140.市役所攻防戦 その8
「ふぅー……」
深呼吸をし、現在のステータスを確認する。
クドウ カズト
レベル24
HP :350/390
MP :145/184
力 :265
耐久 :282
敏捷 :516
器用 :485
魔力 :135
対魔力:135
SP :1
JP :1
職業
忍者LV8
追跡者LV2
影法師LV5
修行僧LV3
固有スキル
早熟
職業強化
スキル
忍術LV9、投擲LV5、無臭LV6、無音動作LV6、隠蔽LV5、暗視LV5、急所突きLV6、気配遮断LV7、鑑定妨害LV4、追跡LV3、地形把握LV4、広範囲索敵LV4、望遠LV4、敏捷強化LV8、器用強化LV5、観察LV10、聞き耳LV4、操影LV6、忍耐LV5、渾身LV5、HP自動回復LV3、MP自動回復LV2、身体能力向上LV7、剣術LV6、毒耐性LV1、麻痺耐性LV2、ウイルス耐性LV1、熱耐性LV1、危険回避LV5、騎乗LV3、交渉術LV1、逃走LV4、防衛本能LV1、アイテムボックスLV10、メールLV2、集中LV7、予測LV6、怒りLV5、精神苦痛耐性LV5、演技LV4、演算加速LV3、
パーティーメンバー
モモ 暗殺犬 Lv9
アカ フェイク・スライムLV8
イチノセ ナツ LV28
キキ レッサー・カーバンクルLV9
HPが減っていた。
さっき逃げる際に少し喰らってたからな。
でも、思ったほどのダメージはない。
アカのおかげもあるが、新たなスキルのおかげもあるのだろう。
第四職業『修行僧』。
獲得したスキルは『忍耐』『渾身』『HP自動回復』『MP自動回復』の四つ。
HP自動回復は元々取得していたため、こっちに統合された。
『忍耐』は瞬間的に防御力を上げるスキル。
同じく『渾身』は瞬間的な攻撃力を上げるスキルだ。
そしてなにより『MP自動回復』を取得できたのがありがたかった。
これで破城鎚や『忍術』で消費したMPを賄う事は出来る。
とはいえ、過信は禁物だ。
(他の『忍術』や他のスキルに使う分も考えれば、破城鎚の使用はあと五回が限度ってとこか……)
……問題ない。
五回も使えれば、おつりがくる。
大丈夫だ。それに先ほどに比べて、心も驚くほど落ち着いている。
きちんと物事を『観察』し、『予測』することが出来る。
「モモ、アカ、頼んだぞ」
「わんっ」
「……(ふるふる)」
俺にとりつかせていたアカの半分を一之瀬さんへ移す。
彼女の足元にはモモが控えていた。
その『影』を一之瀬さんの全身に這わせる。
以前俺がダーク・ウルフ相手に使った強制マリオネットと同じだ。
ボロボロで動けなくなった体を、半強制的に動かす事が出来る。
「具合はどうですか、一之瀬さん?」
「……大丈夫、です。これならあと二発くらいなら撃てます」
ぎこちない笑顔で答える一之瀬さんの顔には大量の脂汗が浮かんでいた。
『影』を使った肉体操作は、あくまで体を強制的に動かすだけで痛みや疲労、傷は消せない。むしろ悪化する。
立っているのだってやっとの筈だ。
それでも、
「では、一之瀬さん、合図をしたらお願いします」
「……はいっ」
一之瀬さんは頷いてくれた。
互いに拳を突き合わせる。
さあ、決戦だ。
まずは俺が単独でビルを出てゴーレムたちの下へ向かう。
「―――土遁の術」
とぷん、と地下へ沈み、そのまま接近する。
冷静になった今なら、はっきりと状況を見渡せる。
(やっぱり、間違いない)
地中を移動していると、先程と同じ奇妙な気配を感じた。
それも一つじゃない。
全てのゴーレムの足元から同じ気配を感じる。
(よし、ここだ)
地形把握と索敵で位置情報は分かっている。
俺は『土遁の術』を解除し地上に出た。
俺が出てきた場所は―――敵陣のど真ん中。
五体のゴーレム達の、丁度中央付近に俺は現れた。
「ルゥオ……? ゥゥォオオオオオオオオオオオンッッ!!」
いきなり現れた俺にゴーレム達は瞠目するも、それも一瞬。
即座に俺を叩き潰そうと動いた。
「キキッ!」
「きゅーっ!」
キキの額の宝石が光り、淡い光が俺を包み込む。
『反射』の薄膜だ。
だがこれは敵の攻撃を防御する為の物じゃない。
「アイテムボックスオープン」
右腕を包み込むように『破城鎚』を装着する。
魔石は既に装填してある。
「喰らえっ!」
俺は破城鎚を、“地面”に向けて思いっきり放った。
ズドンッ!! という破壊音と共に地面がひび割れてゆく。
ゴーレム達の攻撃のように、一撃で地面を陥没させることは出来ないがこれで十分だ。
「ルォォォ……?」
激しく地面が揺れて、ゴーレム達は一瞬体勢を崩す。
その隙に、俺は次の一手を放った。
「―――『収納』ッ!」
奴らの内の一体、その足元にある『砕けた地面』をアイテムボックスへと収納した。
「ルォォオオオオオン!?」
突如として消えた足場に、ゴーレムは体勢を崩し、尻もちをつく。
(よし、上手くいった……!)
