130.六日目の終わり
会議室に入ると既に他のメンバーは揃っていた。
他の班も一旦休憩に戻って来ていたらしい。
(多少の怪我人は居るみたいだけど、死傷者はゼロか……)
元同僚たちもほぼ無傷だ。
俺たちは空いている席に適当に座ると、上杉市長が腰を上げる。
「全員揃ったようだな」
壇上へと上がり、俺たちを見回す。
「さて、急に集まって貰ったのは他でもない。既に話は聞いていると思うが、女王蟻と思しき個体が発見された」
その言葉に周囲がざわめく。
事前に聞かされていたとしても、やはりその衝撃は大きい様だ。
「詳しくは彼女から話してもらう。―――二条ちゃん」
「は、はひっ」
市長に呼ばれ、二条が立ち上がり壇上へ向かう。
ガチガチに緊張しながら、挨拶をして頭を下げる。
……アイツ、上がり症治ってねぇな。
「え、えっと、それでは説明させて頂きます。わ、私達の班は清水チーフの指示で商店街の西側を探索していました。その際に地下街に向かう階段を見つけたんですが――」
二条の話を要約するとこうだった。
商店街の西側で地下街に通じる階段を発見。
地下街へ降りると、そこには無数の蟻がひしめいていた。
容易に先へ進む事は出来ず、彼女達は元来た道を引き返したが、その際に地下街の奥に女王蟻と思わしき個体を見かけたのだという。
「……どうしてそれが女王蟻だと思ったんだ? 地下街はほぼ真っ暗で明かりが無ければ何も見えないだろう?」
市役所メンバーの一人が質問する。
「わ、私は『望遠』と『暗視』というスキルを取得してます。これは遠くのものを見たり、暗い中でも周囲の景色をハッキリ見る事が出来るスキルなんです」
へえ、二条も『望遠』と『暗視』を持ってたのか。
てことは彼女の職業は『狩人』辺りだろうか?
「成程、納得した。それで女王蟻はどんな外見だったんだ? あと、どうしてその個体が女王蟻だと思ったんだ?」
「えっと……見た目はとても大きな蟻でした。普通の蟻のモンスターの数倍はあると思います。それに腹部だけが異常に膨らんでて、所々にボールみたいな突起がいくつもありました。あと、その大きな蟻を守るように周囲に戦士っぽい蟻が何匹も控えていたので……その、女王蟻っぽいかなーと……」
最後の方はやや尻すぼみで自信なさ気な感じになっていた。
戦士っぽい蟻ってのは、俺や西野君たちが遭遇した上位個体で間違いないだろう。
それが守っている大きな蟻……確かに女王蟻の可能性が高いな。
それにしても……。
「意外とあっさり見つかったな」
「ああ、もっと時間がかかると思ってたぜ」
「女王蟻だもんな。もっと地下とかに潜ってるもんだとばかり思ってたわ」
口々にそんな意見が飛び交う中、
「でもよー、それってなんか変じゃねぇか? 普通女王蟻って一番奥に居るもんじゃねーの? なんでそんな浅い所に居んだよ?」
柴田君がそんな疑問を口にする。
確かに女王蟻ってのは蟻の巣の一番奥に居るのがセオリーだ。
普通の蟻とモンスターは違うと言ってしまえばそれまでだが、確かに気になる。
「えっと、私はあくまで見たままを伝えただけで――」
「おい、たかが学生が口挟むなよ。俺らが嘘ついてるって言いたいのか?」
二条が言うよりも先に、元同僚の一人が柴田君を睨み付ける。
「んなこと、言ってねーだろ。ただ不思議に思っただけだ。つーか、学生どうこうは今は関係ねーだろうが」
「生意気なガキだな。見た目といい、どういう教育受けてきたんだよ」
「んだとっ!?」
「止めろ、柴田。わざわざ挑発するように言うのはお前の悪い癖だって何度も言ってるだろうが」
「……うっす、すいません」
西野君に言われて、柴田君は押し黙る。
「ふむ……しかし、その少年の言わんとする事も理解出来る。何か理由があるように思えるな」
「やはり市長もそうお考えで?」
「ああ」
考え込む市長と清水チーフ。
その二人の傍で、二条は「えっと……私もう戻ってもいいですか?」とか呟いてる。だが、残念。声が小さくて聞こえていない。
「あの……意見良いですか?」
沈黙の中、西野君が手を上げる。
「何かしら、西野君?」
「おそらくですが……女王蟻がそこに居たのには、ゴーレムが関係しているのではないでしょうか?」
「ゴーレムが?」
「はい。ゴーレムは地中を自由に移動していますよね? その所為で、連中は巣を広げられないでいるのではないでしょうか?
