152.アカの新スキル
モモの『影渡り』を使い、一之瀬さんと合流する。
ビルの上に到着すると、なぜか一之瀬さんはふくれっ面で俺たちを出迎えた。
「……一之瀬さん?」
「……なんですかー?」
「なんでそんな不機嫌そうな顔をしているんですか?」
「……別に何でもないですよー?」
何でもない訳ないだろうに。
足元の石を蹴飛ばし唇を尖らせる一之瀬さんはどう見ても不機嫌そうだ。
何でだろうか?
しばし考え、そしてふと思いつく。
「……もしかしてさっき一緒に戦えなかったのが不満だった、とかじゃないですよね?」
活躍の出番が無いのが嫌だったとか?
いやいや、流石に一之瀬さんに限ってそれは無いだろう。
ただ会話繋ぎに何となく冗談で言っただけなのだが――
「……///」ぷいっ
一之瀬さんは頬を染めて気まずそうに顔を逸らした。
図星かよ!
「え……マジですか?」
「……」
「くぅーん……」
一之瀬さんは答えない。
代わりになぜかモモが「わかるわー」と一之瀬さんに体を擦り寄せていた。
何故モモには一之瀬さんの気持ちが分かるのだろうか?
謎である……。
閑話休題。
「さて、アカの力も戻った事ですし一旦戻りましょう」
「そうですね。……ところでクドウさん、アカの新しいスキルってなんなんですか? 私もまだ聞いてないんですけど?」
「ああ、そう言えば一之瀬さんにもまだ話してませんでしたね」
色々あって説明するのが遅れちゃったな。
「アカ、あのスキルを使ってくれないか?」
「……(ふるふる)」
アカは「りょうかい」と体を震わせる。
するとビキビキとアカの体は固まってゆく。
数秒後、ゴトンッと鈍い音を立ててアカはその場に鎮座した。
「これって……『石』ですか?」
「そう、これがアカの新しいスキル『石化』です」
ティタンの魔石(大)を食べたアカが手に入れた新スキル。
それが『石化』だ。
重さも質感も完全に『石』そのものに変化するスキル。
「……全然動きませんね?」
「そりゃ石ですからね。この状態のアカは動く事は出来ません」
「は……?」
ぽかんとする一之瀬さん。
俺はもう一度説明する。
「この状態のアカは動く事も出来ないし、他のスキルを使う事も出来ません。ただそこで固まってるだけの石です」
「え、ちょ、ちょっと待って下さい! なんなんですかそのスキル……? 一体、何の意味があるんですか?」
「まあ、見てて下さい」
混乱する一之瀬さんを落ち着かせ、俺はアイテムボックスから『金槌』を取り出す。
それをアカ目掛けて思いっきり振り下ろした。
「ちょっ――クドウさん、何を……?」
一之瀬さんが慌てて俺を止めようとするが既に遅い。
ガァァンッッ!!とけたたましい音が周囲に響いた。
「ク、クドウさん!? アナタなんてことを――」
「よく見て下さい。アカには傷一つありません」
「へ? ……あ、本当だ」
石化したアカは傷一つついていない。
それどころか殴った俺の手の方が痺れるくらいだ。
地味に痛い。
「『石化』したアカの硬度はかなりのモノです。多分『破城鎚』か『一之瀬スペシャル』クラスの破壊力じゃないと傷つけるのは不可能でしょう」
見た目は石だが、その硬度は鉄よりも遥かに強い。
更にアカ――というよりもスライム全体の弱点である『火』にも強い耐性を持っている。
余程の高温でない限り石化したアカを溶かす事など出来ない。
「……(ふるふる)」
アカは『石化』を解除して元に戻る。
そのまま体をうにょーんと伸ばし、そのまま再び『石化』した。
ストーンサークルに有りそうな奇妙な形の石が出来た。
「……もしかしてこの『石化』って体を膨らませたり膜みたいに変化した状態でも使えるんですか?」
「ええ、その通りです」
「……まさか分裂した個体も?」
「ええ、勿論」
「……凄い」
一之瀬さんは感心したように目を光らせた。
その価値を理解したのだろう。
幾度となく俺たちを助けてくれたアカの防御能力。
今までは柔らかい緩衝材としての防御だけだったが、そこに硬度を増した文字通りの『鉄壁』が加わったのだ。
剛と柔の二重防御。
『壁役』としてこれ以上の適任は居ないだろう。
「――でも、アカの『石化』の真骨頂はその防御力だけじゃないんです」
「え?」
