133.市役所攻防戦 その1
時刻は現在午前十時。
俺は女王蟻アルパ討伐の為に、西野君たちと共に地下街へ向かっていた。
討伐に参加する人数は全部で二十八人。
市役所のほぼ全勢力だ。
それを三グループに分けて、別々の方角から地下街を目指す。
俺の居るグループは、西野君を中心とした学生グループで、全部で十人。
分かれて行動するのはゴーレムの攻撃目標を分散させるためだ。
逃げるにしろ、囮になるにしろ、全員がまとまって行動するよりは動きやすくなるし、生存率も上がる。
――というのが建前。
(本音はおそらく足の引っ張り合いを避けるためだろうな……)
特に俺の元同僚たちと西野君たちのグループは露骨に反発しあっていた。
まともな連携など期待できるはずもない。
ならば最初から別々に行動した方が効率がいいというのが市長の判断だ。
(こんな状況下でも足並みが揃わないってある意味凄いよなぁ……)
まあ、アイツらと一緒に行動しないで済むのは、俺としても気が楽だ。
二条や清水チーフには悪いが、どうにもアイツら好きになれないんだよなぁ。
……俺の変装とはいえイチノセさんを『そういう目』で見てたし。……腹立つわぁ。
おっと、いかんいかん。つい思考がずれてしまった。
集中しなければ。
という訳で、現在俺たちは地下街に向けて移動中だ。
順調に進めばあと十分ほどだろうか。
皆緊張しているせいか口数が少ない。
ちらりと隣を歩く西野君を見れば険しい表情。
緊張しているのか?
……いや、これは何か考え事をしている時の表情だな。
「ニッシー、どうしたん? さっきから難しい顔をしてー?」
六花ちゃんも気になっていたようだ。
ひょいっと下から覗き込むような姿勢で西野君へ質問をする。
ちらりと見える谷間とピンクの下着。天然であざとい六花ちゃんである。
「ッ……い、いや、その討伐対象になってるモンスターについて考えてたんだ」
さっと顔を逸らしつつ、西野君は質問に答える。
心なしか頬が少し赤い。……意外と純情だね。
「それって……女王蟻とゴーレムだよね? それがどうかしたの?」
「実はここに向かう前にちょっと市長と話をしてきたんだ。ちょっと気になる事があってな。それで―――」
西野君が言葉を続ける前に、俺は手を上げた。
「『索敵』に反応がありました」
その言葉に全員が表情を変える。
西野君と六花ちゃんも会話を止め、臨戦態勢に入った。
「距離八十、蟻、数十五、通常種十三、上位個体無し、それと……ゴブリンが二体」
俺は端的に情報を伝える。
「……蟻とゴブリンが戦ってるのか?」
「いえ、そんな感じじゃないです……」
二匹のゴブリンに蟻達が群がっているように感じる。
これはもしかして――。
「……よし、俺、六花、一之瀬が先行する。皆は俺たちの少しあとをついて来てくれ」
西野君は小声で素早く指示を出すと、俺と六花ちゃんを連れて反応があった方へ向かう。
壁際に身を潜め、様子を窺う。
「ッ……!?」
その光景に西野君は表情を変える。
「ギ……ギィ……」
「……ゲギャ……ァ……」
そこには死にかけた二体のゴブリンが居た。
そして蟻達はそれに群がり、グチャグチャと口を動かしている。
どうやら『食事中』のようだ。
「こちらに気付いた様子は無いですね」
「ちょっと待て。あれ……まさか、食ってるのか?」
「うぇっ……」
西野君と六花ちゃんは表情を青くする。
「死ねばモンスターは魔石を残して消滅しますからね。だからわざとああして生かしているのでしょう」
生きてる内に肉体から切り離された部分はそのまま残る。
洗濯機に付いたモンスターの血のりとかな。
蟻達がやっているのは、いわばモンスターの活け造りなのだろう。
「……よく平然としていられるな」
「慣れましたから。それに耐性スキルもあるので」
恐ろしくグロい光景。
耐性スキルが無ければ吐いちゃうね。
「向こうはまだこちらに気付いた様子はありません。……狙うなら今の内でしょう」
「あ、ああ、そうだな」
気を取り直し、西野君はみんなに指示を出す。
「……皆、いくぞ!」
「「「「了解っ!」」」」
一糸乱れぬ動きで、学生たち――内一名おっさん――は一斉に駆け出す。