正直、試したことが無かったので上手くいくかは賭けだったが、どうやら成功のようだ。
俺のアイテムボックスは地面そのものを削り取るように収納する事は出来ない。
だが、その破片や断片であれば話は別だ。
ゴーレムや巨大なビルは収納できなくとも、そこから砕けた破片ならば収納出来る。
今回はその応用。
削り取れないなら、最初から削ってから収納すればいいのだ。
SPを15ポイントも使い、強化された収納能力はそれを可能にした。
さあ、ここからだ。
一瞬の油断も許されない。
俺はがら空きとなったゴーレムの足元を観察する。
「―――あった」
そこには俺の予想を裏付けるものがあった。
ゴーレムの足の裏。
そこには細い、細い管のような物がくっ付いていた。
「シッ!」
それに向けて俺は包丁を放つ。
『投擲』によって強化された包丁は弧を描いて、ぷつんと細い管を切り裂いた。
「るぉん―――……」
その瞬間、管を切られたゴーレムは動きを止め、ガラガラとその体を崩壊させていった。
「やっぱり……そういうことだったんだな」
違和感が確信へと変わる。
俺はすぐさま駆け出し、空いた穴――そこから伸びる管へと手を伸ばす。
他のゴーレムがそれを阻もうとするが、遅い。
突きだされる拳よりも、手に持った瓦礫を投げつけるよりも、俺の方が速い。
今ならわかる。
コイツらの動きは、先程俺たちが戦っていたゴーレムよりも『遅い』。
巧みな連係で誤魔化していたようだが、一体一体の強さは先程よりも弱い。
それはなぜか?
ゴーレムの足元に在った管を手に掴んだ瞬間、――そこからモンスターの気配を感じた。
「お前の『スキル』について、もっとよく考えるべきだったよ」
そうだ。
俺はもっとよくコイツのことを考えるべきだった。
どうしてゴーレム達は出現する直前まで全く『気配』がしなかったのか?
最初は俺と同じように潜伏系のスキルを持っているのだとばかり思っていた。
でも、よくよく考えれば、潜伏スキル以外にも同じような現象が起こるスキルがあることを俺は知っている。
俺自身も『そのスキル』を使っているのだから、その可能性ももっとよく考えるべきだった。
「―――『追跡』」
職業『追跡者』のスキル『追跡』。
離れていてもモンスターの気配を感じ取れるスキル。
管から感じる気配を追跡し、そしてその方角に視点を向ける。
―――見つけた。
その方角に在ったのは、どこにでもあるような『廃ビル』だった。
そうか、そんなスキルまで持ってやがったのか。クソッ垂れめ。
俺は即座に叫んだ。
「一之瀬さん!あのビルを撃ってくださいッ!」
先程、俺たちが隠れていたビルの屋上。
そこから伝わる気配。
渾身の力を振り絞り一之瀬さんは引き金を引いたのだろう。
パァンッ!と。
廃ビルに銃弾が当たり、遅れて短い発砲音が響き渡る。
そして、『変化』は起きた。
俺に迫っていた四体のゴーレム達が、ぴたりとその動きを止めたのだ。
廃ビルがゆっくりと揺れ動き、徐々にその姿を変えてゆく。
「―――ルゥゥゥォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!」
現れたのは一体の巨大なゴーレムだった。
一つだけ違いがあるとすれば、そのゴーレムの指先からは細いパイプのような管が地面に向けて垂れているということか。
「思いもしなかったよ。まさかお前が俺と同じ『分身の術』を使ってただなんて」
その指先から延びる管へ向けて刃を放つ。
ぶちんっ、と管の一本が切り裂かれる。
その瞬間、背後に居たゴーレムの一体が崩れ落ちた。
「コイツらは全部偽物……お前が本物の『ティタン』なんだろ?」
現れた五体のゴーレムは、文字通りの土人形だったのだ。