そう、アカの『石化』は防御としてこれ以上ない程の性能を誇るが、それ以上に凄まじいメリットが存在する。
「それって、いったい……?」
俺はもったいぶって間を空け、一之瀬さんにその真価を説明する。
「実はこの『石化』のスキルなんですが……時間制限がないんです」
「ッ――!? それ、本当ですか?」
「ええ、本当です」
嘘じゃない。
アカは何時間でも何十時間でも、それこそ何百時間でも『石化』を行う事が出来るのだ。
それはアカ本体だけでなく分身体も同じだ。
通常の分身体は一定時間が過ぎれば消滅する。
だが『石化』した状態ならば、『石化』を解除しない限りはずっとそのままでいられる。
ただその場で石になるだけのスキル。
だがそれだけでこのスキルは俺たちにとって『最高のスキル』なのだ。
一之瀬さんは顎に手を当て考え込み、そしてハッとなる。
「ッ――まさか!?」
「そうです。このスキル、モモの『影渡り』と抜群に相性がいいんですよ」
モモの『影渡り』はパーティーメンバーの影から影へ移動することが出来る。
対ティタン戦では分裂したアカを『座標』に指定し、一撃離脱のヒットアンドアウェイ戦法で猛威を振るったのは記憶に新しい。
そしてこのコンボは戦闘だけでなく、『探索』でも非常に有効だ。
石化状態のアカは――いわば消滅しない『座標』なのだ。
モモの『影渡り』の最大距離は凡そ百メートル。
一キロ先の仲間の『影』には移動できない。
だが、そこに『中間地点』があればどうだろうか?
百メートル先のA地点から更に百メートル先のB地点へ。
それを繰り返し行えば、結果的には一キロの距離をほぼ一瞬で移動することが出来る。
「ッ……」
ごくりと、一之瀬さんは喉を鳴らす。
その意味を理解したのだろう。
『移動時間の節約』
それがもたらす利益は莫大だ。
情報収集も、食料調達も、モンスターの討伐も、全てが今より遥かに効率が良くなるだろう。
「西野君たちに協力してもらい石化したアカの分身体を一定間隔で設置しましょう。そうすれば、行動範囲を飛躍的に広げる事が出来ます」
「ええ、そうですね」
問題はモモ以外に『影渡り』が使えない事だが、これもすでに解決策はある。
さあ、今まで動けなかった分を取り戻すとしよう。
俺たちは西野君らと合流する為、その場を後にするのだった。
一方その頃、西野は藤田たちとの話し合いを終え、帰宅していた。
(結局、隣町の情報は分からずじまいか……)
未だに十和田を始めとした自衛隊員らは真実を語らない。
一体『何』が隣町には居るというのか?
何がそんなに恐ろしいと言うのか?
(分からないが、まあいざとなったら『命令』で喋らせるか……)
自傷行為ではなくただの自白であれば、高確率で『命令』は遂行されるだろう。
だが、これはその後の関係がこじれる可能性がある。
出来れば最後の手段としてとっておきたい。
(それに住民たちのレベル上げはそこそこ進んでいる……)
清水、五所川原が先導し、スキル保有者の数は増えつつある。
危機感を募らせた者、自分でも何かしたいと奮い立った者。
少しずつこの市役所の戦力は増している。
でも未だに立ちあがらぬ者たちが居るのも事実だ。
そういった者たちをどうするかが今後の課題となるだろう。
(俺も早くレベルを上げないとな……)
話し合ってる間に、六花からのメールがあった。
午前中の探索でまたレベルを一つ上げたらしい。
このまま順調に行けば、彼女がLV30になるのも時間の問題だろう。
だからこそ、西野も負けていられない。
仲間におんぶにだっこのリーダーに誰が付いていくと言うのか。
そんなことは彼のプライドが許さなかった。
「午後からは俺も探索に……ん?」
拠点に戻ると、家の中から人の気配がした。
「……もう戻って来たのか?」
予定時間よりも随分早い。
いや、もしかしてクドウさんたちだろうか?
西野はドアを開け、気配のする方へと向かう。
居間に入ると、その人物は自分を見てにっこりとほほ笑んだ。
「お疲れ様です、西野君。勝手に上がらせてもらってますよ?」
果たしてそこに居たのは、彼の知る人物だった。
そして最も会いたくない人物でもあった。
「五十嵐……生徒会長……」
予期せぬ来訪者に、西野は顔を強張らせた。




