147.新たな職業とスキル選択
不思議な感覚だった。
自分の体の中に新たなエネルギーを注がれている。
それが体の中を駆け巡り満たしてゆく。
不快感はない。むしろとても心地よかった。
エネルギーの波は体内を巡りながら少しずつ少しずつ俺の体に馴染んでゆく。
――肉体が変化してゆく。
おそらく今、俺の体は組み替えられているのだ。
新たな種族に。
これが――『進化』。
――――。
―――。
どれくらい時間がたったのだろうか?
エネルギーの波は収まり、体は静けさを取り戻していた。
俺はゆっくりと目を開ける。
「わんっ」
目の前にモモの顔があった。
ぺろぺろと俺の顔をなめてくる。
「きゅー」
次にキキも同じように俺の顔をなめてくる。
「おいおいくすぐったいって」
ゆっくりと体を起こす。
どれくらい気を失っていたのだろうか?
長い間眠っていたようにも、瞬きをしただけのようにも感じる。
部屋に備え付けられた時計を見ると一時間程経過していた。
「……『進化』が終わったのか?」
体の具合を確かめる。
……特に問題なさそうだ。おかしな感じはしない。
というか、全然変わった感じがしない。
あ、そうだ。一之瀬さんは?
「……んっ」
視線を向ければ、ちょうど一之瀬さんも目を覚ましたらしい。
むくりと起き上がり、寝ぼけ眼で周囲をキョロキョロ。
目が合った。速攻で逸らされた。
「おはようございます」
「……おはようございます」
やや遅れて返事が返ってくる。
「どうですか、体の調子は?」
「んー……、これと言って特に変わった感じはしないですね。なんというか……普通?」
一之瀬さんも確認するように自分の体をあちこち触る。
普通かぁ……。
確かに人間を辞めたって実感はまるで湧かない。
強いて言えば人のほんの僅かな先――延長線上に立っている様な感覚だろうか?
階段を一段だけ上がった様な、そんな感じ。
かといって何かが今までと劇的に違う、という感じはない。
「……ステータスオープン」
ステータスを開く。
職業、スキルのレベル、ポイントに変化はない。
進化する前と一緒だ。
『鬼人』や『影人』を選んでいれば固有スキルが追加されていたんだろうけど、今更言っても仕方ない。
でも明確に変化している部分があった。
クドウ カズト
新人LV1
パーティーメンバー
イチノセ ナツ 新人LV1
レベルの前に種族名が追加されていた。
それにレベルも1に戻ってる。
どうやら進化すればレベルは1から再スタートになるらしい。
この辺はモモたちと一緒だな。
それとHPを始めとする全てのステータスが二割程上昇していた。
『各種ステータスが僅かに増加する』と説明があったからそのせいだろう。
間違いなく俺たちは『新人』に進化したんだ。
「モモたちから見てどうだ? なんか変わった感じはするか?」
「……わふん?」
「きゅー?」
「……(ふるふる)?」
三匹とも一様に首を横に振った。
アカは体を捻ってねじりパンみたいになってる。
モモたちから見ても、特に変わった感じはないらしい。
良かった。
(それに一之瀬さん以外の人に対する『感情』も特に変化していないな……)
西野君や六花ちゃんに対する考え方や感情も進化する前と一緒だ。
もしかしたら種族が変われば考え方や精神も変わるんじゃないかと懸念していたが、どうやらそれは無いらしい。
そうだ……進化しても、俺たちは『人間』だ。
それは変わらない。変えちゃいけないんだ。
「どうします? 無事に進化も終わりましたしリッちゃんたち呼びますか?」
一之瀬さんが訊ねてくる。
万が一のことを考え、西野君たちは離れた場所に居て貰った。
この感じなら会っても問題なさそうだな。
これからの事も話したいし。
「そうですね。相坂さんに連絡して貰っても良いですか?」
「了解です」
早速メールを打つ一之瀬さん。
カタカタカタッターン、と数秒でメールを打ち終えた。
恐ろしく早いタイピング。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
(さて、西野君たちが来る前にポイントを割り振っておくか)
進化の方も無事終わったし、今度はスキルと職業の方を済ませるとしよう。
残存分も合わせれば、JP61ポイント、SP121ポイントもある。
思わず頬が緩む。
こんだけのポイントだ。
それも仕方ないといえば仕方ないだろう。
まずは職業だ。
現在の俺の職業は以下の通りだ。
忍者LV8
追跡者LV2
影法師LV5
修行僧LV3
61ポイントもあれば、一気に職業のレベルを上げる事が出来るな。
それに新たな上級職も手に入る。
