131.幕間 それぞれの夜
その夜、西野は集まった仲間と共に食堂で夕食を食べていた。
メニューはカレーだ。
電気が復旧し、業務用の大型炊飯器や電気コンロなどが使えるようになった為、料理の幅も使える食材も飛躍的に広がった。
とはいえ、数十人近い人数を賄わなければいけないので必然的に作れる品目は限定されてくるのだが、それでも久々に食べるカレーは涙が出る程に美味しかった。
(英気を養うために奮発したって清水さんは言ってたな……)
原価にすれば一人三百円もかかっていない何気ないメニュー。
だが見れば集まった仲間も、市役所の職員も誰もが夢中でカレーを頬張っている。
彼女の狙いは大正解だろう。
ちなみに当の本人は、他の女性たちと共に頭に布巾を被りながら、給仕に勤しんでいた。
「おいふぃいねーんっしー」
「そうだな……あとちゃんと飲み込んでから喋れ」
「ふぉだね……んぐ」
「ったく、ほっぺについてるじゃないか。拭いてやるからじっとしてろ」
手に持ったハンカチで六花の頬を拭いてやる。
「ありがと、ニッシー。お礼にニンジンあげちゃおう」
「それはお前が食えないから俺に押し付けてるだけだろうが。好き嫌いしないでちゃんと食え」
「ぶー」
「ぶーじゃない、ったく……」
と言いつつも、半分は食べてあげる西野であった。
ちなみにその様子を周りの友人たちはニマニマ見つめているのだが、その事に彼は気付いていない。
「皆、食べながら聞いてくれ。明日の戦いについてだ」
彼がそう言うと、皆の顔つきが変わる。
スプーンを動かしつつも、視線は西野へ集中する。
「市長や清水さんの作戦は何となく予想がつく。その上で、皆にはいくつか注意しておいてもらいたい」
予想される作戦、自分達が担うであろう役割、市役所の戦力、その他諸々を仲間たちに説明する。
誰もが一言一句聞き漏らすまいと西野の言葉に耳を傾けている。
それだけで普段から彼がどれだけ皆に信頼されているかが分かるだろう。
「―――以上だ。それと、一人――いや二人だな。俺たちの仲間が増えた。後で合流する手筈になっている」
「へー、どんな奴なわけ?」
訊ねたのは、六花と同じくギャルっぽい見た目の少女だ。
「一人目は、一之瀬奈津だ。お前は同じクラスだったから知ってるだろ?」
「えっ!? あ、あの子?」
その名前を聞いて、彼女は驚いた表情になる。
他のメンバーも似たような表情だ。
一之瀬がイジメで学校を中退し、それを主導していたのが六花だというのは彼らの中では共通認識だった。
その反応を西野は予想していたのだろう。六花の方を見る。
「六花、話しても良いな?」
「……うん」
だからまずはその誤解を解く。
六花の同意を得た西野は、仲間たちに彼女と一之瀬の関係やすれ違いについて説明した。
全てを説明し終えた後、ギャルっぽい少女は申し訳なさそうに呟いた。
「そっか、そうだったんだね。……謝んなきゃなぁ。私、巻き込まれるのが怖くてずっと見て見ぬふりしてたし……」
「俺もだ。大野が必死になって動いてた理由がようやく分かった」
「くそっ、イジメてた奴ら、今度会ったらただじゃおかねぇ……!」
他の者たちも一之瀬への謝罪や加害者への怒りを口にする。
学校というカテゴリーでは『出来損ない』や『不良』に該当する彼らだが、それでも仲間を大切にしたいという当たり前の感情だって持っているのだ。
「それともう一人だが……こっちはちょっと事情があってな。少し遅れるかもしれない」
「どういう事?」
「ああ、実は――」
西野はカズトが一之瀬に変装してきた場合と、『本物の彼女』を連れてきた場合、どちらのケースでも仲間の動揺や作戦に支障が無いように適当に理由をでっち上げて説明した。
これはカズトに頼まれたからではなく、混乱を最小限に留められるようにと、彼が機転を利かせたからである。
(とりあえず皆への説明はこれで良いだろう。カズトさんは市役所や清水さんたちには話さないでくれと言っていたが、こっちはどう誤魔化せばいいだろうか……)
はぁー、と西野は心の中で溜息を吐く。
