148.西野君たちと現状について
それから数分後、西野君と六花ちゃんがやってきた。
「ほかの皆さんは?」
「市役所の手伝いをしてますよ。俺と六花は休憩ってことで抜けてきました」
「ナッつーん、大丈夫だったー? 心配したよー」
来るないなや六花ちゃんは一之瀬さんに抱き着く。
そして頬をすりすり。
一之瀬さんは真っ赤な顔で狼狽えている。
「ちょっ、リッちゃん、急に抱き着かないでよぉ」
「じゃ今から抱き着くね。むぎゅー」
「そういう意味じゃないってばー」
男性陣ほったらかしで親交を深めるJK美少女二人。あ、一人は元か。
仲良いねホント。
「……すいませんね、六花が迷惑かけて」
「なんで西野君が謝るんですか?」
「いや、あいつがなんかやれば、たいてい俺が謝ってたんで」
「……苦労してますね」
「慣れましたよ」
ははは、と苦笑する西野君。
学校でも六花ちゃんに振り回されてたのだろうか?
うん、何かそんな光景が目に浮かぶ。なんか笑顔に哀愁が漂ってるし……。
俺よりも社会人の顔してるよ……。
「それで、無事に『進化』は終わったんですよね?」
「ええ、この通りです」
両手を広げてくるりと回る。
と言っても、姿かたちは以前のままだからな。
西野君は『どこが変わったんだ?』みたいな表情をしている。
「一応、今までと姿が変わらない進化先を選びました。西野君や相坂さんから見てどうでしょうか?なにか違和感はありますか?」
「うーん……」
西野君はしげしげと俺と一之瀬さんを眺める。
その視線に堪らず一之瀬さんは顔を逸らした。
進化してもコミュ症は健在である。吐くなよ? 絶対吐くなよ?
「……これといっておかしな感じはしませんね」
「そだねー、今までと一緒かな? あ、でもおにーさんからは前よりも強そうな雰囲気は感じるねー」
二人の眼から見ても特におかしな感じは無しか。
六花ちゃんの強そうな雰囲気というのは、ステータスが上がった事や職業が変わった影響だろう。
自分でもかなり強くなったって気がするからな。
「種族名は『新人』――でしたよね? 見た目は以前と変わりませんが、何か変化はあったんですか?」
「ええ」
『メール』でも進化先の説明はしていたが、もう一度『新人』や他の進化先について説明する。
十種類以上あるから、説明するまで結構時間がかかった。
「……二割強のステータスの上昇、それに可能性が広がるですか。なんというか漠然とした説明ですね?」
「ええ、ですがこれが一番いいと思ったんです」
選択に後悔はない。
いや、一之瀬さんの猫耳姿はちょっと――いや、かなり見たかったけど後悔はない。
ないったらない。
「えー、私はナッつんの猫耳姿見たかったなー」
おう、六花ちゃんが俺の心を代弁してくれた。
「リッちゃん……」
「あ、ごめん、ナッつん。冗談だって。そ、そんなジト目で見ないでよ。ちょっと怖いし」
「むー」
ふくれっ面の一之瀬さんは六花ちゃんをぽかぽかする。可愛い。
「……クドウさん、その進化先を選んだって事は、これからも俺たちと行動を共にしてくれるって事で良いんですよね?」
「「――ッ」」
西野君の言葉に、じゃれ合っていた二人もぴたりと止まる。
三人の視線が俺に集中する。
「……ええ、その通りです」
「そうですか……良かった」
安心した、と胸をなでおろす西野君。
一之瀬さんも六花ちゃんもほっとした様子だ。
「というか、スキルや『アイテムボックス』の事まで教えたんです。このまま姿をくらますなんてする訳ないじゃないですか」
――そう。戦いの後、俺は西野君たちに『アイテムボックス』の事を教えた。
というよりも、西野君から訊ねてきたのだ。
『アナタはアイテムボックスのスキルを持っていますよね?』と。
アルパ・ティタンとの戦いやこれまでの行動から、彼は俺が『アイテムボックス』もしくはそれに類するスキルを持っていると確信したらしい。
それだけでも驚いたのに、何と西野君は俺がホームセンター周辺の物資を根こそぎ奪った事や、ハイ・オークに襲われ傷付いた自分達を治療した事までも推測していたのだ。
……西野君、頭良すぎだろ。
流石にこれはちょっと驚愕を通り越して警戒してしまった。
西野君の事は信用していたが、万が一という事もある。
場合によってはモモや一之瀬さんと共にここから去る事も視野に入れようかとも思った。
だが、そんな心配は杞憂だった。
『大丈夫です、俺たちはアナタに寄生する気も、荷物になるつもりもありません。だから、これからもお互いに協力していきませんか?』
それはまるで俺の心の内を見透かしたような言葉だった。
俺や一之瀬さんが人間関係を煩わしく思っている事も、アイテムボックスやスキルで頼られ依存されるかもしれないと危惧している事も彼は予想していた訳だ。
……ここまで気遣いが出来るのに、なんで不良なんてやってるんだろうな、この子?