という訳で、『忍者』をLV10まで上げよう。
≪忍者のLVが上限に達しました≫
≪上位職及び派生職が選択可能です≫
≪第五職業が解放されました≫
≪上位職『忍頭』が解放されました≫
≪上位職『盗賊王』が解放されました≫
≪上位職『隠密司令官』が解放されました≫
≪職業における一定条件を満たしました≫
≪派生職『指導者』が解放されました≫
≪派生職『清掃員』が解放されました≫
≪派生職『武闘家』が解放されました≫
≪派生職『抹殺者』が解放されました≫
新たな上位職、そして派生職が提示された。
『忍者』の上位職は『忍頭』、『盗賊王』、『隠密司令官』の三つか。
それに派生職は四つ。
『指導者』、『清掃員』、『武闘家』、『抹殺者』か……。
『進化先』といい、今回は選ぶものが多いな。
まずは『質問権』を使って、上位職の内容を確認するか。
一之瀬さんの真似をしてカタカタカタッターン。
あ誤字った。くそう、もう一回だ。
上位職の説明はこんな感じだ。
『忍頭』
忍者の上位職。より強力な忍術が使用可能になる。
MP、敏捷、器用に成長補正。
『盗賊王』
盗賊系の最上位職。盗むこと、騙すことに特化している。
力、耐久に成長補正。
『隠密司令官』
隠密系の上位職。隠密に加え司令塔としてのスキルも使える。
器用に成長補正。
ふむふむ、なるほどねぇ。
やっぱ少し情報があるだけでも全然違うよな。
(とはいえ、今回の上位職は『忍頭』一択だな)
『盗賊王』は戦闘向けではないし、最上位職って書いてある以上、これ以上の成長は望めないだろう。
『隠密司令官』はチームワークの底上げを考えれば、魅力的な職業かもしれないが、正直司令官なんてガラじゃない。
それに『指揮官』の西野君、『支援魔法』を使えるキキが居る以上、チームワークや地力の底上げは十分機能している。
それに比べれば、『忍頭』は新たな忍術も取得できるうえ、成長補正の項目も多い。
これに決まりだ。
ちらりとモモたちの方を見ると、無言でうなずいた。
モモたちから見ても間違いのない選択なのだろう。
というわけで、上位職『忍頭』を選択する。
≪JPを1ポイント消費し、『忍頭』へ職業を変更しますか?≫
おや? たった1ポイント?
今までは上位職に上がるたびに必要なポイントが増えていたのに、それが減ってる。
いったい何故?
(……もしかして、進化した影響か?)
考えられるとしたらそれしかない。
まじかよ、こんな形でポイント節約できるなんてラッキーだ。
もちろんイエスを選択。
≪忍者が上位職『忍頭』へと変更されました≫
≪職業が『忍頭』となりました。スキル『上級忍術』を獲得しました。スキル『HP変換』を獲得しました。スキル『MP消費削減』を獲得しました。スキル『忍具作成』を獲得しました≫
≪スキル忍術は上級忍術に統合されます≫
≪スキル上級忍術がLV1から3に上がりました≫
頭の中に天の声が響く。
おお、どれもかなり便利そうなスキルだ。
『上級忍術』はその名の通り忍術の強化版なのだろう。
取得した忍術が頭に思い浮かぶ……おぉ、攻撃用の忍術だ。
こりゃ今から使うのが楽しみだな。
それにスキルが統合されても、今までの忍術が使えるのもありがたい。
『HP変換』はHPを削って、『力』、『耐久』、『敏捷』、『器用』のいずれかを強化するスキルだ。
これも使いどころによっては強力な手札になるだろう。
『MP消費削減』は文字通りMPの消費量を抑えるスキル。
MPを消費する忍術や破城鎚にはもってこいのスキルだ。
そして『忍具作成』。
これは一之瀬さんの『武器創造』の忍者版だ。
漫画やラノベで忍者が使ってそうな武器を作成できるスキル。
起爆札とか作ってみたい。
一之瀬さんとの共同作業も出来そうだし、これも今から使うのが楽しみだ。
残りのJPは41ポイントか……。
忍頭のレベルを上げるのも魅力的だが、ここは手札を増やしておきたい。
なのでもう一つの職業をマックスまで上げよう。
『影法師』は現在LV5。
残りのポイントをつぎ込めば、これもLV10まで上げられる。
≪影法師のLVが上限に達しました≫
≪上位職が選択可能です≫
≪上位職『漆黒奏者』が解放されました≫
『影法師』の上位職は『漆黒奏者』か……。
なんというか、中二ちっくな職業名だな。
それに上位職はこれ一つだけ。
迷わなくて済むな。
『漆黒奏者』
『影法師』の上位職。より強力な影系統のスキルを使用することが出来る。
魔力、対魔力に成長補正。
なんとも名前は中二ちっくだが、説明はまともだ。
それに魔力と対魔力に成長補正が付くのはいいな。
派生職は無しか。
『忍頭』の時に開示されたので全部って事かな?