何で自分がこんなに気を回さなきゃいけないんだと愚痴りながらも、それが最善だと考えているから彼はそう動くしかなかった。
なにせそれだけカズトと一之瀬という『戦力』は彼にとって旨味がありすぎた。
高いレベルに多彩な職業とスキル、おまけにモンスターも従え、その総合戦闘能力は自分達を遥かに凌ぐだろう。
自分達が束になっても勝てないと、西野はちゃんと理解していた。
(『命令』も一切効かないし、逆らえばこっちの主力である六花が何言うか分からない……ここまで考えてこちらに接触してきたんだから本当に大した奴だよ……)
共闘ではなく、従属を持ちかけられなかったのが意外なくらいだ。
あれだけの力があれば、五十嵐会長の様に頭から自分達を押さえつける事も出来ただろうに。
(お試し期間と言っていたが、アレは多分こっちの戦力をより正確に把握する為だろうな……)
手を組むに値するかどうか、きっとこの戦いで見極めるに違いない。
だがそれは西野としても望むところだ。
逆に向こうの力を見極め、こっちが利用してやるくらいの気概で居るくらいで丁度いいのだろう。
(ふっ、頼りにしてますよ、クドウさん……)
はっきり言ってしまえば、殆ど偶然と成り行きでこうなっただけなのだが、西野はそれに気付かない。
なまじ頭が回るばかりに深読みしてしまうのは彼の悪い癖だった。
そんな彼を見て、六花はそっとニンジンを彼の皿に移すのだった。
二条かもめは市役所の屋上に居た。
早めに夕食を済ませ、見張り番を代わって貰ったのである。
理由は少しでも探索できる時間を作るためだ。
世界がこうなってから、彼女はずっと一人の男性を探している。
クドウカズト、彼女の元同僚であり先輩であった人物を。
「……くしゅっ」
冷たい夜風が頬を撫でる。
まだ五月だ。夜は冷え込む。
「はぁ……結局、今日もなんの手がかりも無しか……」
ここへ来てからもう三日。
毎日のように同僚たちと共に探索に出ているが、未だに探し人の手がかり一つ見つかっていない。
もう諦めた方が良いんじゃないかと同僚たちは口にするが、彼女は絶対に諦めようとはしなかった。
あの人は生きてる。生きて、必ずまた会えるはずだ。
かもめはそう信じて疑わない。
「先輩……」
明日は蟻共との決戦だ。
これまで以上に激しい戦いになるだろう。
誰かが死ぬかもしれない。
その誰かは自分かもしれない。
(そんなのは―――絶対に嫌だ)
生き延びるんだ。
絶対に生きて、もう一度あの人に会うんだ。
会社で居場所のなかった自分に話しかけてくれたあの人に。
何気ない挨拶を、何気ない会話を、何気ない関係を、何気ないあの陽だまりの様な温かさをくれたあの人にもう一度会う。会って、今度こそ自分の想いを伝えるのだ。
だから、自分は生き延びなければいけない。
ぎゅっと胸の前で拳を握る。
「和人先輩……どこに居るんですか……?」
―――会いたい。
そんな呟きは誰の耳にも届かず、夜の闇へと溶けて行った。
実際は既に会っているのだが、その事に彼女が気付くのはもう少し先の話である。
市役所の外壁。
そこでカズトの元同僚たちは煙草を吸っていた。
別に室内で吸っても咎める者など居ないのだがなんとなく習慣の様なものだ。
それに聞かれたくない話をするには、こういう場所が一番いいというのもある。
それは例えば愚痴や不満だ。
「はぁー……ダリぃなぁ。なあ、如何するよ、明日の作戦?」
「どーするも、こうするも出るしかねーだろ」
「だけどよぉ、今まで以上に危険な作戦なんだろ?」
「その辺は市長や清水ちゃんが色々考えてくれるんじゃねーの? あの女、ここ来てから妙にやる気出してるし」
「あー、それな。あの藤田っておっさんの前だと妙に張り切ってるし、もしかして気があるんじゃね?」
「うっわ、趣味悪っ。あんなおっさんのどこが良いんだよ?」
違いないと彼らは下品に笑う。
「だいたいよぉ、何で俺らがこんなに頑張らなきゃいけねーわけ? そう言うのって普通自衛隊とか警察官とかの仕事だろ。こういう時くらい働けよ」