ともかく、こうして俺たちは正式に手を組むことになった。
俺としても西野君の様な仲間なら大歓迎だったし、一之瀬さんも六花ちゃんと一緒に居たいだろうしね。
……問題は一之瀬さんの人見知りが全く治ってない事だけど、こればっかりはもうしょうがない。
頑張れ、一之瀬さん。
きっと君なら『人見知り耐性』とか『コミュ症耐性』とかそういうのも獲得できるはずだ。あと出来れば『嘔吐耐性』をまず身に付けて欲しい。切実に。
「それにしてもLV30で進化かぁー。私達はまだまだ先だねー」
「そうだな」
「お二人の今のレベルはどのくらいなんですか?」
まだ確認してなかったが、あの戦いを経て、二人ともかなりレベルが上がったのではないだろうか?
「私はLV21だね。あの戦いで一気にレベル上がったよ。それと新しいスキルも覚えたよん」
「俺はLV15です。六花には大分引き離されたな」
六花ちゃんがLV21で、西野君がLV15か……。
二人ともかなり経験値を稼いだと思ったけど、確かにLV30まではまだ先だな。
六花ちゃんの覚えた新しいスキルってのは何だろう?
もしかしてアルパを倒した際のボーナススキルだろうか?
気になるな。
「にしし、次に進化するの私だもんねー。どんどんニッシーに差をつけちゃうんだから」
「言ってろ。でも変な進化先選ばないようにちゃんと相談するんだぞ? お前だけだと不安だからな」
「分かってるよー、ホントにニッシーは心配性なんだからー」
ぷんすか怒る六花ちゃんと、それを適当に受け流す西野君。
ホント仲良いね、君ら。
ちなみに他のメンバーのレベルも聞いたが、柴田君が現在LV13、五所川原さんがLV12らしい。他のメンバーはだいたい平均して8~10程度らしい。
それと市役所のメンバーのレベルも教えてくれた。
市長がLV3、藤田さんがLV16、清水チーフがLV19、二条のヤツがLV12。
外に出られないとはいえ、やっぱ市長はレベル低かったのか。
そして何気にレベル高いな、清水チーフ……。
六花ちゃんに次いで二番目じゃないか。
どうやって調べたのかと聞いたら、普通に教えてくれたそうだ。
職業についても教えてくれた。
二条の職業が意外だったな。アイツ、あんな職業に就いてたのかよ……。
「事前に進化先の情報が知れたのはありがたいです。参考にさせてもらいますよ」
「ええ、どうぞ。もし俺たちとは違う種族が選択肢に出た場合は教えて下さい。調べてみますので」
「その時はよろしくお願いします。……ところで、クドウさん」
「ん? なんですか?」
ふと見れば、西野君が真面目な表情になっていた。
いや、大体いつも真面目な表情なんだけどさ。
「今後はどう動くか、もう決めてますか?」
「……うーん、そうですね……」
これからの予定か。
「とりあえず当座の問題としては、アカの回復ですね。アカが力を取り戻さないと今後の行動に支障が出ますので」
「……(ふるふる)」
アカの新しく取得したスキルを使えば、今後の行動範囲を飛躍的に広げる事が出来る。
だがそのためには、再びアカにスライムを吸収させる必要がある。
消耗した分の力を取り戻さないといけないからな。
海でスライム狩りだ。狩って狩って、狩りまくるぜ。
「それと並行して、新しく取得したスキルと職業の確認、パーティーでの連携の確認、モンスターとの実戦、情報収集と食料の確保、レベル上げですかね」
まあ、やること自体は今までと変わらないな。
ただ『安全地帯』があるおかげで、以前よりも心に余裕を持って行動できる。
それを聞いて、西野君はふむ、と顎に手を当てる。
「成程……ちなみに、藤田さんの方はどうするんですか?」
「どうとは?」
「決まってるでしょう。アイテムボックスの事です」
「ああ、そうですよね……」
俺は腕を組んで天井を見上げる。
正直に言うと……迷っていた。
最初は藤田さんだけには話そうと思っていたが……そうなれば必然的に市長や清水チーフ、他のメンバーにも伝わってしまうだろう。
藤田さんは信頼できる人物だと思うが、周りの人達までそうであるとは限らない。
……暴走した俺の元同僚のように、この市役所も一枚岩ではないのだ。
