129.人は見かけによらない
柴田君や五所川原さんへの説得は西野君がしてくれた。
五所川原さんの方は割とすんなり受け入れてくれたが、柴田君の方は俺を見て露骨に舌打ちをした。
「……俺はテメェの事を認めた訳じゃねぇぞ。西野さんが決めたから従ってんだ。勘違いすんじゃねぇぞ、こら」
んで一言目がこれである。
怖い。めっちゃガン飛ばしてるよ、この子。
「きゅぅー……」
キキも「なにこのひと、こわーい」と俺の足元にしがみついてプルプル震えている。
どうやら俺がイチノセさんを演じていたのが相当気に障ったらしい。
いや、それに関しては申し開きの仕様がないけどさ。
しょうがないじゃん。イチノセさんを吐かせるわけにはいかないだろう。
「いいか、もし西野さんや仲間に変な事してみろ。直ぐに俺がテメェを――あ痛っ」
「こら! 何やってんのさ、柴っち! おにーさんはもう仲間なんだからそーゆうの禁止!」
「ちっ、……分かってるよ」
六花ちゃんに窘められ引き下がる柴田君。
代わりに西野君が前に出る。
「それじゃあクドウさん、今後についていくつか確認しておきたいんですが」
そう前置きし、西野君は話を切り出す。
「現在、俺たちは仲間に招集をかけてます。『メール』で全員の生存は確認済みですから今日中にはここへやって来るでしょう」
やってくる仲間は全部で十一人。
全員がスキル持ちでレベルもそこそこあるらしい。
市役所の戦力はかなり底上げされるだろう。
「それでなんですが――」
「あ、その前に一つ良いですか?」
「……何ですか?」
「さっきから気になってたんですが、別に敬語じゃなくて普段通りの話し方で構いませんよ?」
そう言うと、西野君はきょとんとした。
「……ですがクドウさんが敬語で話しているのに、俺だけタメ口になるのは失礼じゃないですか? クドウさん、俺より年上……ですよね?」
「誕生日が来れば、今年で21になりますね」
西野君は高3だし、考えてみればそんなに歳違わないか。
「じゃあ――」
「でも別に構いませんよ。というか、俺のは癖みたいなものなので、こっちの方が話しやすいんです」
社畜はね、基本誰にも敬語になるの。
そう言う風に体に叩き込まれてるんだよ。
というか、そういうの気にするあたり西野君ホント礼儀正しいよね。
見た目チャラい不良なのに根が真面目というか。
「それに市役所では、まだイチノセさんの姿で通しますから、今まで通りの方が都合がいいかと思いまして」
口調の切り替えって思った以上に難しいんだよ。
ふとした拍子にぽろっと出ちゃうもんだ。俺も藤田さん相手に何度かボロした。
だから西野君には出来るだけ普段通りの口調でいてほしいのだ。
「……やはり、彼女はまだここには来れないんですか?」
「無理でしょうね。先ほどメールが来ましたが、『努力はします。前向きに検討させて下さい』と……」
「あー、それ絶対無理なパターンだねー」
うんうん頷く六花ちゃん。
俺もそう思う。
「……分かりました。いや、分かったよ、クドウさん」
「ご理解頂けて助かります」
西野君はコホンと咳払いをして、話を再開する。
「じゃあ話を続けよう。これから夕方にかけてもう一度外へ探索に出ることになる。その時に連携やお互いのスキルを確認しておきたい」
口頭で伝える事も出来るが、実際に見た方が得られるものは多い。
その意見には俺も賛成だ。
「それなら皆さんの職業とレベルを確認しておきたいのですが宜しいですか?」
「ああ、それは勿論―――」
そこまで言いかけて、西野君は言葉を止める。
ちらりと、その視線が一瞬六花ちゃんの方を向いた。
「……ちなみに、六花の職業は聞いてますか?」
「ええ、狂戦士でしょう? 本人からそう聞いてますが?」
「……」
どうしたんだろうか?
ちょっと西野君が驚いてる。
「……いや、ならいいんだ。俺は……『指揮官』を選んだ。チームの連携を強化したり、個人の力を底上げできるスキルを持ってる」
へえ、『指揮官』か。
前に見た手から出てたあの光は、キキの支援魔法と同系統のスキルって事か。
リーダーの西野君らしい職業だ。ちなみに彼の現在のレベルは11。
柴田君と五所川原さんの職業についても説明してくれた。
五所川原さんは職業『冒険者』。レベルは9。
主に丸太を武器にして戦うらしい。
「あの……なんで丸太なんですか?」
「ははは、そりゃあ丸太が一番使いやすくて強いからに決まってるじゃないか」
何を当たり前な事を、と笑顔で語る中年サラリーマン。
そ、そっすか……。
そして意外だったのが柴田君の職業だ。
彼の職業はなんと―――『医者』。
(お前、その見た目で戦闘職じゃないのかよ!)
