139.市役所攻防戦 その7
「なんだよ、これ……」
意味が分からない。
目の前の現実が受け入れられず、俺はただそう呟いた。
ティタンを倒したと思ったら新たに五体のゴーレムが現れた。
一体何がどうなっているというのか?
「「「「「ルゥゥゥゥウオオオオオオオオオオオンンンンッッ!」」」」」
重なり合った咆哮は周囲に響き渡り、次々と建物を破壊してゆく。
それはまるでお前たちの頑張りなど全て無駄だったんだと嘲笑しているかのようだった。
「ぁ……ぁ……」
隣に立つ一之瀬さんも目の前の現実が受け入れられず呆然としている。
声をかけようとするも、言葉が思い浮かばない。
だってそうだろう?
たった一体でも俺たちが準備万端で挑んでようやく何とかなったのだ。
それが、五体。
もはやどうこう出来るレベルを完全に超えている。
こんなの……一体どうしろっていうんだ?
「ルゥォォォ……」
やつらの瞳がこちらに向けられる。
一歩ずつゆっくりとゴーレムはこちらへ近づく。
鳴り止まぬ地鳴りは、文字通り絶望を告げるカウントダウンだ。
一歩、一歩近づくたびにその音が大きく、大きく、そしてやがてぴたりと止まる。
巨大な影が俺たちを覆い尽くす。
その腕が俺たちを叩き潰そうと振り上げられた瞬間――モモが叫んだ。
「わんっ!」
「痛ッ……!」
足元に痛みが走った。
見れば、モモが俺の足首に噛みついていた。
「わんっ!」
急かすように吠えるモモ。
その声と痛みでようやく俺は正気に戻る。
「ッ……すまん、モモッ!」
岩の拳が迫っていた。
刹那、俺は一之瀬さんを抱えて横へ飛んだ。
ズドンッ! とけたたましい音を立てて先程まで俺たちが居た場所が陥没する。
「ルゥゥゥオオオオオオオオンッッ!」
だが、追撃は止まらない。
虫けらを潰さんが如く、五体のゴーレムはよってたかって俺たちを叩き潰そうとする。
そこには一片の慈悲も無い。
単純作業のように淡々と繰り返し行われる猛攻は、肉体的にも精神的にも俺たちを追いつめてゆく。
「ハァ……ハァ……」
脇腹が痛い。
肺が悲鳴を上げている。
「……一之瀬さん、少し痛いかもしれないですが我慢して下さい。キキも振り落されるなよ」
「……」
「きゅ、きゅーっ!」
一之瀬さんを抱きしめる腕に力を入れる。
キキも振りほどかれんと必死に俺の首にしがみつく。
モモの『影渡り』はあくまで移動の為のスキルだ。
モモのように俺の『影』に潜む事は出来ない。
だから、俺が抱えなければいけない。
「ルォォオオオオオオオッ!」
ヤバッ……!
一体のゴーレムが瓦礫を手ですくうように持ち上げる。
それを大きく振りかぶって―――投げた。
「~~~~(ふるふるっ)!!」
刹那、俺の服に擬態していたアカが体を膨らませる。
弾幕のように迫る無数の礫をガードするも、あっという間にその体積を削られてゆく。
「ルオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
「~~~~(ふるふる……)ッ!」
更に別のゴーレムからも追撃が入る。
粉塵が舞い、鳴り響く轟音。
アカが居なければ、俺たちはとっくにミンチになっていただろう。
だが、
「アカッ! もういい! やめるんだ!」
このままじゃ、お前が死んじまう!
だがアカは『いやだっ!』と体を震わせる。
「アカ……ッ!」
くそっ! くそっ! ふざけるな、ふざけるなよ、畜生!
俺は限界範囲ギリギリまで周囲に消波ブロックや重機を展開し、巨大な壁を創り上げる。
ここへ来る前にアイテムボックスの『収納量拡大』、『収納サイズ上限拡大』、『同時収納可能数』、『同時取り出し可能数拡張』、『効果範囲拡張』を全て強化しておいた。
それでも、ガードできたのは一瞬。
だが、一瞬あれば十分だ。
『忍術』を発動させるための、一瞬の時間さえ稼げれば。
「―――『土遁の術』ッッ!」
俺は一之瀬さんを抱えたまま地面へ潜る。
以前は自分一人だけしか潜れなかった『土遁の術』。
これも忍者のレベルを上げた事で、その能力が向上された。
仲間を抱えながら地中を移動することが出来るし、その移動距離も伸びた。
(先ずはこの場を離れないと……!)
モモの『影渡り』は二人同時には行えない。
キキのようなサイズの小さい生物なら別だが、人ほどの大きさとなると、一人が限度。
まずはどこか、やつらの目の届かない場所に移動しないと。
(……ん?)
なんだ? 今、一瞬変な気配がした。
ゴーレム達の方からだ。奴らの足元……?