「……迷っているのなら、黙っていた方が良いと思いますよ」
悩む俺に向けて西野君はそう言った。
「現状、藤田さんを含め市役所のメンバーにアイテムボックスの事を話すのはデメリットしかありません。俺たちの中だけで共有すべきです。……少なくとも、今はまだ」
「……今はまだ、とは?」
「時期尚早ということです。状況が変われば、むしろ話すべきだと思います。今、藤田さんと清水さんが動いてくれているので」
「なるほど……そう言う事ですか」
西野君の言わんとすることが分かった。
確かにそれなら俺たちにも旨味が出てくる。
「え? なになにどーゆーこと?」
一方で六花ちゃんはよく分からないのか首をかしげている。
「六花。今この市役所には何人住民が居ると思う?」
「へ? えーっと120人くらいだっけ?」
「128人だ。クエスト達成後からまた少し増えたからな」
また増えたのか。
ちなみに今の人数を聞いて、既に一之瀬さんが青ざめている。
人が多くなる=一之瀬さん絶望の図式である。
……吐くなよ?
「人数増えてるなら良い事じゃないの? たしか『町づくり』のレベル上げるにはまた人集めないといけないんだよね?」
「ああ、それ自体は別に悪い事じゃない。問題は集まった人数の中でモンスターを倒してレベルを上げた者――スキル保有者がほとんどいないって事だ」
「え?そうだったっけ?」
「お前な、俺の隣で藤田さんの話、聞いてただろ。今この市役所のスキル保有者の数ちゃんと覚えてるか?」
「えっと……50人くらいだっけ? うーんと、あ、思い出した! 48人だ」
「……意外とちゃんと聞いてたんだな。偉いぞ」
「えへへ」
西野君は六花ちゃんの頭を撫でる。
「ただ……その中でまともに探索が出来る者、モンスターと戦えるものとなるともっと限られてくる。俺たちのグループも含め30人程度だ」
全体人数の四分の一にも届いてないのか。
予想以上に低いな。
いや、本来ならもっと居た筈だ。
アルパとの戦いでかなりの死者が出たからな。
「戦う力も無い数合わせの一般人。そんな彼らにアイテムボックスの食料を提示したところで意味が無い。無駄に消費されるだけで『見返り』なんて期待できないだろ? 『無償の善意』なんて平和な世界でこそ成り立つ言葉だ」
「……うん」
厳しいが西野君の言う通りだ。
俺たちは善意で動いているわけじゃない。
食料――それも腐らず保存がきく食料を提供するのだから、それ相応の見返りが欲しい。
打算まみれの考えだが、そうでなければ今の世界は生き残れない。
西野君は再び俺の方を見る。
「藤田さんや清水さんも現状を憂いています。戦後処理の傍ら、住民たちの意識改革を促してるみたいです」
「へぇ……」
モンスターと戦えるように説得してるって事か。
確かにここの住民たち全員がスキル保有者になり、モンスターと戦えるようになれば俺たちとしても十分に見返りが期待できる。
『戦力』という名の見返りが。
「ちなみに西野君が考える理想的な状況は?」
「……少なくとも全体の七割以上がスキル保有者となり、その全員がモンスターと戦えるように訓練されている事、ですかね。まあ、あくまで理想ですけど。
そこまでいけば、ここは拠点として十分に機能します。もしかしたら他の『アイテムボックス』の所有者も出てくるかもしれませんし、そうなればクドウさんの秘匿性も薄れる。食料の見返りとしては十分と言えるのではないでしょうか?」
「なるほど……確かにそれならいいかもしれませんね」
一方的な関係は嫌いだ。
どっちかに寄り添い寄生する様な関係はいずれ必ず破綻する。
まあ、藤田さんなら上手くかじ取りをしてくれると思うけどな。
「では今はまだ『アイテムボックス』の事を話すのはやめておきましょう。でも、隠しきれますか?」
「問題ないでしょう。クドウさんや一之瀬はまだ聞いてないかもしれませんが、『安全地帯』が広がったことで、プライベートな空間が提供されるようになったんです」
「え? そうなんですか?」
初耳なんだけど。
あ、もしかして俺たちが寝込んでいる間に決まったのか?