「ゴーレムの移動に巻き込まれるから、か?」
「ええ。実際、俺たちも地下街を探索していましたが、壁や天井から奴らの奇襲を受ける事はあっても、地中からの奇襲は受けた事は一度も有りませんでした。これは連中が地下街より下に巣を広げていないという裏付けになりませんか?」
つらつらとよどみなく自分の考えを話す。
正直、二条の説明よりも全然上手い。
「成程、一理あるな……」
うむ、と市長は同意を示す。
清水チーフも頷いている。
「皮肉なものね。ゴーレムのおかげで、女王蟻の居場所が分かるだなんて……」
「モンスター同士が共闘していないという証拠だろう。今まで出会ったモンスター共も手を組んでいる様には見えなかったからな」
モンスターはそれぞれ独自で行動している。
それが今回はいい結果に繋がったって事か。
(逆に言えば、モンスター同士が手を組めば一体どれほどの脅威になるのか……)
考えただけで寒気がするな。
流石にそんな事態は無いと思いたいけど……用心だけはしておこう。
「よし、明日地下街に一斉攻撃を仕掛けよう。持っている武器や殺虫剤はすべて使い、女王蟻を討伐に向かう」
「えっ、今日はもう動かないんですか?」
元同僚の一人が手を上げる。
「連中は夜行性だ。もうすぐ日も落ちる。万全を期すなら、明日また日が昇ってからの方が良い。幸い、まだ時間はある。今日はゆっくり体を休め、明日の決戦に備えるとしよう」
それに、と市長は続ける。
「藤田の奴が現在、自衛隊の生き残りを連れてここへ向かっておる。やはり奴が居た方が全体の士気も違うからな。それに数名とはいえ、自衛隊員が戦力に加わるのだ。人手は多いに越したことはない」
その通りだと言わんばかりに、役場の職員たちが頷く。
他のメンバーも多かれ少なかれ、同じような反応だ。
藤田さんがどれだけ皆の信頼を得ているかよく分かるな。
「それでは今日はみんなゆっくり休んでくれ。具体的な作戦は明日の朝伝える。
では、解散」
「あ、夕食は十八時からの配給になるから、皆遅れないでね」
最後に清水チーフが夕食の時間を伝え、その場は解散となった。
会議室を出て廊下を歩く。
「さて、仲間と合流するか。皆もう集まってるみたいだ」
西野君の仲間は既に市役所に来ているらしい。
話し合いが終わるまでは全員、入口のロビーで待機していたようだ。
西野君がこちらを見る。
一緒に来ますよね? そんな風な視線だ。
だが俺は首を横に振る。
「申し訳ありませんが、私は一旦ここで別行動を取らせてもらいます」
「……どうして?」
「一応、彼女に会いに行こうと思いまして」
「あぁ……」
それだけで西野君は察してくれたらしい。
「説得ですか?」
「まあ、そんなところです」
メールでやり取りもできるが、やはり直接会って色々と話がしたい。キキの事とかな。
それにモモにも会いたい。
たった一日だけなのに、もう何か月も会って無いような気さえする。
「あ、もしかしてナッつんに会いに行くの? 私も行きたーい」
六花ちゃんが手を上げる。
「ッ……なんだと? お、おい、俺も連れていけ! 嫌とは言わせねぇぞ!」
更に柴田君も声を上げる。
なんかすごい喰い付きだな。
「申し訳ありませんが、俺一人の方が効率的です。それに……」
「それに……なんだよ?」
「いえ、その……」
六花ちゃんはともかく、モロ不良な柴田君を連れていけば、イチノセさんは絶対吐く。間違いなく吐く。
「あー、柴っち顔怖いもんね。分かる分かる。絶対ナッつん怯えるよ」
「なっ……!?」
ガーンと落ち込む柴田君。
「諦めろ柴田。それに大人数で行けば確実に目立つ。下手に目をつけられて事を荒立てるべきじゃない」
「……っす」
渋々ながらも柴田君は了解してくれた。
六花ちゃんも行きたがっていたが、今回は我慢するみたいだ。
「それじゃあ、一旦失礼します。何かあれば『メール』で知らせて下さい」
「ああ、気を付けて」
「ええ、そちらも。ゆっくり仲間との親交を深めて下さい」
こうして俺は一旦西野君たちと離れ、イチノセさんの居るビルへ向かった。
そしてビルの屋上。
扉を開けると、眩しいまでの夕焼けが差し込んでくる。
視界の先。そこには銃を担いだ少女と、その傍に寝転ぶ柴犬の姿があった。
「あっ……」
少女はこちらに気付くと、笑顔で手を振ってくる。
「お疲れ様です、イチノセさん、それにモモ」
「わんわんっ!」
モモは俺の姿を見ると、すぐさま駆け寄ってきて俺の周りをぐるぐると走る。
しゃがむと、身を乗り出してペロペロと顔を舐めてきた。
「ははっ、モモ、元気にしてたか?」
「わんっ」
さびしかったー! とモモは俺に体を擦りつけてくる。
撫でろと言っているので、思う存分モフモフしてやる。
ああ、この感触、久しぶりだなぁ……。
「お疲れ様です、クドウさん。ご無事で何よりです」
「そちらも元気そうで安心しました」
イチノセさんは俺の隣にぺたんと座る。
……ちょっと近くないか?