いや、とりあえず今はこの場を離れないと。
「ぷはっ」
ゴーレムの間を潜り抜け、地上に出る。
俺たちは近くの空きビルに隠れた。
これでほんの少しだが、時間が稼げるだろう。
見れば五体のゴーレムは、今度は周囲の建物を手当たり次第に破壊していた。
もはや都心部の壊滅は避けられない。
いや、それだけでは済まない。
このままではこの町、その周辺全てが奴らによって破壊され瓦礫の山と化すだろう。
だからその前にここから逃げる。
まずは事前に六花ちゃんに取りつかせていたアカの分身体の下へ向かおう。
彼女達に合流し、どうにかしてこの場を離れるんだ。
「ハァ……ハァ……モモ、『影渡り』だ」
「……くぅーん」
「……どうした、モモ?」
どうして影を広げない?
「……わぉん」
モモは悲しげな声を上げる。
「ッ……!」
それだけで察することが出来た。
六花ちゃんの身に何かあったのだ。
ハッとなって商店街の方角を見る。
ようやく気づいた、『嫌な気配』が増していた。
向こうでも異常事態が起きたのだ。
メールは……くそっ、馬鹿か、ホントにヤバい状態ならメールなんて出来る訳ないだろうが。
状況がどんどん悪い方向へ向いている。
「あー、くそっ……くそっ……」
どうする?
どうしよう?
どうすればいい?
どうすればこの状況を乗り切れる?
苛立たしげに俺は拳を壁に叩きつける。
誰か教えてくれ。
どうすれば、この状況を乗り切れる?
ゲームみたいな世界なんだ。
攻略本や攻略サイトみたいな、こうすればいいって『答え』を誰か教えてくれよ!
「……クドウさん……」
ぽつりと、一之瀬さんの声が聞こえた。
ようやく口を開いた一之瀬さんは何かを決意した様な表情を浮かべていた。
……もしかしてこの状況を打開する術を思いついたのだろうか?
藁にもすがる思いで俺は一之瀬さんの言葉を待つ。
だが彼女の口から出てきたのは全く別の言葉だった。
「……私を置いて逃げて下さい」
「…………は?」
一瞬、何を言ったのか分からなかった。
一之瀬さんは何を言っているんだろうか?
「座標が無いから、モモちゃんの『影渡り』が使えないんですよね? だったら、足の速いクドウさんが先に逃げて距離を稼げばいいんです。その後で、モモちゃんが『影渡り』で私を迎えに来ればいいんですよ」
ほら、名案でしょう? と一之瀬さんは薄く笑う。
「何を……何を言ってるんですか、あなたは……」
この状況下で一之瀬さんだけをここに置いて逃げる?
距離を稼ぐ?
馬鹿な。
そんな事をしてみろ。
彼女はあっという間にゴーレム達の攻撃に巻き込まれ死んでしまうだろう。
それが分からない一之瀬さんじゃない筈だ。
「私……もう体が限界なんですよ。銃の反動で、碌に走る事も出来ないんです」
ぎゅっと自分の体を抱きしめながら、一之瀬さんは告白する。
……知ってるよ。
それを承知の上で、今回の作戦を立てたんだから。
それで、どうにかなると思ったんだから。
「だから……こうなった以上、私はもう足手まといです。クドウさんだけなら確実に逃げ切れます。だから―――」
「出来るわけないでしょうそんな事!」
俺は叫んだ。
「ふざけんじゃねぇよ! 分かってんのか!? 自分の言葉の意味を! この状況でよくまあそんなふざけた事が言えたもんだな!」
普段の口調を捨てて、俺はがなり立てる。
俺は彼女の発言に本気で怒っていた。
一之瀬さんを見捨てて逃げるなんて選択肢は最初からない。
そんな事するくらいなら、俺が囮になって時間を稼いだ方がまだマシだ。
それぐらい一之瀬さんは俺にとって大切な存在になっていた。
「死ぬんだぞ、間違いなく! 怖くないのかよ!」
俺は一之瀬さんを睨み付ける。
だが、それでも彼女は平然としていた。
少しだけ悲しそうに下を向き、そして直ぐに笑みを浮かべて俺を見た。
何がそんなに嬉しいって言うんだ。
「……怖いに決まってるじゃ、ないですか」
ぎゅっと一之瀬さんは、俺の胸に手を添える。
「死ぬのが怖くない訳、ないじゃないですか……」
「ならっ……!」
「でも――それでも、私よりクドウさんが死ぬのが嫌なんです」
「ッ……!」
「自分勝手で、引き籠りで、碌に人と会話も出来なくて、初対面の人間に吐いて、文句ばかり言って……それでも、そんな私を仲間だって言ってくれた。今の私の言葉に本気で怒ってくれた。だから……そんなアナタが死ぬのは……私が死ぬよりも嫌なんです」
「……」
「自分でも驚いてるんです。こんなセリフが自分の口から出るなんて……それだけ、アナタは私にとって大切な存在になっていたんですよ」
そんなの……そんなの俺も同じだ。
俺だって、一之瀬さんの事を―――。
「だからお願いします、クドウさん。私をここに置いて行ってください。大丈夫です、ほら、私って運がいいですから。あれだけ『ガチャ』で色々当ててるんですよ? だからきっとその運が味方してくれます」
「そんな訳……ないでしょう……」
確かに一之瀬さんのガチャの引きは凄い。