それに第六職業の解放も無かった。
ステータスにも第六職業の欄は無い。
職業の最大数は五つまでなのだろうか?
試しに『質問権』で職業の最大数を質問してみれば『職業は最大5つ』と回答があった。
ちょっと残念だが仕方ないか。
第五職業は慎重に選ぶとしよう。
今回は後回しだ。
こっちも上位職変更に必要なポイントは1ポイントだし、『影法師』を『漆黒奏者』に変更しよう。
≪影法師が上位職『漆黒奏者』へと変更されました≫
≪職業が『漆黒奏者』となりました。スキル『絶影』を獲得しました。スキル『影真似』を獲得しました。スキル『影檻』を獲得しました≫
≪スキル操影は絶影に統合されます≫
≪スキル絶影がLV1から3に上がりました≫
獲得したスキルは全部で三つか。
『絶影』は『操影』の強化版だ。
ただ何故中二チックなスキル名なのだろうか?
それに『影真似』と『影檻』か……へぇ、どっちも面白いスキルだな。
なかなかユニークな効果だ。
こっちも実戦で使うのが楽しみだな。
とりあえずこれでJPのほうは終了だ。
次にスキルだな。
全部で121ポイント。
一気に『上級忍術』と『絶影』をレベルマックスまで上げてみようか。
それとも他のスキルも合せてバランスよくレベルを上げちゃおうか。
ふふ……どうやってポイントを振り分けようか迷っちまうぜ。
「クドウさん、なんか笑顔がちょっとキモいです……」
「あ、すいません」
どうやら顔に出てたらしい。
「しょうがないじゃないですか。だってこんなにポイントあるんですよ?」
「あ、ちょっと分かります。ゲームでもボーナスポイントとか振り分けるのってワクワクしますもんね?」
「でしょう? つまり俺がニヤニヤしてしまうのも仕方ないんです」
「羨ましいです。私にもポイントください。あとモモちゃんください」
「ポイント譲渡が可能であればやぶさかでも無いですが、モモは駄目です。絶対に」
「ちっ」
「ちっ、じゃないです」
ぷくーっと頬を膨らませて、一之瀬さんはモモを手招きする。
「いーですもん。クドウさんがステ振りしてる間、私はモモちゃんをモフモフしてますから」
「わふぅーん……」
モモは「しょうがないなぁ……」と一之瀬さんに身を任せている。
撫でられて実に気持ちよさそうだ。
くっ、俺もステ振りしたらモモをモフモフしよう。
ちらりと一之瀬さんを見れば、モフモフしながらふふーんとこちらを見ていた。
モフドヤ顔だ。可愛い。
(なんかティタンとの戦いを終えてから、一之瀬さんとの距離がぐっと近くなった気するな……)
さて、んじゃスキルを上げるか。
少し迷ったが、やはりまずは『上級忍術』を一気にLV10まで上げよう。
ポイントに余裕があるし、攻撃用忍術が覚えられれば戦術の幅も広がる。
(……職業のレベルアップ時の付随効果も考えれば本当は7辺りに留めておくべきなんだろうけどな)
職業レベル3、6、9の時に付随スキルのレベルも一つ上がるから、それを考えれば27ポイントも節約する事が出来る。
だが進化した状態での経験値がどれくらい得られるか分からない以上、上げれるうちに上げておくべきだ。
なにより『あの時上げておけばよかった』なんて状況になったら目も当てられない。
この十日間でどれだけ理不尽な目に合わされてきたと思ってるんだ。
すぐに強くなれるチャンスが目の前に転がっているのだから、迷わず拾うべきなのだ。
『上級忍術』を一気にLV10まで上げたので、それを補う形で他のスキルも上げる。
『HP変換』、『MP消費削減』、『忍具作成』、『影真似』、『影檻』をそれぞれLV3に、『絶影』と『HP自動回復』をLV5に、『広範囲索敵』と『MP自動回復』をLV6まで上げる。
121ポイントを使い切り、これでポイントの割り振りは完了だ。
ステータスはこんな感じになった。
クドウ カズト
新人レベル1
HP :642/642
MP :263/263
力 :339
耐久 :369
敏捷 :708
器用 :690
魔力 :165
対魔力:165
SP :0
JP :0
職業
忍頭LV1
追跡者LV2
漆黒奏者LV1
修行僧LV3
固有スキル
早熟
職業強化
スキル