いや、それどころか最初から俺たちが戦っていたのも、コイツが作り出した人形に過ぎなかったのだろう。
思い起こせば、コイツはスキルらしいスキルを一切使ってこなかった。
殴るか、投げるか、叫ぶか、ただそれだけ。
この巨体だ。そこに何か意味があるかなんて思いもしなかった。
でも意味はあったんだ。
俺の『分身の術』で作り出した分身はスキルを使えない。
それはティタンも一緒だったのだろう。
――地中から巨大な土人形を生み出すスキル。
それこそがコイツの持っていたスキルだったのだ。
そして本体はビルに『偽装』して隠れて、分身を操作して敵を攻撃する。
そんな厭らしい手をミミックやスライムならまだしも、まさかこんな巨大なモンスターが使ってくるとは思わなかった。
最初は分裂したのかとも思ったが、それならあのタイミングまで温存しておく理由もない。
「分身を倒されて……焦ったのか?」
「……ルォォォ」
ティタンは忌々しげに俺を睨み付ける。
おそらく俺の『分身の術』と違い、コイツの人形に割ける力のリソースは最初から決まっているのだろう。
全ての力を注ぎこんだ一体で敵わなかった。
だから力を分割し、数で押し切る戦術に切り替えた。
「でもその焦りが、俺にお前のスキルの正体を教えてくれたんだ」
さあ、ここからが本番だ。
お互い小細工をたっぷり使った真っ向勝負といこうじゃないか。
一方その頃―――。
「ハァ……ハァ……ガハッ……」
地下街にて西野はボロボロになりながら女王蟻アルパを見つめていた。
(クソッ……なんだよ、これは……)
全身に刻まれた痛々しい切り傷。
血が滲み、立っているのもやっとの状態だ。
彼だけじゃない。
六花も、柴田も、五所川原も、清水も、二条も、誰もがボロボロの瀕死の状態だ。
「ギィィイイイイイイイイイイイガアアアアアアアアアッッ!」
その中心で、高らかに吠えるのは進化した女王種アルパ。
進化したアルパの力は西野たちの想像を超えて遥かに強大だった。
特殊なスキルこそ持たないものの、爆発的に上昇した膂力はそれを補って余りあるほどであった。
爪と牙だけによる単調な連続攻撃。
ただそれだけで、西野たちは壊滅寸前まで追い詰められていた。
既に部隊は半壊。
市役所メンバーも、学生たちにも多数の死者が出ている。
それでもまだギリギリで持ちこたえているのは、西野と清水の指揮のおかげだろう。
だが、それもすでに限界に近い。
「ハァ…ハァ…ニッシー、どうするん?」
「……」
隣に立つ六花の問いに、西野はすぐには答えない。
「……殺虫剤のストックは、まだあるか?」
「……マグナムブラスターが一本だけ。あとはもう全部使っちゃったわ」
答えたのは清水だ。
これまでの戦闘で分かったが、進化しても殺虫剤はアルパには有効だった。
効き目は進化する前に比べれば薄いが、それでも相手の装甲を溶かしダメージを与えることはできる。
(奴は……俺たちが持つ殺虫剤を警戒している……)
今までの攻防で、アルパに明確にダメージを与えることができたのは殺虫剤と最大狂化した六花の斬撃のみ。
(六花の斬撃は当たりさえすれば、間違いなく有効打になる)
だがアルパは素早い。
六花よりもそのスピードは上だ。
だが、そこに殺虫剤を組み合わせて戦うことで、西野たちはなんとか戦況を維持してきた。
(もうストックが殆どないと分かれば、奴は全力で俺たちを屠りに来るだろう)
クソッ垂れ、と西野は口には出さずに呟く。
どうすればこの圧倒的不利な状況を打開できる?
(何か……何か、無いか?)
都合よくスキルが覚醒する?
そんなことあるわけない。
援軍が駆けつける?
馬鹿な、いったい誰が来るっていうんだ?
