じて。
(ともかく目的が分からない以上、騒ぐのは得策じゃないな……)
仕方なく西野は椅子に座る。
幸いここに居るのは自分と十香だけだ。
あの馬鹿な双子や十香の手駒らしき人物が近くにいる気配も無い。
隠れてる可能性も捨てきれないが、その時はその時だ。
(こっちにも『魅了耐性』がある……以前の様にはいかない)
念の為、相手に見えないように指先を操作して仲間に『メール』を送信しておく。
これで何かあったとしても問題は――
「――仲間へ『メール』でも送ったんですか?」
「ッ……!」
読まれていた。
動揺が顔に出る。
十香はそれがおかしいのかくすくすと笑った。
「ふふ、分かり易いですね、西野君は」
「それはどうも……」
やはりこの女は苦手だ。
本当にやりづらい。
常に会話の主導権を取られてしまう。
「ああ、それにしても悲しいです。それほど私は西野君に信用されていないのでしょうか。泣いてしまいそうですね……ぐすん」
およよと目元を拭う仕草をする十香。
この女、ぶん殴りてぇと西野は思った。思っただけで実行しなかったのは彼の理性がギリギリ押しとどめてくれたからだ。
深くため息をつき、西野は切り出す。
「それで、何しに来たんですか? 話し合いなら先程の会議で十分したでしょう?」
市役所の今後について、スキル保有者の増員、そのための声掛け、食料調達、周辺の調査、やるべき事も話し合う事も山積みだが、それは先ほどの会議で一通り話し合った。
「ええ、そうですね」
だからこそ、彼女がここに来た理由はそれらではない。
市役所とは関係のない何か。
十香はポケットから何かを取り出す。
それは折りたたまれた小冊子だ。
「これは……」
それは西野も見覚えのある物だった。
『広報 平外市』。市役所が発行している情報紙である。
「これが欲しいと、西野君が職員へ頼んでいたのを聞いたので……」
わざわざ持ってきてくれた?
いや、この女に限って、そんな殊勝な事をする訳がない。
「西野君はどうしてこれが読みたいと思ったんですか?」
じっと十香の視線が西野へ向けられる。
少し考えた後、西野は口を開いた。
「……別に大したことじゃないですよ。ちょっと気になったことがあっただけです」
「へぇ……何かしら?」
「別に本当に大したことじゃないです。ただ――」
「――『人口』」
西野が言うよりも早く、十香が言葉を挟んだ。
その単語に西野は思わず反応してしまう。
それは十香の表情を変えるのに十分な反応だった。
「そう……やっぱり、西野君も同じことを考えてたのね」
笑みを浮かべ、彼女は指先をなぞるようにページをめくり、ある項目を指で叩いた。
そこに載っていたのは、その月に生まれた赤ん坊や死亡者などが掲載されたページだ。
そのページの一番下には円グラフでこの町の総人口と男女比の円グラフが載せられている。
平外市――人口8.4万人。
地方の田舎都市ならば特に珍しくも無い数値だ。
ネットで検索すれば直ぐに出てくる数値だが、今のこの世界ではそんな便利な物は使えない。
故に、西野は市役所で発行される情報誌でその数値を確認したかったのだ。
この町にはどれだけの人間が居るかを確認するために。
(この世界がおかしくなってからずっと疑問に思っていた……)
この世界にモンスターがあふれ、スキルや職業というゲームのようなシステムが使えるようになり、生死をかけた戦いを繰り広げ、必死になって生き延びてきた。
だから、その疑問も今まで棚上げしてきたし、考えないようにしてきた。
でも、『余裕』が出来た。
『安全地帯』を手に入れ、安定した寝床と食料を手に入れた事で、彼の中にあった『疑念』は再燃した。
その事について考えるようになってしまった。
――――人が、少なすぎる、と。
数えきれないほどの死体をこの目で見てきた。
モンスターに殺される人々、籠城し自宅やマンションから出てこない人々も居た。
避難所や独自に動いている人たちも見てきた。
でも、それでも。
それらを含めても、明らかに今の世界は『人』が少なすぎる。
そして、その事に誰も疑問を抱いていない。
柴田も、一之瀬も、藤田も、清水も、二条も、あのカズトでさえ、その事に疑問や違和感を抱いていなかった。
(もし、この違和感が正しいのだとしたら……消えた人々はどこに行ったのか?)
いや、そもそもこの違和感はただの勘違いなのではないか?
なぜ自分だけがそう思ったのか?
なぜ、この女もその疑問を感じたのか?
目まぐるしく彼の脳内が思考を繰り返す。
だからこそ、西野は反応が遅れた。
――気付けば、十香が自分の眼前に迫っていた。
「やはりアナタは素晴らしいわ、西野君……」
顎に手を添え、吐息が掛かるほどの距離まで彼女は接近する。
「私だけだと思っていました。この疑問は、違和感は私だけが感じていたものだと。……でも違った。アナタも私と同じ『違和感』を感じていた。そして、それが何を意味するのかも予測できている。ああ、なんて素晴らしいのでしょう」
間近に見る十香の美貌は思わず眩暈がするほどの色香を放っていた。
顔だけでなく、その体がぎゅっと西野に押し付けられる。
六花に負けず劣らずのボリュームだ。あまりにも心地よく刺激的な『女の肉』の感触。それは心地よく西野の理性を溶かしてゆく。
「やっぱり私は――アナタが『欲しい』」
「ッ――!!」
ドンッ!と、反射的に西野は十香を突き飛ばす。
碌に受け身も取らず彼女はキッチンの壁に叩きつけられた。
「……痛いわ、西野君」
「ふざけんなっ! 今、アンタまた俺を洗脳しようとしただろうが!」
十香が『欲しい』と言ったその瞬間、西野の頭の中にアナウンスが流れた。
それは『魅了耐性』のレベルアップを告げるモノだった。
この女は性懲りもなくまた使ったのだ。あの忌まわしいスキルを。
やはりこの女の本質は変わっていない。西野はそう確信した。
懐に忍ばせていたナイフを取り出す。
モンスター相手には心細いが、人間相手ならば十分な威嚇効果を持つ。
「……私を殺すつもりですか?」
「そう決心させたのはアンタだ」
「誤解よ。そんなつもりはないわ」
「ふざけんなっ!」
どの口がそれを言うのか?
