122.考察と混乱
藤田さんと別れ、山中を走る。
既にパーキングエリアははるか後方だ。
「ここまで来れば問題はないか」
俺は適当な場所にバイクを停車させ、アイテムボックスにしまう。
一応役場からの借り物であるため、収納出来るか不安だったがどうやら問題ない様だ。……未だに収納の基準が分からん。
そのまま国道を外れ、近くの林へ入る。
ここならまず人目に付かないだろう。
「キキ、出てきてくれ」
「きゅー」
フードの中から、キキが姿を現す。
そのまま肩の上に乗っかったのだが、俺は首根っこを掴んでそっと地面に下ろした。
「きゅう?」
なんでおろすの? やだー! とキキは再び俺の体をよじ登ろうとするが、その体を強引に引き剥がす。
「キキ、先に言っておく。今からお前に俺の本当の姿を見せる」
「きゅー?」
念の為、俺は周囲を見回す。
大丈夫だ、誰も居ない。
周囲の木が死角になってるし、『索敵』に反応も無い。
誰かに見られる心配はないだろう。
俺は忍術を解除した。
イチノセさんの姿が解け、本来の俺の姿があらわになる。
「ふぅーやっぱ元の姿は落ち着くな……」
やっぱ元の自分の姿が一番しっくりくる。
変化の術を使ってる最中は、サイズの合わない服を無理やり着ているような違和感が常にあったからな。すっきりだ。
さて、キキの反応はどうか?
「……きゅ?」
「あれ……? 思ってたより反応が薄いな?」
てっきりもっと驚くかと思ったが―――というか、最悪逃げ出すんじゃないかって事も視野に入れていたのだが、キキのリアクションは予想以上に淡白なものだった。
キキは首を傾げて、それがどうしたの? と言っているようだった。
「きゅきゅー」
再び俺の体をよじ登り、体を擦り寄せてくる。
ふわふわの尻尾が首をくすぐった。
(キツネは賢いってよく聞くし、もしかして俺が変装している事に気付いていたのだろうか? それとも動物的な勘か、何らかのスキルか?)
バフ系のスキルを持っていたし、変装を看破するスキルなんかも持っているのだろうか? だとしたらこの反応も頷ける。
まあ、どっちにしても受け入れて貰えたなら問題ないか。
手間が省けてラッキーと考えるべきだろう。
俺は元の姿のまま国道に出てバイクを取り出す。
借りたバイクとは違う、俺が元々使っていたバイクだ。
(変装するのは、市役所の近くまで行ってからで問題ない)
変装中は他の忍術が使えないってデメリットがある。
せっかくの単独行動なのだ。
スキルに制限をかけておく必要はない。
バイクを走らせながら、俺は今後について考える。
「にしても、これからどうするかなー……」
自衛隊が壊滅していたとなれば、今後の予定を大幅に変更しなくちゃいけない。
今回の遠征の一番の目的は、自衛隊の持つ現代兵器―――戦車やミサイル、それに軍用ヘリを手に入れる事だったのに、それがまさか辿り着く前におじゃんになるとは……。
最初は下手に素人が扱えるわけがないと敬遠していたが、考えてみればスキル次第でそんなのはどうとでもなる事に気付いたからだ。
乗り物を自由に操作できる『騎乗』スキルがあるのだから、様々な武器や機械を扱う『操縦』系のスキルがあってもおかしくない。
(最悪スキルが取得出来なくても、戦車や軍用ヘリなら『騎乗』で操縦だけなら出来るだろうし、ミサイルや対物ライフルはイチノセさんに使わせればいい)
どちらにせよ使えるカードは増やしておいた方が良い。
そう思ったからこそ、イチノセさんらしくない行動をとってまで実行に移したのに、その計画が全てパァだ。
なにより自衛隊が壊滅したということは、俺のもう一つの悪い予想が当たっていた事を意味する。
すなわち―――他の県や町が、ここより安全とは限らないという事だ。
それは俺が以前から抱いていた懸念だったが、どうやら当たっていたらしい。
たとえこの町を離れたとしても、そこにはもっと強力なモンスターや危険が潜んでいるのでは意味がない。
「こうなった以上、まずはこの町で足場を固めるしかないか……」
逃げるという選択肢が取れない以上、戦うしかない。
全く情報が無い他県のモンスターと、多少なりとも情報を掴んでいるこの町のモンスター。
どちらが有利に動けるかは言うまでもない。
「やる事は結局変わらないか……」
モンスターを倒してレベル上げ。
結局、そこに行きついてしまう。
生き延びるにせよ、安全な場所を探すにせよ、強くなるしかないのだ。
イチノセさんは監視ついでに、モンスターを狙撃して経験値を稼いでるみたいだし、俺もレベルを上げなければいけない。
「ガーディアン・ゴーレム個体名ティタン。それに女王蟻個体名アルパか……」
コイツらは遅かれ早かれぶつかる事になるだろう。
経験値を稼ぐのであれば、先ずは蟻の方だな。
町に着いたら、市役所へ向かう傍ら片っ端から狩っていくとしよう。
「あとはイチノセさんと六花ちゃんが上手くやってる事を祈るだけだな」
定時メールだけが大量に送られてるという事は、おそらく上手くいっているのだろう。
俺は再びバイクを走らせた。
時間は少し遡る。
西野は市役所付近の地下街で困惑していた。
(どういう事だ? どうして彼女の名前が無い?)