運がいいんだって、最初は俺もそう思っていた。
でも、違ったんだ。
一之瀬さんは別にガチャの運が特段良いって訳じゃないんだ。
「今までのレベルアップのポイント、殆どガチャに費やしていたからでしょう」
「……」
彼女は別に運がいいわけじゃない。
それこそ、何十回、いや下手をすれば百回以上もガチャを回して当たりが出るまで引き続けていただけだ。
他の全てを犠牲にして、ただそれだけに注ぎ込んだからこそあれだけの職業やスキルを得る事が出来たんだ。
別の選択肢もあっただろう。
でも普通にポイントを割り振って、普通に強くなる程度じゃ、『早熟』を持つ俺には絶対に追いつけない。
そう考えたからこそ、彼女は自分に出来る最大限の可能性に賭けたんだ。
俺やモモたちと一緒に居る為に。共に肩を並べて戦うために。
「……一之瀬さん、俺は貴女の仲間になれた事を心から誇りに思います。だから――絶対に死なせません」
聞く人が聞けば笑うだろう。
俺たちは、お互いの事も碌に知らない間柄だ。
会話だって特に弾みもしない。
ご飯を食べるときだって、お互い黙々食べて、数分で終わっちまう。
たった四日間だけの、浅く薄っぺらな人間関係だ。
でも、それがどうした?
例えどんな風に言われようとも、俺と一之瀬さんが過ごしてきた時間は本物だ。
誰にも馬鹿になんてさせない。
させるものか。
「だから……」
考えろ、クドウカズト。
お前のその無駄に多いスキルは何のために在る?
決まってる。
生き延びるためだ。
自分だけじゃない。
一之瀬さんと、仲間と共に生き延びる為だ。
考えろ、あのハイ・オークの時のように全てを懸けて生き延びる術を模索しろ。
考えろ、あのダーク・ウルフの時のように全てを懸けて仲間を助けて見せろ。
諦めるな。
可能性を模索し続けろ。
今、自分に出来る事を、最大限考えろ。
「カッ……はっ、はっ……!」
思考の海の没頭し脳が回転数をぐるぐると上げてゆく。
神経が焼き切れるのではないかと思う程の圧倒的な熱量が全身を焼く。
≪熟練度が一定に達しました≫
≪スキル『集中』がLV4から5に上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪スキル『集中』がLV5から6に上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪スキル『集中』がLV6から7に上がりました≫
≪一定条件を満たしました≫
≪スキル『演算加速』を取得しました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪スキル『演算加速』はLV1から2に上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪スキル『演算加速』はLV2から3に上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪スキル『予測』がLV3から4に上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪スキル『予測』がLV4から5に上がりました≫
≪熟練度が一定に達しました≫
≪スキル『予測』がLV5から6に上がりました≫
ドクドクと心臓が脈打ち、全身へ血液を送る。
再び体に力が湧き上がるのを感じた。
作戦は決まった。
だが、はっきり言ってこれは賭けだ。
根拠も乏しい博打に、俺はまた賭けなきゃいけない。
怖い、体が震える。
命を懸けた博打に、俺は誰よりも守りたいと思った少女を巻き込もうとしているのだ。
そう思うと、また手が震えてきた。
でも、
「あ……」
不意に、手に温かみを感じた。
横を見れば、一之瀬さんが俺の手を握っていた。
彼女は何も言わない。
でも、その瞳はじっと俺を見つめていた。
その真っ直ぐな眼を見て、俺は覚悟を決めた。
「……一之瀬さん、お願いがあります」
ぎゅっと、俺は彼女の手を握り返す。
「俺に命を預けてくれませんか?」
「―――」
その瞬間、一之瀬さんは目を見開き、そして花の咲くような笑みを浮かべた。
「喜んで」
即答だった。
一瞬の迷いすらなかった。
だから、俺も覚悟を決める事が出来た。
「クドウさん」
「なんですか?」
「その……今のクドウさん、凄くカッコいいですよ、……えっと、多分」
「そこは断言して下さいよ。でも……ありがとうございます」
「わんわんっ」
「きゅー」
茶化すように、モモやキキが笑う。
ああ、そうだな。
誰一人死なせない。
絶対に全員で生き延びてやるさ。
さあ、ティタン―――決着をつけよう。
お前がどれだけ俺たちの心を折ろうとも、俺たちはもう絶対に諦めない。
「それじゃあ作戦を伝えます。みんな、よく聞いて下さい」
「はいっ!」
「わんっ!」
「きゅーっ!」
「……(ふるふる)!」
気合を入れ直し、俺たちは再び動き出す。
理不尽に抗い未来を掴む為の最後の戦いが始まった。