(ああ、そうだ。クドウさんがこの場に駆け付けてくれれば最高だな)
彼の持つ多彩なスキルと戦闘力なら、この場を簡単に切り抜ける事が出来るだろう。
だが、来る筈がない。
彼には彼の戦いがあるし、それがまだ終わっていない事も理解している。
そんな都合よく来てくれる筈がない。
圧倒的な戦力差。
絶望的な状況。
それは彼の心を砕くのには十分過ぎただろう。
(誰か……)
誰でもいい。
助けてくれ。
六花を、柴田たちを――助けてくれ。
こんな地の底で、死なせていい奴らじゃないんだ。
その為なら何だってやってやる。
愚かにも彼は祈ってしまった。
「ギィィイイイイイイイッッ!」
その隙をアルパは見逃さなかった。
跳躍したアルパは凄まじいスピードで接近し、西野たちへ迫った。
「ッ……どいて、ニッシーッ!」
その刹那、六花は西野を思いっきり突き飛ばした。
「な……六花ッ!?」
一体何を? いや……そう言う事かっ!
瞬きよりも短い時間の中で、西野はその理由を理解した。
アルパにとって脅威なのは六花だけだ。
ならば確実に仕留めるには如何すればいいか?
その答えが、これだ。
短い間ながらも、アルパは西野たちの動きを観察して、そして確信したのだろう。
この人間を狙えば、六花は確実にそれを庇う、と。
その瞬間を狙えばいいと――そう、西野は瞬時に理解した。
だから、
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお」
絶叫が、地下に響き渡る。
やめろ、やめてくれ!
そいつはこんなところで死んじゃいけないんだ。
この地獄のような世界で、やっと親友に再会したんだ。
そいつの止まってた時間は、ようやく動き出したんだ。
だから――そいつを、六花を殺さないでくれっ!
必死に手を伸ばす。
その爪が、六花の体を斬り裂こうとした。
その直前で、
「――召喚、ファイヤー・ウォール・エレメンタル」
突如として炎の壁が出現した。
「……あ?」
西野が、六花が、その場にいる誰もが固まった。
何が、一体何が起こったのか?
「ギッ!」
アルパは即座に攻撃を中断し、距離を取る。
轟々と燃える炎の壁は、彼女達を守って満足したのか霞のように消えてなくなった。
「何……今の?」
六花の疑問に答える者は誰も居ない。
「ギギィィ……」
いち早くその存在に気付いたのは、あろうことか女王蟻アルパだった。
忌々しげに、アルパは一点を睨み付ける。
地下街中央フロアに繋がる通路。
そこから、何者かが姿を現した。
「あらあら? ずいぶんと無様なお姿ですね、西野君」
「なっ……」
そこから現れたのは一人の美少女だった。
均整のとれた美しい肢体を西野たちと同じ高校の制服に身を包み、眼鏡をかけたその顔は万人を魅了する美貌を備えていた。
それに続くように、瓜二つの容姿を持つ少年少女も現れる。
「おー真っ暗でよく見えないぞ、ねーちゃん」
「大丈夫だ、弟よ。こーいうときは『こころのめ』でみるっておおねーちゃんが言ってたのだ!」
「おおー、さすがおおねーちゃんだぜ!」
「うむ、さすがわたし達のおおねーちゃんなのだ!」
緊張感の欠片も無い二人の応酬に、先頭に立つ少女はやれやれと溜息をつく。
「もう、お静かになさい、二人とも。品がありませんよ?」
「はーい、わかった、おおねーちゃん」
「りょーかいなのだ、おおねーちゃん」
びしっと敬礼し、双子は静かになる。
「い、五十嵐会長!? どうしてこんなところに?」
この世で最も会いたくない人物の登場に、西野はただ唖然とするしかなかった。
「どうしてって……それは勿論、アナタ達を助けに来たんですよ。それに、ここへ来たのは私達だけじゃありませんよ?」
「……え?」
それはどういう―――
西野が言葉を続ける前に、新たな声が戦場に響いた。
「撃てええええええええっ!」
ズドドドドドドドッ!!!と、突如鳴り響いた銃声。
「ギィアアアアアアアアッ!?」
たまらずアルパは悲鳴を上げる。
装甲の所々がひび割れ、黄色く濁った体液が溢れ出す。
「ほら、あちらを御覧なさいな」
十香の指差す先、そこには銃を構え、迷彩服に身を包んだ男達が居た。
そして、その先頭に居るのは無精ひげを生やした中年男性だ。
「まさか……藤田さんっ!?」
無事だったのか?
いや、だとしても、どうして五十嵐会長と共に居るのか?
その声に気付いたのか、中年男性はこちらを見て二カッと笑った。
「よう、西野君、清水ちゃん、それに他の皆も。わりぃな、遅くなっちまった」
斯くて全ての役者はここに出揃った。
さあ、舞台の幕を引くとしよう。
全ての戦いに決着をつける為に。