「本当よ。だって西野君が『魅了耐性』を取得してたのも知っていましたから」
「……なに?」
「レベル上ったわね。よかったじゃない」
「何を……」
この女は何を言っている。
「『統率』、『交渉術』、『戦闘支援』、『命令』、『生存本能』、『危機感知』、『幸運』、『魅了耐性』、『毒耐性』、『メール』、それに――『同族殺し』」
そして、今度こそ。
西野は完全に絶句した。
十香が今言ったのは間違いなく自分の持っているスキルだ。
なぜこの女がそれを知っている?
誰かが話した?
いや、だとしても最後のスキルだけは誰にも話していない筈だ。それは自分と六花だけの罪の証だ。
ではなぜ?
「――まさかっ……!」
最悪の予感が脳裏をよぎる。
正解、とばかりに十香は笑みを深くする。
「その通りよ、西野君。私ね――『鑑定』スキルを持ってるの」
そして同時刻――。
≪経験値が一定に達しました≫
≪アイサカ リッカのLVが21から22に上がりました≫
脳内に流れるアナウンスに六花はガッツポーズをとる。
「うっし、レベル上ったー!」
「かぁーまたかよ。レベル上りすぎだろ、お前……」
彼女の足元に転がる無数の魔石を見て、柴田は呆れと共に呟いた。
くるりとスカートを翻して、六花はこちらを向く。
「当ったり前じゃん! はやくLV30になってナッつんに追いつかなきゃいけないんだもん」
「あー、例の『進化』ってやつか……」
LV30になれば『進化』することが出来る。
その情報は柴田たちにも伝えられている。
彼はまだLV13。まだまだ先の事だ。
(でもまあ……そうだよなぁ……)
ふんすーと気合を入れる六花を見て、柴田もまた気合を入れる。
彼だって『負けたくない相手』が居るのだ。
「んじゃ、もう一狩りいくか」
「とーぜんっ」
「ま、まだ続けるのかい……」
元気のいい若者二人に、息を切らしながら付いていくのはおっさん五所川原八郎である。
西野と共に市役所の話し合いに参加していたのだが、それが終わった後彼は六花たちと共に探索に出かけたのだ。
斬り込む六花と、丸太で制圧する五所川原八郎。
治療スキルを持つ柴田に、探知や潜伏のスキルも持つ学生も居る。
なんだかんだで息の合ったパーティーになってきた感がある。
「――ッ! モンスターの気配がするわ。みんな、気を引き締めて」
『感知』スキルを持つメンバーがモンスターの気配を察知する。
その瞬間、彼らは表情を引き締め、すぐに戦闘態勢を取る。
「そこの角を曲がった先よ……複数の気配がするわ」
「ななみん、どんなモンスターか分かる?」
ななみんと呼ばれた女子生徒は頭に手を当てながら答える。
「えーっと、これはゴブリン……かしらね? それと……多分ゾンビ系のモンスターもいるわ。もしかしたらモンスター同士で戦ってるのかも」
「ゴブリンとゾンビか……」
「なら問題ねーな。行こうぜ」
「油断は禁物だけどね。ま、無理そうなら逃げればいいし」
「だな」
満場一致で彼らはモンスターとの戦闘を選択する。
武器を構え、一斉に走り出した。
六花を先頭に角を曲がり、モンスターへと突貫する――
――筈だった。
「………………………え?」
最初に足を止めたのは六花だった。
次に柴田、他の学生たち。
最後に五所川原が彼らが足を止めた事に不審に思い足を止める。
「ど、どうしたんだい、皆?」
不審に思い彼らに声をかけるも答えはない。
誰もが食い入るように、その光景を見つめている。
「……?」
五所川原も彼らが見ている光景を見る。
ゾンビとゴブリンが争っていた。
ただそれだけの光景だ。
なのに、なぜ彼らは足を止めたのだろうか?
なぜ、そんなにも『驚いた表情』を浮かべているのだろうか?
「嘘だろ……」
「あり得ねぇ……」
口々にそんな言葉が学生たちから漏れる。
彼らの視線は一様に、ゴブリンと戦う『ゾンビ』に向けられていた。
「……なんで?」
六花は手に持っていた鉈を落とす。
カランと音が鳴り、ゴブリンとゾンビはこちらを向く。
彼らもこちらに気付いたらしい。
ゴブリンはこちらを威嚇してきた。
そしてゾンビの方は――『驚いた表情』を浮かべた。
それはまるで人間の様な表情で――
後ずさる仕草はまるで人間の様で――
その姿はまるで彼らが逢いたかった少年の様な姿で――。
「…………………………大野ん」
絞り出すような声で、六花はそのゾンビの名前を呟いた。