「だから、そいつらがまとめて死んだからだろ。マジ使えねぇ」
彼らの言っている事は、ある意味では事実だった。
市役所の近くには警察署もあるが、殆どの警察官は既に死んでいる。
スキルやステータスの存在が判明する前に、モンスターやゴーレムによって蹂躙されてしまったのだ。
生き延びていれば間違いなく強力な力を手にしていただろうに、巡り合わせが悪かったとしか言いようがない。
「俺らだって必死に頑張ってるんだし、なんかご褒美とか欲しいよなぁ……」
「ご褒美ねぇ……例えば?」
「そりゃ女だろ。この世界になってから碌にシてねーんだし溜まってんだよ。清水でも二条でもいいから、ちょっとくれぇ相手にしてくれねーかなぁ……」
「あ、だったら俺、あの新しく来た金髪の娘がいいわ。胸でけーし、頼めばヤラせてくれるんじゃね?」
「俺は銃持った娘の方が好みだな。ああいう大人しそうなのに限ってそっちは激しかったりするんだよ」
各々身勝手に自分の欲望を口にする。
だがあくまで口にするだけだ。
ここでの愚痴り合いはガス抜きのようなモノであり、自分達が身勝手な行動を取れば、それは自分達に跳ね返ってくる。それは常識であり、彼らだってきちんと理解しているつもりだった。
―――少なくとも、今日この時までは。
「だったらよ……本当に実行してみねーか?」
煙草を咥えた一人がそう言った。
「は? 何言ってんだよお前?」
「いや、実はな、今日の探索でレベルが上がってよ。ちょっと面白い『スキル』が手に入ったんだよ」
彼は嬉々として自分が手に入れたスキルについて説明する。
その能力、そして素晴らしさ、最初はぽかんとしていた彼らも、徐々にその表情を変えていった。
「……お前、それマジでいってんのか?」
「当たり前だろ。そもそもこんな状況だ。何があったっておかしくねーだろ? だったら、好きに生きた者勝ちじゃねーか。どうよ、お前ら?」
彼は同僚たちを見回す。
少しだけ沈黙していた彼らだったが、
「……い、いいぜ、俺は乗った!」
「お、俺もっ」
「だ、だよな。ちょっとくらい美味しい思いしたっていいよな」
一人、また一人と賛同し、全員が手を上げた。
その結果に、彼は満足して頷いた。
「よしっ、じゃあ明日はご褒美の為に頑張るとしようぜ」
「「「おおーっ」」」
煙草を投げ捨てる彼らの目には、一様にどす黒い欲望が渦巻いていた。
そして―――そんな彼らを見つめる者が居た。
市役所から少し離れたビルの屋上。
そこに『彼』は居た。
「はっはっは、やはり面白いなぁ人間は。あれだけの理性があって、あれだけの知性があって、なぜああもまとまりが無いんだろう? いや、それとも逆なのかな? 個を求めるからこそ、全を重視しなくなるのか……。いやぁ、なんて『傲慢』な在り方なんだろう。見ていて飽きない」
ニヤニヤと無機質な笑みを浮かべながら、『彼』は市役所を眺め続ける。
「しかし、困った。せっかく大量の経験値が手に入ると思ったのに、まさか立ち入り禁止区域だなんて」
そこで『彼』は足元を見る。
「君もそう思わないか、ねえ―――“ティタン”」
「ボルルル……」
低い呻り声が響く。
その声に応じる様に、『彼』の立つビルが揺れた。
「おっと、八つ当たりは止めてくれよ? 苛立っているのは理解しているが、その矛先を向けるべきはあそこに居る人間達だ。そうだろう?」
少し慌てて『彼』がそう言うと揺れは収まった。
「うん、理解が早くて助かる」
「―――ゥルルル……」
「ああ、分かってる。大丈夫さ。あの立ち入り禁止区域を破る方法はちゃんとある」
「ボルルル……?」
「本当だよ? ただしこれは君にしか出来ない方法だ。悔しいけど、私にはまだその力が無い。だから声をかけたんだ。あの女王蟻や黒狼と違って君は話が分かるから助かるよ」
「――ゥルル……」
「気にしないでくれ。えっと、こういう時は何ていうんだっけ……?」
しばし考え彼は思い出す。
「ああ、そうだ―――“困った時は、お互い様”だろ?」
そして夜が明ける。
七日目の幕が上がる。