何度もメールリストを見直す。
だが、どこにもイチノセ ナツの名前は無かった。
メールのリストは、出会った順番―――正確にはメールが取得可能になった状態から出会った順番に表示されると、西野は認識していた。
一応はあいうえお順に並べ替える事も出来るみたいだが、西野はあえてその機能は使っていなかった。面倒ではあるが、その方が利用価値が高いと踏んだからだ。
(その前提が間違っていた? いや、もしくは名前が表示されない機能があるとか……?)
スキル『メール』を自分に教えたのは六花だ。
その六花に『メール』を教えたのは間違いなく一之瀬だろう。
ならば、レベルを上げて自分達の知らない機能を獲得していたとしても不思議ではない。
(『メール』なんだし、非通知や非公開機能があってもおかしくはない……か?)
やや強引だろうか?
もしそうならば自分達は信用されていないという事になる。
西野的にはややショックではあるが、それならばまだ納得出来る。
信頼などこれから積み上げていけばいいのだ。
だが、だとすれば別の疑問が出てくる。
(クドウ カズト……。コイツは誰だ?)
本来であれば、彼女の名前があるべき場所に表示されている名前。
この名前に西野は覚えがない。
(知らない内にすれ違っていた……?)
西野は記憶を探り、一之瀬と出会ってからすれ違った人々を思い出してゆく。
そしてリストにある名前と一つ一つ見比べていく。
幸い市役所に来てからのリストの前半部分は殆どが会議室で顔を合わせた人ばかりだった。
(リストの順番は間違いなく合ってる。じゃあ、どうしてだ?)
市役所には何十人もの人間がいたから、気付かぬ内にすれ違っていたとしてもおかしくはない。
実際、彼のメールリストの後半は知らない人の名前で溢れている。
知らない名前があってもおかしくはない。
おかしくはないが、この人物に関しては表示されてる場所がおかしいのだ。
(考えられる可能性としては、コイツが隠密系のスキルを持っていて俺が気付かない内にすれ違っていたとか……?)
そうだとすれば、『メール』は索敵機能としても使える優秀なスキルという事になる。
それならば良いのだ。むしろその機能を逆手にとって有効活用さえ出来る。
でも、そうじゃなかったとしたら?
西野は不良然とした見た目をしているが、馬鹿ではない。
判断力、発想力、行動力、知力、どれをとっても彼は他の人間より頭一つ抜きん出る程のスペックを持っている。
だからこそ、本当は瞬時にその可能性を思いついていた。
ただ信じたくなかっただけなのだ。
このクドウ カズトこそが彼女の―――一之瀬奈津の本当の名前なのではないかと。
(……変装もしくは姿を変えるスキルがあるなら辻褄は合う……)
だが、そうだとすればその理由はなんだ?
なぜ姿を偽る必要があった?
そもそも六花はこの事を知っているのか?
知っているのだとすれば、どうして自分に話してくれないのか?
「……」
ちらりと、六花の方を見る。
柴田や五所川原と雑談をしている。
(洗脳されている様には見えないな……)
彼自身、一度は五十嵐十香に洗脳された身だ。
その効果は嫌という程理解しているし、洗脳された時の行動の不自然さも良く分かる。
行動や発言のどこかにゆがみが出るのだ。
六花にはそれが一切感じられない。
(本人に聞くのが一番手っ取り早いか……)
様々な考えが頭の中を巡るが、それよりも先ずは六花に訊ねるのが一番だろう。
「……六花、ちょっといいか?」
「ん? どしたん、ニッシー」
「ああ、ちょっと聞きたいことがあるんだが―――」
一之瀬について六花に訊ねようとした、その瞬間だった。
彼の頭に声が響いた。
≪メールを受信しました≫
(……誰だ? こんな時に……)
もしかして他のメンバーが市役所に到着したのだろうか?
西野はステータス画面を開き、メールの未読をクリックする。
そして、大きく目を見開いた。
そこに表示された名前は―――イチノセ ナツ。
「ッ!?」
今度こそ、彼は本気で混乱した。