いや、かなり重要な職業だけどさ。
でも思わず心の中でそう突っ込んでしまった。
レベルは10。『槍術』も取得しているらしく、普通にモンスターとも戦えるそうだ。
でもなんで『医者』? と尋ねたら、彼の家は代々医者の家系らしい。
彼自身も医学を齧ってるらしく、初期獲得職業に載っていたそうだ。
本当は『槍使い』や『喧嘩屋』を取得したかったらしいが、周りから――主に西野君――の勧めもあり渋々『医者』を選択したらしい。
(なんかいろいろ複雑な家庭の事情がありそうだな……)
その辺はあえて触れないでおこう。本人も嫌そうだし。
職業『医者』は、MP消費で医療器具や薬品なんかを作り出せるらしい。
更に患者の容態や、治療方法、応急処置の仕方なんかも分かるそうだ。
凄いな、医者。パーティーの生存率を飛躍的に高める事が出来る。
うん、『喧嘩屋』なんかより余程素晴らしい職業だよ。
「それじゃあ、最後に俺の番ですね。職業は『忍者』、現在のレベルは22です」
そう言うと、西野君たちはざわめいた。
「忍者……?」とか「レベル22……だと?」みたいな声が聞こえる。
「ええ、忍者です。その名の通り『忍術』が使えます。便利ですよ」
取得してるスキルも教えて問題ない範囲で説明する。
六花ちゃんの時と同じだ。
反応も似たようなもんだった。
(やっぱ『早熟』の効果って凄まじいんだな……)
複数の職業にスキルの数。
それにおそらくステータスの数値も、俺と彼らとではかなりかけ離れているだろう。
(まあだからと言って、優越感に浸る気も、自慢する気も一切ないけど)
それに俺は根本的に自分だけが選ばれた存在だとは思っていない。
偶々条件を満たしただけだ。
(確か『早熟』の獲得条件が、『最初の討伐』だった……だったよな?)
確かそんなアナウンスだった気がする。
なら例えば『最初の殺人』や『最初のスキルの使用』みたいな条件だってあるかもしれない。
何らかの条件を満たし、強力なスキルや職業を得ている奴らも居る筈だ。
それこそモンスターだって固有スキルを得ているかもしれない。
自分だけが特別だと思うのは命取りだ。
(それに俺は、モモやイチノセさんたちと無事に生き延びられればそれでいい)
それ以外は望まない。
その為に最善を尽くすだけだ。
だからこそ、同じような考えの西野君たちと手を組もうと思ったんだし。
……おや?
「そろそろ良い時間だな。それじゃあ外に出て―――」
「待って下さい」
立ち上がろうとした西野君を手で制する。
俺は即座に『変化の術』を使った。
「クドウさん、何を―――」
「『索敵』に反応がありました。誰かが屋上へ向かってきてます」
「え?」
その言葉に、全員が一斉にドアの方を向く。
勢いよくドアが開かれる。
現れたのは清水チーフだった。
「皆お疲れ様。異常はないかしら?」
「お疲れ様です。特に問題はありませんよ。モンスターの姿は見えません」
代表して西野君が答える。
「そう。それじゃあ、全員今すぐ会議室へ来てもらえないかしら? ちょっと急を要する事態になったの」
「……何かあったんですか?」
清水チーフのただならぬ気配を察したのだろう。
俺たちに緊張が走る。
「今、かもめちゃ……二条さん達の班が戻って来たんだけどね……彼ら、女王蟻と思しき個体を発見したそうよ」
「「「「ッ……!」」」」
その言葉に俺たちは息を吞む。
女王蟻。それはティタンと同じく討伐対象の個体だ。
それが見つかったとなれば確かに緊急事態だ。
「情報の真偽も含めて、今居るメンバーで一旦話し合いをしたいの。事実だとすれば直ぐにでも討伐隊を編成しなきゃならないし、アナタ達の意見も聞かせてほしいわ」
「……分かりました。俺たちでよければ」
「助かるわ。見張りは他の人達に代わって貰うから、一緒に来て頂戴」
俺たちは清水チーフと共に会議室へと向かった。