上級忍術LV10、HP変換LV3、MP消費削減LV3、忍具作成LV3、投擲LV6、無臭LV7、無音動作LV7、隠蔽LV6、暗視LV5、急所突きLV6、気配遮断LV7、鑑定妨害LV4、追跡LV3、地形把握LV4、広範囲索敵LV6、望遠LV4、敏捷強化LV8、器用強化LV5、観察LV10、聞き耳LV4、絶影LV5、影真似LV3、影檻LV3、忍耐LV5、渾身LV5、HP自動回復LV5、MP自動回復LV6、身体能力向上LV7、剣術LV6、毒耐性LV1、麻痺耐性LV2、ウイルス耐性LV1、熱耐性LV1、危険回避LV5、騎乗LV3、交渉術LV1、逃走LV4、防衛本能LV1、アイテムボックスLV10、メールLV2、集中LV7、予測LV6、怒りLV5、精神苦痛耐性LV5、演技LV4、演算加速LV3、
パーティーメンバー
モモ 暗黒犬 Lv1
アカ クリエイト・スライムLV1
イチノセ ナツ 新人LV1
キキ カーバンクルLV1
うん、正直かなり強くなったと思う。
素早さは700超えだ。
正直、ネームドクラスでない限りは、余程油断しない限り仕留める事が出来るだろう。
「……チート野郎、チート野郎が居ます」
ぽつりと呟く一之瀬さん。絶賛モフモフ中。
いや、俺に言わせれば一之瀬さんも十分チートだと思うよ?
だってステータスやスキル聞いた時ビックリしたもの。
一之瀬さんの現在のステータスはこんな感じらしい。
イチノセ ナツ
新人LV1
HP :30/30
MP :900/900
力 :13
耐久 :12
敏捷 :14
器用 :19
魔力 :16
対魔力:16
SP :0
JP :0
職業
引き籠りLV6
狙撃手LV6
武器職人LV3
スキル
認識阻害LV3、ガチャLV8、ネットLV2、遠距離射撃LV5、命中補正LV5、貫通力強化LV5、銃弾作成LV6、武器強化LV2、武器創造LV2、肉体強化LV2、快眠LV1、孤独耐性LV1、乗り物酔い耐性LV2、地図LV1、メールLV6、
こうしてみると、一之瀬さんってかなりピーキーなステータスだよな。
ステータスはほぼ10台なのに、MPだけが突出して高い。俺の三倍以上だ。
直接戦闘ではゴブリンにも負けるかもしれないのに、狙撃ならばティタンすら相手に出来る戦闘力を誇る。
……ぶっちゃけ俺でも一之瀬さんの狙撃を喰らえば死ぬだろう。
一之瀬さんはポイントの殆どを『ガチャ』に費やしていたため、スキルのレベル上げはほぼ熟練度によるものだ。
ポイントを使わずにここまでスキルレベルを上げたのだから、流石としか言いようがない。
ポイントの計算が合わないのは、『ガチャ』でJPやSPも当てているからだろう。
それと『引き籠り』がLV5に上がった際に新たに『ネット』というスキルを取得したらしい。これもかなり便利なスキルだった。
何気に一之瀬さんも三つ職業取得してるんだよな。
一之瀬さんは『ガチャ』を使って職業を増やしたけど、他にも新しい職業を得る方法ってあるのだろうか?
俺みたいにポイントボーナスが無い限りは、LV30まで上げても第一職業すらLV10に届かない訳だし。
「とりあえずスキルや連携の練習でもしてましょうか?」
「ですね」
とりあえず西野君たちが来るまで、俺と一之瀬さんは新たに得たスキルの検証とモフモフを行うのであった。
一方その頃、西野と六花はカズト達から少し離れた場所に居た。
「あ、ニッシー。ナッつんから『メール』が来たよ。無事に『進化』が終わったってさ」
「分かった、今いくよ」
西野は手に持っていた小冊子を片手に立ち上がる。
「何読んでるの?」
「ああ、これか? 市役所で貰ってきた広報だよ」
それは数ページほどの薄い小冊子だった。
表紙には『広報 平外市』と何とも分かり易いタイトルが印字されている。
「広報……?」
「知らないのか? 市役所で月一回発行してる情報紙だよ。その月ごとの地域のイベントや公共事業、それと出生や死亡者なんかが載ってるんだ」
「へぇー、んでそれがどうしたの?」
「いや、ちょっと気になる事があって――ん?」
不意に、西野は後ろを向く。
「どしたの?」
「いや……何でもない。早く行こう」
気のせいだろうか?
一瞬、誰かの視線を感じた。
妙な胸騒ぎがした西野は、六花と共にさっさとその場を後にするのだった。