お互い肩と肩が触れ合う距離だ。
いや、イチノセさんが気にしないなら別にいいんだけど……。
イチノセさんは何か満足そうな、それでいて視線が泳いでいるという何ともおかしな表情をしている。
「え、えっと、その……い、色々あったみたいですね?」
「あ、はい、そうですね。正直、疲れました……」
イチノセさんじゃないが、人間関係ってホント疲れる。
はぁーと大きく息を吐くと、イチノセさんがクスリと笑った。
「きゅー♪」
キキがリュックから身を乗り出す。
そのままイチノセさんの肩に飛び乗った。
「わっ……! えっと、この子がクドウさんの言ってた……」
「ええ、新しい仲間、レッサーカーバンクルのキキです」
「きゅー♪ きゅきゅー♪」
キキはイチノセさんの事を気に入ったのか、ぺろっと舌を出して彼女の顔を舐める。
「きゃっ……ちょ、やめ、くすぐったいです……」
と言いつつも、全然嫌そうじゃないイチノセさんである。
ふわあぁ……と言いながら、キキの毛並を堪能している。
「……わんっ」
「お、どうした、モモ。もっと撫でて欲しいのか?」
ぴったりと体を擦りつけて撫でてアピールをするモモを俺は優しく撫でまわす。
「わふーん……」
モモは満足げに吐息を漏らす。
はぁー癒される……。疲れが吹っ飛ぶわー……。
「それでイチノセさん、頼んでいた物はどうなりました?」
「あ、それなんですが……とりあえず見て貰えますか?」
「ええ――」
一通りモフモフをし終えた俺とイチノセさんは、お互いの情報を共有する。
市役所での出来事や、キキの能力、イチノセさんの新たな職業とスキルの成果。それと明日の為の打ち合わせ。あとはまあ、他愛ない雑談を少々。不思議と、会話は途切れなかった。
全てを話し終える頃にはすっかり日が暮れていた。
「―――さて、それじゃあそろそろ戻りますね」
「あ……えっと、はい」
「くぅーん……」
少し残念そうな顔を浮かべるイチノセさんとモモ。
止めろよ、戻りたくなくなっちゃうだろうが。
「……明日は多分、これまでで一番大きな戦いになります」
「そう、ですね」
市役所の監視は今日で終わりだ。
明日は彼女も戦場に出る事になるだろう。
「……クドウさんも、協力するんですよね?」
「そうですね。出来る範囲で彼らに協力します。西野君ともそう約束しましたし。それに……」
「それに?」
「出来れば、彼らには死んで欲しくありませんからね」
俺の言葉に、イチノセさんは嬉しそうに笑った。
「だから、今日はゆっくり休んで下さい」
「そう……ですね」
立ち上がると、満天の星空が見えた。
下を見れば、市役所の人工的な光が夜の町を照らす。
お互いに「おやすみなさい」と言って、俺はイチノセさんと別れた。
夜道を歩く。
監視に気付かれる事無く俺は市役所へと戻って来た。
(……それにしても藤田さん、遅いな)
本来なら夕方にはもう到着してる筈なのに。
……何かあったのだろうか?
言い知れぬ不安に駆られながらも、俺は西野君たちの下へ向かった。
この日―――藤田さんは帰ってこなかった。
そして夜が明ける。
七日目――決戦の幕が上がる。