俺も手に持った銃を構える。
イチノセさんの姿で居る間は狙撃スタイルで戦う事にしている。
銃弾は事前にイチノセさんから貰っているので問題ない。
「……(ふるふる)!」
アカも『がんばるよー』と気合を入れて震える。
「ギィィィ!?」
食事をしていた蟻達もようやくこちらに気付いたようだ。
だが、もう遅い。
「撃て!」
西野君の合図と共に彼らは手に持ったマグナムブラスターを構える。
ブッシュゥゥゥ!という噴射音と共に吐きだされる大量の煙。
「ギィィイイイイイイイイイイ!?」
「キシッ……ギィキイ……」
「ギッシャアアアアアァァァァァ……」
その煙を浴びた蟻達は堪らず悲鳴を上げる。
その隙を西野君らは見逃さない。
「うりゃあああ!」
「ふんぬうううううううううう!」
まず六花ちゃん、そして五所川原さんが切り込み、他の学生たちもそれに続く。
器用に関節の隙間を縫うようにして蟻共を切り裂く六花ちゃん。
力任せに丸太で押しつぶす五所川原さん。……丸太すげえな。
他の学生たちも各々の武器で蟻達へ向かってゆく。
そして後方で西野君が適切な指示を出し、『統率』と『戦闘支援』によって連携とステータスを随時強化してゆく。
(……予想以上に強いな、このチーム)
指揮官の西野君、攻撃の要である六花ちゃんと丸太の五所川原さん、そして医療系のスキルを持つ柴田君。他の学生たちもレベルも高くスキルも十分に使いこなしている。
なによりチームワークが抜群にいい。
この七日間の間に、彼らがどれだけモンスターとの戦闘経験を積んだのかよく見てとれるようだ。
その証拠に十匹以上居た蟻達は瞬く間にその数を減らしてゆく。
(……ってちょっと待って。これ、俺の出番なくね?)
急いで銃を構え直すも、既に六花ちゃんが最後の一体を仕留めたところだった。
「……(ふるふる)!」ふんすっ
出番まだー? とアカが震える。
……すまん、アカ。気合を入れて貰ってるところ悪いが、どうやら今回お前の出番はないらしい。
しょぼんと震えるアカをよそに、最初の戦闘は終わった。
「他にモンスターが居ないかどうか、全員確認しろ! いなければ移動を再開する!」
魔石を回収し、俺たちは再び移動を開始した。
あ、食事にされたゴブリン達は、柴田君がきちんと止めを刺していた。
「そう言えば―――」
戦闘後、頃合いを見計らって俺は西野君へ話しかけた。
「さっき西野君が言いかけていた事ってなんですか?」
「さっき……?」
「アレです。女王蟻とゴーレムがどうとか……」
「ああ、その事か」
西野君は頷いて、
「いや、ちょっと気になってな。どうして今回、スキルの達成条件に『指定モンスター二体の討伐』が加わったんだろうって……」
「あ、それは確かに私も気になってました」
市長によれば、『町づくり』のスキルを上げる条件は、
LV2の時は『人員10名の確保、魔石×10』
LV3の時は『人員50名の確保、魔石×100』
だったらしい。
今回はそれに加えてネームドモンスター二体の討伐。
明らかに難易度が跳ね上がっている。
「達成条件めっちゃ厳しいよねー」
「ですね」
隣を歩く六花ちゃんも会話に加わる。
「ああ。でも、逆にこうは考えられないか? 条件が厳しくなったんじゃない。厳しくならざるを得なかったんじゃないかって」
「へ?」
六花ちゃんが首をかしげる。
「ここを出る前に市長に質問したんだ。『町づくり』で安全地帯を広める場合、それまで領域内に居たモンスターはどうなったのか?って」
「どうなったの?」
「強制的に追い出されるらしい。それまで領域内に居たモンスターたちは、安全地帯を広げた瞬間、境界線ギリギリまで強制的に追い出されたんだとさ。これは市役所の職員たちに協力して貰って実際にその瞬間を観測して貰ったらしいから間違いない。それと、追い出されたモンスターたちは再び中に入ろうとしたが、見えない壁に阻まれるように中に入る事が出来なかったそうだ」
へぇ、そんな仕組みになっているのか。
モンスターを強制的に追い出し、入って来れなくする『結界』みたいなものなのかもな。