「ええ、一部のスキル保有者や主要メンバーだけですけどね。俺たちのグループも市役所の北側にあった無事な空き家を何棟かあてがわれました。ちゃんとガスや水道、電気なんかも使えますよ」
へぇ、そりゃ凄い。
それなら確かに他の人の目が無いのならアイテムボックスの存在も隠す事が出来るだろう。
「ちなみに女の子専用の部屋もちゃんとあるよー。ナッつん、一緒に住もうよー」
「え、その……いいの? 私なんかが一緒に住むなんて迷惑じゃない?」
「何でそこで卑屈になるのさ! 良いに決まってんじゃん。中学の時みたく一緒に寝たり、お風呂入ったりしよーよ」
「う、うん、ありがとう、リッちゃん。……でも、一緒にお風呂はちょっと恥ずかしいかな。…………リッちゃんスタイル良いし」
「えー、いいじゃん、私は気にしないよ。一緒に入ろーよ」
「いや、その……うぅ……うん」
強引に押し切られてしまった一之瀬さん。
顔真っ赤である。
少なくとも六花ちゃんと一緒に住むこと自体は賛成の様だ。
「勿論、クドウさんの部屋もちゃんととってますよ。日当たりのいい一人部屋です」
「ほぅ……それはとても魅力的な提案ですね」
「でしょう? そして他の目の届かない場所ならいくら食べても問題ない。そうでしょう?」
「ふふ、そうですね」
すると、俺と西野君のお腹が同時に鳴く。
そういえば腹減ったなぁ。
考えてみれば二日間寝込んで碌に飯も食べてなかったし。
「夜も更けてきましたし、何か食べましょうか。リクエストはありますか?」
「いいんですか?……実を言うと、久々に肉とか食いたいですが……。いや、無論無理にとは言いませんけど……」
甘いぜ、西野君。
俺のアイテムボックスの肉の貯蔵は十分だ。
「厚切りのステーキ肉とかありますよ。味付けハラミやタン塩もあります。もちろん、米も。せっかく仲間になったんです。記念に今日はちょっと豪華にいきませんか?」
西野君のグループと一緒に食べても余裕で賄える量がある。
たまに贅沢をしても罰は当たらないだろう。
てか、ぶっちゃけ俺も肉食いたい。
熱々のステーキ肉とか頬張って、白米かっこみたい。
いや、それよりかガーリックライスとかがいいかな。
付け合せは肉の油を吸わせて醤油を垂らした椎茸だ。
やばい、考えるだけで涎が出てくる。
「クドウさん……アナタに会えて本当によかった」
がっちりと俺は西野君と握手を交わす。
「……ちなみに住民たちがひもじい思いをしている中で俺たちは肉を食う訳です。その事に罪悪感は?」
「ありません」
きっぱりと断言する西野君。
肉の魅力抗いがたし。
そしてお互いに黒い笑みを浮かべた。
「割り切ってますね」
「それはクドウさんも同じでしょう? でなきゃ俺たちと手を組もうなんて言うわけがない」
「はは、その通りです。全く酷い奴ですね、お互いに」
「ええ、本当に」
その後、俺たちは今後の予定を再確認し、西野君たちが提供されたという空家へと向かうのだった。
さて、今日はゆっくり休んで、明日から本格的に行動するとしよう。
……ちなみにその夜、一番肉を食ったのはモモだった。
味付けしてない分厚いステーキ肉を美味そうに食ってたよ。
まったくお代わりまでしちゃって。誰が焼くと思ってるんだよ。手間が掛かるんだぞ。
「わんっ」
こらー、カラカラとお皿を鳴らすのはやめなさい。
そんなモノ欲しそうな目で見るのはやめなさい。
……あと一枚だけですからねっ。
まったくモモの舌が肥えちゃわないか心配だぜ。