「そこで思ったんだ。もしかしたら、今回討伐に指定された二体のモンスターは『町づくり』で安全地帯を広げる上で、どうしても倒さなきゃいけない敵だったんじゃないかって」
西野君の言葉に六花ちゃんは再び『?』を浮かべる。
「えっと、それは――」
「つまり、この二体は何らかの理由でこの周辺から強制的に移動させることが出来ない『例外』的な存在であると?」
だから討伐対象としてリストアップされた。
六花ちゃんの言葉を引き継ぐ形で俺がそう答えると、西野君はこくりと頷いた。
「そう考えれば色々しっくりこないか? 例えば女王蟻なんかは巣を作れば一生を巣の中で過ごす。それはスキルの効果をもってしても打ち消せない『女王蟻の特性』だとすれば、女王蟻が指定対象に選ばれたのも納得出来る。わざわざ蟻ではなく『女王蟻』って明示してるしな」
「なるほど……」
モンスターに普通の蟻の理屈を当てはめるのはナンセンスかもしれないが、確かに筋は通る。
「なにより、俺たちがこれだけの数の蟻を討伐してるのに奴らが巣穴を変えないって時点で違和感があったんだ。少なくとも俺だったら敵に見つかった時点ですぐに移動を開始する。だから間違いなく女王蟻はあの場所から動けない……いや、動く事が出来ないモンスターなんだ。そう考えていいだろう」
「確かに、あり得ますね……」
「うーん、私にはよく分かんないよー」
ぷしゅーっと既に六花ちゃんの頭はオーバーヒートしてしまったらしい。
「じゃあゴーレムの方はどうなんっすか? こっちはアリと違って移動も自由に出来てると思うんっすが?」
代わりに後ろを歩く柴田君が会話に参加してくる。
「何を言ってるんだ、柴田。こっちはもっと分かり易いだろう。もう一度、ヤツの名を思い出してみろ」
「え? ……えっと、ガーディアン・ゴーレム……ティタンっすよね」
「そうだ。大野だったら多分すぐピンときたんじゃないか? アイツはこの手のゲームが得意だったからな。ガーディアン―――直訳すると『守護者』だ」
あ、と柴田君は声を上げる。
俺もピンときた。
「気付いたか? おそらくティタンはこの『討伐区域』で『何か』を守っている存在なんだよ。『守護者』だから、守る『何か』がある限り、奴はこの周辺から移動できない。……流石に『何を守っているのか』までは予想がつかないけどな」
「な、成程……。す、すげぇ、流石西野さんです!」
「別に大したことじゃない。それに、理由が分かったところで戦わなきゃいけない事には変わりないからな」
確かにその通りだ。
どの道、この二体を倒さなければ市役所に未来はない。
「……まあ、今後の参考にはなるけどな」
「え? なにがっすか、西野さん?」
「いや、何でもないよ」
ぽつりと漏らした西野君の呟き。
俺はそれをはっきり聞きとっていた。
……もしかしたら西野君も俺と同じような事を考えているのかもしれない。
『町づくり』というスキルの入手。自分達だけの安全圏の確立。
もしそうだとしたら、やはり西野君は頼りになる存在だ。
後でそれとなく聞いてみよう。
「……さて、無駄話もここまでにしよう。そろそろ敵の本陣が近い」
「ええ、そうですね」
商店街が見えてきた。
『索敵』が捉えるモンスターの気配がどんどん増えてゆく。
「―――来るぞ」
各々が武器を構える
同時にカタカタと地面が揺れ、亀裂が走る。
「「「「キィィィッッ!」」」」
再び大量の蟻達が、俺たちの前に姿を現した。
「どうやら、連中俺たちが来るのを待ち構えていたようですね」
「みたいだな」
「だねー」
今頃、市役所チームや清水チーフたちもそれぞれの配置についただろう。
「さあ、ここからが本番だ。皆、気を抜くなよっ!」
「「「「おおーっ!!」」」」
西野君の号令と共に、学生たちは駆けだす。
俺も今度は出遅れない様に前に出ないとな。
素早く狙撃が出来そうなポイントに移動しようとした瞬間――
「……ん?」
俺は『嫌な気配』を感じた。
なんだろうか、これは?
……敵意? いやこれは『悪意』?
ふと、その気配の感じた方向を向く。
あっちは確か清水チーフたちが居る方向だ。
……なぜだろう? 俺は妙な胸騒ぎがした。




